強襲


(高原地帯・バンデット作戦)


「どうやら来たようだ。期待通りだったね」 


センサー能力の高いアクラは、遙か遠くからリエゾンの接近を検知していた。


オマルも、アクラの言葉を受けて、リエゾンを感知しようと意識を集中した。

ごくわずかな震えのようなシグナル...まだ距離があるので微弱だが、自分の存在を周囲に知らせながら豪快に進んでいることがわかる。


間違いない、やはりリエゾンだ。


「うむ。このルートを取ったということは、あのリエゾンは想定通りに最奧部のメイルたちへの補給だろう。あまり進ませると補給を受けに来たメイルたちと鉢合わせする可能性がある。最初の計画通りにやってしまおう」 


「そうだね。じゃあ、プランA通りにやる。僕が横から近づく。オマルは窪地の先の一番狭まった部分で待ち構えて、直前に岩を落として通路を防ぐ。岩を落とすのはリエゾンが窪地の中に入ってからだ」 


「わかった。ジャンヌの無線装置がもしもジャミングで機能しない時は、窪地の斜面に向けてレーザーでも撃って合図してくれ。まぁ、できるだけ熱反応は発生させたくないが」 


アクラとオマルは頭部の下側にジャンヌお手製の近距離通信装置、ヘッドセットトーキーを装着していた。

つまり、マイクとスピーカーを無線装置に繋いだもので、これがあれば、エミリンとジャンヌの間でやっているのと同じように、離れていても四人全員の間で会話ができる。

エミリンとジャンヌはヘッドバンドを頭につける方式のヘッドセットだが、アクラとオマルの場合は吸着テープで集音センサーとスピーカーの近くに貼り付けることになる。


二人のボディの全体のサイズからすれば極めて小さいので、装置をステルス塗料で塗りあげてケーブル類にステルスシートを巻いておけば、通話中以外は電磁的にもほとんど目立たないだろうと期待できたし、スピーカーは外向きではなくボディに向けて装着してあるから、聞いているだけなら周囲に声が漏れる心配は無かった。


アクラはエミリンの方に振り向いて心配そうに言う。


「二人はフギンとムニンに乗ったまま隠れていて。危険がないとわかるまで出て来ちゃダメだ。僕が合図するからね」 


もちろんエミリンには、アクラからの土産話をスレイプニルで待っているなどという選択はない。


「わかったわ」 


オマルが念を押す。


「もしも、リエゾンの反撃が予想以上で、私とアクラが危機に陥った時は絶対に助けようとせずに、そのままベイムズに乗ってムーンベイまで戻るんだよ。いいね?」 


「アタックキャンプまで帰るルートはフギンとムニンに任せればいいよ。彼らが周辺をスキャンしながら、リスクの少ない場所を選んでくれるだろう」 


「うん...」 


「約束だよエミリン。ジャンヌ、その時は必ずエミリンをスレイプニルまで連れ帰ってくれ、頼んだよ」 心配そうなアクラの声に緊張を感じる。


「わかってるわアクラ。任せて」 


「よし、行こう! 『バンデット作戦』の開始だ」 


それぞれが事前に打ち合わせた位置に向かって移動を開始する。

オマルは、窪地というか浅い峡谷の出口の上で待ち構えて、アクラはリエゾンが窪地の内部まで進んだところで、斜め後ろから接近する。

ジャンヌとエミリンはベイムズたちの背中に乗って、窪地の入り口側の岩陰で待機だ。


アクラとオマルは事前に大がかりな木工事に取り組んで、浅い峡谷のような窪地からの出口が、一箇所に絞られるところに大きな岩をいくつも動かしていた。

リエゾンが近づいたら、上から岩石を大量に落として出口をふさぐという、なんとも清々しいほど原始的な作戦だ。


補給予定に入っていないメイルであるアクラとオマルが、ただ呼びかけただけでリエゾンが停止してくれるかどうか定かではない以上、少しでも長く足止めできるならば、その方がいい。

それに、他のメイルやエイムを呼び寄せる危険を減らすためには、できるだけレーザーや破砕弾を使わない方がいいだろうという、実際的な判断もそこにある。


全員が持ち場についてしばらくすると土煙が近づいてきた。

リエゾンだ。


エミリンは、岩陰から頭を出してリエゾンの姿を見てみたい気持ちをぐっとこらえる。どうあっても、もう少しすれば見ることはできるだろう。


そのままじっと動かずに待っていると、やがて、リエゾンが移動してくる音が聞こえてきた。機械音というよりは、映像で見たバッファローの大群が出している音のような、なにか地面を沢山のものが叩いているような、そんな響きだ。


アクラの声がヘッドセットトーキーに入ってきた。


「オマル、いまだ!」 


一拍おいて轟音が響き、オマルが岩を落としたことがわかる。


その残響が消えた時、近づいていた地響きも消えていることに気づいた。リエゾンが進行を止めたのだ。


「行こう!」 とアクラの声。


アクラとオマルがリエゾンに近づいているようだ。


音はしない。ずっと静かなままだ。


時間が過ぎるが、あまりにも静かなのでエミリンはだんだん不安になる。

不安になるが、岩から顔を出してそちらを見ることも怖い。


この静けさの中で、もしも、もしも、アクラとオマルの身に何かが起こっていたら...静かなままなのは二人が動きを止めているからだとしたら....エミリンは、その不吉な想像を頭から振り払う。


そんなはずはない。

アクラは敏捷な知恵者なのだ。


やがて、コツコツと何かを叩くような音や、少し引きずるような音、地面を引っ掻くような音、そしてメイル語っぽい響きなどが、ヘッドセットトーキーを通して聞こえてきた。


「エミリン、ジャンヌ、たぶん、大きな危険はないように思う。降りてくるかい?」 アクラの声だ。


「もちろん!」 エミリンは叫んでムニンに声をかけた。


「ムニン、アクラのところに行きましょう!」 

「フギンもよ!」 とジャンヌ。


二体のベイムズは体を持ち上げて岩陰から出ると、急斜面を器用に降りて行った。眼下には巨大なリエゾンのボディが横たわっている。


アクラは以前、リエゾンのことを『蛇のような巨大なマシン』と言っていたが、エミリンの目には蛇というよりも、巨大なトラム(市街電車)が何台も連結されているかのように見えた。


ただし、そのトラムの車体に窓は一つもなく、すべての連結部も凹凸なく滑らかにつながっている。

地面と接しているところはメイルの足をもっと短くしたような構造の先端に巨大なタイヤが付いていて、そのユニットが各トラムのボディに複数、片側五つづつあった。

台形の断面をしたボディはその足の上に乗っている形で、地面からは高く持ち上げられている。全体の印象はムカデと言った方が近い。


頭部というか前面には大きな黒いガラスのようなパネルで覆われたセンサーユニット風のエリアがあった。


さらに近づいてその構造を見たエミリンは、今度はMAVを連想した。


「超巨大なMAVを連結したみたいな感じね」 ジャンヌも同じことを思ったらしい。


確かに、陸上を移動するマシンのコンセプトとしてはメイルよりも多装輪車輌のMAVに近い感じだ。


MAVをトラムのように連結して走らせている...このボディサイズなら少々の地形の凹凸はものともしないと思える。

ただし、それらのタイヤが足のような構造に組み合わさっているところを見ると、不整地ではMAVよりもメイル的な機動を行うのかもしれない。


アクラとオマルは、リエゾンの『頭』側の方に佇んでいる。ジャンヌとエミリンが近づいてくると、リエゾンの先端部を作業腕でコツコツと叩きながら言った。


「とりあえず、メイル語での呼びかけには返事がないよ。こうして、人間の言葉を周囲で使い始めてからも同様。止まってはくれたが、今度はまったく動かないしなんの反応もしないんだ」 


エミリンは、リエゾンの頭部に近づくと、特に考えもなく『こんにちわ』と言ってみた。

もちろんリエゾンからは何の反応もない。

いつものエミリン方式の実践だが、さすがにこれは意味がなかったようだ。


「アクラ、このリエゾンは私が落とした岩石に反応して行動を止めているが、行動を止められたことに反対というか反撃していない。方向を変えようともしない。

おかげで兵器は一つも使わずに済んでいるが...これは、判断が停止されているのか、それとも我々に同意しているのか、そのどちらかだろう?」 


「普通に考えれば判断停止だね。同意ならば呼びかけに対する反応があるだろうから。でも、たかが岩が落ちてきて道をふさいだぐらいのことで固まってしまうようなら、日頃もまともに補給活動が行えるとは思えないな」 


「私もそれに同意だ。だとすると、この停止はなんらかの意思決定による物と考えられるな」 


「うん、例えば僕らがワンダラーだったとすればどうだろう? たまたま道がふさがれて一旦停止したところに、偶然、二体のワンダラーが近寄ってきた。リエゾンはワンダラーが補給を受けに来たと判断して行動を停止。だとすると...」 


「識別コードのビーコンが発信されるのを待っている」 

「それだ」 


「私がビーコンを出そうか? 巣を持っているアクラのビーコンは特殊かもしれない」 


「そうか....じゃあまずはオマルのビーコンで頼む。それでダメなら僕がやってみよう。なにしろ、周りを都合四体のメイルとエイムが囲んでいるんだ。どれかは聞いてくれるかもしれない」 


「ふむ。では動かずにリエゾンを囲んだままでいよう。ビーコンが正式に受領されれば、補給ユニットのドアが開くはずだ」 


「もし開かなければ、ワンダラーのビーコンだって特殊で、リエゾンに識別されているってことになるね」 


オマルが_目には見えないが_識別ビーコンを発信したらしかった。

やがて、ブーンというかすかなアクチュエーターの作動音とともに、連結された『車両』の三台目にあたるユニットのボディ外板がウィングドアのように大きく持ち上げられていく。


オマルがそちらに近づいていくと、開いた内側からマニピュレーターらしきものが展開されてきた。


「アクラ、私のエネルギーパックが交換されている間に探ってみてくれ」 とオマル。


「わかった」 


アクラはオマルの脇に滑り込むと、頭部からセンサーケーブルを出して、リエゾンが開いた外板の内側に滑り込ませていく。


「ここにあるのはエネルギーパックと破砕弾の予備弾頭を保持するラックだな。新品と、回収した空きパックの収納スペース、それに弾薬箱、折りたたんだマニピュレーターがもう一本だけだ。室内は真ん中でラックに区切られているが、きっと反対側も同じようなものだろう。連結部は閉鎖されているのかな? 各ユニットは独立しているね」 


「私は破砕弾をまったく消費していないから、エネルギーパックを入れ替えたらそれで補給は終わりだ。次はどうする?」 


「その見当がつくまで、なんとかリエゾンを足止めしておきたいね。フギンおいで!」 


アクラに呼ばれてジャンヌを乗せたままフギンが近づく。


アクラは作業腕を展開し、横に来たフギンの荷台フレームから、ATVなどを載せて固定するときに使う結束バンドを二つ取り外した。

ロールに巻いて収納してあるそれを根元のジョイントから外して長く伸ばす。


そうしている間に、マニピュレーターはオマルのボディから使用途中のエネルギーパックを抜き取り、新品をボディに再セットしている。もう間もなく作業は終了だ。


「何をするつもりだい?」 

「故障させてみる」 


アクラはそう言うと、オマルのボディに伸びているマニピュレーターの関節部分に結束バンドを巻きつけた。そのままバンドの反対側を、今度はシャシーから伸びている車輪の脚に絡めつける。

これでバンドを除去しない限り、リエゾンはドアを閉じれないわけだ。


「ふむ。しかし、この程度のトラブルは補給活動中に頻繁に起きそうだ。何か対応措置はあるだろう」 


「まあね。だが、それも見てみたい」 


「しばらくの足止めにはなると思うが、最悪は敵対活動とみなされる可能性もある。やはり、ジャンヌとエミリンには下がっておいて貰ったほうがいいな」 


「そうだね。エミリン、ジャンヌ、200ヤードほど下がっていてくれ」 


上に乗る二人の指示で、フギンとムニンは素早く転回して距離をとった。


リエゾンは、オマルのエネルギーパックを交換し終えた後、マニピュレーターをボディに引き込もうとして途中でバンドに引っかかった。何度か上下左右にゆするような動作を見せたが諦め、ボディ内からもう一本マニピュレーターを伸ばしてきた。


これで解くというか障害物を除去するつもりだろう。

極めて当たり前な反応だ。

それを予期していたアクラは、もう一本の結束バンドを新しく展開されてきたマニピュレーターの関節部に巻きつけると、最初に展開されていた方のマニピュレーターと束ねるようにバンドを回し、一気に引っ張った。


アクラの作業腕の力は強い。メイルのボディを持ち上げて背中に乗せることができるのだ。パーツ交換用の細いマニピュレーターでは、その力にまったく対抗できずに引き寄せられてしまった。

アクラは二本のマニピュレーターを素早く結束バンドで束ねると、そのバンドの端を先ほどと同じように、車輪の脚部に巻きつける。


これでもう外部の力なしでは、マニピュレーターが互いに絡まっているバンドを除去できなくなった。


「さて、どうするだろう?」 


しばらくもがいていた二本のマニピュレーターは、また諦めて停止した。

ほどなくして、最後部のユニットのウィングドアがゆっくりと開いていく。

アクラとオマルの位置からは、その中身がよく見えないが、エミリンがヘッドセットトーキーで伝えてきた。


「アクラ、オマル、なにかマシンっぽいのが後ろのユニットの中にいるわ。それが出てきそうよ。気をつけて」 


「わかったエミリン。ありがとう」 


エミリンとジャンヌが固唾を呑んで見守る中で、ウィングドアが完全に開き、最後尾のボディユニットからマシンを乗せたパレットが滑りだしてきた。

手足を完全に折りたたんで、最もコンパクトな姿勢になっているようだった。

色はオフホワイトというか、単に色を塗ってないだけのような明るいグレーだ。しかし、その形は、見慣れたものと同じだった。


「メイルよ! 逃げて!」 エミリンが叫んだ。

「君たちも下がれ!」 


アクラが応えながら前に出てオマルを庇う。

メイルからの通常攻撃なら、アクラの装甲は楽に耐えることができるはずだ。


「オマル、僕の後ろから絶対に出ないで! 移動を合わせるんだ!」 


そう言いながらアクラは後ずさりし、現れたメイルから隠れるようにリエゾンの前部へと回り込んだ。

とりあえずリエゾン本体からの攻撃を恐れても仕方がない。


いまはメイルとの間にリエゾンを置いて遮蔽物にした方が良いし、自分たちがこの位置にいれば、もし撃ち合いになっても流れ弾がエミリンたちの方向に向かうことを防げる。


アクラは、センサーケーブルを伸ばして、リエゾンのボディの向こう側にいる白いメイルの様子を覗き見た。


「起動してパレットから起き上がったな。前脚を作業モードにして、開いているパネルに近づいてきた。いや、そう言えばユニットを降りた時から作業モードだったな。結束バンドを切るつもりだろう」 


アクラは、自分が見ているセンサーユニットからのビジュアルを、ステルス装甲板の一部に映し出して、オマルにも見せていた。


「頭部にレーザーポートがないように見えるな」 


「そうだね、それに背面の形状も普通のエイムと違う。破砕弾発射装置のハッチらしきものもない」 


「フラットな背面だな。前脚もマニピュレーターが大きい。まるで...作業用のメイルのような雰囲気だ」 


「本当にそうかもしれない。リエゾンが障害物に遭遇したときの除去作業専用のメイルという可能性が高いね。それに...君はあのメイルからの信号を何か受け取っているかい? いや、あれをメイルだと感じ取っているかい?」 


「そう言われてみると、エミリンにメイルだと言われて、視覚的にもメイルを確認したが、データ的にはメイルともエイムともなんとも言い難い」 


「僕も同じだ。あれにはメイルでもエイムでもない感じを受けている」 


「ならば、武装を持っていなくても不思議じゃないな。リエゾンのサイズなら大抵の障害物は乗り越えられる。不意の障害物の除去には低出力のレーザーでもあれば十分だろう」 


「メイルが配備された場所は、そもそもリエゾンが到達できた場所のはずだからね。全ての補給ポイントは、リエゾンにとって過去に一度は来ている場所だ。山を崩して道を作る必要はないと思う」 


「よし、ここは楽観的に破砕弾の類は持っていないと判断しよう。見に行くか」 

「待って。それは僕がやる。万が一のときに僕の装甲なら耐えられるからね。すまないがオマルはちょっと隠れていてくれ」 


「そうか、では頼むとしよう」 


その間にエミリンとジャンヌは、最初に隠れていた岩陰まで無事に避難し終わった。

とりあえず彼女たちに危機が及ばないのであれば、この白いメイルを攻撃する理由はなくなる。

アクラはリエゾンの頭部を回って、白いメイルと同じ側に頭を突き出した。

だがメイルはアクラには無関心で、結束バンドを調査している。


思い切ってリエゾンの影から歩み出し、白いメイルに向き合ってみた。

だが、それでも白いメイルはアクラに無関心だ。

センサーはその存在を感じ取っているはずなのに、頭を向けようとさえしない。


白いメイルは作業腕から小型のマニピュレーターを出して結束バンドを取り除き始めた。車輪が近いので、レーザーで焼き切るのはリスクがあると判断したのだろう。


アクラは、そのメイルにメイル語で話しかけてみた。


ー 話をしよう 攻撃はしない 話をしよう ー


だが、白いメイルからの返事はない。

何度呼びかけても反応はなく、結束バンドの除去を黙々と続けている。

アクラが徐々に近寄っていっても見向きもしない。

とうとう器用にバンドを除去し終わると、真っ直ぐ出てきたパレットの方に戻っていた。


「オマル。ダメだな反応無しだ」 


「あのメイルが収納されたら、またリエゾンが動き出してしまうだろうな。きっと、前方の岩は乗り越えるか、他に除去方法があるから、もう気にしていないのだと思う。最初は急に落ちてきたから警戒して、状況分析のために止まっただけなのだろう」

 

「そうだね。じゃあ動き出す前に、僕のビーコンを試してみるか」 

「それがいい」 とオマル。


アクラがビーコンを発信した。


なにも起こらない。

後部に戻った白いメイルはパレットに乗り込み、そのパレットはそのまま収容されていく。


開いていたウイングドアが完全に閉じた時点でアクラは諦めた。

このまま行かせてしまうのが良いのか、それとも脚部を攻撃して行動不能にしてでも強引に内部を調査すべきか...


そして一か八かリエゾンを攻撃してみるしかないと覚悟を決めた時、不意にリエゾンが音声を発した。それも人間の声を。


ー ようやく君と話せるようだ、アクラ ー


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