三つ巴


(エリア5114・スレイプニル)


スレイプニルは船首の左右に白い波を立てながらエリア5114の湾内へと進んでいった。


奥には三日月のように湾曲した砂浜が見える。

沖から見て右手には切り立った崖を持つ岬が伸びており、左手の岩礁地帯と中央の浜辺を挟んで、浜辺にコントラストを与えていた。

岩礁地帯の突端と岬の先端を結ぶ線のあたりで海面の色が変わって見えるのは、そこから海底の様子が急激に変わっていることを示している。


いずれにしろ、前回の寄港のときに、湾内の水深も十分だし、特に危険な岩礁も隠れていたりしないことは確認済みだ。


「エミリン、停船位置はだいたいこの前と同じでいいわ。投錨が済んだらすぐにドローンを飛ばして頂戴。一編成でいいわ」


「了解。でも、二、三編成飛ばして端からクローリングスキャンした方が早くないかしら?」


「うーん、今回はできるだけノイズの少ない状況で丹念に探したい感じね。まずは、この前反応を感じた森林部分を中心にして、そこからスパイラルに広げていきましょう」


「そっか。じゃあまず、まっすぐ森の奥まで飛ばして、そこから広げていくね。両脇の山は中腹まででいいかしら?」


「最初は森の上だけでいいわ。ドローンの速度も落として地道に探してみましょう」


「アイマム。これよりスレイプニルを湾内に侵入させます。停泊予定位置まで600ヤードでムーリングシークエンス開始」


エミリンは、楽な気分でスレイプニルの舵を切り、停泊予定地点へと船を進めていった。


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(エリア5114・森林)


アクラは、森の奥の『巣』を出てすぐに、海上からこちらに向かってくる移動体を検知した。


アクラの位置から光学的に確認することはできないが、そのノイズのパターンは、前回ドローンを飛ばしてきた存在と同じ、あるいはまったく同じタイプの物だと伝えている。

とすれば、今回も同じようにドローンを飛ばしてくるだろう。


彼らの目的が何かはわからないが、恐らく他のメイルと同様に、アクラにとっては迷惑なことであるに違いない。


アクラは、自分がいつからこの沿岸地帯の森林にいるのかを覚えていない。


それまで、どこでどうしていたのかもまったく記憶にない。

目覚めたら、この森の中にある巣にいた。

この森に入ってきたメイルたちと戦闘を交わし、これまでのところは無事に生き延びてきた。


それらのメイルが自分を攻撃してくる理由は、新たなテリトリーの入手というか、自分のテリトリーの拡張なのであろうと思っている。

自分にも、テリトリーを守ろうとする意欲はあるし、そのためにテリトリー周辺の地域を哨戒活動することも強く望んでいる。


だが、アクラ自身は積極的に自分からテリトリーを拡げようとか、他者のテリトリーを奪い取ろうとかは思わないのに、なぜか他のメイルたちはそうではないようだ。


どうも障害にぶつかるまでテリトリーを拡張し続けようとするらしい。

しかし、それではいつか必ず自分より強い相手に出会ったり、些細な失敗をしたりして敗北してしまうのではないだろうか?

アクラの推測では、まれに、主の方が自分自身もテリトリーを拡げようとして遠出しているような場合に侵入者が占拠してしまうこともあるだろうと思える。


ただ、それにしても戦闘が起こらないわけではない。

他者のテリトリーに踏み込んでいく行為をいつまでも続けていれば、いつかは自分が手ひどい目にあうはずだと、どうして考えないのだろう?


これまでの戦闘経験から、自分以外の体の小さなメイルたちは、ほぼ同じ戦闘能力だということが分かっている。

攻撃のパターンはそれぞれの個性でユニークだが、それでも、一定の範囲に収まっている。


武装についても、意識が目覚めてから何度かの戦闘を経験したら、もう、未知の武器が登場することもなくなった。

それに、初めて相手が使ってきた武器でさえ、それがどんなものであるかを、なぜか自分は知っていた。


だがアクラの記憶はモザイク状で不鮮明だ。


知っていることと知らないことが入り混じっている。

いや、知らないことについて言えば、むしろ『自分が何を知らないのかを知らない』のだから、ある事象や物体に直面してみて、初めて『自分がそれを知っていたことを知る』と言った方が適切だろう。


ともかく、巣の中に戻ってドローンがいなくなるまで隠れていようかという考えも浮かんだが、いかんせん、巣の中にいると外の様子がよく把握できない。

もしも人類の目的がこの場所に逗留することだった場合、しばらく経ってから、もう大丈夫だろうと巣を出たとたんに人類に鉢合わせする、という事態にならない保証もなかった。


アクラは、心の中でため息のような物をつくと、装甲板のアクティブステルスを動作させて、自分が戦術的に有利だと判断している窪地へと向かった。


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(エリア5114・スレイプニル)


「ジャンヌ、ドローンAチーム発進準備完了。探査プログラムはメイル探索にフォーカス。スキャン速度は秒速2ヤードでいい?」


「いいわ。発進させて頂戴」


エミリンがドローンを飛ばしている間、ジャンヌは暇だ。

もちろん、本当なら二人で別々のドローンチームを飛ばしてもいいのだが、エミリンがドローンの操縦に天才的な才能を見せるようになって以来、ジャンヌはドローンの扱いに関してはほぼ100パーセントをエミリン任せにしていた。


「アイマム、ドローンAチーム発進します。アルファからフォックスまで順次発進...オートフォーメーショングリーン。約八分後に索敵開始位置まで到達予定」


「とりあえず、あのあたりをぐるぐる回してみてね。それで何も出なかったら、改めてプランを練りましょう」


「じゃあ、Aチームはこのままオートでスキャンさせといて、Bチームはスタンバイのままね?」


「それでいいわ。なにか面白いことがわかったら教えて頂戴」


ジャンヌはそう言うと、エリア5114の地質分析を表示しているディスプレイに向き直った。


そもそも、最初にここに立ち寄ったのだって、メイルを探しに来たわけではなく、通りすがりに覗いてみたら、良い感じの停泊地になりそうな感じがした、というのが実際のところだ


前回は、その途中で微妙な反応を検知したからメイル探索に切り替えたのだが、エリア5078の事件があった以上、ジャンヌとしてはこの地域で調査を進める前に、何か自分たちの気が付いていないことがないか、それだけを確かめておきたかった。


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(エリア5114・森林)


ドローンを迎撃するために森林の中でステルス装甲を作動させたままじっと身を潜めていたアクラは、またしても新しいシグナルを検知してうんざりした気分になった。


よりもよって最悪なタイミングで付近をメイルがうろつきはじめたのだ。


高原地帯のどこからかやってきて、この森に新しい巣を作るつもりだろうか?

先ほどから近辺をうろつきはじめたメイルは、行動パターンが不安定だ。


通常、テリトリーを拡張しようとしているメイルならば、自分にとって敵になる存在が潜んでいないかをエリアの外縁から丹念に索敵していく。

そして外縁から、そのテリトリーの主がいる場所までのどこかで衝突して、戦闘が起きる。


だが、このメイルは高原から森を抜けて、一直線に海岸まで出てきた。

敵や巣のありかを探すような活動はまったく行っていない。

ただ、入ってきて、まっすぐ突き当たりまで行き、そこで海にぶつかって行き先を失った。簡単に言えばそういう感じの行動だ。


「ワンダラーだな」 とアクラは考える。


アクラはその存在を知っていた。

『ワンダラー』とはおそらく巣を持たないか、もしくはテリトリーを放棄した少数のメイルのことだ。


アクラ自身も長期間移動してみたことはあるし、これからもあるだろう。

だが、その行為の根源にあるのは拡張ではなく『興味』だった。

自分でもなぜだかわからないが、この森を出て他の土地を見てみたい、という衝動にかられることが度々あるからだ。

それでも、やはり巣には戻ってきた。


旅の途中で他のメイルの存在を感知した時は、むしろ遠回りするか一時的に身を隠すかして避けてきた。

『人間』を見つけたときでさえ、自分から手出しせずにやり過ごしてきたほどだ。


そのおかげで、何回かの遠出に際しても、不可避の衝突で戦闘になってしまったことが数度あるだけで、後は平穏なものだった。

ワンダラーのように、ずかずか踏み込んでいって敵にぶち当たるまで進み続ける、というスタイルではない。


それに大抵の場合、ワンダラーの行動は一方通行だ。

普通のメイルのように自分のテリトリーを維持しようとせず、言うなればずっと旅をし続けているようだ。


ただし、その目的はアクラにはまったくわからない。

ひょっとするとアクラと同じように『こことは違う場所を見たい』という衝動に駆られ続けているのかもしれないが、ひたすら移動をし続け、出会ったメイルと戦闘し、生き延びればまたどこかへ向かうらしい。


それにしても、巣を離れて旅をしているのにもかかわらず、ボディの整備や資材の補給ができているわけだから、アクラが『LIAISON』という名称で知っている資材輸送マシンによる補給が移動中にも適用されるシステムがあるのかもしれない。

そうでなければ、自分のテリトリーに戻らないワンダラーが長期間の移動や戦闘の繰り返しで損耗したボディを修復することは難しいだろう。


どうあれ、このメイルの不自然で直情的な行動はワンダラーのそれだった。


正直、アクラは、ただ放置しておけばいつかはこのエリアから出ていくであろうワンダラーと交戦することには気が進まない。

人類のドローンさえ飛んでいなければ、とりあえず、発見されないように身を潜めてやり過ごしていただろう。


これまでの戦闘経験で、自分のステルス装甲が、メイル相手であれば、かなり効果的に作動することを分かっていたし、逆に自分以外のメイルがなぜかステルス装甲を備えていないことも発見していた。


『どれくらいになるか分からないが、とりあえず、しばらく大人しくしていようか?』 そうアクラは考えてみた。


もし、自分のステルス装甲が人類に対しても有効ならば、ドローンは自分ではなく、あのワンダラーを発見して戦闘を挑むのではないだろうか?

それで人類が勝利するようであれば、この前と同じく、ドローンと海上の本隊をまとめて殲滅する。


もしもワンダラーが勝利して、ここに長居するようであれば、そのときには改めて戦っても良い。


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だが驚いたことに、ワンダラーを待ち構えて深い森林の窪地にうずくまっていたアクラは、しばらくの後、またも新たに不穏な信号を感じ取った。

今度はメイルではなく『A.I.M.』のノイズだ。アクラはメイルとエイムの二種類を明確に区別している。


メイルとエイムの違いは説明が難しい。


アクラも自分とメイル達との違いは、ボディ形状とサイズの違いとして認識している。だが、メイルとエイムはサイズも形もほとんど同じで、外観的にはごくわずかなディティールの違いしか見受けられない。


それでも、アクラがこの二つを明確に分けるのは、彼らの発しているノイズと、その行動のパターンがまったく異なるからだ。

おそらく、ほかのメイル達も自分達とエイムをきちんと識別しているのではないかとアクラは推測している。


そもそも、なぜ自分は『メイル』や『エイム』という名称を知っているのか? 


これも謎の一つだ。

自分の名前が『アクラ』であると知っていることと同じように、自分がなぜそれを知っているのかなど、わかるはずもないのだ。


嵐のとき、どんよりと曇った空に、時折閃光が走る。

『ああ、稲妻だ』とアクラは思う。

だが、稲妻という言葉をなぜ自分が知っているのか、いつ習得したのかはわからない。


自分以外のメイル達にとってもそうなのだろうか? 

自分と他のメイル達が知っていることは同じなのだろうか? 

時折、海から訪れてくる人間達は、自分やメイル達について、アクラ自身さえ知らないことも知っているのだろうか?


わからないことが多すぎる。


ともかく、新しいエイムの気配は右手の山間から感じられた。

隣の湾から海岸線に並行に進んで森林地帯を越え、このエリアを両脇から挟んでいる小さな山脈の中央部分だ。

そこはくびれたように低くなっており、この地域に向けて降りてくるには絶好のルートだと言えた。


このエイムの電磁的なスキャンによる反応はなぜか極めて微弱で、アクラがそれを遠距離から発見できたのは、この地域が電磁的に極めて静かな空間だからだろう。

いま、そのエイムは慎重な索敵を行いながらこちらに向けて進んできているようだ。これは明らかにテリトリーの拡張を狙っている行動のように思える。


アクラは過去の戦闘歴を思い出して、その周期を確認してみた。


自分から出かけていった先で起きた戦闘を除外すると、やはり、この十年の間に他者との遭遇する間隔が徐々に短くなってきていると思われる。

やりすごしたものも含めれば、特にエイムとの遭遇率が顕著に上がってきているようだ。


ともかく、当面の対策を考えてみよう。


いまはまだ、あのエイムはアクラを挟んでいわばワンダラーとは反対側にいるわけで、おそらく過去の推定値からすると、まだワンダラーという先客の存在に気がついていなくて不思議はないと思われる。

だが、このまま放置しておけばこちらに進んできて、いずれはアクラを発見するだろう。そうなれば100パーセント戦闘になる。


それに、このエイムはテリトリーの拡張を狙っているはずだから、ワンダラーのように放っておけばそのうち勝手にこの地域から出て行ってくれるということは期待できない。

いつかは必ず自分と衝突する存在だ。


ステルス装甲が今回も期待通りの効果を発揮してエイムがここを通り過ぎ、あのワンダラーと遭遇して、先にあちらと戦闘になる可能性もある。

そこに人類のドローンも加わって三つ巴の戦いになる可能性もあるが、どちらの場合も、アクラは生き残った方と戦えば良いだけだ。


だが....エイムにしてもワンダラーにしても、いつ進路を変えないとも限らないし、最悪はアクラが潜んでいるこの場所にワンダラーとエイムが進んできて、人類のドローンに三者まとめて検知されるという可能性もない話とは言えなかった。


そこでアクラは、一つのプランを立ててみた。


まず、物理破壊性の兵器をまったく使わず、電子的な手法だけで先にワンダラーを破壊することを試みてみる。


これも以前の戦闘経験から自分の電子戦能力がかなり高いことは分かっているし、そのジャミング用の電波発信機材のビームを絞り、出力を最大値にまで上げて放てば、敵の制御回路を破壊できる可能性は高いと思われた。


また、たとえ物理的に回路の破壊までできなくても、索敵能力を奪って行動を迷わせたらそれでも十分だ。

その後に物理的な攻撃で仕留めるのはたやすいだろう。


そうすれば、エイムにワンダラーの存在を気付かれる前に、静かに片付けることができるかもしれない。

そして、また前のように身を低くして潜んでいれば、エイムの相手をすることはたやすいだろう。


そう考えて、アクラは隠れていた窪地からゆっくりと身を起こし、森をうろついているワンダラーの方へと静かに向かった。

ステルス装甲が期待通りに働いてくれればいいが...。


それにしても、なんで今日はこうも賑やかなのか?


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(エリア5114・スレイプニル)


CICに耳障りなアラートが響いた。アンノウンだ。

エミリンが飛ばしていたドローンの一群が、異常な電磁ノイズを検知したらしい。


ただ、エミリンにとって不思議だったのは、捉えたシグナルの強さとドローンからの距離に矛盾があることだった。

普通なら、これほど強いノイズを出している物体はもっと遠くから検知できているはずだ。


そう考えると、ドローンが検知範囲に入ったのではなく、たまたま近くを飛んでいるときに、元からそこにあったものがいきなりノイズを出し始めたという方が、すっきりする説明になる。

しかし、メイルは絶対にそんなことはしないだろうし、そもそも、この信号の明瞭な強さ自体がメイルにはないものだ。

それが何かはわからないけれど、どちらかというとメイルっぽくはないと言って良かった。


エミリンは、不可解な気持ちを抱えながら、その発信源を探るべくドローンを向かわせた。


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(エリア5114・戦闘)


アクラは、自分が倒したばかりのメイル『ワンダラー』を入念にスキャンしていた。


アクラの強力なジャミングシステムからの、極度に集束されたビームを中枢神経に受けて、メイルの脳であるナノストラクチャー神経系は、電子的に破壊されてしまったようだ。

そのワンダラーのボディは、いまや完全に動きを止めている。


だが困ったことに、様々な自律行動の残滓とも言える電子機器のざわめきは止まず、横倒しになったボディ奥の自律制御中枢と動力はまだ生きていて、ジャミング波のノイズを発し続けていた。


珍しいケースだが、偶然アクラの電子ビームが射抜いた場所が微妙なポイントだったのだろう。

思考は停止したのに、体の中枢はまだ死んでいない。


もっとも、この状態のまま、そう長時間にわたって動力炉が動き続けるとは思えないし、パワーセルに残った電力を消費した時点で一切の動作を停止するはずだ。


彼が手足を動かすことは二度とないだろう。

脅威としては完全に消失したわけで、当初の目的は確かに果たしたが、強烈なノイズ源を生み出してしまったのは想定外だった。


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(エリア5114・スレイプニル)


「ジャンヌ、ドローンがおかしい!」 突然エミリンが叫んだ。


「どうしたの?」

「ドローンが全機制御不能」

「えっ!?」


「探知したアンノウンに向けたんだけど、近づいたら急に制御が切れた。なんだか、ジャミングを受けたか、嵐の日によくある空中放電とかの影響を受けたか、そんな感じ」


「こんな天気のいいお昼に空中放電はないわね、ジャミングよ」


「まぁ私もそう思う...ちょっと待って。戦術レーダーの観測では、ドローンは緊急用オートプログラムで全機こちらに帰還中よ。一機も損失なし」


「やっぱり、ここには何かいたのね...まずはそのドローン達を収容してチェックしましょう。それに第二波を送り出すことになると思うから準備しておいてね」


やがてドローン達が船に戻ってきた。

見た目上は異常もない。

収納シークエンスも問題なく進み、全機がハンガーレールにきちんと着艦した。


エミリンはコンソールを操作し、スレイプニルの甲板ハンガーに収容したドローン達に一機ずつ診断プログラムを走らせて状態をチェックした。


「ドローンは制御システムも飛行装置もメカニック自体は無事。無傷よジャンヌ。

ただ探査プログラムを格納していた論理回路が電子的に影響を受けて一時的な制御不能になったみたい。

それで、ドローンは自分で外部からの制御を切って、自動的に通信途絶時の帰還プログラムを発動させて戻ってきたのね」


「他に損傷はないの?」


「顕微鏡レベルではわからないけど、機体のスキャン結果や診断プログラムのアウトプット上では何も損傷はないわ。

たぶん制御システムを一旦初期化してコーディングし直せば、全機そのまま通常運用に戻せると思うなぁ」


「そう...でもあまり気持ちのよい出来事じゃないわね」


「うん。メイルの可能性が高いとは思うけど、攻撃されたっていうよりは、そこまで行けなかったっていうような感じでちょっと変。...あ、でも惜しかったかな」


「何が?」


「ドローンのプログラムを、制御喪失時にすぐ自動帰還するんじゃなくて、自動的に推定ジャミング源に近づいて偵察するようにプログラムしておけばよかった。

もしも、それで落ちるなり戻ってこないなりしたら、間違いなくそこにメイルがいるって証拠になるし、無事に飛び抜けて戻ってこれたとしたら、偵察映像や収集したデータでジャミング源の正体を知ることができたわ。あー、失敗」 


エミリンがぼりぼりと頭を掻く。


「そんなことはないわ。次のドローンを出せばいいだけですもの。

スレイプニルには予備のドローンがたくさん載っているのよ」


甲板上のハンガーに移されて常時稼働状態にあるドローンは、燃料補給や偵察プログラムのセッティングを行われた四編成分の機体だけだが、スレイプニルの船内倉庫には、さらに同数のドローンが格納されているから、少々の数を撃墜されても気にしなくて済む。

非常に潤沢な兵力があるといってよかった。


「そうよね、じゃあ次のドローンはジャミング受けても強行偵察ができるようにプログラムして出すわ。ちょっと待ってて」


「オーケー。じゃあその準備ができたら、第二波を飛ばしましょう」


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(エリア5114・アクラ)


アクラは、目の前に横たわるワンダラーのボディを眺めながら考えた。


案の定、人類のドローンもノイズ源を目指してすぐに飛んで来たので緊張して待ち構えていたが、ドローン達はすぐ近くまで来ると、アクラが迎撃プランを検討し終わる前にきびすを返して本隊の方に戻って行ってしまった。


恐らく、発見したものが横倒しになって機能停止したメイルだったので、戦闘の必要無しと判断して帰投したのだろう。


自分も人類と同じく、わざわざこのメイルのボディを粉砕しようとは思わない。

というか、アクラにはもともとそういう欲求がないので、自分が他者のボディを粉砕したいと思わないことは不思議でもなんでもない。


むしろ不思議なのは、他のメイルたちが『なぜ危険を冒してまで他者のボディを徹底的に破壊したがるのか?』ということの方だった。

自分にわかっているのは、自分自身こそが、守らなければいけない大切な存在だということだけ。

それ以外のことは、そもそも自分たちが何者なのか、ということと同じようにいつまで経っても謎のままだった。


それはともかく、現状の難点は、傷ひとつない姿のまま残骸となったこのメイルが発している派手なジャミングノイズを察知して、さきほどのもう一体の闖入者である、エイムの方がこの場にやってくる可能性が高いことだとアクラは考えた。


ノイズを発しているということは、ボディのどこかに生きている部分があるわけだから、一般的なメイルやエイムなら、まだ機能する敵のボディが残っていると判断して、それを確実に破壊しにやってくるのではないだろうか? 


となれば、いまここで倒してしまう方が得策だ。


それに、倒す前のこのワンダラーの挙動から言って、今回も自分のステルス装甲は期待通りに働いているようだ。


アクラはそう考え、ここを動かずにエイムを迎撃することにした。


別に何の恨みも敵意もあるわけではないが、ワンダラーやエイムは、あちこち構わずうろつき回り、出会ったメイルにかたっぱしから攻撃を仕掛けていく。

なんにせよ、エイムにうろつき回られるのは迷惑であったし、こちらにその気がなくても、どこかで出会えば攻撃してくるだろう。

相手がワンダラーだけなら、いなくなるまでじっと隠れていても良かったが、いまはそうも言ってられない。


真新しいメイルの残骸というトピックを発見したエイムや人類のドローンが、本気になって周辺地域を嗅ぎまわりだすかもしれないし、ただ待っていればエイムがこの森からいなくなるということも期待できそうになかった。


あまり彼の残骸から離れすぎると、自分が単独で察知されてしまう可能性も出てくるし、なにより、周囲の深い森の中まで退いてしまうと、今度は自分自身も敵に対して素早い射撃がしにくくなる。


アクラは、あのエイムがやってくる可能性が一番高い方向を推測し、そちらと残骸を挟んで対峙する位置に30メートルほど移動した。


ただし、ワンダラーの残骸へ向けたエイムからの攻撃が過剰なものだったりした場合に、自分がとばっちりを受ける可能性を減らすためと、向かってくる相手を射撃するときに残骸そのものが障害物にならないように、推定した敵侵入方向の射線からは、少し角度をずらしておく。


アクラはステルス装甲を作動させたまま、ここで静かに次の出来事を待つことにした。


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(エリア5114・スレイプニル)


「ジャンヌ、ドローン第二波・Bチームを発進させます」


「了解。今度はなにかデータを持ってきてくれるといいわね」


「うん! もしジャミングとか通信途絶とか、とにかく、ここからのコントロールが利かなくなったら、その時点で想定コースを自律行動で飛び抜けてから帰還する設定にしてるから、リアルタイムのカメラがダメでも、帰投してからなら分析できると思う」


「なにがいるのかしら?」


「わからないけど...普通のメイルじゃないことは確かよね。

あんな強烈な電磁ノイズを出してるメイルなんて、過去のデータにもないと思う」


「そうね。とは言っても、電磁ノイズだっていうことは、発生源は何らかの機械だわ。

ここに来ている人類が私たちだけだとすれば、まぁ、メイルだと考えるのが妥当でしょうね」


「もし、メイルだったとしたら、なんであんなに強いノイズを出してるんだろ? 故障してるのかな?」


「メイルそのものではないにしても、メイル側の何か...かしらね。とにかく、確認してみるまでは悩んでいても仕方がないわ」


確かにジャンヌの言うとおり、相手が何かが分かるまでは行動の起こしようがない。


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(エリア5114・アクラ)


エイムを待って身を潜めているアクラは、再びここに近づいてくるドローン群を検知した。


機能停止したメイルを発見して、人類側は行動を終了したと思っていたのだが、念のために再調査にでも来たのだろうか? 

それとも、人類側もあの妙に反応の薄いエイムを検知して、この残骸との関連性を調査するつもりだろうか?


自分に関わらずにエイムと人類が勝手に戦ってくれるのならアクラは歓迎だが、油断はできない。


特に、人類側にはドローンだけでなく、ドローンを離発着させている本隊という存在がある以上、もしも戦闘になったらドローンだけを撃墜して終わりというわけにもいかない。

先日と違って、いまのアクラは有線誘導弾を外してしまっているので、ここに隠れたまま本隊のいる海上に向けてアウトレンジ攻撃するというわけにもいかなかった。


最初に海上を移動してくる本隊を検知した段階で、さっさと巣に戻って有線誘導弾を装備し直すべきだったかもしれないと思ったが、いまは発射筒だけでなくハーネス自体から外してしまっているので、再装着には時間が掛かる。


そう考えると、やはり、あの時点で巣に戻って装着を始めていても、下手をするとドローンが真上を飛んでいるときに巣から顔を出す羽目になった可能性も高かった。


エイムの動き次第という部分も多いが、いずれにしても人類が撤退しなかったら、海岸の本隊まで最大速度で接敵してレーザーとレールガンで勝負をかけるのがベストだろうとアクラは判断する。


ドローンが近づいてきた。


だが、前回の遭遇時のような複雑で有機的な動きはまったく見られない。

コースも単調でまっすぐこちらに向かってくる。


どう考えても戦闘機動ではないと思えたが、予想通り、再び近寄ってきたドローンは、彼らの目からは見えていないであろうアクラと、倒れたメイルの残骸の上をまっすぐ飛び越えると、そのまま本隊の位置へと帰還していった。


『あれからメイルが動いていないことの再確認だったのか?』 


アクラはそう考え、このままじっと動かずに、まだ遠くにいるエイムを待つことにした。


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