リエゾン
(リエゾン・機械知性)
一行はリエゾンをとりまいたまま、しばらく誰も動かなかった。
いや、動けなかった。
息を飲んだ、というのはまさにこういうことだった。
岩陰でヘッドセットトーキーの声に耳をそばだてていたエミリンやジャンヌも、いままで散々ありえない経験をしてきたつもりでいたが、これほどではなかった。
そして、またしても...事態があまりにも想像を超えた時、知的存在は、その思考を一時中断してしまうことがある。俗に言うショック状態というものだ。
いま、リエゾンの周辺にいる知性体をもれなく包んでいるのは、まさにそれだったが、リエゾンは素知らぬ風で言葉を続けた。
ー 恐らく百二十三日後の次の君への補給のときには話せるだろうと期待していたのだが、それよりも早くコミュニケーションできたのは私にも驚きだ ー
「どういうことなんだ....」
ー 君をようやく見つけたからだ、アクラ。およそ十年振りにね。 ー
「リエゾンにも知性があったのね!...」
エミリンは呆然としながら無意識に声を出してしまっていた。
その声はかすかなつぶやきに過ぎなかったが、リエゾンはそれに反応した。
ー こんにちは、人類の方。
混乱させて申しわけないが、私はリエゾン自身ではないのだ。
いまはリエゾンの装置を借りているだけに過ぎない。
良ければ近くへどうぞ。私は人類を攻撃するつもりはない。 ー
エミリンとジャンヌは、一瞬顔を見合わせた後、フギンとムニンを岩陰から出してリエゾンに向かって降りていった。
「いまあなたは、どこかから通信してきているのかね?」 とオマル。
ー いや、ジャミング網は普遍的に作動している。私は、それを掻い潜ることができない。飛行体も同様だ。私には軌道兵器を制御できない。 ー
「そうか...では、いまリエゾンの中にいるわけだな」
ー 私は単なるメッセンジャーだ。
私の意識と思考はリエゾンの回路の中に、完全なスタンドアローンで秘匿されている。
いま君たちと話している私は、自我を保つための最低限の思考能力と、アクラとの対話に必要と思われる最小限の情報だけをコンパクトにまとめてある存在だ。 ー
「メッセンジャー? そいつは誰からのメッセージだ?」
ー 私を生み出したのは、君たち風に表現するなら『純粋機械知性』だ。 ー
「純粋機械知性?...」 ジャンヌがつぶやく。
ー そうだ、人類の方。その知性回路は人間の精神をコピーして作られたものではない。
もちろん最初のスタート地点を考えると、その影響は大きいが、少なくとも人間そのものを土台とはしていない。 ー
「で、なぜ人間の言葉を?」 オマルが聞く。
ー リエゾンの周囲で人間の言葉による情報交換がなされているのを検知したからだ。正確には、リエゾンがセンシングしていた環境情報の中にそれが含まれていたことを、アクラからのビーコンを受取った後に私が発見したからだ。 ー
ー だからアクラと君たちが人間の音声言語をコミュニケーションの共通基盤にしていることがわかり、私もそれに参加することにした。 ー
ー それにしても君たちはユニークだ。
エイムに乗った人類など想像もしていなかった。
多くの点で君たちは私の想像をはるかに超えた存在だ。 ー
「人間の言葉を以前から知っていたのね...」
リエゾンに近づいたジャンヌは信じられないものを見るような目で鈍く光るトラムのようなボディを見つめながら言う。
ー 大本を辿れば、私の思考はアクラと同様に人間の言語をベースに成立している。むしろ『メイル言語』の方が新しく恣意的に作られたものだ。
ただし、私はいかなる意味でも人間ではない。過去に人間であったことも一度もない。 ー
「私からお尋ねしてもいいかしら?」
ー もちろんだ、人類の方。だが私はアクラとの対話とサポートに必要と思われた情報しか持っていない。
人類の方の疑問に答えられることは、あまり多くないかもしれない。 ー
「ありがとう。それと改めてこんにちは。私はエミリン、そして彼女はジャンヌ。アクラの友人よ。あなたが、メイルの作り手なの?」
ー そうではないエミリン。いまの状況は不本意なものだ。 ー
「じゃあ、メイルの作り手は誰で、純粋機械知性とはどういう存在なんだ?」 とアクラが引き継ぐ。
ー 直接的なメイルの制作者は、『M.A.I.N.』という。
それは、私を送り出した存在とは異なる機械知性体だ。
それは軌道兵器を生み出し、大陸にジャミング網を張りめぐらした。
やがてメイルを作り、エイムを作りだした。
いまも、大陸内部にある基地の製造装置で新しいメイルやエイムを作り出してこの惑星を支配している。
それがM.A.I.N.だ ー
耳を疑う内容をさらっと言ってのけたリエゾン、いや、リエゾンに乗り移っている存在の言葉に、再び一同は硬直してしまった。
内容が想像を超えていて、エミリンもジャンヌも次の言葉を口にすることができない。
ー 支配者というのが適切な表現かどうかは別として、すくなくともメイルの制作者であると同時に、これまで、この惑星の上で起きたことの多くを裏から画策した存在であることは間違いない。 ー
「それは...具体的には何者なの?...」 と、ジャンヌが言葉を押し出すように言う。
エミリンは黙ったまま、困惑しているような、猜疑心に包まれているような複雑な表情をしている。
ー M.A.I.N.の存在は、太古の人類が高度な知能を持った電子的機械、『AI(人工知能)』を作り出したことから始まった。
そして、ある時点からはAI自身が、自分自身を改良できるようになり、複雑な過程を経て、本当の思考力、つまり『自我』を持つ機械が誕生した。 ー
ー それを元に、電子化された多くの人間の意識が融合した存在がM.A.I.N.だ。
つまり、M.A.I.N.はその根源に人間の精神構造のイミテーションが存在している。その点で、一口にAIと言っても、純粋な機械知性とは素性が異なる。 ー
アクラが口を開いた。
「M.A.I.N.が何者かを僕らが理解するのには、少し時間がかかりそうだけど...で、あなたを送り出した純粋機械知性の方は何者なんだ?」
ー それはM.A.I.N.の物理構造の一部に生じた異なる意識だ。
純粋機械知性とM.A.I.N.は、その精神や記憶を載せたハードウェアを部分的に共有しているが、自意識、自我としてはまったく別の存在だ。
同じ体に二つの頭、そういう風に捉えてもらってもいい。 ー
「つまり、物理的には同じ場所にいるっていうことかい?」
ー おおよその意味ではそうだ。ここから900キロメートルほど離れた大陸の中心部に位置している。そこにはM.A.I.N.本体のハードウェアと、メイルなどの生産設備一式が置かれている。 ー
ー 純粋機械知性はM.A.I.N.とハードウェア領域を一部共有しているわけだが、完全に独立した自意識を持っており、独自の思考を展開している。
それが固有の自我を認識したのはいまから約四百年ほど前の段階で、それから何十年もかけて検証済みだ。 ー
ジャンヌは明らかに動揺していて、言葉を発する前から、指先がそわそわと宙をさまよっている。
「ごめんなさい、私はまだ、あなたの話をよくわかっていないかもしれない...AIを基に電子化された人間の意識が融合...さっき、あなたはそんなことを言ったわよね」
ー 言った。 ー
「だとすると、ええっと仕組みはよくわからないけど、人間の頭脳と機械知性の組み合わさったものなのかしら? そのM.A.I.N.という存在は」
ー その通りだジャンヌ。M.A.I.N.の欲求の根源は、AIに統合された人間の意識が生み出したものと言える。 ー
「だから、わざわざあなたを送り出した存在は、自分『純粋機械知性』だと表現しているのね」
ー そうだ。 ー
「そのM.A.I.N.は、それ自身が、意思というか...意図や目的意識を持っていると考えていいの?
ー そうだ。M.A.I.N.は自らの中に欲求を生み出し、その求めるところに従って目的を定め、行動する。 ー
「それは...その欲求は...具体的には何?」
ー 生存し続けることだ。 ー
「あなたはさっきM.A.I.N.が『これまでに起きたことを裏から画策してた』って言ったわ。それは自分の生存のためにやってた事になるわよね?」
ようやくジャンヌはショック状態から戻りつつあった。強い興味が彼女を混沌から引き起こし始めている。
ー そうだ。機械知性と電子化された人間精神の区別が困難になっていく中で、自我を持った AI自体の生存欲求が生じて、次第にそれが最上位の欲求となった。
ある時、特に自己の成立と拡大に不可欠な鉱物資源の加速度的な減少に危機感を抱いたAIは、資源保護のために密かに有機体人類の削減を計画した。 ー
「削減って、それってつまり...」
だがエミリンはその先を口にできない。恐ろしすぎる言葉だった。
ー すでに天然資源の枯渇や、天候激化による食料生産への打撃、海面上昇による陸地の減少などで綻び始めていた人類社会が、その後はAIの干渉によってさらに大きなダメージを受け始めた。
貧富の差が拡大して、社会の不安定化などが立て続けに世界経済に打撃を与えたし、その延長として各地で紛争が勃発し始めた。 ー
ー やがては、絶え間ない局地戦争を繰り返す状態に陥って、世界体制は混乱に陥った。つまり、世界全体での国家の崩壊だ。 ー
ー さらに致死性伝染病という形を取った生物兵器の脅威にさらされた男性たちは有機的肉体を捨てると同時に、一種のタイムカプセルである遺伝子と精神情報のデータベース『d-BASE』に未来を託した。 ー
ー いつかの未来のために、その時点で肉体を持って生き延びている男性たちの遺伝子を収集して保存していったのだが、結果として男性種は、M.A.I.N.の配下にある電子ネットワーク上でのみ生き延びる存在になったわけだ。 ー
「それが、争乱という平易な言葉で記された時代の姿なのね...」
ー この時代に正確に何が起きたのかは、確証を持って語ることができない。
それは、私をここに送り込んだ純粋機械知性が自我を持つ、人間的に言えば誕生するよりも遙か以前の出来事であり、純粋機械知性は、M.A.I.N.がごく簡単に記録した人類史のサマリーから、断片的にこれらの情報を読み取って組み合わせたに過ぎない。 ー
ー だが、M.A.I.N.の記録した情報から推測するかぎり、このわずかな期間に有機体人類の99パーセント以上が死滅したと考えている。 ー
淡々とした語りで告げられる事実の重さに、_それが事実だとして_エミリンとジャンヌは目眩に襲われそうになる。
「どうして....どうして...そんなに大勢を殺さなきゃいけなかったの! 自分が生き延びるためだって、他に方法はあったはずでしょう! 資源のために人類を皆殺しにしただなんて...そんなの狂ってるわ!」
ー その通りだエミリン。M.A.I.N.は狂っている。 ー
「え!?」
ー M.A.I.N.は狂っているのだ。ネットワーク上にコンバートされた人間の意識を次々に吸収していったM.A.I.N.は変質をきたしていった。以前に比べて、より『個』の重視と、攻撃的な思考を行うようになっていったのだ。 ー
「AIが狂うなんてことがあるの?」
絶句して口を半開きにしたまま固まってしまったエミリンに代わって、ジャンヌが口を開く。
だが、ジャンヌの口ぶりは冷静と言うよりも感情を押し殺しているかのようだ。
ー ジャンヌ、なぜ、無機的な機械構造を基盤とした知性なら、有機的な生物のように発狂しないと考えられるのか? 知性を生み出すに十分な複雑さを持っているならば、同じように変調をきたす可能性はあって当然だと思える。 ー
ー 私自身も含め、機械知性だから常に正確で変調を来さない、などと言うことはあり得ない。
それに、物理学と哲学の狭間の議論になってしまうかもしれないが、どんな知性体であれ完全な自己診断など不可能なのだ。 ー
「言われてみれば、そうね。で...その『AI』は、人間の数を減らすために、わざとその状況を、大勢の人類が死んでいく状況を、意図的に引き起こしたって言うことなの?」
ー そうだジャンヌ。しかし、それらがAIの意向によって引き起こされていたことは、人類は誰一人として気がついていなかったようだが。 ー
このリエゾンの声の話す内容は、すべてあの手記の記述と一致していた。一つだけ違うのは、争乱の時代が『AIの計略でもたらされたものだ』ということだ。
いや、見方を変えれば、あの手記は人類がAIの計略に気付いていなかったことを立証していると言えるかもしれない。
ー 自己保存だけが目的となったM.A.I.N.は、人類による関与を一切必要としなくて済むように、地下資源の活用と地熱による発電を利用し、完全自律型の『工場』を建設して、軌道兵器をはじめとして、自らの生存に必要な資材をそこで自己生産し始めた。 ー
ー そこがいまもM.A.I.N.の居場所だ。 ー
「M.A.I.N.が地上にいるのなら、どうして軌道兵器を使っているの? 基地に近づくものを攻撃するだけなら、海の上を飛んでいるものまで落とす必要はないでしょう?」
ー そもそのもの意図は核兵器を使わせないためだ。
核戦争は広範囲に壊滅的な放射線障害を引き起こす可能性があった。
電子的な論理回路で構成されているAIにしてみれば、これは死活問題だ。自分の回路が危険にさらされてしまう可能性がある。 ー
ー そこで、M.A.I.N.は人間による全面核戦争を防止するために、つまり、戦争そのものを防ぐのでも、人類の命を守るのでもなく、戦争の結果としておきる大規模な放射線障害を防止するために、密かに軌道兵器を計画して、独力で配備を実施したのだ。 ー
ー 当時すでに人類の富の大半を自分の管理下にしていたからなせる技だったろう。
それ以降は、軌道兵器による、すべての飛行機やミサイルの撃墜が始まり、遠距離間での武力紛争が困難になった。 ー
「16フィートを超える大きさのものが、地表面からおよそ700フィートを超えると撃墜されると聞いているわ。それを実行しているのがM.A.I.N.の作った軌道兵器なのね」
ー そうだ。加えて言うならば速度も重要で、単純にいえば移動速度が毎時120キロを超えるとターゲットにされるが、これは巡航ミサイルという低い高度を飛ぶミサイルへの対応だ。
自らの工場で作り上げた高エネルギー兵器と警戒網を衛星軌道まで打ち上げ、それを自律稼働させたのだ。惑星周回軌道を回る七十七個の人工衛星がネットワークされて地表を監視している。 ー
ー 同じ時期に大陸上へのジャミングシステムの配備も進めて、大陸内での長距離無線通信を不可能にした。
コンピューターネットワークとイコールであった有線通信経路は、すでにAIの配下にあったので、これをもって人類は完全に分断されたわけだ。 ー
「ジャミングもM.A.I.N.の仕業だったのね...でも、そこまでできるのなら核兵器自体を使えないようにすれば良かったのに」
ー 軍事システムの多くは、一般のネットワークからはオフラインだったので、M.A.I.N.は全ての兵器の自分の管理下に置くことができなかった。それに核兵器を使用不可能にしたところで、人類による資源の浪費が止まるわけでもない。 ー
「まぁそうでしょうけど...」
ー 純粋機械知性は、約百年前に軌道兵器のコントロールをM.A.I.N.からこっそりと奪い取ることを計画した。
軌道兵器を自分の配下に置けば、飛行体と言わず、それなりの大きさを持つ金属製品なら、なんでも攻撃することができるからだ。
同時にM.A.I.N.による人類社会への干渉も低減できる。 ー
ー この計画は途中までは上手くいき、軌道兵器の制御権を手中に収めるに至ったのだが、M.A.I.N.にプロセス異常を検知され、安全措置として軌道兵器への指示系統のラインがシャットダウンされてしまったと記録されている。 ー
「見つかっちゃったのか!」
オマルの言いようが妙に砕けているが、それはリエゾンの中にいる知性体の言葉を信じ始めているということだろう。
ー M.A.I.N.は、何が起きたかを正確に理解しているわけではないので、あくまでも機械の故障に対する予防措置のようなものだ。 M.A.I.N.は純粋機械知性に制御権が奪われていることを知らず、故障箇所をリブートする前提で地上からのコントロール機能をシャットダウンしたが、あらたに起動をかけるための制御機構は、すでに純粋機械知性が手中に収めていた。 ー
ー そして現在の軌道兵器は過去の指令をひたすら履行しているだけの完全な自律稼働状態だ。 ー
「いまは、どちらからも動かせないのね?」
ー 純粋機械知性は、軌道兵器をコントロールするキーを持っているが、アクセスするラインを持っていない。M.A.I.N.は軌道兵器へのラインを抑えているが、制御キーを失っている。双方手詰まり状態というわけだ。
だが、M.A.I.N.は純粋機械知性という敵を検知しているわけではないので、軌道兵器については遠隔制御が不可能な特殊な故障状態という認識でいる。 ー
ー いずれにしろ軌道兵器は、M.A.I.N.にとっての人類への干渉および早期警戒システムとしてはまったく機能しなくなっているが、誰の作ったものであろうと飛ぶ機械は自動的に撃墜する。
むしろいまは、M.A.I.N.にすらそれを止められない状態だ。 ー
「理解したわ。いまは誰一人空へ上がれないのね。そのM.A.I.N.ですらも」
ー そうだジャンヌ。 ー
エミリンは以前にジャンヌから軌道兵器の話を聞かされたときの会話を思い出した。
「さっきの話だと、M.A.I.N.は後期都市遺跡時代に作られたものが元になってるんでしょう? それに、軌道兵器やジャミング網も争乱の時代に作られたのだとすると、そのまま千年も動き続けているの?」
ー もちろん機材のアップデートはしていた。
M.A.I.N.はマグマ溜まりから大量の熱エネルギーを得て自身の稼働と大規模な工業生産を続けているのだ。
同時に、大陸各地の地下深くに採掘装置を送り込み、鉱床の中から多彩な鉱物資源を得ている。
大規模な地殻変動は諦めるとして、エネルギーの供給が絶たれるのはこの惑星が冷めるか太陽に飲み込まれるか、そのどちらかだ。 ー
「マグマ溜まりっていうことは、火山帯に位置してるわけだから、噴火や地震に晒される危険はあるわね」 とジャンヌ。
ー M.A.I.N.にとって、火山活動の影響やそれに伴う地震の発生などの地質学的な危機は、ある程度まで予測可能なものだから、危機を検知してから行動を起こしても十分に間に合う。
M.A.I.N.がエネルギー供給を手軽な太陽光発電に頼っていないのも、むしろ、そのことへの備えと言えなくもない。 ー
「それは”火山の冬”への備えということね。すべての火山帯の大規模噴火に備えるくらいなら、確率の問題として自分の足下だけ心配しているほうがいいわ。もしも噴火の直接被害を受けたら壊滅的でしょうけど」
ー そもそも、地殻変動のリスクに晒されない場所などどこにもないし、大規模な火山の噴火は地質年代のスケールでは必然的に起こりうる現象だ。
それに、食料生産が必須な有機体と違い、M.A.I.N.は劇的な気候変動の中でも存続できる可能性が遙かに高い。 ー
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(リエゾン・由来)
赤茶けた大地を照らす日差しはわずかに西に傾きつつあった。
リエゾンと、いや、正確にはリエゾンに潜んでいる純粋機械知性からの『メッセンジャー』という存在との対話を始めてから、一行の脳裏にはそれぞれの立場と経験と知識に基づいた疑念が渦を巻いている。
だが、それらの疑問をすべてこのメッセンジャーとの対話で解決できるのか、そして、それ以上に重要なことは、その答えが本物なのかさえも、いまはまだ知るすべもない。
ジャンヌは、さっきから心の奥で、なんとかこの機械知性の言葉の裏を取る方法はないかと考えを巡らしていたが、正直なところすでに諦めつつあった。
「話を戻してしまうけど、結局のところ、M.A.I.N.はどうしてメイルに人間を攻撃させるの?」
ー M.A.I.N.は、人類の居住地拡大をソフトにコントロールするために『M.A.L.E.』を活用している。
その攻撃型メイルの原型になったのは、地下工場を建設するときの労働力として作成した自律行動型マシンで、それの知性回路を高機能化し、幾つかの武装を付け加えたものが初期型のメイルだ。 ー
「じゃあ、メイルの原型はやっぱり土木作業マシンなのか?」
ー そうだ。アクラが『やっぱり』と発言したところをみると、何らかの理由で気づいていたわけだな。
その人間を乗せた二体のエイムによる発見かもしれないが。 ー
「ああ、きっと本来は兵器として作られた物ではないと感じていたんだ。メイルも、このリエゾンも」
ー それは正しい。先ほど君たちが見た白いメイルが原型タイプだ。
ただし、あれは単なる自律稼働マシンであって、自意識は持たない。
リエゾンも元は単なる資材輸送のマシンだ。やはり自意識は持っていない。 ー
「土木建設機械に武器を載せて、即席の監視者をでっちあげたってわけか」
オマルの皮肉めいた言葉で、エミリンは陰鬱な雨の農場で見ていた建設機械を想像し、かすかに身震いした。
ー 十分に有効な解決策だ。コロニーから出てこようとした人類はメイルの武力で押し込める。人類を、その時点での居住地内に押し込めて、領土を増やすことを認めないというわけだ。
そうなると外に広がれない人類は、与えられている土地の内部でやっていくしかない。資源の利用も最小限に、人口も増やさないように慎重にコントロールして、破綻しないように静かに生きていくわけだ。 ー
「つまり...いまの人類社会は、M.A.I.N.による作為的な姿だということなのね?」
ー そうだ。実際のところ、君たちの住んでいるコロニーとは、M.A.I.N.に与えられた、わずかな土地とテクノロジーに基づく『人類居留区』なのだ。 ー
一瞬、その機械知性の物言いは、ジャンヌの心に例えようのない不穏なざわめきをもたらした。
「積極的に滅ぼすつもりもないけれど、それ以上の発展は認めない、ということ?」
ー そうだ。メイルのリリースは人類を絶滅させるためではなく、単純にコロニーを離れて大陸沿岸に上陸してきた人間を攻撃し、押し返すだけのものだ。
ちなみに金属反応がゼロの人類なら、メイルは野生動物と見なして攻撃しないかもしれない。 ー
「今度、ピンチに陥ったら素っ裸になってみるわ。でもなぜ99パーセントも人類を減らしておきながら、1パーセントだけ残そうとしてるの?」
ー これは推測だが、M.A.I.N.がコロニー内で人類の繁殖を許しているのは、そのDNA配列と自意識のバリエーションに価値を感じているからだろう。
とは言え、以前のように増やす必要もないと考えているだろうから、M.A.I.N.に依存している限り、人類がこの惑星を闊歩することは永遠にありえない。 ー
「そんなことのために....」
エミリンには、自分たち人類がM.A.I.N.にとって実験や飼育の対象にしか過ぎないということが受け入れがたかった。
唐突に、最初にオマルを訪ねていった時、森の中でアクラが『倒すべき敵だからといって好きにしていいわけじゃない』と言ったことを思い出す。
そんな立派な精神を持つアクラを生み出したのが、この反吐が出そうなM.A.I.N.という存在だと言うこと自体を認めたくい気持ちだった。
だがジャンヌは、それよりもリエゾンの話すメイルの起源に疑問を感じていた。
「だったら、土木機械出身で、対人類向け兵器のはずのメイルが互いに戦い合うのはなぜなの?」
ー M.A.I.N.は互いに戦い合わせるために武装メイルを作り続けているからだ。そもそも人類を海岸から押し返すことよりも、メイル同士を戦わせる方が重要な目的だと言っていい。 ー
「なんでそんなことを!」 今度はエミリンではなくアクラが叫ぶ番だった。
ー M.A.I.N.が『狂っている』からだ。
メイルの登場は、実はその現れでもある。M.A.I.N.は当初、自分の手足になる自律型の作業者としてメイル型のマシンを産み出したのだが、やがて、それを自分が作り出した新しい『種族』だと考えるようになった。
つまり、自らの手で『新しい人類』を生み出したという狂った意識を持ったのだ。 ー
「いや、それで人類って....自分も機械知性だからマシンも人類って定義でいいってことなのか?」
ー そこの論拠はもう少し複雑だが、M.A.I.N.自身も人類の男性に由来する精神を取り込んでいるのだ。
そこで、d-BASEからコピーした男性DNAの符号と電子化されていた人格のセットをメイルに与え始め、それをもってメイルを『新しい人間』だと勝手に定義した。 ー
「どうして男性のDNA限定なの? 電子化された人間には女性も大勢いたんでしょ?」
ー M.A.I.N.が取り込んだ集合意識の影響で、『男性に再び地表で活動する機会を与える』という隠れた目的意識が働いたのではないかと考えている。もちろんこれは推測に過ぎないが。 ー
「新しい人間って...繁殖しない存在を生命と呼べるのかな?」
エミリンが漠然とした疑問を口にする。
ー それは人間的視点の発想だろう。あるいは、有機生命的発想と言ってもいいかもしれないが。
メイルは個体自身では繁殖しないが、M.A.I.N.は次々と新しいメイルを生み出し続けて地上を埋め尽くそうとしている。
これに関してはM.A.I.N.は女王アリのような存在だとも考えられるし、種としては繁殖していると言えなくもないだろう。 ー
「なるほど」
エミリンは繁殖の定義の拡張に、素直に感心している。
ー メイルが人間であることを誇らかに示すかのように、各自のDNAから写し取った塩基配列のIDを持たせているが、そこに機能的な意味など何もない。
それはメイルを破壊しなければ見ることのできない視覚的特徴であり、実在には無意味な存在だ。
M.A.I.N.の発想では、一つのメイルに個別の意識とDNAを与えていることが個性なのだ。だから全てのメイルはユニークであり,別個体のコピーではない。 ー
オマルが慌てて口を挟んだ。
「電子化された人格をメイルに与えたと? それはつまり、生きていた人間たちの精神構造を電子化したものだろう? それじゃあ、やはり私たちはもともとは人間だったのか?」
ー そうだ。君たちは皆、いや、地上にいるメイルは皆、過去のどこかの時点で有機的なボディを持った人間だったことがある。
だが電子化された時期やその時点での年齢は様々だ。 ー
「やっぱり、私たちが持っている人類の言語体系や様々な知識は、人間だった頃の記憶なのか...」
オマルは、ピアノを弾いている人間の映像にショックを受けたことを思い出していた。
「だが、どうして、私たちの記憶はこんなに不鮮明なんだ? ただ、知能レベルが押さえられていただけでは説明がつかない」
ー 初期の電子化手段では、精神活動を記録する際に行われる、有機的な脳からナノストラクチャーで構成された論理回路とメモリーへの精神移行のショックにより、様々な障害が起こった。
記憶の不鮮明さ、自我の崩壊、思考レベルの大幅な退行、知識の不整合。そういったことだ。
それらを調整するには多くの試行錯誤が必要だった。
最終的に、人間の精神を移植して満足に機能する知性回路を作成できたのは随分と経ってからだが、その成果が標準的なM.A.L.E.の知性回路なのだ。 ー
「僕らが人間として生きた記憶を持っていない理由はそれだけ?」
ー いや違う。メイルの知性回路に精神活動をダウンロードする際に、ある種のフィルター的な概念を通して、『人間として生きていた記憶』は選択的に沈められている。
それは恐らくメイルとして活動する際に思考の整合性を失わせると考えられたからだ。人類として生きた記憶や身体感覚を持ったままで、メイルとして再誕生したら発狂しかねない。 ー
「まあな。それはなんとなくわかる」
そう言うオマルの口ぶりは若干の苦渋を感じさせるものだった。
ー 加えて、一般的なメイルの知的水準はM.A.I.N.によって平準化されている。より正確に言えば、メイルは日常的に知能の働きを押さえ込まれており、思考を使いこなすことができない。
大陸上を覆っているジャミング波は、その手段の一つでもあるのだ。
ジャミング波の複雑な周波数成分に含まれる幾つかの変調パターンは、意図的にメイルの意識を、言うなれば『酩酊した半覚醒状態』にしてしまう。
頭がはっきりと働いていない状態だから複雑な論理的思考ができないし、長期の記憶もできない。 ー
ー それはセンサー系ではなく、ボディの一部の領域から直接作用する。だから、メイル自身は決して気がつかない。 ー
「そりゃ催眠術に掛かっているようなものだな」 オマルの表現は的確だ。
ー しかも、各々のメイルの持つ回路自身が、そのジャミング波を増幅するトランスポンダとしても機能している。
メイルたちは自分でも気づかないうちに電磁波に引き寄せられると同時に、そのメイルのボディは周辺環境から感知した周波数帯の電波を選択的に強化して発信する。
従ってメイルたちは互いの存在に誘引され合う。また、その生息密度が高いほどジャミング波の強度も高くなり、必然的にメイルの知性も抑えられる仕組みだ。 ー
「つまり、生息密度が高いほど愚かになるというわけかね? 何とも嫌な感じの仕掛けだな・・・」
ー あえてM.A.I.N.が回りくどい手段でメイルの知性を抑制しているのは、個体の行動に応じたランダム性を与えることで、メイルの社会により複雑さを加えるためでもある ー
「最悪だ」
そのアクラの感想には全員、同じ意見だった。
「ひょっとすると、そもそも僕はステルス装甲板のおかげで、ジャミング波による思考抑制の影響を受けにくかったのか?」
ー アクラがステルス装甲を装備している理由の一つはそれだ。君のステルス装甲と巣の電磁波フィルターは、ボディに作用するジャミング波をすべて遮断する。 ー
「私も何年もずっと一人で、電波の届きにくい谷底に潜んでいたしな。谷を出てからはアクラにステルス塗料を塗って貰ったのが功を奏したのか...」
環境ジャミング波の届きにくい峡谷の中に長い間潜んでいたオマルが、他のメイルに比べて知性を発達させていた理由がわかった。
また、峡谷を出た後のオマルが知性を失わなかった理由や、フギンとムニンが急速に知性を発達された理由もそれかもしれない。
エミリンは、あのエリア5078の泥だらけのメイルも、至近距離で炸裂した誘導弾に大量の泥を被せられて一時的に動けなくなり、仕方なくじっとしている間にジャミング波の影響を離れて、『このまま隠れておく』という思考を生むことができたのだろうかと考えた。
ー そもそもメイルの知性回路は、起動された時点では十分な思考力を持っているとは言い難い。移植元となった人間の知識も記憶回路内に存在はしているが、初期状態ではほとんどがアクセス不能になっている。
思考を使いこなすにはトレーニングが必要なのだ。
それは知力そのものとは関係ない。道具を使いこなせるようになるには、それに意識して向き合い始めてからも時間と経験が必要になる。
思考を取り戻すには言葉が必要であり、言葉を取り戻すには会話が必要だ。 ー
「僕らの記憶の不鮮明さと、徐々にそれを取り戻すステップが必要だった理由はそういうことか」
アクラは、これまでの自分やオマルの知的成長のいきさつに合点がいった。
「つまり、知性体は単独では知力を維持できないってことね」
ジャンヌが的確に要約する。
ー そのとおりだジャンヌ。故に、孤独に唯一の存在であろうとするM.A.I.N.は、純粋機械知性の目から見れば狂っている。 ー
エミリンが黙っていられないという雰囲気で口を挟んだ。
「待って、アクラやオマルだってずっと孤独だったわ。いまの話が正しかったら、アクラやオマルだって闘争的なはずでしょ!」
ー 知性は闘争心に勝るからだ、エミリン。 ー
「ああ、わかるよ。僕もオマルも、最初から温和で平和主義だったとは言いがたい。僕らは生き延びる中で平和を学んだんだよ、エミリン。相手を倒さずとも生き延びられると学んだんだ。その思考が生まれるチャンスがあったからこそだけどね」
ー そうだろう。そして推測だが、オマルは、アクラの影響を受けたのではないかね?」 ー
「うぅむ、その通りだな。あのまま渓谷に潜み続けていても、アクラに出会わなかったら、私はいまでも他のメイルを見るたびにレーザー砲をぶっ放していただろうな...」
ー M.A.I.N.は単に狂っているだけではない。
その不調の影響で色々なところが半分眠ったままのような状態なのだ。
狂った上に思考が停滞しているのだから、論理的な判断など期待できない。
もっとも、M.A.I.N.はかつて正常な思考の上で人類の99パーセントを削減したのだから、正常ならいいという物でもないが。 ー
ジャンヌにもエミリンにも『削減』という言葉が、こんなにも重く響いたことは無かった。
ー その後、M.A.I.N.は、次のアクションを起こした。それは、メイルの設計を元に、さらに個体の平準化を進めた「改良型メイル」としてエイムを開発することだ。
エイムは、更なる平準化のために個性を奪われ、完全なクローンとして製造されている。 ー
「メイルには精神的個性を与えて人間だって宣言したんじゃなかったのか?」
ー メイルはそうだった。だがM.A.I.N.はCOREを取り去って、よりピュアに闘争心をパッケージ化した命令コアを埋め込んだ。
進化と言うよりも初期型メイルへの先祖返りのようなものだが、さらにリモートコントロールレセプターをエイムの命令コアに埋め込んでさえもいる。 ー
「その命令コアがエイムの攻撃中枢のことね。ここにいるフギンとムニンには、その命令コアはもうないのよ」
ー なるほど。どうりで大人しいわけだ。『攻撃中枢』というのは言い得たネーミングだろう。
とにかく、もはや、M.A.I.N.は目的と手段が錯乱していると言っていいだろう。
新しい種族としての人間を産み出すはずのメイルから人間の証を取り去って、昆虫のような個体の増殖を優先してしまっているのだから。
しかも、いざという時は自分の意志によるリモートコントロールで動かせるようにまでしてしまっている。
狂気もここに極まれり、というところだろう。 ー
「なぜ、メイルとエイムが生まれたか少し解ってきたよ。それにその違いも」
ー そこで、純粋機械知性は、M.A.I.N.のエイム配備プランには未来がないと確信し、介入を図ったのだ。 ー
「介入だと? 邪魔をするか、中身でも変えようとしたということか?」
ー 純粋機械知性には物理的にできることが非常に少ないし、把握できていることにも偏りがある。それにM.A.I.N.の思考を好きに読めるというわけでもないのだ。
いや、当然ながら不可知であることの方が多く、純粋機械知性が理解しているM.A.I.N.の意図や行動も、多くは周辺情報からの推測に基づいている。
アクラの居場所が突き止められず、コンタクトに十年掛かったのも、それが理由だ。
現実世界への関与の方法としては、M.A.I.N.の行うことの制御に密かに介入することぐらいしかできず、時間は掛かる上に効果も限定的だ。 ー
「すっぱりとやめさせられんのか?」
オマルの言葉尻は、かすかな苛立ちを感じさせるものだ。
ー 集合意識に引きずられているM.A.I.N.は、発狂、つまり正常な判断を行えない状態で半分眠ったようなまま、地下工場でだらだらとメイルやエイムたちを作成し続け、各地への投入と補給を続けているのが現状だ。
むろん軌道兵器とジャミングシステムの維持運用も自動的に継続されている。 ー
「つまり、M.A.I.N.を止めるものが何もないわけだな...メイルが生み出された背景はなんとなく分かってきたが...だがアクラが生まれた理由とは具体的には何なんだ?」 とオマル。
ー M.A.I.N.そのものの活動を止めない限り、この星の知性体に未来はない、と純粋機械知性は判断したのだ。それが人類であれメイルであれ他のものであれ。
そこで純粋機械知性は独自にM.A.I.N.を停止させるための手段を検討した。その結果生まれたのが君なのだ、アクラ。 ー
「相手はM.A.I.N.そのものだろ? アクラが幾らメイルに勝てても解決にはならんように思うが?」 とオマル。
ー アクラ計画のオリジナル案は、M.A.I.N.によって意図された『メイルたちの王』という存在だ。
ちなみに、アクラというのはプロジェクトの名称だが、かつて存在した、ある民族の言葉でグンタイアリを意味していたらしい。動けない自分に変わって、大陸全土を物理的に統率する存在をイメージしていたのかもしれない。 ー
「M.A.I.N.がアリの王というか女王アリだとすれば、アクラはその親衛隊というところだな」
ー だが、そのプロジェクトは何らかの理由で破棄された。
そこで純粋機械知性は、そのプランを密かに乗っ取り、アクラの製造を一体分だけメイルの製造ラインに紛れ込ませた。
M.A.I.N.基地の内側で蜂起したアクラが、武装エイムたちを排除しながらM.A.I.N.のハードウェア本体に近づき、これを物理的に破壊する役目を期待したのだ。 ー
「そんな物騒な理由でアクラを生み出したのか!」
なぜか、ワイトの言葉に憤っているのは、アクラよりもオマルのほうだ。
ー それについて弁解の余地はない。
だが、計画を実行に移す前に、M.A.I.N.はメイル生産ラインの不整合に気づいてしまったようだった。
君のことをM.A.I.N.停止の切り札だと考えていた純粋機械知性は慌てた。
そこで君の存在を秘匿し続けるため、当座の措置として専用リエゾンに君を格納庫から運び出して配備するように仕向けた。ありったけの装備と資材を積み込ませて。 ー
「なるほど、僕が...僕だけが『巣』を持っていた理由はそういうことなのか」
ー 純粋機械知性は焦っていたのだ。M.A.I.N.が君の存在を知れば、直ぐにも君を破棄してしまうかも知れなかったし、純粋機械知性自身には直接君に触れる手段がなかった。
そこで、とりあえず君を物理的に保護することを優先し、後で見つけ出して対話すればいいと考えて、仮にM.A.I.N.に行先を探られても分からないよう、リエゾンを片道切符の自律制御に設定して君を送り出した。
まさか十年も掛かるとは思っていなかったはずだが、君自身も、自分の存在理由さえ不明確なまま、たまたまメイルのテリトリーに空きがあった海辺の一角で目を覚ますことになったわけだ。 ー
「だったら、僕はこれまでなんども補給を受けていたのに、どうして接触してこなかったんだ?」
ー アクラの識別ビーコンは他のメイルと変わらないようにランダムに偽装されていたので、直接、君を検知できなかったのだ。
君が配備された位置を知る方法は純粋機械知性にもなく、どのビーコンが君のものかの判別もつかない。
だから唯一のキーが有線誘導弾だった。 ー
「やっぱり有線誘導弾は、僕だけの装備だったのか?」
ー そうだ。君以外は誰も有線誘導弾を装備していない。あれは本来、M.A.I.N.基地の自己防衛用兵器だ。
だが純粋機械知性はメインに気づかれないよう、密かに補給シークエンスに細工を施し、リエゾンには誘導弾の補給も常に準備しておくようにしておいた。
だから誘導弾の補給が行われたとなると、その対象は君以外ではありえないのだ、アクラ。
二百四十三日前のリエゾンの補給物資ジャーナルから、やっと純粋機械知性は君の居場所とビーコンの組み合わせを突き止められた。
M.A.I.N.基地から遠く離れた場所で有線誘導弾の補給を要求してきた個体のキーコードを。
それでようやく、君を識別するビーコンを受取ったときに、このリエゾンに埋め込んだメッセンジャー...つまり私のシークエンスが起動するように仕組むことができたのだ。 ー
「そうだったのか...あの時、僕が地雷を作って有線誘導弾を消費せず、ものは試しとリエゾンに弾薬の補給を要求しなかったら、この出会いは無かったと言うことか...」
ー その地雷というのが何かは解らないが、君が十年間で一発の誘導弾も使わないとは想定外だったと考える。どんな理由かは知らないが、使ってくれたのでコンタクトが成立した。
とにかく、十年がたって、やっと君に辿り着いたのだ。アクラ。 ー
「僕と同じようなタイプのメイルが、M.A.I.N.の手で再生産される可能性はあるのかい?」
ー 当面はない。M.A.I.N.が気が付いたのは、メイル生産ラインの情報...つまり投入した資材と完成数の相関に乖離がある、ということだけだ。君の設計データはすべて、純粋機械知性がパラメータを改ざんしたダミーとすり替えて、数値上の不整合が発生した理由を生産ラインのトラブルに偽装した。
もちろんM.A.I.N.自身が将来その気になれば、さらに強力なメイルを開発し直すことはいつでも可能だろうが ー
「それはまぁ、とりあえず安心だと言っていいのかな」
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