接近


(エリア5114・スレイプニル)


「どう考えても変でしょ?」


先ほどからジャンヌとエミリンはドローンが送ってきた報告内容の解釈について、微妙な議論を戦わせていた。


戦術ディスプレイの映像には森の脇の小高い草むらに、一体のメイルが倒れている姿が映し出されている。


「最後にドローンが送ってきたまともな映像はこれ。

草地の上に横倒しになったメイルが一体...燃えているものもないし、周囲に焼け焦げたようなものも見当たらないわ。

周辺で何かが動いている気配もない。これはどういうことかしら」


エミリンは、ディスプレイに映し出した第二波のドローンからの最後の映像を指差す。


「考えられる可能性の一つはこれがなんらかの事情で故障したメイルだってことね」

と、ジャンヌが言う。


「電子的なものか機械的なものか、理由はわからないけど、故障して動けなくなった。でも死んではいないから自分を守るためにジャミング装置を作動させていて、ドローンはそれに妨害されて近寄れない。という考え方が一つ」 


そしてジャンヌは少し間を開けて二つ目の可能性に言及した。


「あるいは、もっと本当に壊れているというか、事実上死んでいる。

でもなんらかの事情でマシンの一部だけが作動を続けていて、それがジャミングのような電磁ノイズを発生し続けているのかもしれない。

その組み合わせの何処に答えが合っても不思議じゃない」


エミリンは、最初から二つ目の可能性だと断定していたようだ。


「私は、あの場所に行ってみてデータを取るのが一番いいと思う」


「...危険すぎるわね。軽い故障だとしたら、いつ復活するか分からないわ。

それに、もしもあのメイルが故障したのではなくて破壊されたのだとしたら、付近には、それをやった方のメイルがまだ潜んでいるかもしれないのよ?」


「そうだけど、いまのところ周囲に他のメイルの気配はないし、もし近寄ってくるのがいても、それは一緒に飛ばすドローンで離れた場所から警戒できるわ。

それに、この映像で見る限り、横倒しになってるメイルのボディは無傷よ。まるで、この場所で心臓発作でも起こしてパッタリ倒れたみたいだわ」


「マシンの心臓発作って、なによそれ...ま、とにかく、倒れて隠れている側のボディに傷を負っているのかもしれないわ」


「だったら、周囲にナノストラクチャーの埃が少しくらいは散らばっていてもいいと思う。周囲は綺麗で埃ひとつないわ。

こんな残骸の記録は見たことがない。これまでに発見されたメイルの残骸は、すべて物理攻撃を受けて破壊された痕跡があったはずよ」


野山の情景を見ながら埃ひとつない、というのも奇妙な話だが、エミリンの言わんとする意味はジャンヌにもわかる。

これまでに記録されたメイルの残骸では例外なく、破壊されたメイルのボディのあちこちから、構造を失ったナノストラクチャーの構成要素がバラバラに分解して、灰色の土埃のように周囲に噴出していた。


だが、このメイルの残骸は、まるで生きているように綺麗だ。


だからこそ危険も感じるわけだし、それにうずくまっているのならまだしも、横倒しになっているというのも奇妙だ。

メイルのボディのバランスから言うと、機能停止したら、その場に足を折ってしゃがみこむような形になるのが自然だ。


撃たれたり爆風で吹き飛ばされたりもしていないのに横倒しになっているというのは、足場の悪いところを移動している最中に機能不全でも起こさない限り、起こりそうにない。


「一波目と二波目のドローンの戻り方は微妙に違うわ。少なくとも一波目のドローンはノイズ源というかジャミング源の確認さえできてない。だからこそ二波目を出したわけだけど...」 


と、ジャンヌは別の方向からエミリンの説得を試みてみる。

だが、なぜか今日はエミリンも引かない。


「でも、もしドローンを撃てたなら撃ち落としているはずよ。

いままでのメイルの行動からすれば撃てる相手を撃たないってことは考えられないわ。

これまでだって、メイルはこちらのドローンが発見するのが早いか、向こうが撃ってくるのが早いか、時間差の勝負って感じだった。

頭上を飛び回るドローンを撃ちもせず、ジャミングで妨害もせず、ただ大人しくやり過ごそうとするメイルなんて、ちょっと考えられない」


「それがいるかも知れないと思ったのが、この場所に舞い戻った理由よ」


「それは解ってるわ。

でもジャンヌ、撃たない理由は撃てないから。そこに関しては、メイルっていうものはシンプルに考えていいと思うの。

それに待ち伏せならしゃがみ込んでいるでしょう? 

横倒しになって待ち伏せするなんてありえないと思うし、わざと傷ついたふりをして罠を張る必然性もない。

だから、私はあそこに行ってメイルの残骸を調査するべきだと思う、って言うか私は行きたい。

地形もそれほど険しくないし、MAVかATVで十分にたどり着けると思う」


一応、MAVとATVにも自衛用に炸薬弾とレーザーガンといった簡易な武装を搭載してはいるが、メイル相手に正面切って挑むには力不足だ。

ドローンと違って動きが平面的な車両で近寄っても、照準をロックする前にメイルのレーザーで蜂の巣にされるだろう。

もしもメイルと遭遇したらダッシュで逃げ帰るしかない。

ただし逃げ足としては十分に速いので、それで近くまで行ければ安心ではある。


「待ってエミリン。確かに、もう動こうとしても動けない状態だって可能性は高いわ。

だってそのロジックでいうならば、動けるメイルが敵を前にして動かないわけがないもの」


「でしょう?」


「だけど、エリア5078の、あの泥だらけのメイルの例もあるのよ。

それに、たとえ物理的な攻撃がなかったとしても、電子的妨害は続いてるし、なにか近距離用の隠された攻撃手段があるかもしれない」


「うーん、それに関して言うと...仮にエリア5078のメイルが意図的に隠れていたんだとしても、ヘレナたちに発見されたと思ったから動いただけだと思うし、囮攻撃を仕組んでたわけじゃないわ」


「それはそうだけど...」


「それに、操作不能に陥ったドローンが無事に帰ってきた段階で、あの場所を離れたらジャミングの影響はなくなるって考えてもいいと思うの。

例えば、物理的に撃ち落せないとしても、意図的にドローンの飛行中枢をジャミングできるくらいなら、落とせたんじゃないかって思うもの。

ドローンはあんなに近寄ってたんだし、メイルにとっては武器も電子装置も同じことで、使わないのは使えないからだって考えるほうが、しっくりくるわ」


さらにエミリンは念を押すようにゆっくりと事実を述べた。


「少なくとも、ほんの直ぐ近くまで寄ってきた二波目のドローンにも攻撃をしていない。

ジャミングの出方も、ドローンのみを狙って追い返したとは考えにくい。

一波目も二波目もドローンは破壊されず、あらかじめプログラムされていた通信途絶時用の自律行動に基づいて、ちゃんと戻ってきた」


黙って聞いているジャンヌの指が神経質そうにスタイラスペンをクルクルと回し続けている。

初めて出会う状況に、ジャンヌでさえも判断が付きかねているのだ。


「それには同意するわ。だけど、近くまでドローンを飛ばせないのよ。

おそらく調査マシンを上陸させてもやっぱり近づけないでしょう。

船とのコンタクトは取れるでしょうけど、遠くから...それがどのくらい遠くになるかはチャレンジしてみないとわからないけど...とにかく遠くからカメラで見守ることしかできないかもしれない」


「それがつまり、マシンでのリモート調査はできないって意味だわ」


「もしもその場所で何か危険なことが起きても、ドローンから支援攻撃もできないのよ?」


エミリンが重ねて主張する。


「でも、ドローンと同じでレイバーマシンだって近寄れないんだから人間が行くしかないと思うの。

仮にレイバーマシンを自律行動で近寄らせても、結局はここからリモート操作できないんだから、大した調査はできないことに変わりないわ」


「ええ、まぁそうね」


「横に人間がいて音声で動かせば別でしょうけど、それなら結局あの場所まで人間が行くしかない。

そうでなければドローンを送り込んでもレイバーを送り込んでも、メイルの残骸の脇で突っ立ってるだけになっちゃうわ」


「ただ、もしものときは、ジャミングかノイズかわからないけど、どのみちドローンに積んでいる誘導兵器は使えないわけだから、できるとしてもせいぜいレーザーで撃つくらいしかない。

ドローンのレーザー出力は知れてるし、なにより、遠方から正確に照準できるかさえわからないわ。

いいことエミリン、そんな状態で誘導兵器なんて撃ったら貴方ごと吹き飛ばしかねないのよ?」


ジャンヌの物言いには、とにかくエミリンにあきらめさせたいという気持ちが透けて見える。

かといって強権発動するようなことはジャンヌもしたくない。


「解ってる。でも...もしも、もしもよ。

まだ作動しているメイルのデータを取れるとしたら、これまで一度もなかったチャンスだわ」


それはジャンヌも重々承知している。

これが千載一遇のチャンスかも知れないと言うことも。

だからこそ、エミリンの無謀とも思える提案を無下に否定できない。


メイルのナノストラクチャー回路、おそらくは行動を司っている論理回路の集積はメイルの身体中に神経のように張り巡らされている。


普通はメイルとの遭遇は即座に戦闘になってしまうため、稼働しているメイルのデータを悠長に収集できるタイミングは生まれない。

メイルは頭部を完全破壊するまでは手負いの獣のような危険物だし、機能停止したら今度はすぐに、全身に張り巡らされたナノストラクチャー回路が崩壊してしまうからだ。


ただ、稼働停止したメイルのナノストラクチャー回路が即座に崩壊してしまうのは、単に電力供給が切れたらそうなるというものなのか、それとも自壊装置のようなものが組み込まれていて発動するのかは、よく分かっていなかった。


エミリンが言うように『心臓発作』的な故障でパッタリ倒れ、自壊装置を作動させる暇もなかったという考え方もできる。

あるいは動力炉が止まった後もバッテリー的な、なにかに蓄えられた電力だけで作動しているのか...。


この、初めて遭遇したタイプのメイルの残骸、一切の動きを止めたまま電子的なノイズだけを放出し続けているメイルのボディは、回路の一部を無傷で調査、場合によっては持ち帰れる可能性さえ示唆していた。


「なにより、仮にナノストラクチャー回路の一部でも稼働状態で持って帰ることができたとしたら、メイルについての謎が一気に解明できる糸口が見つかる可能性だってあると思う。

安心できるまで、ここで何日も経過観察していたら、その間に回路が死んでしまうかもしれないわ...つまり、ジャミング波が消えてから調査したんでは手遅れってことじゃないかしら」


エミリンが真剣な目でジャンヌに訴える。


エミリンはとにかくメイルの謎を解明したくて堪らないのだと、ジャンヌにも分かっている。

地下資源よりも、都市遺跡よりも、いやワイルドネーションそのものよりも、いまのエミリンの興味を突き動かしているものは、メイルの謎そのものだった。


エミリン自身、自分でも、どうしてこんなにメイルに執着するのかわからない。

どう考えたって危険な行動を提案してるとわかっているのに。

マシンが近づけないから人間が近づくなんて、正気の沙汰じゃない。


ジャンヌは相変わらずクルクルと手の上でスタイラスペンを回し続けて考え込む。

二人の間に長い長い沈黙が流れた。


「わかったわ。現地調査しましょう」 

ついにジャンヌが根負けしたように言う。


「でも、調査には私が行くわ。エミリンはここでドローンを支援して頂戴」


「だめだめ、それは絶対ダメ!」 

エミリンはたたみ掛けた。


「だって、どっちみちドローンの近接航空支援は期待できないわ。そうなるとどっちがドローンをコントロールしていても、そう変わらない。それにMAVもATVも私のほうが上手く操縦できる。それは認めてくれるでしょ?」


ジャンヌは返事をせずに、あいまいに頷いた。


「ジャンヌは、ここで全体の状況を見ていて判断してくれた方がいいの。

ここからジャンヌが指示を出してくれた方がいいの。

だって私はその方が安心して行動できるんだもの。

キャプテンが船を離れてはダメ。いつも通りよ、動くのは私」


ジャンヌは、珍しく疲れ切ったような表情をエミリンに向けた。


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(エリア5114・残骸)


かすかに空間ノイズの揺らぎが感じられた。

おそらくあのエイムがこちらへ向かってくる印だ。


アクラは、自分の推測が間違っていなかったらしいことに満足し、やがて来るであろう敵を待ち伏せつづける。


だが、少しの時間が過ぎた後、もう一つのノイズが別方向から感じられるようになった。

いや、ノイズといえばノイズだが、ジャミングやカモフラージュさえ施されていない、生のままの信号やパターンの垂れ流し。


このなんとも賑やかなノイズ発生源は人間の使用している移動マシンのノイズだ。

それが急速にこちらに向かってくる。

速い。


エイムより断然速い。

まっすぐにこちらに向かってくる。


おそらく人間もこの残骸の発するノイズに気がつき、興味を持ってここへ調査しに来るつもりなのだろう。

まだ距離は遠いが、ドローンもまた上空に戻ってきたと感じた。


失敗した。


さきほどのドローン達が引き上げたので、人間もそのまま引き上げるか、少なくともエイムを倒すまでの時間は稼げるだろうと思い込んでいたのは失策だ。

あのドローン達はメイルの残骸が動いていないことに納得して引き上げたのではなく、この動かないメイルの残骸がノイズを発生していることを確認しに来ていたのだ。


きっとメイルの残骸が発するノイズという出来事自体も、人間達が探りに来る理由になるのだろう。


おそらく一群目のドローンはこのメイルに電子的な妨害を受けて引き返さざるを得なくなったように思える。

そして、その原因を調査するために発進したであろう二群目のドローンは、メイルの残骸が発するノイズを調査し、動かないメイルのデータを収集して帰還した。


そう考えるのが一番妥当だとアクラは判断した。


不明瞭な状況の場合は、状況を自分に有利なように推測せず、自分にとって不利な状況の可能性を優先的に採用する。

それがアクラがこれまで生き延びてこられた理由の一つだ。

先ほどはどうやらそれを怠っていたようだった。


アクラは少し戸惑った。


いますぐこの場所を脱出すれば、人間と出会わさなくて済む可能性はある。

だが、いま動くと、今度は逆にあのエイムにこちらの存在を知覚されてしまう可能性がある。そうなると後が色々と面倒だ。


アクラはこの場を動かないことを決心した。

この場には、間違いなく先に人間が到着するだろう。

人間の搭乗するマシンが視界に入ったら念のため即座に撃破する。


当然、あのエイムはそれを知覚して反応するだろうが、こちらに近寄ってくること自体は間違いない。

アクラと違って『危なそうだから近づかずにいよう』などという思考様式は、普通のエイムにはないはずだからだ。


そして、エイムがますます闘志を燃やして接近してきたら、この位置から先制攻撃で撃破する。

メイルの残骸に自ら近づいてくるエイムは破壊を求めているだけだ。

それについては当初の作戦から見解を変える必要はないと思える。


徐々に人間のマシンが近づいてくる。


アクラはレールガンのセイフティを解除し、いつでもすぐに撃てるようバレルに電圧をかけておく。


レールガンは直線で見通せる敵に対しては非常に効果的な武器だ。

破砕弾と違って発射エネルギーを大量に消費するのが難点だが、状況に応じて弾頭を使い分けられるし、必要あれば一撃でレーザーよりも広範囲に火力を投射できる。


相手のサイズや動き方に対するデータが少ないので、一撃必中を狙うよりも対応できる範囲に自由度を持たせることを優先し、弾頭には散開型のスティング・ニードル弾を装填した。


もうそろそろ人間が光学視界に入ってくるだろうというあたりで、不意にマシンの動きが止まった。

少したってノイズも一斉に消え、パワーがオフになった様子が伝わってくる。


アクラはまた少し戸惑った。

マシンのあるはずの位置は、アクラからは残骸を挟んで斜め向かい側だが、こちらと残骸の方が小高い位置を占めているので、人間がマシンを止めた位置が、いまのアクラから視認できない。


やがて、その位置から小さな弱い放射源がゆっくり近づいてくる様子を感じ取ることができた。

なんのことはない、マシンを降りて生身でこちらに近づいて来ているのだ。


アクラは地形のデータから、そのマシンに乗ったままこの残骸の位置まで来るには、途中の岩場が邪魔になってかなりの迂回が必要になることを察した。

人間の移動用マシンはアクラ達のように、自在に野山を踏み越えていくことはできない。

迂回路を探すだけで相当な時間がかかるかもしれないし、不整地では生身の方が自由に動けるから、100メートルほどの急斜面を自分の手足でここまで上がってくることに決めたのだろう。


そのままじっと待っていると、やがて生身の人間が一人、アクラの前に姿を現した。

もちろんアクラにとって、こんな間近で人間を見るのは生まれて初めてだ。


小さい。


レールガンの散開スティングでは、むしろ無駄な間隙が多すぎて外れる可能性さえあるほど小さい。

落ち着いてレーザーで仕留めることにしたが、最小に近いくらい絞ったビームでも十分だ。


だが、アクラがすぐに撃たなかったのは、その生身の人間がずんずんと残骸に近づいてくる様子から、アクラの存在にまったく気がついていないことを示していたからだ。

かすかな電磁波放射はあるので、通信リンクとスキャナーの類を保持していることはわかっていた。


ところが、その人間はまったくアクラの存在を意識せずに、移動用マシンから平気で離れて生身でこちらに向かってくる。

この人間は、アクラの存在をまったく知覚できていない。

そう結論するのが順当だろう。


どうやらアクラのステルス装甲は、メイルやエイムだけでなく、人間のスキャナーや視覚でも感じ取れないらしい。


これは、アクラにとって嬉しい発見だった。


もちろん、過剰に期待することはできない。

目の前の残骸が発しているジャミングノイズの影響もあるだろうし、この人間の装備しているスキャナーやセンサーがたまたま低能力なものだったり故障していたという可能性もある。


それらの点については、もっと詳細な検討と確認が必要だろう。

問題はその確認を行うためには、アクラが自分自身を囮に晒すしかなく、実際のステルス能力が予想以下だった場合には、即座に自分の死に繋がるという点だったが。


ともかくいま現在のところ、この人間はアクラの存在をまったく知覚せずに残骸の周りを動き回っている。

何を調べているのか知らないが、人間は人間で、メイルについて知りたいことや知らないことが沢山あるのかもしれなかった。


アクラは、じっとその人間を観察した。


遠距離からではあるが過去の目撃平均値からすると小さい。

人間は有機体の生物なので、まだ成長中の若い個体なのかも知れない。

いずれにしろ、この個体の事情など知ったことでは無かった。

もうすぐ先ほどのエイムがこのエリアに踏み込んでくるはずだ。


あれの電磁スキャナーへの反応は微弱だが、アクラのような高度なステルス装甲ではないから、人間の方が先に探知するかも知れない。

あのエイムよりも先に人間の方が気がつけば、移動用マシンに戻って逃げ出すか攻撃をするだろう。


エイムの方が先制攻撃を仕掛けるチャンスもないでもなかったが、人間がここまで大きなマシンに乗ってきているならいざ知らず、小さな生身の体で残骸の陰にいるのを遠方から察知するほど繊細な奴だとは思えない。


それに、人間のマシンのノイズが切れたのは十分以上も前だ。

過去の戦闘記録から推測すると、平均的なエイムが、あのマシンの位置を掴んでいる可能性はかなり低かった。


アクラは、自分が巻き込まれる危険を予防し、ただ黙ってことの成り行きを見守るつもりだった。


自分の持つステルス装甲の効果を確認できたいまでは、もしも、あのエイムが人間に撃破されても、このままじっと動かなければ自分が人間に発見されてしまう可能性が少ないことを期待できる。

仮にエイムの反撃が功を奏して人間が撃破されたとしたら、その後で、アクラがこの位置から生き延びたエイムを片付けることも容易い。


だが、いつまで経っても、撃破されたメイルの残骸を調査しているその人間がエイムに気がついて動き出す気配は無かった。

乗ってきた移動用マシンは近づいてくるエイムとは百四十度はズレた方向に置いてあるのだから、素早く動けば十分間に合ったはずだ。


何かがおかしい。


アクラのセンサーはすでに下から近づいてくるエイムの位置を正確に把握しているが、まだそれに対してどこからも何の攻撃も行われない。

人間が上空でホバリングさせているドローンも行動を起こす気配がない。


その時アクラは気がついた。

倒れたワンダラーのボディは頻繁にパターンを変調しながらジャミング波のノイズを発し続けている。

それが人間の使用しているモニタリングシステムをジャミングしているのだ。


電波の強度もジャミングする帯域も揺らいでいるから、ある瞬間までは正常に作動していたスキャナーが、またある瞬間から機能しなくなったりするはずだ。

アクラはそのノイズを探知システムから半自動でクリーニングしているので、気にしていなかった。


その電磁波はここに人間を呼び寄せたが、残骸に余りにも近づいてしまった人間は、中途半端に作動を続けている自動防御システムのジャミング装置が産み出す不規則な電磁波の繭に包まれてしまっていることに気がついていない。


逆に不幸なことに、おそらくさっきまでは本隊とのコミュニケーションリンクが機能していたので、センサー類の不調に気がつかないでいるのだろう。

この人間は半径30メートルほどのジャミング波の繭の中にいて、繭の外は電子的には一切見えてない、そういう状態に置かれている。


スキャナーを通さない透明な卵の殻に閉じ込められているようなものだ。


しかもアクラはこのメイルのボディをレーザーや砲弾で熱破壊したわけではないので、メイルのボディには傷も焦げ跡も何も付いていない。

付近にも激しい戦闘の後を感じさせるような痕跡はなく、人間の目には割と古い残骸に見えているのかも知れなかった。


やがて、光学視野にエイムの姿が現れた。


そのエイムは、メイルの残骸がほぼ機能停止していることはとっくに把握していたので、主な兵装を閉じたままで近づいてくるようだ。


残骸を挟んで反対側にいた人間も、エイムが近づいてくる音を自分の耳で拾ったのか、ようやく何かおかしいと気がついたらしい。

ぴたりと動きを止めて残骸の影に身を寄せた。


エイムはボディの残骸を確認して、もしもそれがまだ綺麗な状態であったら自分で破壊する。

おそらくただそれだけのつもりだ。

特に周囲の警戒に気を配るでもなく、まっすぐ残骸に向かって進んでくる。


残骸の影にいる人間は、その気配で自分がエイムの攻撃範囲の中にすっぽりと入り込んでしまっていることを理解したのだろう。

近づいてくるメイルに対抗するような行動をなにか取るでもなく、ただ残骸の影で体を折りたたんで表面積を小さくする。


無駄なことだ。


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(エリア5114・スレイプニル)


「エミリン逃げてっ!」

ジャンヌは思わずディスプレイに向けて絶叫していた。


ドローンがジャミング波に邪魔されて近づけないせいで、送られてくるその映像はあまり鮮明ではない。

かすかにノイズの乗った映像が、いまのリアルタイムのエミリンの姿を伝えてくる。


小高くなった茂みの脇にあるメイルの残骸と、その周辺を動き回るエミリン。

MAVは50ヤードほど離れた斜面の下に置いたまま。

そして数百ヤード離れたところから、一体のメイルが真っ直ぐにエミリンと残骸に向けて進んでくる。


あきらかに自分の失敗だった。


メイルの残骸を調査するエミリンに、できるだけドローンを近づかせておきたいと考えた結果、逆にジャミング波にセンサーを狂わされて、遠方から接近してくるメイルを感知できなかったのだ。


あの場所までドローンを飛ばしたコースも悪かった。


それにしても、こんな近距離にいるメイルを探知できなかったことは、これまで無かったはずだ。

エリア5078でのメイルのロストは、シーオウルのドローンの探知能力の限界と、特殊な地形と、濡れた泥の堆積が生み出した、極めて特殊な例だと考えていた。


それなのに、実際にこのメイルがこれほど近寄るまでドローンにもスレイプニルにも探知できていなかった。

もちろんいまはしっかりと捕捉しているが、反応が弱いのは変わらない。

このあたりの地形やなにかに問題があるのかもしれないが、いまのジャンヌにそれを考察している余裕は無かった。


ジャンヌがどんなに叫んでもエミリンは通信リンクに反応しない。


慌てたジャンヌは狂ったようにコンソールを叩き、近づいてくるメイルを迎撃しようとドローンを動かそうとするが、ドローンは最後に動きを止めた外周位置から出ようとしない。


ならばと、今度は逆にドローンを何とかエミリンに近づけようとするが、飛行姿勢を制御する自動修正プログラムが、ジャミングの妨害範囲に踏み込んだとたん、勝手に安定位置に戻ってしまう。


おそらく、いま飛んでいるドローンはすべて、なんらかのジャミングの影響を受けてホバリング状態に陥っている。


事前に手動に切り替えてエミリンのそばに飛ばしておけば、何かできたかも知れないが、いまはもうそれも不可能だ。

ジャミングの影響を受けた制御プログラムが設定済の指令以外の外部からのノイズを拒否しているのか、それ自体も一種のジャミングの影響なのかわからないが手動への切替ができない。


通信途絶による制御不能を危惧し、ジャミングにあっても現場の状況を見失わないようにと考えたノイズ対策が裏目になった。

スレイプニルのハンガー(格納庫)には、あと一編成のドローンが稼働状態でスタンバイしているが、それには予備として同じ自律行動優先の偵察プログラムがインストールされている。


別のドローンをこれから用意して手動で発進させても、あのメイルがエミリンのいる場所に到着するまでに間に合うはずがない。

ずっとマイクに向かって叫び続けているのに、いまは通信リンクからもノイズしか戻ってこない。

ついさっきまでは何の問題もなくエミリンと会話ができていたのに。


おそらく、あのメイルが近づいたことで、なんらかの手段で通信さえもジャミングされたのだ。

そのメイルがエミリンに近づいていく様子を、ドローンが冷徹にディスプレイに向けて送り続けてくる。


「やめて!、お願い!」


もはやジャンヌの姿は、どんなときでも沈着冷静という評判をとっていたオーバーナインズの「お姉様」からはほど遠かった。

半狂乱になったジャンヌの叫びも虚しく、静かに事態は進行していく。

自分はいま、まさに目の前で起きようとしている悲劇に対して、何の影響も与えることができない。ただ見ていることしかできない。


さっきのエミリンの言葉が切り裂くように脳裏を横切る。


ー ジャンヌは、ここで全体の状況を見ていて判断してくれた方がいいの。ここからジャンヌが指示を出してくれた方がいいの。だって私はその方が安心して行動できるんだもの ー


指示を出す? どうやって?

全体を見ている? 確かに見ている。

いや見せつけられている。

この絶望的な情景を、どうすることもできずに見せつけられている。

スレイプニルからメイルを艦砲射撃しようにも、エミリンはその射線上にいるのだ。


「お願いよぉぉ、お願い、エミリン、逃げて。お願いだから気づいてぇっ!!」 


ジャンヌの叫びは涙とまじって不明瞭になる。


なぜエミリンは、スキャナーを確認しようとしないのか。

なぜエミリンは、音声が途絶えていることに気がつかないのか。

メイルの残骸の調査に夢中になっているのだろうか。

スキャナーが壊れてしまっているのだろうか。

ひょっとしたら、エミリンの方もマイクに向かって喋り続けているのかも知れない。


ようやくエミリンが近づいてくるメイルに気がついたようだ。

慌てて残骸の影に身を寄せる姿が見える。

なんとかドローンを使ってメイルの注意をエミリンから逸らすようなことはできないか?


「ねぇ行って、お願い行ってよ、行け、行けったら!」


ジャンヌの手が奇跡を求めてコンソールを叩き続けるが、ドローンの反応は同じだ。


少し行っては戻り、少し行っては戻り。

そして淡々と映像を送り続けてくる。

なんの意図もなく、感情もなく、いままさにエミリンの死の瞬間をジャンヌに見せるために。


「ダメよっ。そんな、そんな、お願い! エミリン逃げてっ!お願いっ!」


泣き叫ぶジャンヌの爪がコンソールを掻き毟った。


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