農場



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 PART-1:セルシティ

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(農場・コントロールタワー)


正式名称セル385、通称『マッケイシティ』と呼ばれる大規模セルの住人、エミリン・シャウジャーは、今日も農場のレイバーマシン達をコントロールするパイロットの仕事についていた。


広大な農場の一角で稼働するマシン群をコントロールルームから集中制御するのだが、一つ一つのマシンの基本動作は自律稼働なので、エミリンが行うのは『意思決定』とマシンの群れの流れを制御することだ。


つまり、実際は個々のマシンをリモートコントロールすると言うよりも、マシンが随時送ってくる状況パラメーターを咀嚼して、マシンの群れ全体の『行動規範』、いわばポリシーをアップデートしていくという方が近い。


マシンそれぞれは群知能に基づいて自律的に動いているが、その群全体をエミリンが指揮している、という関係になる。

マシン自体は設定されているルーティンを条件に従ってこなすだけで、意図は持っていない。その自律行動の本質は多彩な条件反射の組み合わせとも言える。


エミリンは、ワークタイムでなくても農場に来て、たわわに実った野菜や果実をマシン達が収穫する姿を見ながら、本を読んだり音楽を聴いていたりすることが好きな、一種の『変わり者』だった。


この仕事は大好きだし、自分の趣味的にも、シティの中にいるよりも、この農場のある外郭の風景の方が落ち着いた気分になれる。


だからエミリンは、割と人気がない早朝や夕暮れ間際のシフトも積極的に引き受けていた。

人気のない時間帯や作業内容のワークは、その人気度というか、逆に人気の無さ状況にリアルタイムに連動して報酬も高くなるが、エミリンがそう言う時間帯のワークを屈託なく引き受けるのは、特にクレジットの報酬を人一倍欲しいと思っていたからでは無い。


もちろん、報酬の余剰が多ければ、シティの外へ出かけたり、生活必需品でないものにクレジットを費やしたりできるので、嬉しいことは嬉しいが、それよりも、エミリンは朝日を浴びた植物たちの輝きや、夕日に沈む農場のシルエットを見ること自体が大好きだった。

そういう理由で、特に苦もなく、朝寝坊が好きな同僚や、急遽、夕食を誰かと共にしたくなった同僚のシフト交換を気軽に買って出ていたのだ。


そもそも、セル体制に基づく現代社会では、人間がやむにやまれぬ労働に時間を費やすことはあまりない。


食料生産や工業製品の製造は、そのほとんどがバイオファクターとメカニカルファクターの組み合わせによってマシン化されており、生身の人間の筋肉による労働は必要性が低かったからだ。


人間がやれる『労働』なら、そのほとんどは自律稼働できるレイバーマシンが肩代わりできたので、むしろ、『ワーク』とは自分の自己意識を確立する活動の一つという捉え方が強くなっていた。

したがって、各種の職業における義務労働時間もきわめて短いし、警察官で演奏家で料理人というように、まったく異なる複数の仕事を掛け持ちしている人も多い。


生産性に関わる労働主体はほとんどレイバーマシンが肩代わりしているので、最低限の生活に必要なクレジットはベーシック・インカム制度で市民全員に支給されており、一般的な市民の暮らしはのんびりしたものだ。


いまのエミリンの、タワーでの必須勤務時間は一ヶ月に二十六時間だが、今週は月曜日にまとめて六時間も働いたので、後半は暇だ。

今日は午前中のシフトでランチまでには解放されるし、明後日は友達のエスラと郊外にピクニックに行くことになっている。


エミリンはエスラのことが好きだ。

単なる友達ではなく、もっと深い愛情を感じている。


エミリン自身はまだ若いし、二人の間に子供を持ちたいとかそういうレベルではないけれど、その可能性を感じる相手、という程度には意識していると言って良い。

自分ほどワイルドネーションへの憧れが強くないのが玉に瑕だが、それでも誘えば嫌な顔せずにピクニックも付き合ってくれるし、それなりには楽しんでくれていると思う。


それに彼女が何かというとエミリンのことを『アウトドアン』つまり野生児とからかうことも、エスラならではの愛情表現の一種だと解っている。


自分はどうなんだろう? もしも将来このままエスラと仲良くなって、二人の間に子供を持つチャンスが来たとしたら...

そもそもエミリン自身も、エスラの恋人に対する好みをはっきりと解っているわけでもない。エスラの方からエミリンを選んでくれる可能性があるのだろうか?


そんなことをぼんやり考えていると、マシンが状況判断を仰いできた。


農場の敷地は完全に平坦ではないので、水はけや温度、風通し等にもわずかな差があり、そうした差が蓄積されて、作物の発育が不自然に遅かったり早すぎたりするポイントが生まれることがある。

このマシンはそういう場所へ到達して、未熟の多いエリアをまとめてパスすべきか、時間は掛かるが細かく完熟物だけ選んで収穫すべきか、判断を仰いできた。


本当のところを言うと、どっちでも構わない。


パスすればこのエリアをもう一度マシンに巡回させることになるし、完熟だけを収穫した後の未熟が少なければ、マシンの稼働率を優先して未収穫の残りは放棄することになるかも知れない。

そう広範囲なエリアではないので、実際の処どちらの判断であっても、農場の収穫率に悪影響を与えるような数値になる可能性は限りなくゼロに近かった。


とはいえ、その『意思決定を行うことそのもの』が人間の仕事であり、いくら自律制御のリモートコントロールとは言え、放っておくわけにはいかない。


それが、人間であるエミリン・シャウジャーがマシンパイロットとしてここにいる大きな理由だ。


なぜなら、現代の人々は、機械知性(Artificial Intelligence〜人工知能)をこれっぽっちも信用していなかったからだ。

かつて遠い過去、恐怖の時代には、機械に意思や自我を与えたり、逆に機械で人の脳の活動を直接読み取ったりする行為は普通に行われていたそうだ。


だが幾つかの悲劇的な歴史を経て、いまでは人間社会を脅かす可能性のある物としてAIを捉え、法的にも倫理的にもその存在を厳しく禁じていた。


従って人間の使っている情報システムには、自意識や自我に相当する物をもつ機械は只の一つも存在していないし、外部から人の『思考や行動の傾向を読み取るような違法なマシン』も一つも存在していないはずだ。

あらゆる電子機械は人間の意志がなければ目的をもてないし、また、決して自分自身について考えることのないマシンに過ぎなかった。


だから、そのマシンが自分からなにかを『したい』などという「意図を持つ」ことはあり得なかった。


そもそも、放っておいても自らの意図を生じて動いてしまうような『自我』を持ったマシンは作ることが違法だし、まともな現代人にとっては、そんなものを利用するどころか存在を認めるだけでも倫理的にゾッとすることだ。


確かにバイオテクノロジーの活用にはコンピュータによる高い情報処理能力が必要不可欠であり、その点では女性達の人間社会も、電子機械の活用無しでは存続できないものではあるのだが、あらゆるシステムを人間の配下に置き、機械が人間の知らないことを勝手に実行することが起きないよう、万全の対策が取られていた。


詰まるところ、現代の人間にとって自意識をもつ機械知性というのは一種の武器、それも放っておくと容易にコントロール不能になって人間を滅ぼしてしまう、核兵器のように危険な存在だと感じるものだった。


重要なのは『』そのものであって、その『結果の有意性ではない』のだから。


意思決定すると言うのは、つまるところ、何かを成さしめたいという欲求を自意識が持つことだ。

そして、自我がその欲求を自覚することで、はじめてそれは条件判断ではなく、意思決定となる。

自我が欲求を自覚して能動的に行うのではない判断は、ただの反応でありプログラムにすぎない。


そういう意味で農場に、というかセルの社会には、本当の知性を持つマシンはただの一台も存在していなかった。


自意識を持つということは、自己と他者を区別することであり、それは同時に自分が何者か? という疑問を生み出す。

自我を持ち自分自身について考えることのできる存在でなければ、自らの中に新しい欲求を生み出すことはできない。

だから、を持っていないものは、知性体とは呼べないだろう。


どんなに複雑で高度な動作をしていても、変化への適応力を持っていたとしても、やはりそれは、ただのプログラムにすぎない。


ただの『高度な自律動作をするプログラム』だった。


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エミリンは送られてきた作物の生育状況サンプルのデータから、エリア全体の生育状況を予想し、この窪地の一帯では収穫を延期することにした。


リンクを通じてマシンに該当エリアをパスするよう指示を送り、マシン達はその指示に基づいて稼働事例をアップデートした。

周囲のマシンもその行動規範のアップデートを共有するので、今日、もう一度同じ状況に出会っても、それが「さっきと同じ」と言えるほど、一定の範囲内の近似値を持つ出来事であれば、今度はエミリンの指示を仰ぐ必要はない。


それはもう判断すべき事態ではなく、すでに設定された項目になっているからだ。


もっとも、そういうエリアが過去の平均値や出現パターンを超えて現れれば、また『彼ら』はエミリンにそのまま進んで良いかどうかの判断を仰ぐことになるだろうが、エミリン自身も仕事の一環として彼らマシンの稼働状態は真面目にモニターしているから、異常値に到達する前に改めて判断をすることになるだろう。


エミリンは自分のコントロール下にあるマシン群の展開状況を見て、ほんの少し作業速度を落とさせ、その分注意深く果実を収穫するようにパラメータを調整した。


マシンたちは横一列の広がりとともに、三段階の奥行きを持たされている。

最初の列が最も目立つ果実を収穫し、二段目の列が残った果実を、三段目の列が見落としをチェックして、もしも設定値以上の生育状態の果実がまだ残っていれば収穫する。

この方が、一列のマシンに時間をかけさせるよりも滑らかな動きを維持できた。


そうしたマシンの行動はすべて事例ベースの推論で行われており、自我の獲得に繋がる機能は、その処理装置の設計から注意深く排除されている。

言い換えれば、マシンは決して本当の意味では学習もしないし成長もしない。


日々アップデートされるのは、行動の基準となる『パラメータ』だけであり、『アルゴリズム』の方が経験を蓄積して次の世代へ伝えていくような遺伝的な仕掛けは、そのソフトウェアの内部に一切組み込まれていなかった。


その制御システムは、設定されたパラメータを蓄積・更新するだけで、異なる事象を組み合わせて新しい解を得るような飛躍は決して行えないし、随時アップデートされていく行動規範はグループ全体で共有しているものの、それすらも自己進化的な群知能とはほど遠い、むしろ画一化・平準化に近い仕組みだと言える。


機械に自意識を持たせようとするような試み自体が、現代の人類にとっては非常に嫌悪感を感じる悪魔的な行為だと言ってよかったし、少なくとも生命に遺伝子操作を施すよりも心情的なタブーを呼び起こす所作であることは確かだ。


なので、いまコントロールルームのディスプレイに映し出され広大な畑を、まるで蟻の群れのように収穫しながら行進しているマシン群の拡がりは、すべてエミリンの指先にぶら下がっていると言っても良かった。


指揮者であるエミリンが指揮棒を動かすのを止めれば、すぐにオーケストラの楽器達は状況判断の必要な『なにか』にぶつかって動きを止めてしまうだろう。

沢山の楽器がてんでんばらばらに騒音を出し続けるくらいなら、いっそまったく動かない方がいい。


理念としてはその方が美しい。


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エミリンは少しお腹が空いてきた気がしたが、同時に、もうそろそろ交代要員が表れる時刻だと気が付いた。


次の交代要員は、シフトの予定表によればジェインのはずだった。


『はず』というのは情報がアップデートされていないからで、ジェインの都合が悪くなったりして他のメンバーが勤務を肩代わりしていれば、普通はその情報がアップデートされるのだが、ジェインはそういう処に無頓着で、情報の修正を行わないまま別のメンバーを送り込んできたり、逆に本来のシフトにない時間にふらりと表れたりする。


この農場に限らず、マッケイシティの大方の勤務管理システムは、もしも必要部署から人がいなくなる状態になれば警告を出すけれど、その場に判断する人間がいる限り、誰が何処で何をやっているかは確認しないし追跡もしない。


と言うか、本人が知らないところでその人のデータを自動的に集めたりするのは『倫理に反する』ことだし、なによりも無礼だ。

だからマシンは現況が予定と違っていても特にエラーを表示するわけでもなく、現実に合わせて記録と動作を更新していくだけだ。


いつ、どこにいて、何をするかを決めるのは、人間の意思。


いつ、どこにいて、何をしていたかを人に伝えるのも伝えないのも、その人間の意思。


社会をスムーズに回すために予定の共有は必要だけど、予定はあくまで予定、未来に起こりうることの中で最も可能性の高いものの一つであるに過ぎないのだ。

行動プログラムとスケジュールに厳密に沿って活動するのはマシンの役目であって、人間に求められる要件ではないのだから、予定通りに物事が運ばなかったときは、人間同士で相談して判断し、調整すれば良い。


なにより、 だ。


仮に誰かが自分の行動について嘘をついたとしたら、それは嘘をつきたいという意思があったからそうしたのだ。

もちろん、自分の利益のための嘘をつくことは美しい振る舞いとは言えないけれど、密かにその裏を取って嘘を否定したり、当人が望まぬ事実を暴露することは、もっともっと美しくない。


人間の行動をなにかの枠に嵌めて一律にしようとするのは優雅なやり方ではないし、たいていの場合、その結果も美しくはない。


それがセルの、というか人間達の住む社会の運営に関する基本的な流儀だった。


実際に、ものを大切にすることやリサイクルすることが意識するまでもなく当然となっているセル社会では、逆に『効率化』という言葉はあまり響きの良い単語ではない。


それはどちらかと言うと強欲とか私益とか、むしろ過剰とか、そういう単語と同じジャンルに分類される言葉だ。


人口抑制がしっかりしている現代社会では、食料生産はもとより資源やエネルギーにも十分なゆとりがある。

季節や少々の天候不順による食料の減産は、セル同士の融通でどうにでもなったし、天然資源のような地域毎の特産品は、セルの規模と必要度に応じた分配ルールに従って流通しているので不足することもない。


現在の各セルの食料生産力を平均するとだいたい自給率の120パーセントあたりに落ち着いており、常に余剰が上回っている。

しかもこれはかなりのゆとりがある生産サイクルで回していてのことなので、その気になって人工的な作物育成サイクルを投入すれば、楽に+50パーセント以上は持続的に生産力をブーストすることができるだろう。


余剰分の貯蔵システムにはそう大量のエネルギーを取られることもないから、仮に火山の大噴火のような大規模天災で全セルの食料生産力が半減、もしくは半数のセルにおいて食料生産システムが壊滅したとしても、優に数年間は一億人の人間達を問題なく養うことができる計算だった。


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エミリンの背後でコントロールルームのドアが開いて、交代パイロットのジェインが予定通りにコントロールルームに現れた。


正確に言うと予定より少し早く。

時間ギリギリであくせくする、つまり予定に行動を合わせようと負荷を掛ける行為は美しくない。

人が予定を守るのは効率を高めるためではなく、他人との関係性を大切にするからだ。

マシンは人間が負うべき負荷を肩代わりするための存在だが、人間同士は違う。

他の『人間に負荷を掛ける』のは美しい行為ではないし、美しくない所作は嫌われる。


現代人にとって最も大切な行動基準は美意識だ。そしてそれは様々な所作に表れる。


たとえ予定に合わせる義務はなくても、相談無しで他人に負荷を掛けるような人間は嫌われて、シティの中で孤立してしまうだろう。

そんな人はまずいないとは思うが、もしもそうなったら幸せに生きていくためには大問題だ。


ジェインはリストをアップデートしないような大雑把な性格だと言っても、そういうところの所作は美しい。

彼女の予定変更は、影響を受ける相手との十分な相談を伴って行われるから迷惑というか過負荷を被ることはまずない。


また、いま時点のエミリンにとっては、自分が去った後の部屋にいるのが誰かと言うだけで、今後の行動にはなんの影響も受けないので、誰が来ようと_来てくれさえすれば_迷惑は一切被らないのだった。


それにジェインが度々シフトを変更しても情報をアップデートしないのは、農場のコントロールルームという職種的にその必要性が薄いということもあるが、あえて予告しない行動をして、交代相手の反応やそれによって生じる会話を楽しんでいる節もあった。


シフト情報のアップデートは変更を申し出た側の責任なので、たいていの場合はジェインがそれをしないことでシフト予定が現実と乖離する。


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「調子はどう?」 これはジェインのおきまりのセリフ。


「悪くないわ。完熟度が予想より低いから収穫率の揺らぎが激しいけど、まだ全然許容範囲の下の方」


「じゃあ天候が変わるまでに今日の分は済みそうね。明日は午後から雨らしいからトマトにとっては災難かも?」


「そうね。鳥たちが喜ぶわ」


鳥が大挙して農場を襲撃し、果実を食べてしまうことは電子的な防御網で防がれているが、収穫を放棄したエリアに関してはそうではない。

近隣の鳥たちも、危害はなくても不快な防御システムのことは理解しているので、システムが作動しているエリアには降りてこない。


そしてまた、収穫放棄されたエリアは防御システムがオフになって、残った果実は食べ放題だということも学習しているので、システムの作動中を示す警告ランプが消えたエリアには真っ先に舞い降りてくる。


また、昆虫や線虫類などの微細生物の食害、病原菌やウイルスに対抗するのは作物自体の遺伝子改良と土壌改良に頼る部分が大きい。

肥料や薬剤もまったく使わないわけではないが、あまり頼ると消費が激しくなる。

土地の生産力に余力がある間は、人工的な手立てを駆使して無理に栽培を進めるよりも、しばらく土地を休ませて回復を待つ方が美しい。


鳥や動物たちが収穫完了および収穫放棄エリアに侵入を許されているのも、小さな生き物たちに対する慈愛というだけでなく、糞という形での窒素及びリン酸肥料分の供給元としての役目を期待されている意味も大きかった。


ジェインはジャケットを脱いでカップにお茶を注ぐと、それを持ってエミリンの隣のシートに座った。空いている方の手でコンソールのキーを幾つか操作してエミリンからマシン達の制御権を受け取る。


「あたしがコントロール」 とジェイン。


「あなたがコントロール」 とエミリンが返す。


ディスプレイへの表示ですべての状態が解ってはいても、挨拶と相互調整は大切なことだ。これでパイロット交代は完了。


「あ、そうだ! まだ先の方だけど、エリアLA1022だけセンサーの反応がおかしいかも知れない。何もないかも知れないけど、ちょっとだけ注意してて」


「オーケー。エリアLA1022、センサーアノーマリー、チェック」


ジェインは復唱してチェックリストのコメントをちらりと確認すると、そのまま話し続ける。


「エミリン、今週はもうずっとオフでしょ。なんかずらしたくない予定入ってる?」


「うん、明後日はエスラと郊外にピクニックに行くつもり。それ以外は別にないなぁ。週末からオペラの演目が変わるから、早めに見に行ってみようかなって思ってたぐらい」


「そっか。じゃぁちょっと相談したいことがあるから、後で連絡するかも?」


何かというと、わざわざ語尾に『かも?』と付けてくるのがいつものジェインの口調だ。


「なぁに?」

「ナタリーのこととか...」


「...うん、じゃあ連絡ちょうだいね」 


エミリンはそれだけ言って席を立った。


エミリンにとってジェインは気心の知れた親友ではあるが、その現恋人であるナタリーのこととなると、こちらからは、あまり深く聞かない方が良い。


必要なことはジェインが自分から話してくれるだろうし、むしろ「なぁに?」と聞かれたジェインが「ちょっとね」とか「大したことじゃないから後で」という感じでいつものように誤魔化さなかったことに少し驚いていた。

なぜなら、ナタリーは以前、エミリンの恋人だったのだから。


ジェインに「バーイ」 と言ってコントロールルームを出る。


これからシティに戻っても少し遅めのランチの時間に間に合うが、今日はもともと、農場の端にある郊外型レストランでランチを食べるつもりでいた。

高台にあるこのレストランのテラス席からは農場が大きく見渡せて、エミリンは天気の良い日にそのテラスで食事をするのが大好きだったからだ。


「でも...」 とエミリンは思いつく。


「ひょっとしたらエスラと一緒にランチができるかも」


エスラは今週いっぱい、ボランティア活動で警察官をしている。


人間同士の感情的なトラブルによる事件がゼロだというわけではないにしろ、セルの生活は基本的に平和な暮らしだ。

従って、その警察組織における専任者はごく少数で、大多数の警察官は市民のボランティア活動による当番制となっている。それで十分なのだ。


エスラも明後日は休みで朝から一緒にいられるけれど、確か明日はパトロール要員で一日中出かけっぱなしだったはず。


さすがに自分の基本ジョブと違ってボランティア活動の予定はそうそう変更しないだろう。

警察官は状況次第で居場所や対応が変わる可能性があるので、基本パトロール以外は予定らしい予定がない。

裏を返せば聞いてみるまでわからない、と言うことだ。


エレベーターが到着するのを待つ間、エスラに向けてメッセージを送ってみた。


[ これからシティに戻るけど、一緒にランチできるかしら? ] 


すぐに彼女からの返信が来る。


[ ごめんね、ちょっと対応ケースが起きたから、このあと行ってみなきゃいけないみたい ]


[ わかった。気にしないで ] 


そう返信するけれど、でもちょっと残念。


年上のエスラはおとなしくておっとりしたタイプの人だ。

彼女が快活なタイプのエミリンを野生児とからかうのは、そこにちょっとした羨望があるから、ということらしい。


どちらかと言うと引っ込み思案なエスラが、ボランティア活動として自分から警察官を選んだのも、自分はもっと他人と積極的に関わっていくようにしなくちゃいけない、という考えからだと以前に聞かされたことがあった。


確かにセルの警察官というのは、色々な人に出会うには良い職業だと言える。


警察の仕事のほとんどは、強風で公園の備品が倒れたとか、マシンの故障で怪我人が出たとか、だれかがうっかりやってしまった事故の仲裁とか、そういった人々の日常生活のトラブルが円満に解決されるように手助けをすることだ。


つまりこの仕事は、エスラにとっては、ある種の『修行』だと言えなくもない。

自分にないものを相手に求めるのはエスラに限ったことでもない。自分だってそうだ、とエミリンは思った。


到着したエレベーターに乗って階下に降り、そこからタワーの発着場まで歩くと、ちょうどランチタイムを挟んだシフト交代で数人が乗り降りしていた。


このタワーにはさっきまでエミリンがマシン群を制御していたようなコントロールルームが三十室ほど有り、そういうタワーがシティの郊外に広がる、恐ろしく広大な農地のあちこちに、大小合わせて二百六十基ほど建っている。


タワーはセルの農産物生産の中枢であり、要だった。


作物というのはいくら遺伝子改良されていると言っても生物で有り、決してマシンではない。

農場もまた、どれほど緻密に管理されていても、自然の大地で有り、自然現象に伴って刻一刻と状態が変わる。


だから、タワーは人間がその目で農場を見渡せる位置に点在しているのだ。

そして、どのタワーからも他のタワーのどれかを、少なくとも一つは彼方に視認することができる位置関係にあった。


電子的なリンクを使って農場のマシンをコントロールするだけなら、すべてのコントロールルームをシティの中に作っても問題はない。

むしろ効率という観点からするとその方が良いのかも知れないが、それは美しくない考え方だった。


人間が、自分の目で直に見通せる範囲をコントロールしていること、そして必要があれば実際に訪れるなり触れるなりして、五感で状況を認識することが意思決定には大切なのだ。


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(レストラン・プロジット)


発着場で少し待っていると、カーゴエリアから空いている車が運び出されてきた。


一見すると流線型のように見えるが、近くでよく見ると、その車のウィンドウやボディ外板には三次曲面、つまり球面がほとんど使われておらず、二次曲面を 〜 これはつまり、真っ平らな板をたわませたりひねったりして作れる曲面のことだが 〜 いくつか組み合わせることで、滑らかなボディを構成しているのがわかる。


通常は時速60マイル以上の速度を出すことがないシティの車の場合、空力特性を改善することによるエネルギーの節約や騒音低減の点から言えば、これで十分であり、製造の容易さを考えると合理的な設計だと言えた。


エミリンは運ばれてきた車に乗り込んで行き先を告げ、農場のはずれにあるレストランに向かう。


窓の外では、風に揺れる草葉のうねりが見渡す限りの大地を波うたせ、徐々に色づく果実が日ごとに木々の色合いを変えていく。


その雄大な景色がエミリンの心に深い感動を呼び起こす。

季節の変化は何回見ても、いや毎日その変化を見ているからこそ飽きない、壮大な舞台のようだと感じていた。


自分は、心の底からこの農園の風景が好きなのだ。


正規パイロットとしていまのゾーンに移ってそろそろ半年が経つが、エミリンはこのあたりのタワーから見える景色が気に入っていた。


多くの市民が住むセルのシティゾーンも広大だが、農場の面積は桁が違う。

エミリンのような農場のマシンパイロットの多くは、仕事の有る日にだけ農場周辺の様々なエリアからタワーに通勤しているが、農場の敷地はあまりにも広いので、同じ農場に勤めていると言っても、反対側のエリアで働く人々と顔を合わせる可能性はほとんど無かった。


興味のない人から見れば、農場なんてどこも同じ景色に思えるかもしれないが、地面の傾斜や農地の伸びる方角などで、景色の見え方はずいぶん違う。


農場の景色も好きだけど、さらに本当を言えば郊外の景色はもっと好きだ。


むしろ、どうしてセルの住人達があまりシティから出ようとしないのかが理解できない。

『確かにマッケイシティは綺麗な街だけど、いつでも同じ風景のままじゃない?』 とエミリンは思う。


ちょっと郊外に足を伸ばせば、季節毎にその装いを変える綺麗な海岸や生物相の豊かな森林地帯、その向こうには蒼くそびえる山脈まで見える。

できればこの農場からもっと郊外に出て、そうした『ワイルドネーション』の変化にあふれる景色を見ながら働ける仕事があればいいのに、などとさえ思ってしまう。


ダッシュボードの木材パネルに浮かび上がっている木目の柔らかな模様を、なんという意味もなく指先でなぞりながら、流れ去っていく景色をぼんやりと眺めていると、ほんの一瞬、大地を覆う緑のうねりが、木目に沿って上下する自分の指先にあわせて波打っているかのような、まるで、自分が風を指揮しているかのような錯覚に襲われる。


ふと、そういう自分のおかしさに気が付いて、エミリンはクスッと一人で笑いを漏らした。


いまエミリンが乗っているような、通勤や日常に使う車はシティ全体に過不足なく配備されていて、いつでも誰でも好きに使うことができるけれど、もちろん自分の手で運転するというわけには行かない。


というよりも、農場で働くようになるまでは『車を自分で運転する』ということさえ考えたことが無かったけれど、農場で巡回管理用の特殊車両に乗って、はじめて自分で運転するという行為を体験したエミリンは、すぐにそれに夢中になった。


巡回管理の時には、車に行き先を告げて黙って座っている代わりに、手の平でコントロールスティックを握って走り出す。

そして、道の向きと地面のうねりにあわせて、右に左に向きを変えつつ一定の速度になるように出力を上げていく。


それはエミリンにとって、自分の中にある何か自分でも知らなかった存在を呼び起こすような体験だった。


それ以来エミリンは、こうやって車の窓からぼんやりと外を眺めていても、心の中ではタワーのコントロールルームにいるときのようにスティックを握っているのだった。


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今日も農場はずれの高台に建つレストラン『プロジット』のテラスは、いつもながらの混み具合で可もなく不可もなくというところ。


ただしテラス席は階段状にしつらえてあるので、どの席に案内されても農場の景色を眺めるのに問題はない。

それもエミリンがこのレストランを凄く気に入っている大きな理由だった。


オペラ座の観客席のように多段になっているテラスのデッキには赤みの強い木材が張られていて、そのテラス全体を覆うように店の屋根からテラスの上に半透明な膜でできた屋根が張り出していた。


この屋根の素材は透明度や反射率を自由に変えられるので、天気の悪いときはほとんど透明にしてテラスが明るく保たれるようにし、日光が強すぎる時は、雪のように白く凝結して涼しい日陰を作ってくれる。


このレストランの常連は、わざわざシティ内から昼食を食べに来る一部の物好きを除いて、昼間は農場の関係者が多い。

もちろん、料理の質という点ではわざわざ食べに来る価値があったし、夕食時になると大勢の人々が予約を入れてシティからやってくる。


だからこそ、こんな場所で繁盛しているわけではあるが、逆に言うと、近隣のタワーからちょっと足を伸ばすだけで、こんなに美味しい料理が食べられるのに、タワーに装備されたディスペンサーのスナックで食事を済ませてしまう人達の美意識は、エミリンには到底理解しがたかった。


「こんにちはエミリン。ご機嫌はいかがです?」


フロアで給仕をしているキリエが声を掛けてくれる。

キリエはいつ来てもかなりの確率で店にいるので、基本勤務時間がどうなっているのか不思議に思ったエミリンは、それについてキリエに尋ねてみたことがある。

そうすると、キリエは上品に微笑みながら答えてくれた。


「この仕事が好きなの。この店にいるのが好きだし、このテラスから見える景色が大好き。それに、店に来てくれるお客さん達と話すのが楽しくてたまらないわ。他の用事がなければ、朝から晩までいてもいいわね」


その様子なら随分とクレジットが貯まっていそうだが、むろん、そんな下品なことは口にしなかった。


「ありがとう、キリエ。今日も良い天気で嬉しいわ」

「そうね。トマトもすっかり色づいて。今年も良い夏だわ」


「でも明日は雨の予報ね。収穫放棄エリアが増えそうだから鳥たちには良いニュースだけど...さすがに雨の日はお客さんが少ないから寂しいでしょ?」


「それはそうね。あら、でもエミリンは雨の日にお店に来たことが無かったのかしら?」


「そう言えば、そうねぇ...こっちのタワーに来てそろそろ半年経つし、これまで雨の日にシフトが当たったことがないわけじゃ無かったけど。

うん、ランチタイムが雨の時は、どうせ景色も見れないからってこの店には来ずに、真っ直ぐシティに戻ってたなぁ」


「もったいないわ、エミリン。ねぇ今度は是非、雨のお昼にいらっしゃいな」

「え、どうして?」


「このテラスから見える雨の日の農場はとてもステキよ。特に風のない、しとしと雨の日は格別だわ。私大好き」


エミリンは、そのキリエの言葉にちょっと意表を突かれた。


雨の日にマシン達が行える作業は限られている。マシン自体は防水構造だから豪雨の中だろうと機能に問題はないが、作物の方はそうはいかない。

気温の低い中で、濡れて重くなった葉をいじり回してもロクなことにはならない。


だから雨の日の屋外作業では、作物の相手ではなく、作付けローテーションに従って休作中の剥き出しの農地を区画整理したり畝を作り直したりする土木作業程度しかやるべきことがないし、そう言う作業は、マシンの中でもまだ愛嬌を感じる動作を見せる収穫や剪定用の軽マシンではなくて、土木作業専用のごつい重機が行う。


それすらも、ちょっと強い雨だと作業中止だ。

本当なら雨の日には土そのものさえできるだけ弄らないほうがいい。


そういうわけで、エミリンにとって雨の日にコントロールルームから見る農場の光景は、濡れて赤茶けた剥き出しの地面と、こびりつく泥で薄汚れた重機の織りなす、なんというか味気ないような煤けたような、ちょっと不安を感じる印象をもたらすものだった。


それなのに、いま、細身で美しい顔立ちのキリエが感慨深げな様子で雨の日の様子を口にすると、それが急に特別なことのように思えてきた。


「雨の日にね」 と、キリエが続ける。


「このテラスに座って農場を見ていると、水を待っていた作物達が喜びに打ち震えているのを感じるわ。スプリンクラーケーブルからの給水の時とは空気の震え方が違うの。あれは絶対に喜びの声だわ」


 降雨に対しては作物に必要不可欠な自然現象とは思いこそすれ、そういう見方をしたことは一度も無かった気がする。


「それにね、雨のベールで白く霞がかって覆われた農場は、まるでそう、水墨画の世界だわ。エミリンは水墨画って知ってる?」


突然キリエにそう尋ねられたが、エミリンその単語を知らなかった。


「水墨画はね、古代の絵画アートの技法なの。前遺跡時代のものよ。

色彩要素を一切使わずに、白から黒へのグラデーションと、白地に黒で輪郭を描く筆のタッチだけで、すべての風景を描くの。

似たようなモノクローム技法の絵なら現代でも描かれることがあるから、きっと美術館で見たことが有ると思うわ。

雨の日の農場の景色はね、まさに水墨画なのよ」


そう言いながらうっとりした表情を見せるキリエの背後から、不意に声が掛けられた。


「それは、なかなか面白い感覚ね。あなたは、ただ者じゃないと思うわ」


エミリンが慌ててそちらに顔を向けると、美しく精悍な顔つきをした人物がこちらを向いてにこやかに微笑みながら言った。

亜麻色の髪と濃いグリーンの瞳。

エミリンの位置からは、その人の座っている姿が真横から見えて、グラマラスな体つきがはっきりとわかる。


「失礼。あなたの詩的な表現が余りにも美しかったので。つい声が出たの」


キリエも彼女の方を向いて軽く会釈してみせる。

会釈するときに空いている方の手の指先で、エプロンの端を軽くつまむのがキリエの癖だ。


「こんな大きなセルの住人とは思えない程豊かな感性ね...いえ、これは掛け値無しに誉めてる言葉だから、どうか気を悪くしないで欲しいわ」


「悪く思うなんてとんでもありません。むしろ理解して頂けて光栄ですわ」


「良かった。私も雨の日は大好きだから...特に森の中や海岸線にいるときは尚更。きっとこの農場に降る雨も悪くない気がするわね」


「森や海岸に良く行かれるんですか?」 


思わずエミリンは、雨のことよりも、その単語に魅かれて尋ねていた。


『森』も『海岸』もシティの日常生活の中では滅多に耳にすることのない単語であり、さらに言うなら、普通の人々の意識にのぼること自体が滅多にない言葉だ。


「ええ、まぁ仕事と言って良いわね。ワイルドネーションの資源調査みたいな仕事をしているの」


「ステキ!」 エミリンは思わず叫んでいた。


「私はジャンヌ・ルース。あなたは農場の人?」


「はい。私はエミリン・シャウジャー。農場のマシンパイロットです」


「パイロットね、良い仕事だわ。ワイルドネーションに興味があるの?」


「ええ、大好きなんです。森とか海岸とか草原とか。明後日も友達と自然公園より南の海岸へピクニックに行く予定なんですよ」


「それは面白いわ。私が言うのもへんだけど少々変わった趣味ね」


「まぁ、確かに同じ趣味の人は少ないですね。でも禁止エリアの外に出たりはしませんよ?」


セルの郊外は、一般人の立ち入り禁止エリアで囲まれている。


自然保護と市民の安全確保の両面から、法的に立ち入り禁止エリアとされているけれど、たとえ禁止されていなくても、自分から訪れようとする人なんて、まず誰もいない。

農場や郊外を越え、その外郭に広がる広大な自然公園から、さらに向こう側の土地となると、ほとんどの人間にとっては実際に目にすることもなければ、興味を持つことさえない空間だ。


その先にどれほどの空隙が広がっているのか、それに思いを巡らす人は少ない。


存在はしているけれど、自分たちにとって意味は持たない地理的空隙であり、海の彼方の荒野、それが『ワイルドネーション』だった。


ジャンヌ・ルースと名乗ったこの人物は、落ち着いた物腰から判断すると、恐らくエミリンより十歳以上は年上だろう。

常に活動的な人間ならではのタフさとエネルギッシュな雰囲気を、体全体から発しているかのようだ。


だがそれよりも、エミリンの心に渦巻いているのは、『資源調査みたいな仕事』という彼女のプロファイルへの興味だった。


いったいどんな仕事なのだろう?

日常的にワイルドネーションを訪れているのだろうか?

だとしたらどういったエリアに良く行くのだろう?

そこでは一体、どんなことをしているのか?....


頭の中で急速に生じ始めた質問の渦があふれ出す前に、キリエが間を取った。


「ごめんなさいエミリン、あなたのオーダーを未だ聞いていなかったわ」


「ああ、そうね。そうよね。えっとランチの、お薦めがいいわ。そう、デザートの有る方で」


やっとのように、キリエに向けてその言葉を絞り出すと、再びジャンヌの方を見る。


「かしこまりました」 


キリエが一礼してテーブルから去ると、相変わらずニコニコ顔のジャンヌが口を開いた。


「どうしてワイルドネーションが好きなの?」


エミリンは固まった。

これまでにも色々な人から、この質問を良く浴びせられている。

ワイルドネーションに魅力があることを理解できない人に対しては、どんなに言葉を尽くして説明してもわかって貰えることはない。


だからエミリンにとっては答えようがない質問なのだが、単に『好きだから好き』などと言い放ってしまっては突き放しているようで角が立つ。

難しいシチュエーションだ。


だが次の瞬間、ジャンヌが続けたその言葉にエミリンは虚を突かれた。


「って、よく聞かれるでしょ? お友達から」 


思わず目を丸くしまったエミリンに向けて、笑顔のジャンヌが続ける。


「でも、聞かれても答えられないわよね。好きなものは好きなんだもの。どうして赤い色が好きなの?どうしてオニオンスープが好きなの?どうして彼女が好きなの? そういう質問とおんなじ。

ワイルドネーションをこの目で見るのが好き、私はそうだわ。あなたもそうじゃない?」


エミリンは、言葉にせずに強くうなずいた。


我が意を得たりとゆっくりとうなずいたジャンヌは、飲みかけのティーカップを手に取り、エミリンの方に体全体で向き直った。


「食事の邪魔をする気はないけれど...せっかく知り合ったのだし、そちらのテーブルに移っても構わない?」


「ええ、喜んで! 是非ワイルドネーションのお話が聞きたいです」


その後エミリンは、キリエが食事をサーブしてくれたことに礼を言うのも忘れるほど、ジャンヌの話に熱中し続けていた。


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