Sisters and M.A.L.E.s : [ シスターズ&メイルズ ]
@longbow
第一部:ファースト・クルーズ 〜 邂逅
PART-1:セルシティ
第一部 プロローグ:蟻
[ 第一部:ファースト・クルーズ 〜 邂逅 ]
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(プロローグ:蟻)
幼い女の子が、地面にしゃがみ込んでなにかをじっと見つめている。
夢中になっているのか微動だにしない。
その小さな顔の黒い目が見つめる先でうごめいているのは、無数のアリ達だった。
青い芝生の土にぽっこりと空いた小さな穴へ、途切れることなく行列が吸い込まれていく。
一匹一匹のアリは、何か小さなものを咥えていることが多かった。
中には、数匹で寄ってたかって自分たちよりも大きな虫の死骸を運んでくるグループもいる。
備蓄する食料を巣の中に運び込んでいるのだ。
その女の子は飽きもせずに、アリたちの行列が食料を運んでくる様子をずっと眺め続けていたが、ふいに後ろから呼ばれる声に気がついて振り向いた。
青い空を背景に、二人の女性が手を繋いでにこやかに立っている。
そちらに向かって駆けていった少女は、ぐいぐいと二人の真ん中に割って入り、両手を二人と繋いだ。
「なにを見ていたの、エミリン?」
片側の女性が、少女に穏やかな声で問いかける。
「アリの行列だよ。とっても面白いの!」
エミリンと呼ばれた少女は、にこやかな笑顔でそう答えた。
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オスを必要としない単為生殖の生物は沢山いる。
むしろ生物は、より繁栄する手段として、有性生殖という効率的に遺伝子をミックスしてバリエーションを豊富にする手段を発見した。
有性生殖は遺伝子プールの多様性を高め、変異の積み重ねによる進化を早めることができる。つまり、生物は有性生殖、もっと言えば『オス』という繁殖効率の向上に特化した存在を発明することによって、環境への劇的な適応力を手に入れたとも言えるだろう。
しかし自然界には、有性生殖を確立した後で、オスの存在を必要最低限に抑える方向へ進化した種も多く見つけることができる。
アリやハチ、シロアリを始めとする社会性昆虫はもちろんだし、小さな無脊椎動物では、オスメスがほぼ一体となって生活したり、オスが完全にメスの体内に吸収されて、精巣だけの存在になってしまうようなものもいる。
脊椎動物においても、チョウチンアンコウと呼ばれる深海魚では、大きなメスの体表にオスがくっついて、血液まで共有する状態になっていることは有名だ。
魚類では、必要なときだけメスがオスに性転換したり、あるいは同種のオスをまったく必要としない種類さえもいる。
後者であるギンブナの雌性発生の場合、精子は単に発生のトリガーとなるだけで別種の魚のものでもよく、生まれてくる子供はすべてメスのクローンである。
砂漠地帯に住むメス個体しか存在しないウィップテールリザードというトカゲの一種に至っては、メス同士の疑似交尾で繁殖している。
進化のある時点で、種の生存率を高める多様性を手に入れるために、オスという存在と有性生殖が必要になった。
だが、また有性生殖の必要がなくなれば、あるいは、それを超える手段が手に入れば、わざわざオスという存在を維持する必要はあるのだろうか?
その答えに繋がる様々な手法に対して、多彩な生物群がトライアルを続けている。
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現代社会において人類は、構成員の100パーセントが女性種である。
いつのまにか人間にとって他の人間を指し示す単語は『Her』であり、『He』というのはマシンを指す単語になっていた。
もちろん誰だって、過去の人類が性別を持っていたことくらい知っている。
他の動物たちと同じように『男性』という種が存在し、人間と、いやその時代の言葉で言えば『女性』と共生して子孫を残していたことも。
だが、それは遠い過去。
『人間』という単語が『女性』と同義語になり、人々がセルに別れて暮らすようになる前の、『都市遺跡時代』の出来事だ。
後期都市遺跡時代の終焉、『争乱期』と呼ばれた滅びの時代を経て、生き残ったわずかな人類は、まず無意味に増殖することを止めた。
資源の長期的利用と物資の生産率を最適化するために、人口を緻密にコントロールする道を選んだのだ。
さらに、遺伝子操作技術によって女性同士の間で子供を持てるようになり、しかも、あらかじめ女性のみが生まれるように遺伝情報を改変した上で、子孫を残せるようになった女性は、各自が自分の意思により女性を生むことを選択することで、徐々に女性だけで構成された種へと変貌していったとされている。
各地の『セル』と呼ばれる、都市と農場が組み合わされたユニットは、その地域の食料生産率やエネルギーの利用率、他のセルとの物流効率などをベースに許容人口が厳格に決められていて、平たく言えば『一人死んだら一人産むことができる』というのが、セルにおいて新しい子供が誕生する唯一のチャンスだ。
人口の変動は、事故や病死、老衰などによる誰かの死と誕生のタイムラグから生じる揺らぎの範囲に納まっており、その折れ線グラフはあくまでも、どこまでも、水平な線を描き続けるはずのものだった。
もちろん、土地に余剰が有る限り、セルを増やせば全体の人口を増やすことは可能なのだが、人口が増えればこの星全体の天然資源の消費は早くならざるを得ない。
そして『資源の枯渇こそ人間同士の争いの元凶』だと言える以上、できる限り再生産が可能な資源を活用し、使えばなくなる物はできる限り長持ちさせるようにする、というのが女性種のみの構成になってからの、人間社会の基本的ポリシーとなっていた。
中央政府の試算では、現状のセル規模を維持し続ける限り、天然資源の枯渇が問題になるのは約八百年後で、それまでには現在とまったく異なるテクノロジーによる社会維持システムや、月及び小惑星帯の資源開拓が行われているだろう、という予測だった。
その頃には、もはやセルそのものが宇宙空間に移設されている可能性もある。
人類が一億人もいれば、その程度の科学技術の発達は十分に期待していいだろう。
各セルは高度な自治を認められていると同時に、セル間のコミュニケーションは倫理的な理由で著しく制限されている。
まずは、大出力の電磁波やレーザーリンクを利用した通信機器は、鳥などの野生生物に多大な悪影響を与えるという理由が一つ。
もう一つは、各セルの文化や自治スタイルのユニークさを保つには、むしろ密接すぎるコミュニケーションは双方の社会にフラット化・均質化をもたらしてしまい、悪影響になるという考え方だった。
したがって、通信装置を使ったコミュニケーションは基本的にセル内だけのもので、外のセルとのやりとりは、記録メディアを定期的な資源輸送の船に積んで送り合う形となっている。
そうした政治的方針から、かなりのエリアは公式には無人の原野『ワイルドネーション』とされ、人間の住むセルは島嶼部に限定された。
中央政府は、地震や火山の噴火など大規模な天変地異による理由を除いて、環境破壊を伴うセルの移設や拡張を認めないし、現在では無人の場所に新たなセルを作ることが認められることも、ほぼ無かった。
いま、人類の住むセルは、北緯十度から北緯二十三度の北回帰線の間に浮かぶ島々にのみ存在する。
総人口は約一億人の女性。
それがセル市民の知っている人間社会のすべてだった。
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