キャンプサイト


(ムーンベイ・スレイプニル)


「ジャンヌ、見て!」 

「見てるわよ」 


以前にも似たようなやりとりをした記憶はあるが、今回のジャンヌは落ち着いている。いや、少し呆れているような気配も感じられる。


これで四回目になるムーンベイへの進入コースをとったスレイプニルの船上で、まずエミリンとジャンヌの目に飛び込んできたのは、さらに大改築されたムーンベイの浜辺周辺だった。


留守にしていた三ヶ月の間に、またしても陸地の様相が大きく変化している。


いつもアクラが陣取っていた高台の草地には、帰還前にスレイプニルから降ろした資材を置いて、防水シートを被せて保護してあったのだが、いまはその姿が見えず、同じ場所にログハウス風の建物が建っている。


ログハウス? 丸太小屋? 丸太? 

誰が工事を行ったのかは言うまでもなかった。


いつもMAVで上陸する砂浜の脇にも幾つかのログハウスが立ち、三角州の橋も、いまではMAVで渡れそうなほど立派なサイズに成長している。

以前にアクラが木立を切り開いた草地の中央にも、森林に伸びる一本の道ができあがっていたが、それが木材をただ並べただけなのか、何か舗装のような処理をしているのかは遠目にはわからない。


「ジャンヌ見える? あの、あれは...看板かしら?...『Gone Fishing』ってなんのこと? 魚をしに行った?」 


「ちょっと出かけてますっていうか、どっかでサボってますってくらいのジョークよ」 

「じゃ、いまはここにいませんってことね!」

 

「とにかく、どういうことなのか聞いてみましょう。まさか、第一〇七支局の遠隔地探査用補給キャンプが正式に認証されたことを見越していたわけではないでしょうけどね」 


ジャンヌがため息の混じっていそうな声で言う。


「とりあえず、いつもの場所に停泊しましょうエミリン」 

「アイマム!」 


エミリンは、陸地の様子を観察することに我を忘れて、復唱確認もシークエンスの宣言も忘れていたが、ジャンヌも同じく陸地に気を取られていて気にしない。


「まったく、来るたびに驚かされる場所ね、ここは」 


だが、今回は前回のような不安はない。どんな相手が二人を迎えてくれるのかが分かっているからだ。


エミリンはスレイプニルの舵を切り、湾の左側に寄せるコースをとった。


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(ムーンベイ・浜辺)


「おかえりエミリン。おかえりジャンヌ。待っていたよ」 

アクラがのんびりした調子で言う。


「ただいまアクラ!」 

とにかくエミリンは嬉しそうだ。


「ただいまアクラ、ところでこの浜辺の改築はいったいどうしたの?」 

と、ジャンヌ。


「うん、実は色々と事情があってね。これは明確な目的や完成形のプランを持って取り組んだのではなく、『エミリン方式』を積み重ねた結果として生み出されたものなんだ」 

と、アクラが答える。


「なに? エミリン方式って...それなんなの?」 

名前を出された本人も意味がわからずに聞く。


「正しい方法について見当もつかない時は、とりあえずできることを、損害の少なそうなものから手当たり次第にやってみる。というトライ&エラーのメソッドだ。僕はそれをエミリンから教わった」 


「えっと、そうだったかしら...?」 


エミリンとしては、なんとなく納得できない感じがする。


「で、エミリンの真似をして、何を試みたらこうなったの?」 

ジャンヌはエミリン方式の意味と由来をすぐに納得したようだ。


「エイムを...言い方は悪いけれど、手懐けたんだ。

思いついたことがあって試してみたら、半分がた上手くいった。

それで、二体のエイムがここに来たのだけど、コミュニケーションに手間取ってね」 


「エイムがここに?」 


「そうだ。危険はないよ。攻撃中枢を失っているから誰に対しても攻撃は行わないんだ。それに武装も取り外してある。

彼らに言葉を教えるための媒介行為として色々と作業を行っていたら、まぁ、なにやかやと作り上げることになってしまった。いま会わせよう...おいで!」 


「待って、いまもこの近くにエイムがいるって...」 


ジャンヌがそこまで言いかけたときに、突然遠くのログハウスの中から青紫のエイムが歩み出てきた。


「メイル!」 ジャンヌが叫んだ。


その声に応えるかのように、隣のログハウスからも別の赤茶色をしたエイムが姿を表す。


「エイムだよ」 アクラが冷静に訂正した。


「止まって」 アクラがそう声をかけると、二体のエイムはその場所で歩行を止めた。


「そ、そう。で、メイルじゃなくてエイムなのね、この二体は。で、それで、これは一体どういうことなの?」 


ジャンヌは、ちょっと動転している感じがしなくもないが、アクラにストップと言われた二体の色違いのエイムは、じっと止まってそのまま動こうとしない。


「アクラ、ちょっと話し方が変わったよね」 

エミリンはのんびりしたものだ。


「ジャンヌが置いていってくれたポータブルディスプレイのライブラリーデータでも、かなりの勉強はできたからね」 


「それよりも、エイムは攻撃的で危険なんじゃなかったの?」 


ジャンヌは、どうしても200ヤード先にいるエイムたちから目線を逸らせない。


アクラが、ことの経緯を説明し始めた。


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アクラの話を聞いている間に、ジャンヌもようやく二体のエイムの存在になれてきた。


あの草地の奇跡を生き延びた上、すでに峡谷のメイルに会ったことのあるエミリンとしては、アクラ以外のメイルやエイムに近づくことにも抵抗がなくなってきているのだろうが、考えてみれば、ジャンヌがアクラ以外の機械知性体に近寄るのは初めてなのだ。


「なるほどね...成り行きはだいたいわかったわ。エイムの行動がそこまで攻撃中枢に支配されていたのは予想外だったけど」 


「うん、攻撃中枢を失ったことで、すべての条件判断の行き先が一時的に失われてしまったんだ。

だから他にできることが何もなくて、僕にくっついてきたんだと思う。

彼らも『エミリン方式』で行動したと考えられなくもないね」 


「きっとそうね」 と、ジャンヌ。


やっぱりエミリンは、このメソッドの名称と二人の了解ぶりに納得がいかない気がしている。


「それで、アクラはこの先、あの二体をどうするつもりなの?」 ジャンヌはいつでも先を読む。


「まだ決めていない、というか、正直に言うとプランがないんだ。今後の探査計画次第、つまり内陸部にいつ向かうかも含めて考えていきたいと思っている。

ただ、いまのところ、この二体は僕から離れようとしないから、探査に向かうときは一緒に連れて行くのがいいんじゃないかという気はしているんだ」 


「ええ....そのあたりの判断はアクラに委ねるしかないわね。私たちには見当もつかないもの。ところで名前は?」 


「え? なんの名前?」 アクラは少し面食らった。

「決まってるでしょう。あの二体の名前よ」 


「いや、特にない。もともと名前を持っているとは思えないし、仮にあっても知る方法がないんだ」 


そういえば峡谷のメイルも自分の名前を持っていなかった。

単に思い出していなかった可能性もあるが、名前があるということも、アクラの特殊性を物語る一つの例かもしれない。


「そう...で、あの色は、あなたが塗ったの?」

 

「ああ。装甲板補修用のナノストラクチャー溶液を電解して、電磁波の反射率を固定したんだ。エミリンとジャンヌにも二体の区別がつきやすいようにと思って、人間の可視光線スペクトルの両端に近い色で塗り分けてみた」 


「あ、そういう選択なのね、あの色は...。つい、あなたの色彩センスかと思ってしまったわ」 


「それはどうも...反射率が固定されてるから視覚的な迷彩効果はないけど、まだかなりの電波吸収力は残っているよ。電磁波系のスキャンに関してはある程度のステルス性を発揮するだろうと思う」 


真面目な話、それはアクラにとって、この二体の生存率を向上させる上で重要なことだった。


「そうなのね....じゃあ私たちで名前をつけてあげましょう。どんな名前がいいかしら....」 ジャンヌが考え込んだ。


エミリンにとっては予想外のジャンヌの反応だ。そういう方向に話が行くとは...。


「フギンとムニン。それがいいわ。青紫の方がフギン、赤茶色の方がムニン。どうかしら?」 とジャンヌ。


「恐らく本人たちにとっては、どんな名前でもまったく問題ないと思うよ」 とアクラ。


「フギン、ムニン、こんにちは!」 


エミリンは相変わらずテンションが高い。

そう大声で呼びながら二体に向かって大きく手を振った。


「たぶん、これから彼らを呼ぶときには必ず前に名前を付けて呼んであげるとして、彼らが、フギンとムニンという音が、個々の自分たちを示したものだと理解するのにしばらくはかかると思う」 


「そう、じゃあたくさん呼んであげなきゃ。ね、フギン! ムニン!」 


なんであれ、アクラにとっては元気なエミリンを見ていられることだけで十分に嬉しかった。


「フギン、ムニン、おいで!」 

さっそくアクラが命名したばかりのフギンとムニンに声をかけると、二体のエイムがまたこちらに向かって動き出した。


「とりあえず、名前をつけて指示しても問題なく受け取るようね。よかったわ」 と、名付け親のジャンヌ。


「フギン、ムニン、止まって!」 

さらに100ヤードほど近づいたところで、また止まらせる。


「さっき話したように、まだ、簡単な指示しか理解できないんだ。

三ヶ月掛けてこの近辺の工事をやっている中で、土木作業についてはだいぶ色々な指示を理解するようになったけどね。

何度も言うけど大変だったんだよ。彼らが理解している動作はすべて、僕が何十回も言葉にしながら実演して見せたことばかりだ」 


「私たちの指示を聞いてくれるようにもなるのかしら」 

ジャンヌがもっともな疑問を口にする。


いくら武装解除していると言っても、エイムのボディで押しつぶされたら一瞬で命を落とすだろう。

向こうに悪気というか攻撃心がないとしても、『止まれ』と言って止まってくれないようだったら、危なくて近寄るわけにもいかない。

勝手に走り回る駿足のブルドーザーと戯れるようなものだ。


「ひとつ、手を思いついた。僕からの指示もエミリンとジャンヌからの指示も同等だと思わせるようにできるかもしれない」

 

そういうとアクラはエミリン用の簡易キャビンを首の上にパタパタと組み起こした。それでエミリンは、アクラがハーネスをつけたままだったことに、改めて気が付いた。


「エミリン、乗って」 そう言ってアクラが身をかがめる。


エミリンが慣れた動作でキャビンに乗り込むと、そのままフギンとムニンの近くに自分から歩いていく。


「エミリン、僕が彼らの近くで止まったら、そこからフギンとムニンに指示を出してみて」 


「わかった!」 


フギンとムニンに50ヤードほど近づいてからアクラは止まった。エミリンはそこで、キャビンから大きく身を乗り出して、指示を出してみる。


「フギン! ムニン! おいで!」 


一拍の間があったが、まずフギンが、そしてムニンもこちらに近づき始める。逆に、間があったということはそこに思考があったということだ。


「フギン! ムニン! 止まって!」 


もう一度エミリンが声をかけると、二体はすぐにその場で止まった。

アクラの思惑は成功したようだ。


「アクラ、ちょっと降りてみたい。アクラの背中から降りても、言うことを聞いてくれるか知りたいの」 


「わかった。でも、まだあまり近づかないで。

もちろん攻撃は絶対にしないはずだけど、人間との接し方も知らないから。

なによりも人間がいかに脆いか、決して自分から物理的に触れてはいけないということを、これから完全に理解させないといけない」 


「うん、大丈夫」 


かがんだアクラの首から降りて、エミリンはアクラの頭の脇に立った。

その位置から二体にもう一度声をかけてみる。


「フギン! ムニン! おいで!」 二体がすぐに歩き出した。成功だ。


「フギン!、ムニン!、止まって!」 そこで二体がすっと止まる。


「ねぇアクラ、なにか、いまでも他にできる指示はないかしら?」 


「そうだね...『木を運ぼう』というのが、最初に覚えた指示だったかな」 


「やってみる...フギン! ムニン! 木を運ぼう!」

 

そうエミリンがいうと、二体は一瞬の間をおいて、くるりと反対方向を向いた。

そのままスタスタと森の方へ歩いていく。


「僕が切り出した木材を森の縁に積み上げてあるんだ。たぶん、そこから丸太を運んでくると思う。無事に持ってきたら、『木を下ろして』といえば止まった場所に下ろすはずだよ」 


「すごい、上手くいったわ...」 


しばらく待っていると、フギンとムニンがそれぞれの背中に丸太を担いで運んできた。


「わあ、こんなことができるのね!....フギン! ムニン! 止まって....木を下ろして」 


ある程度近寄ったところで、エミリンが指示を出すと二体が止まり、丸太をその場に下ろした。


その後、ジャンヌにも同じことを試してもらった。


ジャンヌがアクラのキャビンに乗り込むのは初めてだ。エミリンにコツを教えてもらいながら小さなキャビンの中に足を滑り込ませて、なんとかシートに座る。


「アクラ、ちょっと小さすぎるわよ、このシート」 とジャンヌが軽く悪態をつく。


「僕は人類の平均的データをわかっていないから、エミリンのお尻が小さいのかジャンヌのお尻が大きいのかをコメントできない」 


「十分にコメントしてるわよ!」 


下で見ていたエミリンは吹き出しそうになった。

色彩センスの件といい、いまのシートに関するやり取りといい、ジャンヌは完全にアクラを人間と同じ存在として接するようになっている。


たぶん、COREを分析したときに、メイルとエイムを『Type』ではなく『Species』と言い分けたあたりからだ。

アクラの方も、三ヶ月の間にポータブルディスプレイでどんな学習を行ってきたのかわからないが、ジャンヌの性格にあわせようと頑張っている気がする。


ともかく、フギンとムニンはジャンヌによる指示も問題なく受け入れた。

第一関門は突破だ。


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(ムーンベイ・岬の丘)


アクラはしばらくの間は安全を重視して、自分が横にいないときには、絶対にフギンとムニンをエミリンとジャンヌに近寄らせなかった。

言うなれば工事現場で重機による事故を防ぐような感覚だ。


それでも、エミリンとジャンヌの音声による指示をアクラからの指示とまったく同じように受け入れることがはっきりしたので一安心だった。

どんな作業をやっている時でもどういう位置関係にいる時でも「止まって」 と言えばピタリとその場で停止した。


最初、アクラがこれを教え込むには、相当な苦労をしただろうことがうかがえる。


アクラは、この二体に対して、より複雑な指示や概念を理解させるにはどうするのが良いかをジャンヌに相談していたが、ジャンヌの方もすぐには明快な答えを出せず、『ま、エミリン方式で色々やってみましょうよ』と、これまたエミリンにとっては不本意な表現をしたのだった。 


『試行錯誤をしなければ正解には辿りつけないわ』あるいは『シミュレーションは現実そのままではないのよ』そう教えてくれたのはジャンヌの方なのに...。


でもまあ、初めてアクラに出会った時、何のプランもなくポータブルスキャナーを地面に置いたことから二人のコミュニケーションが始まったことを考えると、完全に否定もできないところではあった。


アクラに言わせると二体の学習曲線はどんどん向上しているらしく、簡単な動作であれば、それをやって見せながら、同時にその動作の名称を何度か告げてあげると、数回で動作と名前を関連付けて覚えるようになってきているそうだ。


ボディのステルス装甲板を映像ディスプレイ化する方法を使って作業を示したり、あれからジャンヌが体系化してくれた『概念教育プログラム映像』を見せて学習させることも進めている。

いまは対象を物理的に丁寧に扱うことと、脆いものや柔らかな物体への力のかけ具合もだいぶ理解してきたらしい。


破壊しか知らなかったエイムが『壊さない』という所作を学ぶとは、やはり誰にとっても人生は何が起こるかわからない。


問題は返事ができないことだ、とアクラは言う。


「彼らを巣に連れて行って徹底的にスキャンしたよ。どこも悪いところはないと思う。いま、フギンとムニンは攻撃中枢を失っていること以外は、エイムとして健康そのものな状態のはずなんだ。

各部の構造も大筋はメイルと同じで、その機構は存在しているはずなんだが、でも音声は出せない。聞こえてはいるのに」 


「仕方がないわよ。少なくとも言うことを聞いてくれるんだから大きな問題はないわ。気長に取り組みましょう」 


そう言ってエミリンはアクラの前脚に寄りかかった。

最近、岬の丘に上がってきているときには、アクラの前脚がエミリン専用の背もたれになりつつある。


それにもう、ここに来るときにATVを使うこともなくなっている。

一緒に移動する時は、アクラの首にエミリンが乗ることに二人とも慣れてしまったし、いまではアクラもハーネスを外すことがない。


「フギンとムニンからの一番の発見は、エイムの思考にも恐らく『人間の言葉を基にした言語体系が存在している』ってことだと思う。

当初、メイル語で対話を試みていた時よりも、呼びかけを人間の音声に切り替えてからの方が圧倒的に学習が速いんだ」


「えっと、それってもともとエイムには人間の言葉を理解する下地が組み込まれてたってことでしょう。でも、どうしてかしら? まさかメイルもエイムも、いずれ人間と接触することを予定されてとか?」


「いや、それはどうかな? きっと、もっと単純な話で、言語と論理的思考は切り離せないんだ」


「言葉があるから、考えることができる?」


「うん、感情や感覚だけなら複雑な言葉はなくても問題はない。

だけど、順序立てて物事を考える...例えば演繹とか推論とか言うのかな? そういう思考形態には言語体系が不可欠だという気がする。

あの峡谷のメイルだって人間の言葉を理解できるようになるまで、そう長くはかからないだろうと思うよ」


「そうすると、メイルはもちろんだけど、エイムにも論理的な思考が与えられているのね」


「つまり、メイルとエイムの作り手は、どちらも人間の技術と文化を由来にしているわけさ。まぁ、いまとなっては当たり前に思えることだけどね」 


「そうね。ジャンヌが言うように、生き延びた人間の男性種が、二派に分かれてメイルとエイムを作って勢力争いをしているっていうのが、いまのところは一番説得力のある仮説だわ」


「そうだね」


「ただ、それでも謎は残ってるわ。どうして直接、人類と接しようとしないのか? 

どうしてCOREの有る無しが生じたのか? 

そもそも二派で何を競っているのか? 

そして、アクラはなぜ生まれたのか? ...やっぱり根本的な部分はわからないことだらけね!」 


「エミリン、いまでも内陸部の調査をしたいと考えてる?」

 

「もちろん! なんとかリエゾンを調べてみる方法を考えてみたいんだけど、まだ思いつけてないの。アクラや、あの峡谷のメイルさんの話だと、かなり偶然に頼らなければ会えなさそうだし」 


「僕もまだ良いプランが思い浮かばない。ただし、待っていれば必ず会えることも事実だよ。インターバルの期間は不定期的だけど、過去の平均からすると、およそ十二ヶ月以内には必ず来ると思っても問題ない」 


「一年かぁ...アクラが前にリエゾンから補給を受けたのはいつ?」

 

「エミリンがここへ戻って来る直前だね。百五十八日前だ」 


「とすると...ざっと五ヶ月とちょっと。あと七ヶ月以内には来る可能性が高いと考えていいのね」


「たぶんね」


「うーん、でも七ヶ月待った挙句に、単に声をかけてみて反応がなくって終わり、なんてことになったら目も当てられないわ。っていうか、退屈すぎて死んじゃう」 


「エミリンに死なれるのはなんとしても困る。退屈からの防衛が必要だな」 

「じゃあ踊って見せて」 


「七ヶ月間、飽きずに見ていてくれるのならやぶさかではないよ」

 

エミリンは吹き出した。

自分で言っておきながら、アクラが巨体で踊っている姿をつい想像してしまう。


「...だって、その間に本業の資源探査でもできるならともかく、あらかじめ来る日がわかってないんだから、一日たりと席を外してるわけにもいかないわ」 


「なるほど。じゃあ、こちらから探しに行くしかないかもしれないね」 


「え、でも、いつどこにいるかもわからないんでしょう? どうやって探すの?」 


「すぐに見つけられるとは思っていないけど、高原地帯に行けばエイムやメイルの個体数も多い。その分だけでもリエゾンの出現頻度は高いはずだ」 


「そうね...ここでじっと待っているよりは、動けばチャンスはあるわよね」

 

「うん、エミリン方式だ」 

「あは! オッケー、エミリン方式でいきましょう!」 


エミリンが立ち上がり、屈んだままのアクラによじ登る。

いまではすっかり慣れた動作だ。


シートにエミリンを乗せたアクラがゆっくりと立ち上がると、10ヤードほど後ろで大人しく座っていたフギンとムニンも同時に立ち上がった。

すでに予期している動作には二体にタイムラグがないのだ。


エイムの個性は、最初から埋め込まれた個性というよりも、『個体性能の揺らぎ』から生み出されて育っていくという方が近いようだった。

センサーの反応精度や回路の処理速度、そういった一つ一つはわずかな差が、時間をかけて沢山積み上げられた中から生まれているものだ。それも彼らについての興味深い点の一つだった。


「高原地帯への道はある。いまならMAVでもある程度は行くことができるから、ジャンヌが用意してくれた機材も少しは持ち込めるよ」 

「MAVで通れる道があるって、別ルートを見つけたの?」 


「彼らと一緒に道を作ったんだよ。以前は通り抜ける障害の少なさを基準にルートを取っていたけど、今回はできるだけ地面の平坦さを保てるようにルートを取った。かなりの樹木を伐採することになったけどね。岩も幾つか破壊したし、地面そのものを掘って道をならした箇所も多いよ」 


さらっとアクラが言ってのける。


「ええっ、三ヶ月であんな遠くまで道を作ったの! すごいアクラ。...でも、どうしていままで黙ってたの? やっぱり私をあまり内陸部には行かせたくなかった?」 


「いいや、もうそれはない。二人を驚かそうと思って伝えるチャンスを窺ってたんだ」 


「アクラったら....ありがとう。その道には名前をつけてあるの?」 


少しの間をおいて、アクラが答える。


「ムーンライト・トレイルっていう名前はどうだろう?」


「ムーンライトトレイル、素敵な名前ね! ...早く歩いてみたいわ」 


ムーンベイから高原地帯まで続く、細くて長い道。

エミリンは、古い絵本に出ていた旅人のように、何台ものエイトレッグやエイムたちを引き連れ、月の光に照らされながらアクラと並んで歩く姿を想像する。


これ以上はないくらいに、ぴったりな名前だとエミリンは思った。


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