出発


(ムーンベイ・スレイプニル)


M.A.I.N.基地への攻撃プランが固まった後、ジャンヌは、ドローンの制御プログラムの改訂に没頭していた。


エミリンの発案に則って、道中の偵察やルート探索にドローンを使うとなると、幾つかやっておきたいことを思いついたからだ。


まず、従来は六機編成だったドローンを1ユニット七機編成に変更する。


ただし、手動でコントロールするのはいままで通りに六機で、七機目はつねにドローン編隊とパイロットの双方を見通せる位置に自律飛行でキープして、通信リンクのトランスポンダとして機能させる。

これで、見通しの悪い山岳地や深い森林のなかでも、出力の弱いポータブルコンソールでの制御がしやすくなるはずだ。


それに七機目のリンクトランスポンダ専用機は、必要なときはキャラバン隊員同士の短距離通信用トランスポンダとしても流用できる。

もちろんエネルギーを節約するために一機ずつ飛ばすこともできるし、むしろ単なるルート偵察であればそれが主流になるだろうと考えて、戦術プログラムの行動規範自体にもかなり手を入れた。


本来、ドローンは資源探査ついでのメイル掃討作戦向けに作られていて、隠密行動はあまり重視していない。


だが今回の旅では、従来のように積極的にメイルを探し出して交戦していくと言うよりは、できるだけそーっと探知して、可能であれば向こうに気づかれる前に退却させたい。

そこにメイルやエイムがいることがわかれば、むりに戦わなくても避けて通ればすむのだから。


そのために内部のハードウェにも手を入れ、無駄な電磁ノイズの放出を極力抑えるようにも工夫してみた。


ムニンには、荷台にドローンを収納する整備ラックと制御用のマスターコントローラーを担いで貰うことにする。

要するに彼の背中をドローンの発着プラットフォームというか、移動基地として使わせて貰うわけだ。


七基のドローンは、ムニンの背中のスペースに効率よく納めるために、それぞれの翼が若干重なり合うような形で斜めに発着プラットフォームに固定された。

離陸するときは後端側から順に飛び上がり、逆に着陸するときは首側から発着レールを掴んでいく。


七基のドローンは構造的にもソフトウェア的にもすべて同一であり、一番機のアルファから七番機のゴルフまで、エミリンの操作次第でいつでも役割を交換できるので、離着陸のさいに各ドローンに順番待ちをさせる必要はない。


また、ジャンヌが編み出した新しいドローン戦術が主流になって以降は、確実性の低い空からのレーザー掃射に頼らず、レーザー砲は牽制に使ってメイルの迎撃に隙を作らせ、一撃必殺の誘導弾を撃ち込んで倒す方法がドローンによる対メイル戦闘の基本になっていた。

そのために、標準搭載しているレーザー砲は若干低出力ながら、弾幕を張るかのように連続照射できるタイプだ。


しかしエミリンの操縦技術なら、ほとんど無駄玉なしでレーザーを敵の急所に撃ち込むことができるし、隠密行動という点からもできるだけ誘導弾には頼りたくない。


連続照射能力よりも一撃のパワーを上げた方が今回のミッション向きだと判断したジャンヌは、ドローンのレーザー照射管をオプション武装の高出力タイプと取り替えて調整し直した。

いわばアサルトライフルからボルトアクションの狙撃用ライフルへの交換のようなもので、威力と引き換えに連続射撃力は十分の一以下になる。


これが腕の良くないパイロットならリスクが高すぎる選択だろうが、こっちにはエミリンがいるのだ。


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(ムーンベイ・ベースキャンプ)


ドローンの改修が済むと、さっそくエミリンはテスト飛行に取りかかった。


他の電磁ノイズの影響が少なくなるようにキャンプから少し距離を置いて、岬の丘の上で新しい七機編成を飛ばしてみることにする。

アクラにも一緒に来て貰って、ドローン自身が放つ電磁ノイズがどの程度低減されているかも評価して貰うことにした。


岬の丘の上で改修した飛行プログラムをテストしているエミリンとアクラを砂浜から遠目に見ているジャンヌの脇に、オマルが来て面白そうに言う。


「ぱっと見では、まるでオモチャで遊んでいる子供たちのようだな」


「まぁ、エミリンにとってはそれに近いかもね。テスト飛行だって、とにかくすぐにやりたがって...まるで新しいオモチャを手に入れた子供みたいだもの」


「だが、腕前は大したものだ。彼女がドローンで実際に戦闘をするところはまだ見ていないが、ああやって複数機を造作なくマニュアル操作で飛ばしているのを見れば、大体の予想はつくな」


「そうね...パイロットとしてのエミリンは一種の天才なのよ。

訓練を積んだとか技術を極めてるとか、そういう類いのことじゃなくて、最初っからそういう風にできてるのね。

あの子が二群のドローンをマニュアル操作で飛ばしているときは、その二群は本当にリアルタイムで別々の人間に操作されているかのように動かせるのよ」


「ほお、そうなのか」


「どうやってそれができているのか私にもわからないし、きっと本人にも説明できないと思うけど、恐らく、脳が複数あるような感じなんでしょうね。

だから、他の人にはいくら練習したってマネできない」


「それこそ天才の所以だな」


「ええ。コンソールの機能の限界も有るし、手は二本で指は十本しかないけど、複数のドローンを同時に正確に動かせるのはそういうことだと思うわ」


「なるほどなぁ。ピアノの演奏といいドローンの操縦といい、人間には面白いというか、未知の部分が本当に多い。知れば知るほど感心させられるよ」


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機械知性ワイトの乗った白い旧型メイルは、アクラのステルス塗料を_やはり薄いグレーの色合いのままで_塗り、他のみんなと電磁的な存在感を揃えてある。

荷台もベイムズと同じ設計を、フラットな背中に合わせて少し修正するだけで利用できた。むしろ、荷物運びだけならこっちの形状の方がよほどいいくらいだ。


念のため樹脂ファイバー製部品の多いエイトレッグもステルス塗料で全体を塗装し、搭載した荷物には、これまたアクラ特製のステルスシートでカバーを被せる。

以前、エミリンがオマルと最初に会いに行ったときに、岩場の影でアクラの戻りを待っていたときに被っていたものと同じマテリアルだ。


さらにジャンヌはこのシートを使って、二人分のマントというかケープを器用に縫い上げた。雨の多い森林地帯ではレインウェア替わりにもなるし、標高が高い場所では防風や防寒にも役立つ。


気候に対する防御の必要性についてはワイトにも念を押されていた。


「ところで、一つエミリンとジャンヌに忠告しておきたいことがある。君たち人類のコロニーは、およそ赤道近辺に集中している。いまの人類にとって北回帰線から上は不毛の荒野だろう」 


「ええ、そうね」 

「M.A.I.N.基地の緯度は北緯四十度を超えている」

 

「つまり?」 


「つまり、その近辺の山岳部は猛烈に寒いだろうということだ。

山岳部を抜けるために、通過する標高をどこまで上げなければならないかを、いまは予想できない。高度8,000フィートを越える山頂付近では、恒常的な低温のために真夏でも地表の水分が氷になっている。

恐らく君たちはその環境を体験したことがない」 


「!」 

「がんばる....」 


そもそもセル社会のほとんどの場所ではオーバーコートが必要な時と場所は非常に限られている。

幸い、ロングレンジボウラーであるスレイプニルには、高緯度地域への探索に備えて防寒具や簡易ヒーターなどの耐寒用品も装備してあった。


エミリンはまだ一度もそれらの装備を実際に使ったことはなかったが、道中で役立ちそうなサバイバル用品と一緒に多めに積んでおくことにする。


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フギンとムニンの再武装も、さらに再検討した上でやはり実行してみることになった。

エミリンもジャンヌも、この先なにがあってもベイムズが自分に銃口を向けることはないと確信しているし、もしも使えれば心強いことは確かだった。


アクラはベイムズを再び巣に連れて行き、レーザーポートに照射シリンダーを再挿入することにしたが、今回はワイトがアクラの巣を見たいというので同行してもらった。


いつものようにゲートを開けて巣に入る。

まずはフギンをメンテナンスゲートに入らせ、アクラが作業腕を展開して、メンテナンスケージの制御プロセッサーとリンクした。

フギンは大人しく動かないでじっとしている。


ワイトは巣の中やメンテナンスケージを興味深そうに見ていたが、ぽつりとこういった。


「どんな構造かは知っているが、実際に見るのはこれが初めてだ」

「僕が一体しか作られてないって事は、この巣も世界に一つだけ、だよね?」


「そうだ。これは君をM.A.I.N.基地の格納庫から運び出し、ランダムに選ばれたこの場所にポジションを定めてボディを展開して君を覚醒させた。

君を覚醒させた後は、ここでそのままじっとしていた。

これもグレイが、君の行き先を知れなかった理由の一つでもある。

オフラインの自律行動で行ったまま戻らなかったのだから、君の配備先の記録はどこにもない」


「ワイト、この巣が自律動作でここまで来たんだったら、また動かすこともできるのかな?」


「君のボディサイズに合わせて、通常のリエゾンより大きいが、似たような自律移動の仕組みは持っている。だが、ボディの展開設置後、十年間も高温多湿の環境に固定していたので、相当なメンテナンスが必要だろう」


「もっとも、ワイトに出会うまでは、これが『動くもの』だなんて発想さえなかったけどね」


「君は不十分な情報しか与えられていなかったからだ。君のいまの知識は、君の精神が人間だった頃のものに由来する部分が大きい」


「メイルになりきっていない状態ってことかい?」

「いや、以前も言ったようにもともとから君はハイブリッドな存在なのだ」

「ああ、僕はエイムの回路も持ってるんだったっけ?」


「そうだ。アクラの知性回路は人間由来の精神を持たせたメイル系の回路と、私のような純粋な機械知性として設計されたエイム系の回路のハイブリッドだ。

簡単に言えば、両方を足し合わせていると言ってもいい。

それに君はM.A.I.N.が作り上げたシステムの標準的な制御プロトコルを持っているから、このメンテナンスケージのような一種の工作機械を難なく動かすことができる」


「自分でも意識せずに使い分けてるってことかい?」


「そうだ。だからアクラは人間的な思考形態を持っていながら、自分のステルス装甲の制御や、巣のメンテナンスケージの操作のように、情報処理システム的な思考や動作も難なくできる。

数値演算のようなことならオマルのように通常タイプのメイルでも難なくこなすが、自分のボディではないシステムの制御は難しいだろう」


「ってことは逆に言うと、オマルには、このケージの操作はできないんだね」


「仮にインタフェースがあったとしても、そういったことは普通のメイルの知性回路には向いていない。だが、この作業用白メイルやエイムの回路構成なら問題はない」


「うーん、僕は人間どころかメイルでさえもないのか...」


「しかし、『元人間』であることは間違いない。それを写し取ってある回路が特別製というだけだ」


「そうか...ともかく、この巣をなんとか動かしてM.A.I.N.の基地に乗り込むって言う選択肢はないんだろうね?」


「それは無理だ。例え動作に問題なくても、これを十年ぶりに動かすのは、あまりにも注目を引きすぎるだろう。

だが、もしも今回の移動の途中に私が何らかの理由で脱落したら、またリエゾンを君のキーコードで停めるんだ。そうすれば必要な情報を得られる可能性は高い」


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(ムーンベイ・スレイプニル)


出発する前に、エミリンはどうしてもジャンヌに聞いておきたいことがあった。

スレイプニルのギャレーで夕食の支度をしているジャンヌを手伝いながら、エミリンは意を決してそれを口に出してみる。


「ねえジャンヌ、いまさらこんなことを聞くのも変かも知れないけど...どうして、M.A.I.N.停止に自分から行く気になったの?」


ジャンヌは冷凍ポテトを解凍する手も休めず、あっさりと答える。


「放っておいたら、あなたとアクラが危険だと思ったからよ」

「え、どうして! なんで私だけじゃなくって、アクラまで危険なの?」


「アクラはね、あの時、自分一人でM.A.I.N.の停止に向かうことが、あなたとの永遠の別れになるかもしれないとは考えてたと思うのよ。

そして、それを受け入れた。あなたの未来が守れるのなら自分はそれでいいと」


エミリンも、きっとそうだったろうと思う。


「でも、あなたも同じことを感じたはずよ。この別れは永遠の別れになるかも知れないと。

そして、あなにたはそれは受け入れがたかった。そうでしょ?」


いきなり図星を突かれた。


「あの場で私が言い出さなくても、結局あなたは絶対にアクラについていくと言い張ったはずよ。たぶんね」


「う、まぁ、そうかもだけど...」

「そうなるとアクラはとても困ったことになる。それは理性的な判断ではなくて感情的なものだから」


「そ、そうよね」


「だから、私はそれを理性的な判断に変える根拠を提供したの。

ワイトは最初から私たちの存在が役立つと考えていたかもしれないけど、アクラの機嫌を損ねないためには、それを自分から言い出すことができなかったでしょうね」


「そっか...そうだったの、ジャンヌ。私のためにあなたまで危険な場所に」


「いいのよエミリン。それは前にも言ったでしょう? 私にやれることをやるって。それにね、私はちょっと怒ってたのよ。あの機械知性の言葉に」


「ワイトの言ったこと?」

「そうよ。ワイトは...あの純粋機械知性はM.A.I.N.とまったく同じ存在よ。

自分の興味に従って行動しているだけで、そこに愛情なんか、欠片も存在していない。私はそれに我慢がならなかったの」


「物理的に、じゃなくて、精神的な意味でワイトもM.A.I.N.も似たような物だってこと?」


「そうよ。でもワイトが邪悪だとは思わないわ。悪いどころか、彼は非常に誠実で人類のこともきちんと考えてくれていると思う。

良心的な存在よ。それはわかっている。

でもね、愛情に裏打ちされていない行動は、決して美しくはならないの。

公平なだけじゃダメ。論理的なだけでもダメ。自分は正しいなんて絶対に思っちゃダメ」


エミリンは押し黙った。

ジャンヌはいつも自分には見えないものを見て、何歩も先を歩いている。

自分はそれについていくどころか、手を引っ張って貰わなければ歩き出すことさえできない存在だ。


でもきっとジャンヌは、そんなエミリンの切ない思いさえ笑い飛ばしてくれるのだろう。


「だから、自分自身としてもやっぱり行きたいと思ったの。

もしもアクラを一人で行かせたら、私はこれからの人生で自分の責任をまっとうできないと思ったのよ。

手に余るから投げ出して、結果を見ないように目をつむって日々を過ごす...私はそんなことはしたくなかったのよ、エミリン」


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地下に水を溢れさせる破壊工作のために必要だとワイトが指示した工具や材料類も多めに積み込み、出発の準備は二週間ほどで完了した。


実は巣がリエゾンそのものだったと言うことを聞かされたエミリンは、しばらく大きく口をあけたまま驚いていたが、いまとなってはあまり意味がない。

それに、アクラのリエゾンを幾ら調べても、決してM.A.I.N.にはたどり着けなかっただろうと、いまはわかる。


ジャンヌはスレイプニルとベースキャンプをどうするかを直前まで悩んでいたが、結局、スレイプニルを自律モードにして沖合に出しておくことにした。

本来ムーンベイは内海に面した静かな湾だし、セルの密集地に較べれば緯度も高いから、これからのハリケーンシーズンでもそれほど心配はない。

だが、二ヶ月以上も留守にするとなると、万全を期しておきたかった。


スレイプニルのサイズなら少々の波浪でも乗り越えられるし、外洋に出るならともかくも、この内海のエリア内でなら、むしろ水深の深い沖合の方が危険回避がしやすいだろう。


ジャンヌは船内をすべてスタンバイモードにしてから船を降り、自律出港した後はムーンベイが見える位置の沖合で自己保全を最優先して待機するように指示を出した。

無人になったスレイプニルは静かに碇を上げると、ゆっくりとムーンベイから出て行った。

この先は、嵐や、滅多にないことだが津波などに対する危険回避行動は、すべてスレイプニルの自律航行制御任せだ。


もしも接近した他局の船から連絡が入ったときには、自動応答でジャンヌもエミリンも上陸中だと応えるようにしてある。

一ヶ月くらいはそれで持ちこたえるだろうし、運が良ければ二ヶ月でも大丈夫かもしれない。


もちろんダメだったときには、ジャンヌは当然クビおよび出廷覚悟だ。


その程度の覚悟もなしに『人類の未来』なんてものには、さわれるはずもないと納得の上の行動だった。

それに二人がこれからやろうとしていることを考えれば、その程度は「心配」とすら言えないような物だ。


そもそも、二ヶ月後に生きてムーンベイに戻れているなら、何はなくとも万々歳なのだから。


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