PART-2:ターニングポイント

セルシティ / 発掘



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PART-2:ターニングポイント

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(ダーゥインシティ・情報科学研究所)


あきらかに先日とは違う、だが印象は最初の訪問の時とまったく同じと言っていい、素っ気ない白いブラウスとグレーのスカートという装いで、情報科学研究所のロビーまで出迎えに現れたワイナー主任を見て、ミシェルは、彼女には飾り気がないということではなく、これが彼女の個性なのだと理解した。


「ワイナー主任、お忙しいところに無理を言ってごめんなさい。あの後ファラハン文書について色々と考えていたのですが、どうしても気になることが出てきてしまいまして、それについてワイナー主任のお考えを伺ってみたかったもので」


「いえいえ。私もショウ部長とお話しができるのは歓迎です。ご存じの通り、誰にでも話すと言うことができない話題ですし、古情報解析室の中の話し相手は固定されていますからね」


ワイナー主任はそう言って、ちょっとチャーミングに微笑んだ。


今回は、事前に正式なアポイントを入れて会いに来たので、先日とは打って変わって緊張がほぐれていることがわかる。


「早速ですがワイナー主任...」

「よろしければ、リンとお呼び下さい」

「わかりました。では、私のことはミシェルと呼んで下さいね」

「はい」


「では...リン、あなたに教えて頂いたファラハン文書の改ざんと隠蔽の話ですが、あれの第一発見者であるうちの局員、第一○七支局長のジャンヌ・ルースは、非常に聡明な人物です。恐らくオマル・ファラハンと匹敵するくらいに」


「存じています。彼女、ご両親とともに結構有名ですから」


「あら、それなら話が早いわ。きっと彼女のことですから、最初にあの手記を読んだだけで、千年前の社会の様相がライブラリーの記録にある歴史とは、大きく異なっていることに気づいたはずです」


「無論そうでしょうね」


「そして、気づいたとすれば、彼女の性格からして可能な範囲で確かめようとしたと思うの。ひょっとしたら、ここにも調べ物に伺ったかも知れませんが、いまは、それは関係ありません」


ミシェルは、ワイナー主任に誤解されないようにあらかじめ釘を刺した。


「ただ、彼女のレポートによれば、手記に付随していたデジタルデータの分析は、ライブラリーに一任したとありました。探査船の設備では十分な解析ができなかったと言うことで」


「はい。ファラハン文書が私のところに回ってきたときに付随していたメモにも、その経緯が書いてありました。なので、ルースさんは、デジタルメディアの内容は見ることができていないと思います。

もちろん、ファラハンの書いた指南書がありましたから、中味の想像ぐらいは付いたかもしれませんが」


「だとするとジャンヌは、手記の内容が、ライブラリーの他のデータと矛盾していることは確認しても、それが改ざんの結果であるとは知らないままと考えて良いわよね?」


「ええ、そう考えるのが筋が通っていると思います。

誰だって、まさかライブラリーの記録が改ざんされているなんて想像もしません。

目の前に証拠を突きつけられた私たちでさえ、にわかには信じがたく、何かの間違いじゃないかと右往左往したぐらいですからね」


「ジャンヌは不可解なことを放置しないタイプの人物よ。

まさか改ざんだとは思わないまでも、ファラハンの手記と自分たちの歴史認識のあいだになぜ齟齬があるのかについては、色々と思いを巡らせていたことでしょう。

ただ、彼女はファラハン文書のデータが暴き出したものを知らない以上、ライブラリーで得られる情報とは別の手段で確認しようとしたはずね」


「つまり?」


「現場の情報ですよ、リン。ワイルドネーションに埋もれている生の情報源です」


ワイナー主任は一瞬あっけにとられたような表情を見せたが、すぐに持ち直して深々と頷いた。


「仰るとおりですね、ミシェル。記録済みの情報を解読するという発想がなければ、新しい情報を発掘しようと思うのが妥当です。もちろん、運任せの手段でもありますが」


「とはいえ...本来私たち資源探査局の役割は、地下や都市遺跡からの金属資源を探し出すのが主目的で、情報の発掘はあくまでも付随的なものです。

純粋な地下資源の探査で過去の情報を掘り出すことはまずないし、都市遺跡の調査でも、利用可能な資源の回収が優先されるので、中々情報を探すことにエネルギーを割けません。

その上、セルゾーン近郊の都市遺跡はほとんど調査され尽くしているから、今後は新しい情報の発見も難しいでしょう」


「そうですよね。特にセルゾーン近辺は高温多湿で保管状態も良くないですし...後期都市遺跡時代の大都市は沿岸部に多かったので、いまではほとんどが海底ですから...」


「ですから、新たに『情報を探そう』という目線で行動するとすれば、セルゾーンから大きく離れて都市遺跡の多いと思われる北へ向かうか...それとも、どこかの海岸から、さらに内陸へ向かうか、だわ」


「不可能でしょう?」 ワイナー主任が即座に返答した。


「だってメイルの...その、メイルの存在を無視できるはずはありません。防御装置を積んだ探査船から離れて内陸へ進むのは自殺行為ですよね?」


一般市民ならともかくも、遺跡から発掘された情報を分析する立場にある部署がメイルの存在を知らないはずはないので、ワイナー主任の返答は極めて妥当なものだ。

細部はともかく大枠では、彼女の機密レベルはミシェルとさほど変わらない。

いや、そもそも普通の市民であれば『機密レベル』などと言うものが存在すること自体を知らないわけだが。


「まあ、海岸から20マイルくらいなら。実際に環境開発局は鉱山の開設でそのくらい進出したことも何度かあるわ。探査局なら、一時的にはもっと奥までドローンを飛ばします」


「でも、鉱物資源はドローンのセンサー類で発見できるでしょうけど、都市の遺構を見つけたところで、そこにどんなメディアが埋もれているかは、ドローンやレイバーマシンで確認できないでしょう? 結局は人がその場所に行くしかないはずです」


「そうね。もちろん人間が上陸するのは、周辺地域にメイルの脅威がないかを徹底的に調査して、あるいは脅威を排除して後のことだけど、人の目が必要なのは確かだわ。

それこそファラハン文書だって、ジャンヌ達が古代都市の遺構に興味を抱いて上陸調査をしなかったら、いまでもあそこに埋もれたままでしょう」


ワイナー主任は頷いた。


しかも、古代の資料を探すことを目的に上陸するのは、あまりにも確率の低い賭けになる。なくて当然、あったら大発見なのだ。

ジャンヌ達がニューダーカーに上陸したのも、明確な目標を立ててのことではなく、本当に単なる『興味本位』だった。


「ミシェル、確かに内陸部には、我々の知らない都市遺跡が数多く埋もれているはずですね。ただ、私たちは内陸部に関する情報をほとんどと言っていいくらい持っていません。この千年の海面上昇で海岸線もすっかり変わっていますし、どこにどんな規模の都市があるのかさえ...」


「そう、私もそれについて考えてみたの。それで、ちょっと思ったことがあって、あなたの意見を聞いてみたくなったの」


「後期都市遺跡の所在についてですか?」


「最終目的はそうだけど、もっとはっきり言えば、まずは内陸部の情報って言うことよ。行けるか行けないかはともかくとして、私たちは大陸の奥深くに何があるかを知らなすぎるわ」


「それには同意します。内陸部は完全に未知と言っていいくらいです」


「だけど、千年なんて地質学的なスケールで見れば一瞬のことでしょう? 

地形の変化は海面上昇によるものがほとんどで、地殻変動なんて考慮する必要はないもの。

つまり、昔の地図が役立たないのは、私たちが活動できる海岸線に沿っての話であって、内陸部の地形はほとんど変わっていないはずよ。

昔の地図を見て、内陸にある都市の場所を確認してそこに行けば、いまでも都市遺跡はそこにあるはずなよね?」


「もちろん、それは、そうだと思いますけど...」


「私たちは付近の内陸部の地図すら持っていないし、それに遠く離れた大陸の様子になると、もはやうっすらとしか把握していないわ。

危険な遠洋航海をしてまで他の大陸を探索したいという意欲も、する理由もなかったのは事実だけど、そこに何があるかを知ってすらいないのよ?」


「そうですね。実質的には、資源探査局と環境開発局の方々のレポートが、ワイルドネーションに関する唯一の情報源と言っていいでしょうね」


「それが本当に不思議だわ」


「あの、つまりどういう...」


「ねえリン。一番不思議なことはね、今回のことが起きるまで『私自身もそのことをまったく不思議に思っていなかった』ということなの」


「は?」


ワイナー主任が怪訝な顔でミシェルを見つめる。

ミシェルは奇妙に思われることを喋りすぎかなとは思ったが、ここまで話したら、もうこちらの考えを小出しにしても仕方がないので、一気に聞いて貰うことにする。


「たぶん、資源探査局の人間だって、だれも不思議に思ったことはないでしょう。セルの外の地図だって『そんなものはない』と言われて育ったら、だれだってそう思い込むわ」


沿岸の都市は海底に沈むか、波打ち際で浸食されている。

内陸部はメイルがいるから踏み込めない。

他の大陸の人類は退行期に全滅して、いまはセルゾーンの人口が全人類。

資源も持ち帰れないのに、他の大陸へ行く意味もない。

それが常識だ。


「でも、誰も行ってないはずの遠隔地の大陸の状況を、誰が確認したの?」


「えっと...つまり、ちょっと考えれば思い浮かびそうなことなのに、その疑問が自分の中に存在していなかったことが不思議だとおっしゃるんですね?」


さすがに聡明なワイナー主任は理解が早い。

ミシェルは彼女とジャンヌを引き合わせたら、けっこう話が合うのではないかと思い浮かべた。


「なぜ、わたしたちは内陸部の地図をまったく持っていないのかしら? 

仮に持っていたとしてもメイルがいるからそこに行けないというのは事実だけど、でも、そもそも情報を持っていないのはなぜかしら?」


「それは...有り体な受け答えをするなら、地図データがまったく発掘されていないから、ですね。後期都市遺跡時代の地理情報は、実利用の面ではほぼ100パーセントデジタル情報化されていたので、いまでは何も残っていません」


ワイナー主任の含みのある言い方で、こちらの意図が伝わっていることがミシェルにわかる。


そもそも現代社会では、過去に興味を持つ人物は非常に少ない。


なんにでも興味を持つジャンヌのような逸材や、仕事として情報解析を行うリンのような人達は別だが、なんというか、過ぎ去った出来事を掘り返すのは、あまり美しくないという認識が市民の共通意識としてあるし、いまさら知ってどうするという考え方も根強い。


特に、争乱の時代には悲しい出来事が沢山起きたのはわかっているので、わざわざ詳細に目を向けたくないという気持ちもあるだろう。


過去は過去。

そして過去の人間達は沢山の過ちを犯した。

それはわかっているのだから、自分たちは、そうならないように気をつけて、未来に向かって歩くべきだ。


そういう意識が、セル社会の根底にあるようにミシェルには思える。


資源探査局が建前では過去の情報資産を重視すると言っていても、実際の探査活動で、その優先度は非常に低い。

リンのいる古情報解析室も資源探査局と似たようなもので、決して表舞台に出ることはなく、セル体制を裏から支える部署という感じだ。

実利ではなく、文化や学問として『過去』の研究を行う人の話は聞いたことがないし、組織としても存在していないだろうと思える。


「リン。先日あなたに改ざんと隠蔽の件を教えて貰ってから私が考えたことは...いえ、きっとあなただって考えたはずだけど、他にどのくらいの情報が、改ざんされたり、破棄されたりしたのかって言うことよ。

改ざんされたのは歴史認識だけ? とてもそうは思えないわ」


ワイナー主任は何も口を挟まない。

黙って聞いているだけだと言うことが、逆にミシェルの意見を肯定している。


「それをやったのが誰かはわからないけど、本当は歴史を改ざんしたかったのではなく、目的が他にあったはずだと思えるの。

むしろ、そっちの改ざんに辻褄を合わせるために歴史上の出来事についても改ざんせざるを得なかった、そう考えた方が納得がいくわ」


「ミシェル、なんらかの陰謀があったと推測するのは簡単ですが、それが実際になんであったかわからないのでは、誰も説得することができません」


「改ざんの件を逆に考えると、オリジナルの文書が残っているのは改ざんされていない内容、あるいは当事者にとって改ざんの必要がなかった内容だと言えるでしょう? 

だったら、その差分を調べれば改ざん者の目的に近づけるのではないかしら?」


「でも、それで何が欠けているか? を知ることはできませんよ。だって私たちは、元のすべてを知らないのですから」


「そうだけど、ライブラリーのデータを出発点にするのではなくて、ファラハン文書の百科事典を出発点にしてみたらどうかしら?」


「例の、文明復興ガイドブックですか?」


ワイナー主任は、主旨がよくわからないという雰囲気のきょとんとした表情で答えた。


「ええ、そうよ。この前、ファラハン文書の百科事典には、私たちには伝わっていない技術も沢山含まれているって、言ってたじゃありませんか? 

それに、政治や経済のノウハウも色々と書かれていたのでしょう?

だから、ファラハン文書の百科事典には含まれていて、私たちのライブラリーデータには見つけられないことを比較して炙り出していけば、改ざん者の目的を知ることができるかもしれないと思ったの」


ミシェルがそう言うと、ワイナー主任は一瞬あっけにとられたような表情を見せたが、それはすぐに消え去り、代わりに険しい表情に変わっていった。

ミシェルの言わんとするところを正確に理解すれば、それも無理のないことだろう。


『セル社会の知識そのものがねじ曲げられている可能性はないのか?』 と言っているようなものなのだから。


しばらくの沈黙の後、ワイナー主任は静かに頷いた。


「調査してみましょう。何かわかったら、すぐにご連絡します」


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