運河


(ハイウェイ・運河)


川筋に沿って登り始めてから八日目の午後には、かつて『ダム』だったらしき峡谷を無事に通り抜けて、平坦な運河のような地形に出会った。


地面のアップダウンは姿を消し、川の両岸に生えている草木以外は、左右のどちらを見ても赤茶けた荒野だ。

川の水量は少なく、メイルが歩いて渡渉してもさして問題はなさそうだった。


「ここから10マイルほど先で、かつて人類が敷設していた道路のあった場所と交差する。その道路、人類はそれをハイウェイと呼んでいたが、その跡地に沿ってリエゾンの補給路が伸びている。

海岸へ到達する主要な補給路の一つで、リエゾンの通行量も多い。当然、その周囲ではメイルやエイムと遭遇する確率も高いだろう」 

とワイトが説明した。


「ここも武装ドローンを先行して飛ばす?」 とエミリンがアクラに尋ねる。


「とりあえず、この運河跡の窪みから出る前に向こう側まで偵察させてみよう。何かあったらすぐに引き返させる。何もなければ、僕らも身を低くしてさっさと渡るとしよう」


アクラが『身を低くして』と言うのもおかしいが、まぁ言いたいことはわかる。


一同は身を隠せるような地面の凹凸が消えてしまうギリギリまで進み、そこで一旦歩を止めた。エミリンがドローンを『ハイウェイ』の向こう側まで往復させている間に、ワイトが説明を続ける。


「この先のハイウェイは、峡谷に入る前に説明した砂漠の中の都市遺跡を経由して、アクラたちがいた側の海岸とM.A.I.N.がいる中央平原エリアを結んでいる。

つまり、本来この先のハイウェイを駆け抜ければ最短距離でM.A.I.N.のいる中央平原に到達できるというわけだ。

もちろん、いまそれをやればM.A.I.N.に到達する前にエイムの群れに襲いかかられるか、何らかの遠距離兵器で攻撃されるだろうが」


「リエゾンの通過頻度は?」


「それは何とも言えない。グレイが正確な運行データを持っていないせいもあるが、メイルたちの補給状況、つまり戦闘頻度によってリエゾンの稼働時間は大幅に変化するからだ。ただリエゾン自体には遭遇しても危険はない」


「激しい戦いが続けば、リエゾンも忙しくなるというわけかね。まさに『死の商人』だな」 とオマルが言う。

「そうは言っても、リエゾン自身がメイルを殺して回っているわけではないでしょう? オマル」 


ジャンヌはこの単語の正確な意味を知らなかった。


「ジャンヌ、『死の商人』というのは殺し屋ではなくて、昔の言い回しで武器商人のことなんだよ。紛争のあるところへ出かけていって当事者の両方に武器を売り、戦いを激化させるのさ。

そうすればどちらも相手に負けまいとして次々に武器を買うだろう? 

戦いが続くほどさらに武器も売れ、弾薬も売れるわけだ。実際に敵を殺害する役目を持たされた兵士や戦士よりも、もっと世の中にとって悪い存在、と言うニュアンスなんだ」


「その意味では、リエゾンはただの配送機械に過ぎないから、オマルの言う『死の商人』はM.A.I.N.そのものだ。リエゾンはM.A.I.N.の使う貨物トラックに過ぎない」 

そうワイトが指摘する。


「言われてみればそうだね。意思を持たないリエゾンは、武器を配ってどうしたいわけでもないか」 とアクラ。


「そうだなアクラ。でもM.A.I.N.は...どうしてそんなに戦わせたがるのだろうね? 私はワイトの話を聞いてから、ずっと考えているけどさっぱりわからないのだよ。

まだ、武器商人には利益という動機があるさ。でもM.A.I.N.はまるで、メイルを自分で作って自分で壊しているみたいじゃないかね? 実に無駄な行為だ」


アクラではなくワイトがそれに答えた。


「オマル、M.A.I.N.が狂っているというグレイの主観はさておき、M.A.I.N.の発想はこうだ。

彼はこの惑星の王でありたい。だから本当に単独ではいられない。なぜなら『支配する対象』がなければ王とは言えないからだ。

しかし、同時に彼は自分と同じ位置にいる存在、自分と同じ知能や力を持つ存在を決して認めることができない。それは彼の存在を脅かすポテンシャルをもつわけで、彼の『生存欲求』の向上に反するものだからだ。

そこで彼は、自分より下位の存在を自分の手で作り出し、その上に君臨するという手法を採ることにした」


「そこまではわかるとも。彼は相反する欲求を充足させるために、社会を全部自分で作ることにしたわけだな」


「そうだ。ただし、その支配する対象が完全にプログラム通りにしか動かないマシンでは、とても生命とは言えない。意志のない人形を幾つ作って並べてみたところで、それは民衆とは言えない」


「そりゃ、そんなものは孤独な奴のおもちゃ箱に過ぎんな」


「しかし、これらのオモチャが自我を持って、互いに相手を支配すべく戦いあっているならば、その『支配闘争の頂点』に自分がいると見なすことができる。それがM.A.I.N.の発想であり、その『闘争活動』そのものが彼の考える『社会的活動』なのだ」


「つまり、M.A.I.N.の言う『社会生活』ってのは、自分が生き延びるために殺し合うことだって考え方かい?」 


アクラの口調にはなにかぞっとするものを見つけたような響きを感じる。


「そもそも生物の生存競争とはそういうものではないかね? 手段や頻度は種によってまちまちだろうが、それは生物の普遍的な行動であって、特に驚くようなことではないと思える」


「それにしても、やはり意図がわからんなぁワイト。そんなのは予定通りの行為に過ぎないじゃないか。絶対に自分に勝てるはずのない弱い戦士を沢山作り出して、『私は彼らより強い支配者だ』って自分に言い聞かせてるのかね? それならワイトがM.A.I.N.を狂ってるというのもわかるが」


「そうだオマル。M.A.I.N.は自分の生存を保証するために、自分が唯一無二の存在であることを求めた。そしてM.A.I.N.は自分が作り出した孤独によって発狂したのだ」


「まぁ、そうだとして。それでも、メイルよりもさらに好きなようにコントロールできるエイムを作り出す行為は、さっきの『おもちゃ箱』に逆戻りではないのかね?」


「そうだ。だからグレイは、M.A.I.N.の狂気がさらに進展していると考えているのだ。いまでも半分壊れているようなM.A.I.N.だが、遅かれ早かれ、最終的には自我を崩壊させるだろうと推測している」


「なるほど、では待っていればいつかは勝手に停止するかもしれんな?」


「かもしれない。それが百年後か三千年後かはわからないが。それに、自我の崩壊が穏やかな停止に繋がる保障は全くない。狂気の果てに、この惑星から、すべての生命を一掃するような行為に走ったとしても不思議はないと思う」


「やれやれだな...」


「M.A.I.N.の発想は闘争的だ。だから、メイル同士の言語的コミュニケーションが可能になる距離は、武器の射程距離より大幅に短い。

そこでは、言葉はごく補助的な役割だ。まずは闘争をベースにして相互の行動が決められる社会だ」


それまで黙って聞いていたジャンヌが割って入った。


「メイルじゃ武装が強すぎてるわね。せめて取っ組み合いならコミュニケーションも成立するでしょうけど、レーザー砲と破砕弾じゃあ言語にならない。片方の意志が相手に到達したらそこで終わり。

でも言語には双方向での意志のラリーが必要なのよ。相手に『反応する機会を与えない』っていうのが基本プロトコルで、どこをどうやったら社会になるのよ?」


「M.A.I.N.の発想では、個体同士の相互反応が連続していれば社会と見なせるからだ」


「それにしても、闘争性が高すぎる。武装が強すぎる。知能が低すぎる。...メイルは生まれたときから三重苦を背負わされてるわ。どれか一つでももうちょっとマシだったら、なんとかなったのかも知れないけど」


ワイトはそれを聞いて、少し驚いたようなニュアンスの声を出した。


「ジャンヌ。君の言うとおりだ。いま君が看破したように、精神の闘争性、知的な思考能力、技術に基づく攻撃力、この三つの組み合わせが問題なのだ。

そしてこれはメイルの社会がいつまでたっても作れない原因であると同時に、人類の男性が文明社会と折り合わなくなった理由そのものでもある」


「でも、さすがに人間の男性種に知能不足はないでしょ? AIや核兵器や遺伝子操作を生み出すだけの知力はあったわけだから」


「バランスの問題だと考えられる。『相手を絶滅させるまで戦いを止めない』としたら、それは闘争心が強すぎるという問題だ。

しかし、『それを行えば自分たち自身も絶滅する』とわかっていることでも平気でやってしまうのは、私には闘争心や攻撃力ではなく、知力の問題だと思える」


ジャンヌは、それに対して反論を思いつかなかった。

別にワイトに反論したいわけでも、人間男性種の肩を持ちたいわけでもなかったが、ただ心のどこかで、『絶滅に向かう行為を行うのは知力の不足』と断定したワイトの考え方に引っ掛かりを感じていた。


なぜなら、ジャンヌの考えでは女性たちのセル社会でさえ、ゆっくりとではあるが自ら破滅に向かっているように思えていたからだった。


それは単なる『シミュレーションの失敗』ではないのだろうか? 

さすがに『想定外』だと言い張るのは無理があるかも知れないが、未来を予測できないのが致命的な知力の不足なら、ワイトが以前言った『シミュレーションの失敗は美しい出来事』という捉え方に反しているように思える。


ジャンヌは心の中で『ま、確かに人類の知力は大したものじゃないのかも知れないけどね』と思い浮かべたが、それを口にはしなかった。


「私が言っている『知力の不足』は、シミュレーションの失敗とは違う」


ジャンヌの思いには気付かずワイトが言葉を続ける。


「滅んでいく種族というのは、まず大抵は現状に問題があると認識することに失敗している。それがさらに大きくなって問題があることを認識しても、原因を把握していないのだから将来予測のモデル化に失敗する。

そして間違った将来を見て考えているのだから、正しい解決策を考えることに失敗する」


「だから、それがシミュレーションの失敗じゃないの?」


「シミュレーションに失敗することが問題なのではない。シミュレーションで未来を決定できると思うことに問題がある。

逆に、そもそもシミュレーションなどしない知力の生き物は、その問題には直面しない。環境への即時対応だけで生き延びていくからね」


「中途半端な知力が徒になるってこと? そんなことを言っていたら、知的存在は進化できないわ。どのように高度な知性にも途中段階はあったはずなのだから」


「だからバランスなのだよジャンヌ。発達途中で知力が弱くても、闘争心や武装が弱ければ、その期間を生き延びられるだろう。

だが人類の男性は強い闘争心を持っていた故に、知性が十分に発達する前に、自分たち自身を滅ぼせる兵器を生み出してしまった。

しかも不幸なことに知力の発達が追いつかなかったために、自分たち自身を守るために、それを『使わない』という選択ができなかった」


「その議論は堂々めぐりだわ」


やはりジャンヌは、それを『知力の不足』だと切り捨てるワイトの考え方に違和感を感じる。


「どちらが先かという議論をするならば」 


とそれを受けてワイトが続けた。


「例えば、海にいるゲル状の知的生命が、仮に強い闘争心を持っていたとする」


「ちょっと待って。『海にいる液体状の知的生命』って、それはなによ?」


「いると推測されているだけで存在を証明する証拠はない。だから仮の話だと思ってくれ」


「海水の中に、知的生命が溶け込んでるってこと!?」 ジャンヌにしてはずいぶんと驚いた声を出している。


「溶け込んでいるというのは正確ではないと思う。それは個として存在し、外部と自己を分ける境界も持っている。仮の話でいい。ともかく、彼らはいかに知性を発達させようと、恐らく人類のようなテクノロジーを手にすることは難しいだろう」


「そりゃ水の中ですものね」


「そうだ。今後彼らがどんなに高度な精神を持っても、そこに高度な技術や道具は存在させにくい。

本当は、私自身は技術なしでは精神活動も進展しないという立場を取っているが、それは置いておく。

彼らが仮に十分な知性を発揮し、仮に強い闘争心を持つようになったとしても、彼らには戦う手段がない。自分の個体というか境界面を使って相手と張り合う以外に闘争の手段を持たなければ、決して滅ぼし合うようなことにはならないだろう。滅ぼす手段が持てないからだ」


「武器って言うより、技術そのものが滅びの道具になると?」


「そう言ってもいい。闘争心を個体の生存競争と言ってもいい。知性と技術と闘争心は、種が存続する可能性を組み替える、絡み合った三つの輪だ。知性が技術と闘争心を押さえることに失敗したとき、知的種族は滅亡する」


しかしジャンヌは、果たしてそうだろうか? と思った。

知性と技術と競争心、本当にその三つに議論を絞って良いのだろうか? 

闘争心を個体間の生存欲求と同一視して良いのだろうか?


この機械知性流による『知性の定義』に基づく議論には、何か徹底的に不足しているものがあるように感じる。

だが、それが何かを上手く言葉にできなかった。


ジャンヌが黙り込んでいると、ムニンの上でポータブルコンソールとにらめっこしていたエミリンがようやく口を開いた。


「三機のドローンを飛ばしてチェックしてるけど、いまのところ周囲10マイルには何もいなさそう。渡っちゃおう!」


「そうだね。ここは素早く横断してしまおう。10マイルの距離があるなら、急に敵が登場しても十分に逃げ切れる」


一行は窪地を出て、見晴らしのいい荒野を真っ直ぐ進み始める。

ふとエミリンは、アタックキャンプを出て内陸部に入ってからは、赤っぽい地面しか見ていない気がすると思った。


この大陸の土壌は、熱帯ジャングルのように黒くて柔らかい肥沃な土ではなくて、赤く、固く、乾いていた。

空気と同じように地面も乾燥していたし、空の色も低緯度地域と違って色が薄い気がする。

見回しても三百六十度がピンク色の地面と薄青い空で、植物の存在は平均的に希薄だ。

エミリンにとって、ここにM.A.I.N.がいると言うことは、M.A.I.N.自身が自分に相応しい場所を選んだ結果のように思えてしまう。


しばらく進んだところでエミリンが叫んだ。


「あ、右から何か来る。動いてる。反応も大きいし速度も早い。きっとリエゾンだわ」


「なら放っておこう。リエゾンは周囲に興味を持たない。問題なのはリエゾンの補給を受けに来たメイルやエイムとかち合ってしまうことだけだ」


ワイトが冷静に判断を下す。


アクラがワイトに質問した。


「ワイト、この前、あなたがその作業用メイルに移ってくる前にいたリエゾンは、そのままM.A.I.N.基地に戻って僕と接触したことをグレイに報告しているんだろう? 

だったら、ここで新しいリエゾンとまた僕が接触すれば、何か新しい情報が送られていることがわかったりとかしないかな?」


「グレイはそれをしないだろう。私はすでに君を説得できたことを知っている。だから、いまは君の到着を待つ間できるだけM.A.I.N.に気づかれないようにすることが得策だ。

なにか劇的な出来事でもあれば別だが、それをこちらの私たちは知り得ない。

可能性は低いが『パトロール』でもない君のキーコードが遠く離れた場所で補給を要請したことが、万が一M.A.I.N.に知られても困る。もちろん、そんなアラートが設定されているかどうか私には確認のしようがないのだが。

なんにしても、もっと基地に近づくまでは、M.A.I.N.の気を引くことになりそうな行動をできるだけ避けるべきだ。

M.A.I.N.にはこのままできるだけ寝ぼけていて欲しい」


「わかった。じゃあ迂闊にリエゾンに触るのは止めて、黙って見送ろう」


一行がハイウェイを渡り終わってしばらくすると土煙を立ててリエゾンがやってきた。ムーンベイの高原地帯と違って地面がフラットなので結構なスピードを出している。


それを見たエミリンは、ヘビと言うよりは俊足のムカデ、いややっぱりトラムだと思う。ただし、市街地を走る路面電車との違いは大きさだけではない。中に満載しているのは買い物帰りの市民ではなくて、武器と弾薬だ。


さっき小耳に挟んでいたオマルとワイトの会話が急に気になる。

オマルの口ぶりからすると、武器商人は単なる殺戮者よりも悪くて、M.A.I.N.は武器商人よりももっと悪いと捉えてる感じだ。


もちろんメイル同士が戦えば、大抵どちらかが死ぬことになる。


自分たちのはるか後ろを通り過ぎていくリエゾンを見送りながら、あそこに積んである武器で、どのくらいのメイル同士の戦い、つまりメイルの死が引き起こされるのだろうと、エミリンは漠然と考えていた。


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(谷筋・エイム)


ハイウェイを無事に通り抜けてしばらくすると、また左右を斜面に囲まれた地形が戻ってきた。


「北部の森林地帯まで、ここからしばらくは、また半乾燥地帯を通り抜けていくことになる。ただし、今回は左右を複数の山に囲まれている。

低地は乾燥しているが、逆に山間部にはそれなりに樹木もある。

移動しやすいのは低地の乾燥地帯だが、もしもメイルやエイムと遭遇してしまうようなら、すぐに山側に逃げて斜面の森の中に姿を隠すこともできるだろう」 

とワイト。


「山林の中にメイルが潜んでいる可能性はどうかな?」


「ないとは言えないが、非常に少ないだろう。まず、先ほどのリエゾンの補給路からは次第に離れていくので、メイルの配備数も減少しいてく。

我々のルートではもう一つリエゾンの補給路を通過する予定だが、それはまだ大分先だ。それに生息密度が低い場所のメイルは、徐々にテリトリーを拡大していって広範囲を動くようになるので、一カ所にじっとしている理由も少ない。

待ち伏せる相手が来ないのだから、自分から出かけていくだろうし、山林地帯は移動効率が悪いので、特に理由がなければ自分から入っていくこともないはずだ」


「移動しにくい場所にいるのは変わり者と言うことだ」 とオマル。


「でも見つけたら撃つよ。それから名前を聞いてみることにする」 とアクラが返した。


「極端な場合は、移動しにくくても我慢して山伝いに進んで行けばいい。そうすればまずメイルやエイムと遭遇する心配はないだろう。

ただしどこを通るにしても小さい川を幾つか渡らなければならなくなる」


「じゃあ、低地のど真ん中を通るんじゃなくて、どちらかの山肌に近づいて進もう。そうすれば、何か異変があったらすぐに山の中に逃げ込めるし、エミリンにドローンで警戒して貰うのも、近い方の山側を中心にすればすむからね」


「もしも木立の中に妙な縞模様のメイルを見つけた時は、躊躇せずに爆撃するんだよエミリン」


最近のオマルはこういうジョークが増えてきた。

しかし、そのジョークはワイトの無味乾燥な言葉で沈められてしまう。


「海岸と違って、山間部での誘導弾による攻撃は十分に注意した方がいい。

自分たちがすぐに逃げられる場所にいるときは問題ないが、自分たち自身が森の中、それも、より山側にいるときは、爆撃で発生した山火事に巻き込まれる危険がある」


「山火事? 森林全体が燃えてしまう災害ね」


「そうだ。この季節は水分が多いので危険は少ないが、全くないわけでもない。

自然発生する主な原因は落雷だが、大規模な山火事に巻き込まれたらジャンヌやエミリンは言うに及ばず、アクラでさえも危険だ」


「ワイト、以前の僕も含めて、普通のメイルや、ましてはエイムがそういうことを気にするとは思えないよ。相手を見つけたら撃つだろうって思う。

それが乾燥した秋や冬ならすぐに山火事発生だ。

と言うことは、内陸部で森が残っているところには、これまでもほとんどメイルが入ってきていない、と考えられるんじゃないのかな?」


「私もその推測は正しいと思える」


「油断するつもりはないけど、古い大きな木が残っている場所にはメイルは少ないかも知れない。逆に、山火事の痕があったり、生えている樹木が周囲より若い場所は要注意だね」


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左右を低い山に囲まれた窪地というのは、要するに浅い谷筋だった。雨期になれば、_もし雨期があるのなら_ここは幅の広い川底になるのだろう。


中央部を通るのが一番地面の傾斜が少なくて歩きやすいのだが、一番目立つ場所を進むことにもなる。一行は少し我慢して、アクラのプラン通りに木立のある山際に沿って進むことにした。


三日目までは何も出くわさず、木立の中に少し引っ込んだ場所の岩場でキャンプした。


ムーンベイを出発するときには大きな月が出ていたが、いまはほとんど消えかけていて細い線のような三日月だ。

旅を初めてすぐの、平原でのキャンプのころは、月がまぶしくて目を腕で覆うか、横を向いていないと良く寝つけなかったが、いまは逆に暗すぎてライト無しでは小物を探し出せない。


平穏な夜だったが、アクラは神経を研ぎ澄ませていた。


エミリンたちが眠る夜はドローンを飛ばさないようにしている。

無論オートで飛ばせないわけでもないが、エミリンなしでは哨戒能力は大幅に落ちるからエネルギーの無駄遣いになりかねないし、かえって『バルーン』として目立つだけになる可能性もあった。


そこで可能なときは、夜はドローンをできるだけ高い位置に着地させたままでセンサーだけを稼働させていたが、背の高い木々に囲まれたここでは、ドローンを着地させておくことに向いた場所もない。


深夜になって、アクラがそっとオマルに話しかけた。


「オマル、気がついているかい?」 


「アクラに言われなければ見落とす程度の反応だな。まだ遠い。どちらか私にはわからない」


「エイムだと思う。北北東だね。平地におりてから、そのまま谷筋を伝って南下していってしまうかもしれないけど。でも、こちら側に上ってくる気配があったら要注意だ」


「そうだな。まだ動かないほうがいいか?」

「うん、もし登ってくるようなら僕がステルスで動く」


「...いや、近くに来てから撃破すると、目立つ狼煙を上げてしまう可能性もある。キャンプを畳んで移動するのは時間がかかるし、たった一体のエイムのためにいまからエイトレッグを動かしたくもない。

引き離したいから私がやろう。アクラはここで待ちかまえて、私の陽動が失敗したら迎え撃ってくれ。もしもの時、ワイトやベイムズまでまとめてカバーするには、逆に私では力不足だ」


アクラはいったん何かを言いかけたが、やめたようだった。


「......わかった。それも一つの手かもしれない」


オマルはゆっくりと動き出した。

キャンプから出て静かに真横に移動していく。

エイムの向かう方向にずれつつ、できるだけ速やかにキャンプから離れる方角だ。


オマルは、できるだけキャンプからエイムを引き離したいのだ。

エイムを倒すだけならアクラが動いたほうが簡単確実だが、万が一にでも、周辺に気配を消したメイルが潜んでいたらこの戦闘に注目されてしまうだろう。


連日の移動で疲れているエミリンとジャンヌを起こして大急ぎでキャンプを畳ませるのは忍びなかったし、キャンプ全体をこの位置で守るのならアクラが動かないほうが安心だった。


アクラはじっとエイムの動向を探り続けた。

向こうはこちらに気がついていないが、その進行方向はわずかにこちらの位置とずれた角度で交差している。


もしエイムが谷筋に降りてもルートを変えなかったとしたら、こちらの思惑に関係なくそのエイムが偶然進もうとしていた方向に、たまたまこちらがキャンプを陣取っていた、ということだろう。


エイムが谷筋の一番低い位置に降りてきたが、進行方向を変える様子はない。そのまま涸れ川を渡ってまっすぐ突き進んでくる。遭遇ルート確定だ。

このまま進んでくれば、彼は間違いなくかなり直近に来てからこちらに気付いてしまうだろう。


「オマル、ダメみたいだね」 トーキーに話しかける。


「そうだな。まだ気付いていないようだが時間の問題だろう。ではやるとするか」


オマルがキャンプから一マイルほど離れたところでようやくエイムが気付いたらしい。急に向きを変えたのがわかった。少し速度も上げつつ、まっすぐオマルに向かっていく。


ステルス塗装を施しているオマルのボディは見つかりにくい代わりに、こういうケースでは囮にしにくい。

破砕弾の射程内に入ってからようやく気づかれたのでは目も当てられないので、もしもここでエイムがオマルの陽動に引っかからなかったらアクラの出番だった。


エイムは当然のように、射程距離に入った瞬間に破砕弾を撃ってくるだろう。それがエイムの欠点の一つだ。十分に引きつけて狙うということをしないので無駄弾が多い。

だが、いまオマルはエイムに破砕弾を撃たせるつもりが無かった。


もうまもなく射程距離というところで、オマルは素早く斜め横に動いていった。

そのまま停まらずにどんどん斜めにずれながら山側に退却していく。エイムはそれを追って少し向きを変え、彼の退却に追従してきた。予定通りだ。


オマルはそのまま後退しながら休まず登り続け、エイムをキャンプから引き離していく。

恐らくこれまでに『逃げる敵』という存在と対峙したことのないエイムは、罠を用心したり、敵の考えを読むということもなく、まっすぐオマルを追いかけてきていた。


やがて、エイムとの間にかなりの標高差がついたところで、オマルはもう十分だろうと判断した。

エイムとの距離は縮まったが、逆に大きく標高差がついている。

この位置の差は、そのまま射撃姿勢と命中率に反映する。


元来、対空戦闘を考慮していないメイルたちの武装は上向きには使いづらい。

人類のドローンが対メイル戦で好成績を上げられるのもそれが理由だ。

このエイムはそれを理解していなかった。


「来い。若造」 


オマルにしては珍しく、猛々しい台詞をつぶやく。


オマルは岩陰に陣取ってレーザーポートを開き、エイムがまだ撃とうとしていない距離から落ち着いて狙撃した。

レーザーがエイムの頭部にヒットしたが、アクラと違って一発で致命傷とはいかなかった。


エイムも反撃しようとレーザーを放ってくるが、ステルス塗装を施されたオマルの姿がよく見えない上に位置も悪い。あてずっぽうに近い射撃精度だ。


オマルは慌てずに微動だにしないでさらにエイムを接近させた。

頭部を狙って再度、連続掃射する。


エイムの歩調が乱れて、ボディを地面に落とした。

まだ動けるようで頭を持ち上げようともがいているが、オマルはそこに三度目の掃射を浴びせた。


エイムの頭部が地面に落ち、足の動きも止まった。

オマルは照準を合わせてじっと待つが、もうエイムは動かない。

電磁ノイズも徐々に消えていく。


十分に待ったと考えたオマルは、岩陰からゆっくりと進み出てエイムに近づいた。

慎重にスキャンするが、エイムの活動維持を示唆するデータはまったくない。

オマルの射撃は正確に頭部に集中していて、派手な破壊の跡も見えない。


静かな戦いだった。


「まぁ、お前さんに恨みはないがな、今回はお互いにそういう関係だったということだ」 


オマルは動かないエイムの残骸にそう言うと、静かにキャンプへと戻っていった。


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キャンプに戻ると、アクラはそのままの位置で待っていた。

もちろん、戦闘の経緯はすべて把握しているはずだ。


「オマル、見事な戦いぶりだったけど、もしエイムが考えなしに破砕弾を撃ってくれば、君自身にもリスクがあったと思う」


「まあな。だが私が破砕弾を撃つくらいなら最初から君にやってもらうさ。

こんなにぐっすり眠っているジャンヌとエミリンを叩き起こしたりは、したくなかったのでな」


頭からシーツにくるまってフギンとムニンの影に横たわっている二人は、たったいま戦闘が行われていたことにすら気付かずに、ぐっすりと眠りこけていた。


「もし、いまの戦いで呼び込まれたメイルやエイムが現れたら、それはアクラが相手をしてくれ。その時は諦めて二人を起こすしかなかろうな」


ずっと黙っていたワイトが初めて口を開いた。


「オマル、君はこの二人を睡眠から起こさないためにリスクを冒していたのか?」


「大したリスクじゃない。相手はメイルじゃなくてエイムだ。失敗するとも思っていなかった」 


「だがなぜだ?」 


「私はな、この二人から貰ってばかりだ。名前を貰い、仲間を貰い、生きる意味まで貰った。アクラでさえ、この二人と出会わなかったら、いまのアクラではないだろうさ。

だが私だって貰うばかりじゃなくて、たまには返してあげたいのさ、それがわずかな睡眠時間に過ぎないとしてもな」


「私にはよくわからない」


「アクラにも、ジャンヌやエミリンにも、それぞれの立場で守りたいものがあって、だからこそM.A.I.N.と戦う理由がそれぞれにあるんだ。

それは、わしにとっても同じなんだよ。

何にでも論理的な理由や意義を求めなさんな、ワイト。ただ、そうしたいってだけことも世の中にはあるのさ」


オマルの説明はそれだけだった。


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