浜辺
(エリア5114・岬の丘)
いつもの岬の高台に佇んでいたアクラは、いくつかの電磁ノイズを感じ取った。
まだ遥か遠くではあるが、高エネルギー機関に支えられた速度をもつ大質量と、複雑な電子機構が生み出すざわついたような反応がある。
つまり移動している機械、恐らくは人間の海上移動ユニットだ。
そう考えて、冷静にその進行方向を推測する。
こちらに向かってきている。
あれが、あの日と同じ海上移動ユニットだったら良いのだが。
あの、小さな顔の人間を乗せた海上移動ユニットだったら良いのだが。
自分がこの日を待ち続けていたことを実感する。
アクラはステルス装甲を稼働させたまま待った。
やがて信号が強くなり、はっきりとデータが分析できる。
パターンは同じだった。
あの海上移動ユニットだ。
もちろん、あの、小さな小さな顔の人間が乗っていると決まったわけではない。
しかしアクラは、ゆっくりと立ち上がると湾の岸辺に向かう斜面を下り始めた。
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(エリア5114・スレイプニル)
湾に入る手前で、ステアリングを握っていたエミリンが大声をあげた。
「陸地の状態が変わっているわ! 一体どういうこと?」
ジャンヌも予想外の展開に戸惑うしかない。
戦術ディスプレイに陸地の映像を拡大して写し出すと、まだ湾内に進入してないのに、前回よりも随分と見通しが良く感じる。
湾の奥にはなだらかな陸地が広がり、遥か先には巨木の茂った森が見える。
それは変わらないのだが、なぜか岸辺から森への途中に点在していた茂みが消えているように思える。
いや、木立も幾つかの塊があったはずだ。
それらがすべて姿を消して、草に覆われたなだらかな斜面が起伏を描き、森へと繋がっている。
陸地に向かって右手の奥には、湾の右端に突き出た岬につながる険しい山あいから伸びてきた小川が流れ込んで、湿地のようになっている箇所がある。
そこには丸太で橋のようなものが架けられていて....丸太?!
慌ててディスプレイ上で、丸太に見えたものがあるあたりを指定して大きく拡大してみる。
「ジャンヌ、あれ丸太だよね...」
「ええ、見えているわ。まるで湿地の三角州に橋を架けたように見える。というか、きっと橋ね。あれは」
「開発局?」
常識的にはそれ以外に考えられない。
ジャンヌは考え込んだ
「それはないでしょう。記録には開発局が作業を進めた形跡は何もない。なんの資源埋蔵結果も出てないんだから来る意味がない。
そもそも探査局だって私たち以外は誰もこんな遠くまで来ていないわ。少なくともこれまでのところは。
もちろん、記録に残さず、誰かが勝手にやっていることの可能性はあるけれど....」
「九十七支局とか?」
「エテルナ級でも来れないことはないわね。大変だけど...それより、普通だったら丸太なんて使わないでしょう。もっとちゃんとした、持ち込んだ資材で橋をかけるか加工するかだわ」
「じゃあ誰が?」
「それが謎よね....うん、エミリン、あなたがいま考えたことがわかる。でも、それはさすがにあまりにも突拍子がないと思うわ」
「そうね....でも、私には絶対にありえない話じゃないという気がする。だって、あの日の出来事以上にありえない話なんて、そうそうあると思えないもの」
「それにしても、メイルが橋を架けるなんて...というか、メイルが何かを作った痕跡は、過去に一度も発見されたことはないわ。
土木工事なんて想像もつかない。メイルは事実上、野生動物みたいなマシンよ?」
『あのメイルを除いては』 エミリンは心の中でそう思った。
「きっと、この先はまだ一度も出会ったことのないことが次々に起きるわ...」
「とにかく用心はしておきましょう。何が起きるにしても、いえ、きっと何かが起きる気がするけど、それが私たちにとって良い方になるか悪い方になるか想像もつかないんだから」
「わかった」
「眺めていても仕方がないわね。とりあえず湾内に停泊したら、ドローンを飛ばして偵察しましょう。考えるのはそれからよ。
エミリン、湾内に進入して停泊してちょうだい。進入コースは任せます。
停泊位置は....陸に向かって左に寄せた方がよさそうね。停泊位置で百二十度回頭して左舷を陸地に向けておいて。念のためよ」
「アイキャプテン。 エリア5114TR進入継続。停止後百二十度回頭してムーリングシークエンス開始します」
エミリンは湾内へと向けてゆっくりとスレイプニルを進めた。
さきほどから陸地を見つめ続けているジャンヌが言う。
「エミリン、念のために、自衛システムのスイッチは入れておきましょう。
場合によっては、二人とも操舵室を離れる可能性だってないとは言えないから、自動防衛システムをONにしておく必要があると思うわ。
これまで一度も使ったことはないけれど、もしもメイルから攻撃があれば、自動的に反撃するようにしておいたほうがいいと思う」
「メイルからの『攻撃』っていうのは、船体に向けて発砲されたら?」
「メイルが自分から近距離に近づいてくることも考えておいたほうがいいと思うわ。あまりにも近づいて来すぎるようだったら危険だと思う」
「待ってジャンヌ。それだったら、ただ話をしに来ただけでも攻撃しちゃうことになりかねない」
「でも、もしスレイプニルに近づかれすぎたら攻撃を防げないわ。
レーザー砲と高速散弾では至近距離からの砲撃は迎撃できない可能性もあるし、あのメイルの攻撃力は私もドローン越しに見ていたわ。
近距離から攻撃されれば、スレイプニルでさえ危ないかもしれないのよ?
「だめよ、だめ。絶対にだめ。ごめんなさい。こんなこと言って。
でも、だめだって声がする。どんな理由でも、こっちが先に攻撃することになったら絶対にだめだって気がするの。
先制攻撃は防御じゃない。地獄の扉よ!」
最後の一言はエミリンには珍しい、まったく似つかわしくない物言いだ。
エミリンは少し興奮ぎみだが、ジャンヌは冷静に答えた。
「わかってる。それでもスレイプニルを危険に晒すわけにはいかないわ」
もしも自分に何かあった後でもスレイプニルさえ無事なら、エミリンをダーゥインシティに送り届けることができる...ジャンヌはそう考えていた。
「そうね...だったら前回より、もっと距離を取っておくことにして...湾の入り口すぐに船を停めましょう。そこならメイルが船に近づくことはできないわ。だからうっかりこちらから撃ってしまう心配もない。
そこからATVを出して陸地に上がるの。それでどうかしらジャンヌ?」
「この波じゃATVはけっこう揺れるわよ?」
「だけど、MAVはどっちを使うとしても、ちょっと攻撃的な雰囲気を感じさせるかもしれないと思うの...同じ理由でレイバーマシンを先行上陸させることもやめた方がいいと思う」
「MAVのボディなんて、あのメイルには紙みたいなものだと思うけど...言いたいことはわかるわ」
「RHIBにATVを積んで浜辺のすぐ近くまで行きましょう。
RHIBは何かあったらすぐ戻れるように、念のため揚陸せずに、ほんの少し岸から離してアンカーを降ろしておけばいいし、いざという時はRHIBに戻らなくても、そのまま頑張ってATVでスレイプニルまで戻ることはできる。
逆に、もしも陸地でなにかあってATVを捨てなきゃいけなくなっても、近くのボートまでなら泳いででも戻れるし、何かあった時は、船に残った方がすぐにMAVで陸に向かえばいいわ」
「いいでしょう。MAVのキャビンの方がATVより安全なんてこともないんだし、それで行きましょう」
いつのまにかエミリンも、それなりの戦術を組み立てるようになっている、とジャンヌは思った。こんな状況でなければ、褒めて頭の一つも撫でてあげたいくらいなのに...ため息の一つも吐きたい気分だわ。
ジャンヌはそう思って再び陸地の観察に戻った。
しばらくの後、エミリンは余計な行きつ戻りつはまったく無しに、スレイプニルをぴたりと停めてアンカーを降ろした。
上陸作戦の開始だ。
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(エリア5114・浜辺)
アクラは岬の丘から湾の浜辺に降りてきた。あの船はまっすぐ湾内に入ってくるだろう。それは間違いないと思える。
では、自分はどうするべきか?
最初の頃は、森に隠れたまま様子を伺おうかと思っていた。
そして、もし、あの小さな顔の人間が姿を見せたら会いに行くというのが良いだろうと。
なにしろ過去の情報では、人間とメイルは戦闘状態にあるのだから。
だが峡谷のメイルとの会話が、その考えを変えさせていた。
いまではアクラの中に、対話は、お互いを見せ合わなければ決して始まらないという思いが生まれていた。
武器が届く距離から遠ざかっているままでは、対話を始めることはできない。
ならば、こちらから近づくしかない。
いましも、あの船が湾内に入ってきた。外洋の入り口からすぐのところでスピードを落とし右手の端に滑っていく。
前回の出会いのときの位置よりもかなり外洋側に停止して、そこで回頭している。
やはり用心しているのだ。
当たり前のことだ。と、アクラは思った。
あの小さな小さな顔の人間は、本当はあのときに死んでいるはずだったのだから。
ワンダラーは攻撃寸前だったし、自分は見殺しにするつもりでいた。
だから、あの人間が死ななかったのは偶然の積み重ねに過ぎない。
船は湾の入り口で完全に停止した。
だが、人間たちが用心しているのは当たり前だし、少なくとも向こうは姿を見せている。ならば、こちらも姿を現わすべきだろう。
でなければ、いつまでたっても対話は始まらないのだから...。
峡谷のメイルとの会話が、アクラの中に『先制攻撃は対話の機会を破壊する』という一つの確信を生み出していた。
その点で、アクラは他の攻撃的なメイルたちを責める気にはなれない。
誰でも生き延びるためには、やむを得ないのだ。
あの、いざ話をしてみたら最後は非常に知的であると思えた峡谷のメイルでも、最初はアクラと対峙した瞬間に発砲してきた。
自分が戦闘よりも対話を望んだのは、自分でもわからない理由で、そういう風に作られているからだ、としかいまは解釈ができない。
それに、もしも自分の武装や防御力が他のメイルたちと同等であれば、自分はすでに破壊されていた可能性も高いと、いまは思っている。
なぜ、自分は形状や大きさが違うのか?
なぜ、自分には他のメイルに与えられていない装備があるのか?
なぜ、自分の欲求は他のメイルたちと違うのか?
あの人間たちは、自分たちメイルについて、自分たち自身でも知らないことを知っていたりするのだろうか?
もし、そうなら、ぜひ教えて欲しい。
そう考えて、アクラはステルス装甲を解いた。途端に、その巨体が人間たちの前に姿を表す。
もしも即座に攻撃を受けるのならば、それは仕方がない。
自分で決めたことだ。
だが、あの小さな小さな顔の人間ともう一度遭遇するチャンスがあるのなら、その程度の危険は許容できるものだった。
それにアクラは、仮に問答無用で先制攻撃を受けたとしても、撤退はするが反撃はしないと決めていた。
なぜなら、たとえ姿が確認できなくても、あの小さな小さな顔の人間が海上移動ユニットの中に乗り込んでいる可能性は高いからだ。
アクラはその位置から動かずに、ゆっくりと姿勢を変えた。
向きを90度変えて海上移動ユニットと平行に立つと、アクラのボディさえも小さく見える、その巨大な人間の海上移動ユニットに横腹を向けたまま、その場に静かに体を下ろした。
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(エリア5114・スレイプニル)
「見てジャンヌ!」
「見てるわよ。どういうこと!?」
二人は驚愕していた。
湾に入ってすぐ回頭したのち、アンカーを降ろしてスレイプニルを停泊させたら、まるでそれを待ち構えていたように巨大なメイルが浜辺に姿を現したのだ。
そのメイルは、空間から突然出現したように見えた。
スレイプニルのレーダーやセンサー類も、直前まで何も捉えていなかった。
それが、あのメイルが姿を現した瞬間に、戦術ディスプレイにシグナルが次々と現れて警告音が響きだした。
「何か、私たちの知らない技術で姿を隠していたんだわ。視覚的にも電子的にも...エミリンがあのときに言っていた通りね。突然空間から火花が飛んで姿を現したって」
「うん、あんな感じだったわ。本当に突然現れたの。すぐ近くにいたはずなのに、まったく気がつかなかったしスキャナーにも何も出てなかった」
「メイルが、こんな凄いステルス技術を持ってたなんて知らなかったわ。私たちがこれまでの戦闘で勝てていたのは、なぜだったのかしら」
そう考えるとジャンヌは突然ゾッとした。
これまでに開発局が採掘作業を行っている幾つかの場所。
他の支局の人たちが、散々メイルの探索や駆逐を行って、この地域にメイルはいないと安全宣言を出した場所。
そういった場所が本当は一箇所たりとも安全ではないことを、たったいま、初めて知らされたのだ。
もしも、メイルが何か意図を持って罠を張っているのだとしたら...仮にいまこの瞬間、沿岸各地でそれまで隠れていたメイルが一斉に姿を現しているとしたら...ジャンヌは背筋が寒くなった。
それがどれほど悲惨なことになるのか想像すらつかない。
自分はメイルを知性のない野生動物のようなマシンだとなめていた。見くびっていた。その思いがジャンヌを貫く。
だが、エミリンはしっかりとした強い声で言った。
「会いに行きましょう、ジャンヌ」
「ええ....」
だがジャンヌは先ほどの恐ろしい想像に心の震えが止まらない。
エミリンがまるでジャンヌを説得するように語りかける。
「あのメイルは、スレイプニルが停泊してから姿を現したわ。もし、攻撃するつもりなら姿を隠したままでいたはずよ?
私は逆だと思うの。私たちが船を泊めたから、それに答えて姿を現したんだわ。
自分はここにいるよって。
あのメイルは、あのときに私を助けてくれたメイルよ。大きさも形も間違いない」
ジャンヌの目は、ディスプレイに映し出されている巨大なメイルに釘付けになっている。いや、目を離すことができない。
エミリンが続ける。
「動作もこの前と同じよ、わざわざ座り込んだわ。しかも横を向いて。
逃げたり戦ったりするつもりなら、絶対にするはずがない。自分が不利になるだけだもの。
スレイプニルはターレットが使いやすいようにポートを岸に向けてるけど、あのメイルはそんな必要ない。
戦う気だったらまっすぐこっちを向いてるはずよ。そうでしょう?」
「言いたいことはわかるわ、エミリン」
ジャンヌは思う。
エミリンはいま、私が本当は何に恐れをなしているかに気がついていない、と。
あの、『一体のメイルと対峙すること』を恐れているんじゃないの。
メイルと人類の関係がまったく変わってしまうこと。
いずれ人類が優位にたてると信じていた、その自信がいま、砂の城のように崩れ落ちようとしていること...そのことなの。
そうジャンヌは思う。
前回とは違う意味での恐怖。個人としてではない、資源探査局の局員として、人類としての危機感から来る恐怖。
このメイルと対話することは、自分が無邪気に信じ込んでいたメイルと人類の関係をガラリと変えてしまうきっかけになる気がする。ジャンヌはそう考えると震えが止まらなかった。
「でも....ただここであのメイルを眺めていても始まらないわ。私は会いに行きたい。話をしに行ってみたいの、ジャンヌ」
ジャンヌは気を取り直してエミリンの顔を見つめる。
「ええ、わかっているわ。でも約束したでしょう? 最初に行くのは私だって」
そう言うと、ジャンヌは持てる力のすべてを振り絞ってにっこりと微笑んで見せた。
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スレイプニルに搭載してあるRHIB(Rigid-hulled inflatable boat)型ボートは、フラットで広いデッキを持っていて、その上にはATVやMAVを搭載することができた。
さらにボートの尾部から水中まで斜めにラダーデッキを伸ばすことで、水上や砂浜から直接ATVやMAVを自走して乗り降りさせることができるようになっている。
また、ハルの周囲はゴムボートのような浮力体に囲まれていて、砂浜に乗り上げたり、船に接舷するときにはそれがクッションにもなる。
つまり、非常に小型のMAV揚陸艦として使えるように設計されていて、スレイプニルとRHIBとMAVが親ガメと子ガメと孫ガメのように、入れ子状態で運用できるわけだ。
ジャンヌはいま、そのボートを操り、ウェルドックから発進したところだ。
ボートの船底が波を叩いて激しく揺れる。
今日は先日と違って、少し風もあるし波も高い。いまのここは、ダーゥインシティに比べると積極的に海に入る気にはなれない気候だ。
ボートを走らせていると、だんだんと砂浜のすぐ上に横たわる巨大なメイルの姿が迫ってきた。
人間の一人くらい楽に飲み込めるサイズだ。
もちろん、相手はマシンだし、生き物を食べたりするわけではないことは百も承知しているが、このメイルの風貌には、そういう『野獣』というか『肉食獣』を連想させるデザインと佇まいがあった。
普通のメイルが、むしろ昆虫に近い姿をしていることに比べると、ただそれだけでもこのメイルが突出して風変わりだと感じられる。
昆虫という連想からジャンヌはふと思う。
普通のメイルが働き蟻なら、これは『兵隊蟻』ね....そして、その連想にまたしても自分自身でゾッとする。
ジャンヌは徐々に自分が近づいていくメイルから片時も目を離さず、なにかあったらすぐに行動がとれるようにと構えていた。
もちろん心の中では、いったんこのメイルが行動を起こしたら自分が何をしても無駄、ということは冷静に理解しているのだが。
怖くないわけではない。それでも、あの日、ダーゥインシティで決心したように、エミリンを先に行かせるぐらいなら死んだほうがましだった。
そして、エミリンは絶対にこのメイルに会うことを諦めたりはしない。
もし、このメイルが危険物で、あの日エミリンの命が救われたことがただの偶然に過ぎないのであれば、いまの自分は、それを知るまえに死ねたほうがよほど幸せだ。
一応エミリンはドローンの準備をしたが、結局飛ばさなかった。
この大きなメイルが本気で攻撃してくることになったら、他のメイルがどこかに潜んでいようといまいと、多分、二人にとっての結果は変わらない。
加えてドローンはそれ自体が武器とみなされる恐れもあるから、それだったら、下手にドローンを飛ばすことで刺激しないほうがいい、というのが二人の出した結論だった。
調査用のレイバーマシンを先行上陸させることも同様だ。
「レイバーが武器を持った尖兵じゃないと知らせる手段はないんだもの」
今日のエミリンは、なんとなく物言いが物騒だ。
気が高ぶっているのだろうとジャンヌは思う。
それにコミュニケーションが目的だとすれば、リモートコントロールの道具をいくつ送り込んでも意味がないのも確かだ。
ボートが岸辺に近づく。
ボートの底はフラットでスクリューも出ておらず、砂浜に乗り上げることは通常運用として考慮されているから、本来ならこのまま回頭し、前後を逆に向けてバックで砂浜に突っ込んでいけば、MAVを直接陸地に降ろすこともできた。
だが、ジャンヌはエミリンの計画通り、浜辺の手前で回頭したところで一旦船を停めた。そこでアンカーを降ろしてラダーデッキを水中に伸ばし、ATVにまたがって発進させる。
水上に出たらわずか20ヤードほどの距離を走って、そのまま砂浜に上陸した。
なぜか、メイルがずっとこちらを見ていることを感じる。
心臓が止まりそうだ。
メイルは恐らく海上へは攻撃しない、だが、陸に上がった人間はその限りではない...。
スレイプニルの船上では、エミリンが戦術ディスプレイと睨めっこしているはずだが、もしも防御システムを動作させる必要が出たときには、すでに自分は生きているはずもないし、正直に言ってエミリンが予防措置的に撃つとも思っていなかった。
ATVが砂浜から草地に上がるまでの間、メイルの動きは一切ない。
自分はまだ生きている。
ジャンヌはようやく、あのときのエミリンの気持ちが少しだけわかってきたような気がする。
いまもエミリンとの通信は良好だ。ジャミングは一切行われていない。
覚悟を決めて、そのままATVをメイルの近くに走らせていった。
それでもメイルは動かない。
基本的には海上に向けて攻撃しない習性がメイルにあるとしても、そもそも攻撃する気があるなら、上陸した時点でATVを撃っていたはずだ。
80ヤード、40ヤード、20ヤード。
ジャンヌはそこでATVを停めて地面に降り立った。
足が震えていないことが、むしろ不思議なくらいだ。
あのときのエミリンは本当に頑張ってたんだな、と、彼女のことを少し誇らしい気持ちになる。肩にかけたインタラクティブディスプレイのスイッチを入れ、深呼吸をしてメイルに近づいた。
『私は、あと何秒生きられるんだろう?』 と思いながら。
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