計画


(ムーンベイ・ベースキャンプ)


白いメイルに移動したメッセンジャーの情報で、M.A.I.N.に関することはかなり判明した。


最初は『ホワイト』だったが、いつのまにかエミリンによる『ワイト』という発音の方が馴染んで、気がつくとみんな同じように彼のことを『ワイト』と呼ぶようになっていた。


ベースキャンプの屋外会議室となっている高台の草地で、人類二名と元人間のメイル二名とメイルに入った機械知性という、ユニークな組合せの五人の知性体は、M.A.I.N.基地への侵攻ルートを数日に渡って検討した。

アクラ一人の時は広々としていたこの場所も、オフィスのプレハブや倉庫が建った上に、顔を突き合わせるメイルが二名も増えるとさすがに手一杯だ。


エミリンとジャンヌも巨体たちに囲まれていることにすっかり慣れてしまい、自然にメイルたちが顔を突き合わせている、その中心に自分のポジションを置くようになっていた。でなければ誰が誰に向かって話しているのかわかりにくい。


M.A.I.N.基地の位置は、ムーンベイから内陸に向かって900キロ、つまり約500マイルほどの場所にある高原地帯だ。

そこがM.A.I.N.の居所に選ばれた理由は、今でははっきりとは分からないが、周辺の地形が広範囲に平坦で、リエゾンによる輸送にも向いている。

基地は地下に大きく広がり、マグマ溜まりまで掘削口を掘り下げて地熱発電の熱源として利用しているという話だった。


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「この数百年間は水位の上昇も気候変動も納まってきていたし、大幅に地形が変わっているとは考えにくい。もちろん、新しく都市や道路ができたわけもない。

少なくともリエゾンの主要なルートはそう大きく変更されてはいないようだ」


「最初に私たちが考えていたとおり、リエゾンの来た方向を辿っていけば、M.A.I.N.に辿るつくことはできるわけね」


「そうだが、どこを通ろうと最終目的地の緯度と経度がわかっていれば問題はないだろう。あなた方は遠洋航海に際して、天測航法を用いて現在位置を割り出しているのではないかと思うが?」


「そうよ、基本は六分儀ね。もちろん完全に自動化されているから、自分で星を眺めるわけじゃないけど」


「原理を知っているなら問題はないだろう。仮に途中で私とはぐれても、簡易な計測器と時計だけで大まかな位置は確認できるはずだ」


ワイトによると、移動に際して、例えばリエゾンを拿捕して利用するなどの目立つ行動を取ることは、M.A.I.N.の防御機能にアラートを出す可能性もあるということだった。

その場合は通過可能なルートの色々なところで、待ち伏せによって迎撃される可能性も出てくるかもしれないし、それを乗り越えたとしてもM.A.I.N.基地への奇襲はとても望めないということになる。


「実際のところM.A.I.N.は、私たちが何者か、何を考えて行動しているのかを掴みようがない。M.A.I.N.の基準から言えば、私たちは完全にオフラインな存在だからだ。山岳部を静かに進んでいく分には、M.A.I.N.に私たちの存在を検知される危険は非常に少ない。

しかし、なんであれ予定外の存在は抹消しようとする。それがM.A.I.N.だ。

私たちが予定外の行動を積み重ねればそれだけ、M.A.I.N.にとっての注目度は増していくことになる。人類的に表現すればだんだん目障りになって消そうとするかもしれない」 


「できるだけ素早く隠密に動くことが必要となるわけだな」 とオマル。

 

「そうだ。だが、速度よりは隠密性が重要だ。また、地上を移動する直線ルートはない。途中には二つの山脈があって、それを越える必要があるが、主要なルートは三つ。どれにも一長一短がある」


そこでワイトはかすかにジャンヌとエミリンの方に頭を振り向けた。

恐らく、チームの中で最も脆弱なボディを持つ人類に、ルートを決めて貰うのが良いというジェスチュアだろう。


「簡単に言えば、山越えを避けて最短距離を取るコースはリエゾンの巡回コースでもある。メイルたちの繁華街を通るので目につきやすい。

二つ目のコースはアップダウンは少ないが、山間部以外はほとんどが乾燥地帯を通り抜けるので水の補給も困難だし、メイルのボディにとっても過酷な環境だ。

そして三つ目のルートは最も僻地を通るので最も安全で森林地帯も多いが、高低差が激しく距離は長い」 


「自然環境を別とすれば、障害になるのはメイルとエイムだけと考えていいのかしら?」


「そう考える。他に、M.A.I.N.由来の存在はリエゾンだけだ」


「それと、大陸内部には、M.A.I.N.独自の警戒網はないのよね? レーダーとか」


「M.A.I.N.が軌道兵器の制御を失っているいまは、それに準ずる仕組みはない。

空からの侵入者は考慮する必要がない。エイム達自体がその警戒網の役割も果たしているし、そもそも内陸には警戒を要する相手がいない」


「じゃあ単純に考えれば三つ目のルートしかないわね。一つ目は『ガントレット』になりかねないし、二つ目はヘタしたら砂漠で遭難ってことだもの。

私とエミリンに水不足は堪えると思う」 


「一応聞くけど、仮にガントレットになったとしても、素早くM.A.I.N.基地にたどり着けた方がいいってことはないの?」 とアクラ。


それにはワイトの代わりにオマルが答えた。


「アクラがいれば、ルート上で出会うすべてのメイルとエイムに勝てるだろうさ。だが、そうなると、わしらの進んだ後は屍類類だ。

縄張り争いの偶発的な戦闘ではないスピードで、メイルやエイムの残骸が残されていくだろう。その残骸たちを線で結んだらどうなる?」


「ああ、そうか!」


「どこから来て、どこへ向かっているかがはっきり分かる一本の線が、わしらの通るルート上に引かれるということさ。それがM.A.I.N.への警告になったら目も当てられん」


「恐らく妥当な判断だ。装備が十分で隠密性を維持できれば時間は十分に有る。M.A.I.N.に注目されるまでは急ぐ必要はない。

前回、私が提示した予想所要時間も、山岳部を通るというジャンヌの意見を踏まえて、この三つ目のルートを想定したものだ」 


「ふむ。それで、上手くたどり着いたとして、具体的にはどうやってM.A.I.N.を停止させるんだね?」


「まず、M.A.I.N.の主要ハードウェアは、基地の地下900フィート付近を中心に配置されている」


「ずいぶん深く地下に潜ってるんだな」


「以前の旧人類たちが核兵器を使った経験があることも大きな理由だ。

核兵器による放射線障害とその後に引き起こされる長期間の電磁ノイズは、M.A.I.N.の母体である電子回路にとって致命的だ。

その危険を避けるために、M.A.I.N.となる以前の当時のAIは、地下に核シェルターを建造して、その中にこもった。各出入り口に頑丈なシャッターが設けられているのも、外部からの敵を防ぐと言うよりもそれが理由だ」


「なるほど、いまだに昔の男達がやらかした結果を引きずっているわけか」


「いまでは核兵器の脅威は消えていると考えて良いだろうが、地中にいることは太陽フレアによる電磁波障害を避けることにも効果的だからね。

M.A.I.N.の時間的な感覚では、太陽がスーパーフレアを引き起こすのは自分の存命中にたびたびあること、という想定だ」


「だが、その地下900フィートの要塞にも弱点はあるというわけだな?」


「M.A.I.N.の地下工場や本体のプロセッサー類は以前に話した通り地中のマグマから得た熱をエネルギー源にしているが、そのコントロールと媒体には水が必要だ。

だから、M.A.I.N.はこの基地の脇に巨大な貯水池を建設し、そこに運河から水を引いて、年間を通して安定した水の供給が得られるようにしている。

この貯水池の水が揚水ポンプによって汲み上げられて地下に送られる。

この配管は基地のエネルギーシステムにおいて生命線とも言えるものなので、何重にも防護が施され、まず停まることのないように安全対策がとられている」


「ほう、それを停めて熱暴走を引き起こさせるのかね?」


「いや、それは非常に難しい。鉄壁に近い安全装置が守っているし、M.A.I.N.は自然環境の変化も視野に入れているからだ。

最悪の場合は貯水池が空になっても導熱路を閉鎖して熱交換塔を破棄すれば安全を保てる。アクラ頼りの時は、最奥部に侵入してその機構を徹底的に物理破壊することが第一の狙いだったが、ジャンヌとエミリンに協力を得られたいまなら、別の方法がとれる」


「武力突入しない方法で?」 と、アクラ。


「そうだ。できるだけ密かに内部に入り込み、地下深くのM.A.I.N.のコアが存在するブロックへ飛び降りて、冷却水の供給パイプラインをこっそりと加工する。

もちろん、人間の手で扱えるように作られているものではないが、それは対応方法がある。

たとえ何らかの故障で揚水ポンプがとまったり、途中のタービンに不調が出ても、冷却水は絶対に止まらないように重力ポンプでバックアップされている。

それらに加工を施せば、冷却水の供給が過剰な状態を作り出せると考えている」


「逆に、地下を水で溢れさせるわけか!」


「そういうことだ。M.A.I.N.の主要ハードウェアは、仮に発電システムが長期間停止しても困らないように、複数のナトリウム反応炉でバックアップされている。

本来は絶対に水が流れるはずのない排熱ダクトを伝わせて、そこに大量の水を流し込む」


「うぅむ、それは凄いことになりそうだな」


「その、ナトリウム反応炉の置かれたエリアに直接爆発物...例えばアクラの誘導弾を改造した物とか...そういう物を仕掛けるわけにはいかないの?」


「アクラを生み出した一件からM.A.I.N.は製造部門のシーケンスを再チェックしてエラーを修正した。それ以来、私が独自設計のマシンを生み出すことは不可能になったし、基地のメンテナンスマシンを制御下に置くこともできない。

もし、直接そのエリアに行くとすれば、アクラの武装に頼らなければ到達が困難だ」


「ああ、そういうこと...」


「この給電回路はバックアップ専用なので、通常の地熱発電機からの送電を受ける整流変圧器よりも内側にある。つまり、送電が不安定になったときのサージやパルスをカットする安全回路よりも内側と言うことだ。

水没したナトリウム反応炉に一時的に過剰反応が起きて高電圧が発生すれば、それは反応炉そのものの安全装置のキャパシティを越えると想定される。

M.A.I.N.の主要な電子回路に設計値を越えた大電流を送り込むことができるかも知れない」


M.A.I.N.の規模の回路を、それで破壊できるかなあ?」


「いや、なによりも、急激な連鎖反応によるナトリウム反応炉の爆発の衝撃で物理的にもM.A.I.N.の閉じこもっている空間を破壊することを期待している。

これで M.A.I.N.のハードウェアの多くは回復不可能な損傷を受けるはずだ。そうすればM.A.I.N.は永遠に停止する」


「それは純粋機械知性の本体もだろう?」 


アクラが問いかけたが、ワイトは軽く流すだけで話を続けた。


「そうだ。だが最優先事項はM.A.I.N.を停止させることだ。それ以外のことはぎりぎりまで放置していてもいい」


「まぁ、いまはそういうことにしておこう。しかし、M.A.I.N.のように用心深い存在が、自分の構成要素を一カ所に固めておくとは不思議な気もするがなあ」


「構造の冗長性を持たせるという意味では、回路的には十分なキャパシティを備えているし、そもそも、M.A.I.N.基地がなにかから物理的に攻撃を受ける可能性は非常に低い」


「バラしておく意味があまりないということか?」


「思うんだけど、知性回路の構成要素を数マイル離したところで、基地全体への大規模な攻撃に対する備えにはならないんじゃないかな。

かといって数十とか数百マイル単位で分散させたら、本来のM.A.I.N.の思考速度からすると耐えがたい遅延が生まれるような気もする」


「アクラの推測は的を射ていると言えるだろう。実行にあたっては留意点が二つある。まず、冷却水路を操作したあとのジャンヌとエミリンの避難が迅速でないと、ナトリウム反応炉の爆発に巻き込まれる可能性がある。

二人の安全確保には速やかな脱出が不可欠だが、距離的に人間が走る速度では間に合わない可能性が高い」


「つまり連係プレーが必要ってことだね」 


アクラの言い様が妙にさわやかなのが面白い。


「また、冷却水の溢れ方が想定以上で、最深部の熱交換システムの内部にまで到達してしまった場合は、導熱路を通じてマグマ溜まりに向けて大量の水が一気に流れ込み、大規模な水蒸気爆発を引き起こす可能性もある」


ジャンヌにはその意味がすぐにわかった。


「それじゃあ、まるっきり火山の爆発じゃないの!」


「そうだ。周囲の数平方マイルが吹き飛ぶ可能性もある。その場合は当然地下の生産設備もすべて破壊されるだろう」


「うわあ....」


さすがにそうなったら、走って逃げるどころではないことはエミリンにもわかる。


「ただし、M.A.I.N.のバックアップ用ナトリウム反応炉周辺だけを破壊できた場合は、自律動作している生産工場自体は、すぐに止まらない可能性が高い。

冷却水路も短時間で自動復旧するはずだ。

M.A.I.N.停止後に改めて制御を行うことで、メイルたちへのエネルギーパック供給も閉ざすことなくすむだろう」


「その期待値はどのくらい?」


「破壊の程度にもよるから推測のしようがない。

当面の間、工場は全て自律稼働で動き続けるという期待もできる。

ただしM.A.I.N.自身の判断を必要とするような状況、例えば資源供給元の変動とか、そういう事象が起きて長い間解決されないままの状態が続けば、やがて停止するはずだ」


「そこはいま悩んでも仕方ないわね。じゃあ次は必要な装備だけど、アクラとオマル、それにベイムズたちにはエネルギーパックの予備と補充用の弾薬を運んで貰うとして、この際だから、ベイムズの破砕弾発射装置にも弾薬を詰めといたら? 

撃てなくても運搬ならできるでしょ。アクラとオマルの予備弾にすればいいわ」 


だが、アクラは反対した。


「それはしたくない。なぜなら今回の移動中は、ジャンヌ達がベイムズのシートに座っている可能性が高い。もしも、フギンやムニンが攻撃を受けた場合に、弾薬が誘爆すると危険だからね」 


「ありがとうアクラ。でも、ベイムズがレーザーや破砕弾の攻撃をボディに受けるような状況なら、その瞬間を生き延びたとしても後がないと思うの。

かと言って予備弾薬を持って行かないわけにはいかないと思うし、どうせエイトレッグにも積むんだから、ベイムズのボディの中にあったって大して変わらないと思うわ」 


「まぁ...確かにそうだね...。じゃあ、フギンとムニンにも弾頭を運んで貰うとしよう」 


「君の有線誘導弾はどうするね? 嵩張るだろうが基地攻略には威力を発揮するのではないのかな?」 


「あれは...まず、僕は一度も実戦で使用したことがないんだ。スペックは理解しているけど使いこなせるかは不明だ。

それに、あれを装着していると、ステルス装甲の環境追従に隙間ができやすくなって、発見される可能性が高まるかもしれない」 


ワイトも見解を述べた。


「純粋機械知性は当初、アクラによる強行突入を期待していた時点では、有線誘導弾で工場のゲートを破壊することが必須だと考えていた。

だが、いまでは何とも言えない。M.A.I.N.基地から最後に脱出する時以外は、あれを使う時点で隠密行動が失敗している可能性も高い。

また、単に途中で遭遇したメイルやエイムの排除に利用するには、運搬する重量と破壊力が過剰だとも言える」 


ジャンヌが遮った。


「ねえワイト。ちょっと本題から外れちゃうけど、あなたを送り出した存在を純粋機械知性』って呼ぶのがどうも引っかかるのよ」


ジャンヌはいかなる時でも呼び名にこだわる。


「あなた自身だって純粋機械知性なんだし、そっちの呼び名も決めてしまわない?」


「なるほど。では命名してくれ」


「...例によってこだわりはないのね...いいわ、あなたがホワイトだから、その元になった存在は、グレイってことにしましょう」


誰も反対するはずもなく、あっさりとメイン基地にいる純粋機械知性の呼び名はグレイに決まった。

だが、エミリンにしてみると、あのこだわりの強いジャンヌが、ホワイトだのグレーだのという無機的な名称であっさり決着させてしまったことの方が不思議だった。


「ところでだ、さっきの話の続きだが、エミリンのキャビンを乗せたハーネスは外す必要がないだろう? 最後に大暴れしての脱出用に期待できるなら、君のハーネスへの装着はせずに、発射ユニットを一セットだけエイトレッグに積んでいくのはどうだね?」 


「そうだね。エイトレッグが使えている限り、積載量にはまだ十分な余裕があるから、そうしよう」 


「ところで、リエゾンの通り道をそのまま辿るわけじゃないとすると、MAVやATVを使うのはやはり無理かな? あれは中々スピードが出て偵察には良さそうなのだが」 


「ATVなら途中は担いでもいけないことはないけど、エイトレッグと違って色々なノイズの放出が激し過ぎると思う。逆に注目されやすくなってしまうんじゃないかな?」 


「ふむ、言われてみればそうだな。では荷物運びのエイトレッグだけ連れて行くか。ジャンヌの試算では、エイトレッグ四台で二人分の物資三ヶ月分を運べると言うことだったね。それなら少々長引いても往復に問題はないだろう」 


「オマル、私たちの物資はもう少し減らせると思うわ。日程が延びたときの予備は持っておきたいけど、帰りの分はそんなに要らないでしょう?」 


「帰りはもっと早いはず、か?」 


「そうよ。M.A.I.N.を停止させれば帰りは堂々と最短ルートを取れるんじゃないかしら?」 


「残念だがジャンヌ。それには同意できない」 ワイトが否定した。


「それまでの活動いかんではエイムたちに攻撃指示が出たまま停止できていない可能性もある。軌道兵器がいまもアンコントロールで動き続けているように」 


「あの攻撃中枢へのリモート指示の話ね」 


「そうだ。仮にそういう状況になった場合を考慮すると、ジャンヌとエミリンの安全のためには帰路も往路と同じ日数を予定しておくべきだ」 


ワイトが以前、エイムたちにはリモートコントロールレセプターが攻撃中枢に埋め込まれていると言ったのはそういう意味だった。

必要があれば、M.A.I.N.は大陸中のエイムたちを操り人形のように好きに動かすことができる。


ドローンと同じというわけではないが、攻撃対象や行動基準を変更させることができるので、最悪の場合は、大量のエイムに押しかけられる危険性もないとは言えない。


「ゾッとする話ね。主が消えた後もエイムたちが敵を探してゾンビのようにさまよい続けるってことなの?」 


そう言ってジャンヌはふと、少し離れた場所にいるベイムズたちの方を見た。


砂浜の方では、フギンとムニンが頭を向け合ってなにかに取り組んでいるようだが、その対象が見えない。

前脚を作業モードに展開して、かなり俊敏に動いている割には、どちらも大きく位置を変えないし、何も運んではいないようだ。


不思議に思ったジャンヌは誰に聞くともなしに口にしてみた。


「フギンとムニンは...あれは何してるの?」 


「ビーチバレーして遊んでる」 と、エミリン。


「はぁっ?、どういうことよそれ?!」 


「お昼のあと、私とジャンヌが息抜きにビニールボールでバレーしたでしょ? 砂浜で。それを見ていて興味を持ったらしいの。

あの後、二人とも私に近寄ってきて、ビニールボールをとっても触りたがってるように見えたから渡してあげたのよ。

ちゃんと潰さずに扱ってるわよ。大したものだわ」 


「遊ぶというのは知性の証だ。いまの彼らは、峡谷に隠れていたときの私よりも、よほど溌剌としているよ、ジャンヌ」 


ジャンヌは、ビニールボールで『遊んで』いるらしいフギンとムニンをしばらく黙って見つめていたが、大きくため息をついた。


「バレーと言うよりはハンドサッカーかしら? 何にしても、しょっちゅう驚かせてくれるわね、あの二人は」 


それを見ていたアクラが提案した。


「フギンとムニンに再武装させてみるのはどうだろう?」


「うん? あの二人はもう武器が使えんのだろう? どういう意味があるんだね」


「確かに、ベイムズたちには攻撃中枢というか命令コアがない。だから、他人を攻撃もできないけど、代わりにM.A.I.N.の思い通りに操られる心配もない」


「色々な意味で安心なことだ」


「そうなんだけど、『破壊の欲求』がなくても、攻撃っていうか、射撃自体はできるようになるんじゃないかって気もするんだ。

まあ、実際、この先も自分から誰かを攻撃できないと思う。だけど....それが良いか悪いかはともかく、あの二人はエミリンやジャンヌを守るためなら撃てるようになりそうな気がする」


「ふうむ...いつか君が言っていた『攻撃しないで守る』っていうことかね。そんなことが可能なのかな? 

彼らを再武装させたところで、この先それが私らに向けられることは、もうないだろう。それは確信している。だが、武器は武器だと思うんだが」


「彼らには、もう攻撃したいって言う衝動はない、だけど、エミリンを大型獣から守ろうとしたときも、オマルと始めて会ったときに自分からジャンヌとエミリンの盾になろうとしたことも、誰にも何も命令されていない」


「それは聞いている」


「ただ、あの二人は僕のせいで自分たちと一緒にいる存在を守るって意識を持ってしまったらしい。

だったら、その欲求で武器も使いこなせるようになるんじゃないかって思う。具体的には、エミリンとジャンヌの要請があれば撃てるんじゃないかって思ってる」


「一概に否定はできんが...事故の元になったりしなければいいがな。使えない武器を持っているのはトラブルの元になりかねん」


「オマルの言いたいことはわかるんだ。僕もそれはずっと考えてきた」


「私には事故の危険性を増やすだけにしか思えんよ。そもそもあの二人は、なんの武器もないのに私のレーザーポートの前にしゃしゃり出てきたんだぞ? 

逆にジャンヌやエミリンに思わぬ危険をもたらしたり、あのベイムズ自身をも危険に晒したりすることにはならんだろうか? 私はそれが心配だな」


「あの二人のレーザーポートからシリンダーを抜き取って以降、ポートに電圧がかかったことは一度もないんだ。

電圧がかかったらわかるように発振器で回路をショートさせておいたからね。

破砕弾のハッチも同様だよ。あの二人は『撃つ』という衝動自体を失っている」


「それなら、なおのことだろう? 撃つつもりもないときに、本人すら意識しない出来事でスイッチが入ったりしたら目も当てられん」


「うーん、エイムの火器管制シークエンスがメイルと同じ流れなら、それはないと思うんだけど....」


「ならいいとしても、そもそも、どうしてアクラはフギンとムニンを再武装させたいんだね? 私にはトラブルの種にしか思えんが、君には何かはっきりとした理由があるんだろう?」


「...その理由は、あの二人を再武装させて、それをエミリンとジャンヌを守るために使えるようになったとしたら、万が一僕やオマルが倒れても、彼女たちが生きてここへ戻れるチャンスがあるからだよ」


確かにエミリンとジャンヌが、自分たちの食料や資材を全部担いで歩くというのは不可能だ。

行くにしろ戻るにしろ、エイトレッグかベイムズの運搬能力は必要になる。

そして、それは原野の中で目立つ存在であり、メイルやエイムに発見されたら攻撃されることは必須だ。


反撃の手段を持たなかったら生きて戻ることは難しい。


もしも探知能力に優れたアクラやオマルが帰路に同行できなくなったときには、エミリンとジャンヌが生き延びるチャンスは非常に少ないだろう。

だからこそ、アクラは二人に一緒には来て欲しくなかったわけだが。


「それに、あの二人を再武装させるとしたら、巣のメンテナンスケージが使えるいましかない。出発してからでは不可能なんだ」


「わかった。私はジャンヌとエミリンの意見に従おう。ベイムズのことで一番影響を受けるのはジャンヌとエミリンだからな」


ジャンヌはエミリンの顔を見た。

目を合わせれば言いたいことはわかる。


「私たちはOKよ。フギンとムニンがそれを使いこなせるかわからないけど、可能性を持たせておくのは悪いことじゃないと思うもの。

それにひょっとしたら、私たちだけじゃなくてフギンとムニンの生存性向上にも意味があるかもしれないって思うわ」


「そう言うものかねえ...」 


オマルは反対しないと言いつつも納得しきれない様子だ。

やはり、最初の出会いのときに丸腰で自分の前に立ちはだかった二人に対して、もしも彼らが武装解除されていると事前にアクラに教えて貰っていなかったら、あの頃の自分は、間違いなく先に撃っていただろうと思っているからだった。


「ともかく、ジャンヌとエミリン用にエイトレッグ四台分の食料や資材は運んでいこう。でも、それはエイトレッグではなく、全部フギンとムニンに運んで貰うのがいいと思う。ベイムズの荷台なら一人でエイトレッグ三台分の資材は十分に運べる」


「そうだな、それなら何かの事情で僕らの行動が一時的にバラバラになったとしても、ジャンヌとエミリンがベイムズと一緒にいる限り、飢える心配も移動できなくなる心配もなかろう」


「逆に予備弾薬類はすべてエイトレッグでいいと思うんだ。いざ行動に支障がでたら放棄したっていいしね」 


「私もそれに賛成だ。私やアクラは、どうしても緊急時には戦闘行為を行う可能性が避けられない。そういうときに二人を乗せたままだったり、食料を燃やしてしまうわけにも行かないからな」 


「もし、運んでいける量に十分な余裕があるのならっていう話だけど....」 エミリンがおずおずと発言する。


「なんだい?」 


「ドローンをワンセット持って行くのはどうかしら?」 


「ふむ?」 


「ドローンのボディにも、アクラのステルス塗料を塗って貰えば、いまよりは目立たせずに運用できると思うの。

そうすれば途中の偵察やルートの探索に使えるし、逆に囮にもなる。

もちろん誘導弾で武装させておくこともできるわ。

制御はポータブルコンソール経由になるけど、近距離のワンユニットだけなら上手く動かせると思うの。ダメかな?」 


「そうか、偵察用のドローンを移動しながらでも運用できるのか、それはいい手だな」 とオマル。


「そうだね。見通しの悪い場所では、ドローンを先行させるだけで、不測の衝突を随分避けられるかもしれない。それにドローンの武装を二人の防御にも使える」 


全員の中で一番探知能力が高いアクラも乗ってくれた。


「じゃあ、エイトレッグを一台、ドローンのプラットフォームに改造する? 食料とかは厳選して押し込めば何とかなるでしょ」 と、ジャンヌも賛成する。


ワイトが口を挟んだ。


「私が利用しているボディは作業用メイルだ。あのエイムたちに装着しているような荷台を制作して貰えれば、私にも荷物を運べないだろうか?」


「大丈夫だ。ワイトがよければ大歓迎だね。代わりにムニンの背中の上にドローンの発着台を作れるんじゃないかな?」 アクラがそう提案する。


確かに、フギンに食料、ムニンにドローンの組合せでジャンヌとエミリンが帰路につくことができれば、アクラとオマル抜きでも二人の生存の可能性はかなり向上するだろう。

ドローンを持つエミリンは、一対一なら十分にメイルと渡り合える。


「ではそれで行こう」


そのオマルの言葉を継いで、ワイトが思いがけないことを言った。

「私にもドローンを動かせると面白いのだが?」 


「ポータブルコンソールはタッチセンサーとジョグスティックの組み合わせなの。人間の手と同じ動作ができれば大丈夫だと思う。あと、指に導電性がないと上手くいかないかも...コンソールの制御回路と電気的に繋げるインタフェースを作れればもっと簡単だとは思うけど」


「難しいことはできなくてもいいから試してみたい。それと、隠密性を高めるためには、私のボディにもアクラのステルス塗料を塗って貰うのが良いと思う」

 

その言葉で、ジャンヌが気がついた。


「そう言えば、あなたの頭脳には、あの知的活動を阻害するジャミング波は影響を与えないの?」 


「この作業用ボディの知性回路は自律行動の実現に絞った古い設計だ。人間の精神を移植することを前提にした知性回路と違って、そもそもそれを受ける仕組み自体がついていない」 


「なるほど...では、純粋に電磁的に見えにくくすればいいわけだ」 とアクラ。


「私たちは揃って『ゴースト』になるのさ、アクラ。できるだけ誰もいない場所を縫って、静かに見えないように進んでいくのだ。まるで太古のキャラバンの亡霊のようにね」 


オマルは人間だった頃にはきっと詩人だったに違いないと、エミリンは思った。


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