オマル


(ムーンベイ・ベースキャンプ)


そういうわけで、オマルはムーンベイのベースキャンプまで一緒についてきてくれた。


彼が最後にリエゾンから補給を受けたのは八十一日前だという。

残念だが仕方がない。

それよりも、フギンとムニンが最後に補給を受けたのがいつどこでかがわからないことが、アクラの心配事だった。それはリエゾンとの遭遇タイミングではなく、フギンとムニンの活動限界を気にしてのことだ。


出会った日に、アクラが巣でエネルギーパックを新品に交換してあげていたし、当面は問題ないはずだが、それがいつまでなのかはわからない。

ムーンベイにいる限りは、アクラ自身がリエゾンから受ける補給を融通してしのぐつもりでいたが、長期的にそれでやっていけるかどうかは、まだなんとも言えなかった。


アクラは、オマルと相談した上で、オマルの体にもアクラ特製の塗料を塗らせてもらうことを快諾してもらっていた。

最大の理由は『すべてのメイルが同じに見える』エミリンとジャンヌのためだったが、塗料の持つステルス効果も、勝利よりも戦闘を避けるほうを重視するオマルの思考にあっている。


「人類の可視光線スペクトルから、フギンとムニンの間をとると、この辺りの色合いになるが」 


アクラがステルス装甲板を意識的にコントロールして色を表示してみせる。


「グリーンね。悪くはないけど...」 

エミリンがちょっと口ごもる。


「はっきり言って派手ね。というか、これでオマルがフギンとムニンと並んだら、パレードみたいだわ」 

とジャンヌ。


「もう少しトーンを落としてみたらどうかしら? その、落ち着いたグリーンに」 とエミリン。


「こう?」 

アクラがまた装甲板の色合いを変化させた。


「でも、本当にグリーンにしちゃうと、森の中で見失いそう。いえ、敵に見つからないためにはその方がいいのかもしれないけど」 


「じゃあ、グリーンの隣の帯域でこれぐらい...」 

今度はアクラのボディが黄色に変わった。


「もういっそ、アクラのボディを看板にしちゃってもいいわね。Gone Fishingって書いといたら?」 

またしてもジャンヌが茶々を入れる。


「それでは僕自身がサボれない」 

だんだんアクラもジャンヌに負けなくなってきた。


「黄色は高原地帯の荒れ地で見失いそうだけど、人間の可視光線の範囲でのカモフラージュって意味があるの?」 


「いや、それは気にしなくていいと思う。レーザーの照準を合わせる距離でなら意味があるけど、そもそも発見されるかどうかってレベルであれば、あまり関係ない。

もちろん、僕のステルス装甲と同じで、あらゆる波長の電磁波を吸収させるなら、結局は人間の視覚的にも真っ黒になってしまうけどね」 


「それじゃ普通のメイルやエイムと変わらなくなっちゃう!」 


「そうだよ? だからカラフルな方がいいよ。あるいは...なにかの模様を描くとか」 


「模様?」 


「いま思いついたのだけど、例えば鳥や動物の体表みたいに、幾つかの色でパターンを描くという方法もあると思う。

ジャンヌのライブラリーで知ったのだけど、彼らはそのパターンで仲間を見分けたり配偶者を探したりもしているそうだ」

 

「...アクラ、エミリンの右半分を好きな色に塗っていいわよ。左半分は私が好きな色に塗るから」 


「ちょ、ちょっちょっとジャンヌ!」 

「僕が上半分で、ジャンヌが下半分という方が美的にはいいと思う」 

「もう!....」 


「ふむ、動物の体表のパターンというのは興味深い。例えばどんなものがあるのだろうか?」 


三人の下らないやりとりを他人事のように眺めていたオマルがようやく口を挟んだ。

様々な知識を取り戻すことに合わせて、最近のオマルの口調は、段々と落ち着いた年齢を感じさせるものになってきつつある。


「そうだね...僕がライブラリーで見たものでは....こんなのとか」 

アクラの体表にキリン風の柄が浮かんだ。


「あるいはこんなのとか」 

次はシマウマ柄かトラ柄の雰囲気。


「こういうのもあったな」 

大雑把に言えばヒョウ柄だ。


そのまま放っておけばしばらくアクラの毛皮ファッションショウが続きそうだったが、オマルはあっさりと決断を下した。


「私自身は、二番目に見せてくれたやつがシンプルでいいと思う。それに二色での塗り分けならフギンとムニンに使ったのと同じ塗料で済ませられるだろう」 


結局、オマルは『青紫と赤茶の縞柄』というすごい色彩になった。視認性が高いのは確かだ。


おおよそはアクラが作業腕を展開して塗り分けたのだが、エミリンはどうしても、その塗り分けのエッヂというか縞の引き方が気に入らない。


「私にやらせて!」 と、とうとうアクラから特性ステルス塗料の入ったボックスとハケ代わりの多孔質パッドを奪い取り、オマルのボディに取り付いて半日がかりで塗り分け作業をやってしまった。


その甲斐あってか、オマルのボディは思っていたほどケバくも毒々しくもなく、野獣を題材にしたポップアート作品ぐらいの印象には収まった。

青紫と赤茶のシマウマだったら美術館の前庭にいても違和感がないかもしれない。


「エミリン、ありがとう。しかし、君の装甲にもずいぶん私と同じ色が付着してしまった。早く洗い流した方がいいだろう」 

とオマルが礼を言う。


「そうだね。それは非常に強い皮膜を作るから、完全に乾くと衣服からまったく取れなくなるおそれがある」 


「えぇっ! 早く言おうよアクラ、そういうことは!」 


エミリンはスレイプニルのバスルームにダッシュしていった。


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(ムーンベイ・スレイプニル)


結局、エミリンの髪や顔についた塗料はたいした量ではなく、それに生体への初期付着性はあまり高くないようで、なんとか洗い落とすことができたが、ジャンプスーツとワークブーツ&グラブは一セット諦めることになってしまった。


アクラがフギンとムニンを塗り分けた時やオマルの下塗りをしたときに、いったいどういう技を使って、塗料の跳ね返りを浴びないように防いでいたのかわからない。


丸一時間あまりバスルームにこもっていたエミリンに合わせて、ジャンヌは夕食の時間をずらし、ついでに空いた時間でもう一品、お皿を増やしておいた。

ようやくさっぱりしたお風呂上がりのエミリンがダイニングテーブルにつくと、よく冷えたアイスティーと一緒に熱々のポテトフライが出てくる。


「うわぁージャンヌ、フライドポテトだぁっ!」 

エミリンが叫びながらポテトフライにがっつく。


「くぅー、お風呂上がり最高っ!」 

アイスティーをゴクリと飲み下して歓声を上げる様子は子供のようだ。


ジャンヌは、そんなエミリンを微笑ましそうに見ながら夕食の皿を並べた。

最近、スレイプニルのギャレーにいるときのジャンヌは、完全にエミリンの『お姉さん』モードになりつつある。


ディナーを並べ終わり、自分もテーブルについて食べ始めたジャンヌに、エミリンはお風呂の中で考えていたことを話しはじめた。


「で、オマルと再会したときに、かれが最初に言った言葉を急に思い出したの」 

「『人間よ、理解できるか、わたしの声』っていったわねぇ」 


「うん、それで言葉っていうか、音声を上手く出すためにもっと『音素』のサンプルが欲しいって言ってたじゃない? 

私たちが沢山話せば音素のサンプリングができるから、それだけ上手く話せるようになるって」 


「ええ」 


「でもアクラは、その『音素』っていう言葉っていうか概念を知らなかったわ。つまり、アクラとオマルとでは知識が違うってことでしょ。

だけど、アクラもオマルも、メイルとしての活動の中で得た知識よりも、元から持っていた知識を思い出している部分が多いわ。

つまり、知識が違うってことは記憶が違うってことよね?」 


「アクラには最初から名前があったものね。思い出す範囲だけの問題ではないと思うわ。あの二人は性格が違うだけじゃなくて、記憶も違うってことなのよね」

 

言われてみるとアクラとオマルには性格の違いもしっかり感じている。


「前は、ずっとアクラだけが特別なメイルだって考えてたけど、それじゃあアクラ以外の他のメイルが全部オマルと同じ記憶で同じ性格かっていうと、それも違うんじゃないかって気がするの」 


「アクラもそう思ってるみたいね。オマルは特別だってことある毎に言ってるもの。私もそんな気はするけど、それは単純に考えれば....作り出す元になった人間が別だっていうことだと思うわ」 


「でも、作り手は同じはずでしょう? 少なくともエイムじゃなくてメイル同士だとすれば」 と、エミリンは素朴な疑問をあげる。


「ううん、『元になっている』っていうのは作り手とか設計のことじゃなくて、個体ごとに『個性』の元になっている人間が違うってことだと思うの」 


「ああ!」 


「きっとメイルは、ひとりひとり元になっている人間が違うんじゃないかしら? だから、あのオブジェにDNAを刻んであったのだと思うわ。その個体が元は『誰』なのかってことを示すために...」 


「そうか、わかった! きっとあれは『サイン』なんだわ...一人一人がユニークな存在であることを示しているのね」 


「サインね...確かに。製造番号プレートとか、そういうものよりも、もっと思想を感じるわね。私はアートオブジェみたいって言ったけど、アートというよりも思想的なオブジェってことかもしれないわ、あのDNAプレートは」 


「でもジャンヌ、それだと全部のメイルが、それぞれ違うDNAを刻んだプレートを持っているっていうことよね?」 


「もし、その考え方が正しいならね。ただ、それは調べてみないとなんとも言えないわ。アクラとオマルのCOREを調べる方法があればわかることだけど、開腹手術させてもらうわけにはいかないでしょ?」 


「ねえ....ということは、ジャンヌ。やっぱりメイルは人間なの?」 


エミリンには、やはりそこが気になってしまう。


「うーん、どうかしら。そうも言い切れないと思うわ。

少なくとも人間の脳をそのまま移植しているわけでもないし、ボディの残骸から有機的な組織が発見されたこともない。

メイルは人間のように知的な存在ではあっても、人間とは言いにくい気がする。

言うなれば人間をコピーしたような感じね。

でもこれは、何を持って『人間と定義』するのかっていう話だから、百人いれば百の意見があっても不思議じゃないけど」 


「そうよね...」 


「ただ、少なくともこれまで私たちはメイルを人間として接してなかったし、メイルも人間を見つけたら問答無用で殺そうとしてきたことも事実。

すぐに向き合い方を変えるのは難しいわ。アクラでさえ、オマルと理解しあえたのは偶然の機会だったって言ってるのよ?」 


「わかってる。でも、いつか理解し合える可能性がないわけじゃないわ。綺麗事を言うつもりはないけど、可能性はあると思う」 


「あったらいいと思うわよ、私も。それと、これは漠然とした勘なのだけど、メイルとエイムの違いは、思っていたより重要なことかもしれない気がしてきたの。上手く説明できないんだけど....」 


ジャンヌはそう言って、ナスときのこのグラタンに目を落とした。


メイルの作り手にとってCORE、いや『DNA』がそれほど思想として重要なのならば、COREの代わりに攻撃中枢を持たせたエイムの作り手にとっては、『闘争』という概念が精神的なDNAだと見なせるほど重要なものだということになるかもしれない。


ジャンヌは、あの後期都市遺跡「ニューダーカー」で発見した、オマルという人物の手による手記のことを思い浮かべる。


そこに綴られた悲惨な人類の状況と、それを引き起こしたなんらかの意思の存在は、まさに闘争的という概念をそのまま実体化したかのようなものだったのかもしれない。

オマル 〜 いま一緒にいる、メイルの『オマル』の方だが 〜 彼に対してあの手記の綴り手から名前を拝借したのは、実に符合する出来事のようにも思える。


あの手記の研究状況は不明だ。ダーゥインシティを出航する直前にも問い合わせてみたが、返答は同じく『調査中』のまま。第一発見者であり資料提供者であるジャンヌに経過さえ伝えてこないというのは不思議な気がするし、もっというならば『不穏な感じ』がする。


これまで、市民に対してメイルのことや軌道兵器のことを秘匿している中央政府の方針については、その下部組織である資源探査局に勤める人間として、理解し、賛同しているつもりでいた。


だが、アクラと出会って以降、ジャンヌの中にはわずかながら美しくない疑念が生まれている。


『中央政府は本当にメイルの由来を知らないのだろうか?』と。


そしてまたメイルと戦う際に『徹底的な頭部の破壊』という指示が出されている理由は、メイルの危険を排除するための必然性だけだったのだろうかと...だが、いまの時点でエミリンに対してそれを口にするのは、なんとなく躊躇わられる。

代わりにジャンヌは話をそらした。


「それより、食後に桃のフルーツプディング作ってあるんだけど、欲しい?」 

「やったーっ! 欲しいに決まってるでしょ! 嬉しいジャンヌ」 


エミリンの気をそらすのは割と簡単だった。


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(ムーンベイ・草地の会議室)


人間二名+メイル二名、の合計四名、もしくは二人と二体は、高台のランチテーブルを囲んでリエゾンの調査に関する議論を交わしていた。


「そもそも、そのリエゾンっていう補給マシンは、どうしてメイルの居場所をわかるの?」 


エミリンの素朴な疑問ももっともだ。


「ビーコンでやりとりしてるって言ってなかった?」 


「ううん、近距離に近づいてからの話じゃなくて、そもそもその地域にメイルが何人いるかとか、そういうことをどうやって把握してるのかってこと」 


「把握しているかどうかは、なんとも言えないわね。オマルが言うように、いま足りないものを分けてくれるだけなら、そこにいるメイルが『誰』であっても構わないわけでしょ? 

物資さえ十分に積んでコースを巡回していれば済む話だと思うわ」 


「そのコース決めは?」 


「アクラ、オマル、ちょっと気に触る表現だったらごめんなさいね。あらかじめ謝っておくわ...ただ、メイルもエイムも誰かに作られたボディだわ。

誰かが作って、意図を持ってそこまで運んできたのよ。

だったら誰をどこに降ろしてきたかくらい、輸送の記録を見れば一目瞭然でしょう?」 


ジャンヌがあえて作られた『ボディ』と限定したのは、あのDNAプレートのことから、メイルの精神は人工的なものではなく、人間そのものから派生している可能性を強く見ているからだ。


「そっか。運ばれてきた方のアクラやオマルが、自分がなぜそこにいたかを覚えていないと言っても、運んできて降ろした方はわかってるわよね」

 

「そう思うわ。だからこそリエゾンを調べる意味があるんだけど」 


「ただ、僕の場合は単なる運び手じゃなくて、それが『巣』の作り手でもあるはずだしね。それもリエゾンなのかどうかはわからないけど」 


「私はアクラと違って『巣』をもったことがないし、推測では他のメイルも巣は持っていない気がするな。なぜなら、巣があれば、それで行動半径が決まってしまう。まさにアクラのようにね。

他のメイルのテリトリーに入っていくということになりにくいだろうし、なにより『ワンダラー』の存在が説明できない」 


「ワンダラーって?」 ジャンヌはその名前を聞いていなかった。


「あの...僕らの最初の出会いのときに、エミリンが調査しようとしていたメイルがワンダラーなんだよ、ジャンヌ。僕が先に電子攻撃で倒していたやつだ」


一瞬、ジャンヌの脳裏にあのときの恐怖の感覚がよみがえりかけたが、いまとなっては懐かしい思い出になりつつある感じもする。


「ワンダラーというのは放浪者だ。テリトリーを持つことに興味がないし、他者のテリトリーにも敬意を払わない。

縄張り争いではなく、行きたいところにずかずか踏み込んでいって、もしもそこにメイルがいれば戦いが起きる。そういう連中だ。

明確な目的もなく、ひたすら移動を続けているような感じがする」 


「なんだか、メイルとエイムの中間って感じがするわね」 


「そうかもしれない。ただ僕が知る限りワンダラーはメイルだな。エイムのワンダラーは知らない」 


「私もそう思う。ワンダラーは全てメイルだ。そのワンダラーたちは居場所を固定していないにもかかわらず活動を続けている以上は、どこにいっても補給を受けているとしか考えられない。

単にテリトリーを変更したというレベルではないだろうと思う」 


「途中で偶然出会ったリエゾンからってことかなぁ? ずいぶん確率の低い賭けじゃない?」


オマルは、それを否定した。 


「いやエミリン、メイルの配置は海岸線沿いに集中していると思う。私のいた高原地帯だって大陸全体から見れば十分に沿岸地域だよ。

だから、沿岸沿いを移動し続けていれば、どこかでリエゾンに出会う確率は高いだろう」 


「オマル、メイルの配置が海岸沿いに集中しているって思う根拠はなんなの?」 

とジャンヌ。


「それはジャンヌ、全大陸の海岸線は....フラクタルなので測り方によって違うが....人間の実用的な尺度で考えて、およそ三十六万キロメートル程度の長さを持っていると仮定しよう。

ここに約十キロメートル程度の間隔でメイルを配備したとしても、わずか四万体程度のメイルがあれば、すべての海岸線を占拠できることになる。

その数万体程度のメイルが、一億人の人類を大陸に上陸させないでいるのかもしれない」

 

「海岸線の長さからすると、たった四万で十分効果があるってことよね...」 


「そうだ。実際は我々の出会う確率から見て、その総数は四万をはるかに超えているとは思うが、それにしても大陸の中まで十キロメートル四方、つまり百平方キロメートルのブロックごとにメイルを配置していったとしたら、大ざっぱな推測でも1,357,000...ざっと約百四十万体のメイルが必要になる」


「こっちとしてもうんざりだけど、メイルの作り手にとっても大変な話ね」


「そりゃ本当にそのくらいいるのかもしれないが、私が峡谷の中にいる限り、ずっと他の誰にも会わずに済んでいたように、分布には地形に左右されるムラがあるはずだ。従って、平野部の多い海岸線沿いが、もっともメイルの密度が高いと推測するのが理にかなっている」 


「わかったわ。内陸部の平野にも沢山いるかもしれないけど、まずは海岸沿いに集中している可能性は高いわね」 


ジャンヌはオマルの話を即座に理解しているが、エミリンにはそれ以前にわからないと言うか気になることがあって思考が止まってしまっていた。


ようやく間合いをつかんだエミリンが聞く。


「ねぇねぇ、キロメートルって何?」 


「メートル法っていう古い計測単位よエミリン。フィートやポンドの代わりに、距離はメートル、重さはグラムで測るのよ。

現代の私たちの単位に置き換えると、1マイルは1.852キロメートルね。『子午線長で緯度一分の距離』って習ったでしょ? ...あっ!!!」 


「なに?」 


「古い単位だわ!」 


「いや、ジャンヌがいま自分でそう言ったじゃない?」 


「そう、そうなのよ! だから、オマル達には古い単位が基準になってるっていうこと!」 


「え?...あ、そうか! メイルの作り手は昔の基準をいまでも使っている人たちなのね!」 


思わぬ処にヒントが隠れていたようだ。


「そうよ、エミリン。やっぱりアクラやオマルのボディを作っているテクノロジーは、メートル法が一般的だった後期都市遺跡時代前後のものだと思うわ。

そういえば、あの都市遺跡の手記の記述もメートル法だったわね」 


「ええっ。ジャンヌ、都市の大きさのところとかマイルで話してたじゃない」 


「あれは、キロメートルじゃエミリンにはわからないと思って、私が頭の中で換算してたの」 


「なんだ、そうだったんだ...」


「僕もみんなに会う前はメートル法だったよ。エミリン達がヤード・ポンド法で話していたから、すぐにそれに合わせて自分の中で切り替えてしまったけれど」 

とアクラ。


「だが、昔の人類そのままの利用法ではないようだな。ジャンヌ達の使っている『マイル』は昔風に言えば『ノーティカル・マイル』だ。

昔は同じマイルでも陸地と海では単位が違っていたらしいからね」


「え、オマル、マイルにも種類があったの?」

「何種類もな」

「へぇー、でもこんがらがって不便そう...」 


エミリンにとっては生まれたときからマイルはマイルだ。

マイルの種類など考えたこともなかったし、ヤード、フィート、インチ、ポンド、オンス、単位という物はどれも一意に決まってる物だと思い込んでいた。


「そりゃそうだろうさ。だが物事ってのは、論理性よりもむしろ『いきさつ』次第で決まるものだよ」


オマルの、そういう達観した物言いにはなぜか説得力がある。


「同じマイルでも昔の陸上基準だと、約1.6キロメートルで1マイルね。速度も時速や秒速で表現して、『ノット』って言い方は使わなくなってるし、長い間に変化してるとは思うわ」


「単位の基準は物理的に不変な物でも、使い方は人間の文化だからな」


「そうね...。私の知っている限りでは、復興期に入ってからの社会では基本的にヤード・ポンド法しか使われてないと思う」


「となると、メートル法を使ってるのは六百年以上は前の文化ってことになるな。そして、わしらの知識もその程度には古いってことだ」


やはり、メイルの誕生には『旧人類』が大きく関わっているという以外に考えられなかった。現代人なら、わざわざ古いメートル法を使う意味がない。


「ふむ。これも証拠の一つだろうね...。

さて話を戻してリエゾンとの遭遇確率だが、補給の頻度は私もアクラも、おおよそ一年に一回程度だと認識している。

アクラがもともと根城にしていたこのムーンベイは、見たところ両脇を山に挟まれているし、その向こう側も起伏の激しい土地だ。

少なくとも近隣を縄張りにしている常駐者は他にいなさそうだと思う」 


「僕もその意見には賛成だ」 


「とすると、やはり海岸ぎりぎりまでリエゾンが来るルートはなくて、私もアクラも含めて、この地域にいるメイルは、みんな高原地帯のどこかで補給を受けているはずだ。

この高原地帯を中心にしたおよそ...三千平方マイルをテリトリーにするメイルが、仮に百平方マイルに一体いるとして三十体。

三十体が一年に一回の補給を受けるとすれば、仮にランダムなら二週間に一回以上は誰かが補給を受けていることになる」 


もう、オマルは単位をヤード・ポンド法に切り替えていた。


「でも、巡回コースで複数のメイルが順次補給を受けている可能性が高いのよね?」 とジャンヌが指摘する。


「そうだ。私の経験上、リエゾンのボディには一度に三桁以上のメイルに補充できる物資は楽に入るように思う。

とは言え、私とアクラが補給を受けたタイミングは、実際には百二十日ほどずれているし、地域一帯の補給ポイントが、すべて一筆書きの延長線にある必然性も希薄だ」


「どうして?」


「地域一帯のメイルが全部まとめて年に一回の補給しか受けられないとなったら、戦闘状況次第ではそれまで耐えきれない個体も沢山出てくるだろうし、補給路でメイルやエイム同士が衝突する機会も無用に増えるからね」 


「確かにそうだ」 


「とすると、私とアクラの百二十日のズレになにかの理由があると考えた場合、たとえば三百六十日を三で割って、約百二十日ごとに通過するリエゾンから順次補給を受けている、という可能性がないだろうか?」 


「なるほど! もし...オマルの仮説が正しいとすると、この一帯のメイルは三つのリエゾン巡回ルートに振り分けられているという可能性があるな。そうなると次は...」 


「二十三日後の近辺だ。ただし、そのルートはわからないがね」 


「オマルって頭いい...」 エミリンの目が点になっている。


「ありがとう、エミリン。しかし、これは根拠のないただの仮説だ。まったくの見当はずれで、やはり、あと百四十日以上待つはめになる可能性も高いことは理解して欲しい」 


「うん」


「まず、僕とオマルが補給を受けた地点をポイントして、リエゾンがそこを通過しやすそうな、そして、その通過ルートにできるだけ多くのメイルがいそうなルートを推測してみよう。この仮説上では二つは別のルートのはずだ」


「そうすれば残りのルートは一つだな」


「地形から取りうるルートの可能性を推測して張り込めばリエゾンに会えるかもしれない。そこで数日待ってもダメだったら、別の方法を考えよう」

 

「仮にこの推定が正しかったとして、問題は...」 オマルが言った。


「会った後にどうするか、だな」 


リエゾンとのやりとりはビーコンの確認と、補給を受ける物資のリストだけ。

アクラもオマルも、そもそもリエゾンに話しかけたことがなかったが、二人とも、多分リエゾンに話しかけても返事はないだろうと踏んでいた。


話しかけても意味がないのであれば、物理的に調査するしかないが、果たしてリエゾンがおとなしくボディをひっくり返されたりするものかどうか。


リエゾンに発信機を取り付けて後を追う、というプランも出たが、内陸部の激しい環境ジャミングの中で、発信機がどれほどの距離で追跡できるものかわからない。

それにリエゾンの後を追ったりルートを辿ったりしていくということは、その補給を受けに来るメイルやエイムと、ことごとく衝突していくということにもなる。


そうなると、まるで並んだ兵士の間を打たれながら走り抜ける刑罰、『ガントレット』を受けるようなものだ。

無事にムーンベイに戻れるとはとても思えなかった。


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