PART-3:メイル

森林地帯


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 PART-3:メイル

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(エリア5114・森林)


アクラは暗闇の中で息を潜めていた。


敵の数は六機。

機体データから見ても『人類』の所有するドローンであることはもう間違いない。


空間ノイズや諸々のスキャナー情報から得たドローンの推定サイズは、全幅152センチメートル・プラスマイナス1パーセント。

つまり、きっかり5フィートだ。

全長はちょっと短くて122センチメートルで、こちらは4フィートちょうど。


その構造が『ヤード・ポンド法』を基準単位にしているマシンは、人類のもの以外に考えられない。


アクラは『M.A.L.E.』だ。


M.A.L.E. ー その意味は知らない。

誰かが自分たちをそう名付けたのか、あるいは自分たちの祖先自身が自らそう名乗りだしたのか、いまとなっては誰にもわからない。

そしてそんなこともどうでもいい。

状況に打ち勝つ。

そして生き延びる。


アクラの現在の目標はそれだけだ。


生き延びなければミッションは遂行できない。

自分には、なにか重要なミッションがあったはずだ。

自己分析によると、どうやらアクラは他のメイル達と違って、相互破壊に繋がる行動に自分を追い立てる衝動が弱いようだった。


だが、他者を破壊したい欲求がないからと言って、自分を破壊されても気にしないというわけにはいかない。自分自身だけは、なんとしても守り抜かなければ。


アクラは先刻、自分の守備エリアの哨戒行動中にドローンの接近を感知した。


過去にも、かなり南の方へ旅をしていたときに人類のドローンに遭遇したことは何度かあったが、そのときのドローンとはノイズのパターンが違っている。

おそらくマシンのタイプが違うのだろう。


哨戒行動を効率化するにはドローンを飛ばすのは良い方法だが、いかんせんドローンには頻繁な補給が必要だ。つまり、もしも遠くからこっそり窺っているものがいたとすれば、ドローンの帰着位置を探ることで、逆に本隊の位置を悟られてしまう。

遠くまで見ようと立ち上がれば、同時に遠くからでも見える姿を周囲に晒すことになるのは当たり前だ。


これまでに遭遇した限りでは、人間達の操るドローンは知性回路を搭載しておらず、最低限の自律行動しかできないように思われる。

人類達が必要な技術力は持っていると思われるのに、なぜ兵器に知性回路を搭載していないのか、アクラには不思議で仕方が無かったが、それはいまのところどうでも良い。


自分にとって状況が有利であるならば、ただそれを利用するだけだったし、なんであれ、初めて出会った敵を撃退できるという根拠はないのだから、用心して掛かるべきだろう。


六機のドローンは一つの群れとしてコントロールされている。

アクラは空間ノイズのデータをそう理解した。

過去の経験からすると、人間達はどこかかなり離れた場所、それもおそらくは海岸付近からリンクしてドローンをコントロールしているはずだ。


人間に破壊されたメイルが多数いることはアクラも理解しているし、以前に遭遇したことのあるドローンに関しては、いくつかの状況分析から武装と戦術についての推測もできているので、自分が攻撃を加えれば二桁程度のドローンは瞬時に撃墜できるだろうとも思える。


だが、その行動は人間達に対して、このエリアに重要な物があるかも知れないというヒントを与えてしまうし、このドローンの性能も未知だ。


攻撃すべきかどうか悩ましい。


アクラの体表を覆うステルス装甲は、ほとんどの電磁波を吸収する。

もしもその状態を人間の視覚レンジで見たならば、アクラのシルエットはすべての光を飲み込んだ漆黒に映ることだろう。


ただ、完全に電磁波を吸収してしまうと、それはそれで空間に穴が空いたようなことになってしまう。

だからアクラの戦闘コ・プロセッサーは周囲の幅広い電磁ノイズ反射率を解析して、ナノストラクチャー製のステルス装甲版の表面をリアルタイムに操作し、その反射率に揺らぎを作り出していた。


マイクロカプセル化した上で表面に塗布されたナノストラクチャーのマテリアルは、それぞれが、ごく小さなマイクロレンズでもあると同時に発信素子としても機能する。


森林の中に身を潜めているいまのアクラは、人間の視覚レンジで見るならば、周囲の木々と同じように、様々な緑色と少しの茶色が混じり合ったモザイクの様に見えることだろう。

つまり、背景の景色をボディ表面に投影していることに近い。

それは赤外線や紫外線で見ても変わらないし、様々な波長のレーダー波を当てても同じことだ。


こうした基本動作については、コ・プロセッサーが自動的にやってくれるので、アクラ自身が気を揉む必要はなかった。


アクラは空間ノイズを元にドローンの動きを解析した。


有機的で滑らかな動きを見せながら、六機はフォーメーションの輪郭をアメーバのように常に変え続けながら飛んでいる。

この動きの滑らかさには、以前に遭遇したドローン達とはかなり違う雰囲気を感じた。

ドローン自体の性能も違うのだろうが、おそらくパイロットの腕がいいのだ。


搭載された武装にもよるが、戦闘になれば手強い可能性もあるし、位置によっては六機をまとめてミリ秒単位で破壊するのは難しいかも知れない。

だが瞬時に全機撃墜ができなければ、こちらの射撃位置を逆探知してドローンをコントロールしている本隊に送信されてしまう可能性が出る。


ジャミングで追い返すのは論外だ。

それこそ、付近に何かがあると人間に知らせるだけのことになる。

位置さえ捕まれなければ、第二波のドローンを送り込んでくる前にこのエリアから姿を消せるだろうが、いったん潜伏位置が捕まれてしまうと隠密移動は厳しい。


必ず追撃されてしまうだろうし、それは困る。

あえて勝負に出るか、このままここで息を潜めてやり過ごすか。


アクラはどちらかと言うと、戦闘せずにやり過ごせるのならば、そちらを取るタイプだ。


なぜ自分の戦闘衝動が他のメイルに較べて相対的に低いらしいのか、その理由は自分自身にもわからない。

過去に他のメイルや人間を先に見つけたときも、自分から先制攻撃を仕掛けたことは無かった。

先手必勝であることは十分に理解しているのだが、他者の存在を見ても破壊したいという衝動が湧いてきたりはしない。


それでも、そのせいで他のメイルの攻撃に遅れを取ったことはこれまで一度もないし、_だからこそいまも生きているわけだが_ 過去に人間そのものを探知したときも十分な距離があったので観察するだけで放置していた。


だが、あのドローン達は明らかに何かを探しているし、その探査範囲は着実に狭まってきているように思える。

探している対象が自分かどうかはわからないが、例え偶然や巻き添えであったとしても、発見されれば何らかのアクションを取ってくるだろう。


それにドローンのオペレーションが優秀と言うことは、そのパイロットの探査能力も優秀だと考えるべきだろう。


捜索が長引くほど対象エリアは狭まり、こちらが発見される可能性は飛躍的に高まっていく。

潜伏エリアがギリギリまで狭められてしまったり、あるいは先に発見されてしまったりすると、それからドローンを撃墜しても、自分がいる可能性のある場所を敵の本隊に容易に確定されてしまう。


そう考えると、まったく気は進まないが、可能な限り速やかにドローンを全機撃墜し、その返す刀でドローンをコントロールしている本隊がいるであろう推定位置に、破砕弾頭を誘導して投射する。


敵の本隊位置の推定を誤ればこちらの死だろうが、左右の丘陵を挟んだ電波のエコーから求めたアクラの計算では、敵は十分に射程内の湾内に停泊しているはずだった。

湾と岬の形状は正確に解っているので推定位置にもそうズレはないはずだし、途中に誘導の障害になるようなものもない。


これならやれる。アクラはそう決心した。


背中に抱えた有線誘導弾ランチャーのセイフティを解除し、じっとタイミングを待った。

射撃のために誘導弾を納めたポッドのハッチを開けばドローンに感知される可能性があるから、頭部の速射レーザー砲でドローンを撃ち落とす動作と、ポッドのステルス装甲ハッチを一部開いて有線誘導弾を打ち出す動作は、ほぼ同時に行わなければならない。


自分の攻撃予備動作を最低限にするためには、ドローン群の予測軌道が敵本隊への火線とできるだけ重なるタイミングを待つほうがいい。


アクラは動きを止めたまま最適な射撃タイミングの訪れを待って、じっと沿岸部を見つめた。


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(エリア5114・湾内)


「ねぇ、ジャンヌ、ここに本当にいるのかなぁ? あれから全然反応ないよ」

「さあ?」

「さあって...」


「だって、絶対にいると解ってたら地味に探す必要はないでしょ? いるかいないかはっきりしないから探索してるんだもの」


「それはそうだけど...」

エミリンは口をつぐんで、再度ドローンのコントロールに集中した。


それほど広いエリアじゃないと思って、一編成分のドローンしか出さなかったのが失敗だったかなぁ? とも思ったが、いまさらそんなことを後悔しても仕方がない。

ここは、セルへの帰路の気まぐれというか、いつか良い停泊地に使えそうな環境だったので、地形の確認と退屈しのぎの気晴らしも兼ねて立ち寄ったような場所だった。


だから、メイルがいてもいなくても、サクッと探してサクッと終了だと思っていたのだが、ジャンヌにはどうも、このエリア5114での微妙な反応に関して気になることがあるようだ。

先刻からスキャン方法を変えながら何度も探す羽目になっている。


エミリンがジャンヌと航海を共にするようになってから、もうかれこれ一年あまりが過ぎようとしている。


メイルとの戦闘もすでに二回経験した。


ドローンやスレイプニルの操縦もすっかり手慣れて、調査用マシン類のオペレーションに関してはジャンヌも一目おく腕前に成長していたし、特に複数のドローンを一つの群として制御するグループコントロールは、農場でやり慣れていただけあって、得意中の得意だ。


それにしても、こんな大きなクルーザーに、人間はジャンヌとエミリンの二人だけで一年を過ごしてきた。

エミリンは出会いの最初から年上のジャンヌが憧れの的だったから、二人だけって言うのも大歓迎だったが、それでも長期間、セルを離れて人っ子一人いないワイルドネーションズ沿岸への航海に出ていると、退屈することはある。


そのまま黙ってドローンでの探査に没頭していたエミリンに、ふいにジャンヌが声を掛けてきた。


「ま、もう十分かもね。もともと強い目的が有ったわけでもないし....撤収しましょうエミリン。ダーウィンシティに向かうわ」


「アイマム!」

そのジャンヌの言葉に、エミリンはつい表情を緩ませる。

エミリンの影響なのか、最近はジャンヌの話し方も随分と柔らかくなった。


ほとんど探査局の本部オフィスに戻ることもなく、ごくまれに、どこかのセルに立ち寄って休養または補給を受けているとき以外は、日々をスレイプニルの上で暮らしているのだから、この船が事実上の支局オフィスであり、二人にとっての我が家であることに間違いはないのだが、それでもホームの港に戻るとなると嬉しい物だ。


それにダーウィンシティには素敵なレストランも山ほどある。

エミリンは喜んで、てきぱきとした動作でコンソールを操作した。


「うん。ドローンAチーム撤収開始。全機損失および損傷無し。自動帰還コース設定完了。約十三分後に編隊帰着予定、収容後すみやかに当海域を離脱します」


これでドローン達は放っておいても勝手にクルーザーまでプログラムされたコースと条件に従って戻ってくるし、甲板上のハンガーへの収納も自動で行われる。


「じゃあ目標海域エリア0024FBに向けて第二船速で巡行コースを設定してちょうだい。発進予定時刻は少し余裕を見て十六時五十分予定にしておきましょう」


「アイマム。目標海域エリア、ゼロゼロトゥーフォー・フォックスブラボー。ETD・ワンシックスファイブゼロ、スタンドバイ」 


エミリンはジャンヌの指示を復唱し、同時に軽やかなタッチで航法コンピュータに諸元を入力していく。

第二船速は戦闘速度ほどではないが、普通の第一巡航速度、つまり経済速度からすると、かなり足早に駆けていく感じだ。


ダーゥインシティの本部で受けたマシンオペレーターとしての研修には、もともとエミリンが受けていた農場パイロットの研修から見て延長上にあるような内容も多かったから、エミリンはそういった諸々を違和感なく、すぐに飲み込んでいった。


現場に出て一年が経ったいまでは、陸地の探索中はジャンヌがコマンダーでエミリンはドローンや各種マシンのパイロット。

航海するときはジャンヌがキャプテンでエミリンはクォーターマスター(操舵手)だ。


 クルーザーの操船を覚えてからのエミリンは、いつも可能な限りスレイプニルを手動で動かそうとする。

必要だからでは無く、単にそれが楽しいからだ。

いまではジャンヌもすっかりそれに慣れて、スレイプニルにコマンドを出すよりもエミリンに指示を出す方が当たり前になっていた。


そうこうしている間にドローンの編隊が帰還してくる。


甲板上に持ち上げられたレールの所定位置に次々とドローン達が着地し、まるで行儀よく木の枝にとまった鳥の群れのように六機が一列に並んだ。

六機の止まり木となったレールは、ドローン達を乗せてそのままハンガー(格納庫)に引き込まれていく。


湾内は穏やかで、夕暮れ時にありがちな陸地から吹き下ろしてくる強い風もなく、ドローンの収納はスムーズにいった。

ドローン達は燃料以外は何一つ消耗していないし、目標海域に着くまでは次の出番もないから、収容後の自動メンテナンスに問題がないかどうかの確認は明日の朝にでもゆっくりやれば良い。


「ジャンヌ、ドローン全機の収容を確認、固定完了しました。ハンガードアをロック、ドローン回収シークエンス完了」


「オーケー、エミリン。出航シークエンスDで機関始動」


「出航シークエンス・デルタ、機関始動アイ。操舵システムエンゲージ、アンカー収納開始。つづいて動力路システムエンゲージ...機関および全システムオールグリーン」


全長300フィートを超えるスレイプニルの巨体がかすかに身震いし、機関の始動をつげる。

さすがにエンジンルームの振動は操舵室まで上がってこないが、船体を伝わってくるわずかなノイズが、ディスプレイの表示と実際の状態が一致していることを教えてくれる。


エミリンを初めて乗せてくれたとき、ジャンヌはまるで農場の巡回管理車でも動かすように、リラックスした振る舞いでこのスレイプニルを操っていたけれど、巨大な物体を動かすというのは、本当は、ただそれだけでも繊細な手順が必要なことなのだ。

それに、たとえどんなに優美な外観を持っていても、やはりスレイプニルは貨物船というよりも戦闘艦なのだとエミリンは感じている。


考えてみれば、戦闘という概念自体がマッケイシティの暮らしでは決して持つことのなかったものだ。たぶん世界中どこのセルに暮らしていたとしても、その点については変わりないように思える。


資源探査局だけが、点在するセルの中で完結している人間社会から滲み出た、異能の組織なのだから。


「全艦異常なし、現在の進路上に障害は認められず。アンカー収納を確認。管制システムオールグリーン、スレイプニル発進準備よし」


口頭で動作を確認しながら、エミリンの指が滑らかにコンソールの上を滑っていく。


「了解。スレイプニル発進、両舷微速」 ジャンヌが指示を出した。


二人きりではあるけれど、操艦指示を出すときのジャンヌの声にはキャプテンらしい威厳があるし、エミリンはそれも大好きだった。

ジャンヌの指示に従い、操舵手として正確にスレイプニルを動かすことには、本当に言葉で説明しにくい満足感がある。


「両舷微速アイ、スレイプニル発進します。機関出力は毎分15パーセント上昇に設定」 

そう言ってエミリンはメインスロットルをゆっくりと動力路結合位置まで倒す。


すでに停泊前に回頭してあるので、外洋に出るには、このまま真っ直ぐ湾から出て行くだけで良い。

漂流物や水中の見えない障害物への衝突防止を始めとする自動警戒システムはいつでも作動しているけれど、それでも湾内を出て水深の深いエリアに到達するまでは手動で操舵した方が、気持ちの問題としてエミリンには安心できる。


エミリンはクルーザーのステアリングを握ったまま、レーダーやソナーを始めとする各種スキャナーの情報と目視で航路の安全を確認する。

水上でも水中でも、船の周りには様々な波長の電子ビームと超音波ソナーの幕が張られ、障害になるものが近づいて来ないかを常に見張っていた。


少しでも異常が感じられたら各種のスキャナーが作動してその正体を正確に確認するし、もちろん自動回避システムもある。

航路さえ設定しておけば、手放し運転だってダーゥインシティまで無事に戻るだろう。


スレイプニルが湾内の静かな水面をかき分けて進み始めた。

スピードが徐々に増加していくのに合わせて、船首が立てるさざ波も段々と大きくなり、やがて船の両脇に白く長い斜線を描き出していく。


無事に湾外に出てしばらくしてから、エミリンはスレイプニルのスピードを巡航速度まで上げた。

風の無い周囲の海は、入射角の浅い夕日を受けて一面にキラキラと細かく輝き、スレイプニルの描き出す僅かな波頭も、ほんのりとピンクに染まっている。

ソナーからの信号が描く深度が急速に深まり、ここがすでに沖合と呼べる位置になっていることを示す。


それを見ていたジャンヌが軽く背伸びをしながらエミリンに言う。


「自動航行システムの巡航諸元は、最初の設定をそのまま維持でお願いね」 


このジャンヌの指示は、『もうこのあたりで手放し操縦にしちゃいなさい』っていう意味だ。

手動操縦はエミリンの趣味と言っても良いので、食事の時間を遅らせてまでスレイプニルの面倒を見続ける必要はない。


「アイマム、自動航行システムエンゲージ。目標海域エリア、ゼロゼロトゥーフォー・フォックスブラボー。第二巡航速度で設定巡航コースをトレース開始...全システム良好...現時刻をもってスレイプニルは哨戒レベル3で自律巡航モードに入りました」


「じゃぁ食事にしましょう。パイロットさん」 

ジャンヌが笑いながらエミリンの肩を優しく叩く。


無人になった操舵室では、意思を持たないスレイプニルの操舵プログラムが、淡々と航行状況をディスプレイに表示し続けている。


所詮、夜の海では人間の視力を幾つ集めてもスレイプニルのセンサーには敵わないのだし、シルクのようにスムーズな今夜の海で、ジャンヌとエミリンに求められる意思決定は、そう多くは無かった。


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(エリア5114・森林)


アクラは、レーザー砲の発射直前に異変を感じた。


ドローンの動きに同一のベクトルで急激な加速度が加わっている。

つまり、直前までの予測コースではない方向に編隊全機が一斉に向きを変えたと言うことで、もしも戦闘機動に入ったのなら各ドローンは防衛のためにバラバラの方向に動くだろうからこうはならない。


どうやらご帰還だ。


アクラは心の中でほっとため息らしきものをつき、それでも警戒態勢を解かずに注意深くドローンの動きを見守った。

ドローンの編隊は、ほぼ正確にアクラが予想した本隊の停泊位置へと帰還していく。


もちろん、ドローンは真っ直ぐ船に向かったりはせず、ブーメランのように途中でコースを変えて帰還方向を誤魔化しながら飛んではいたが、この程度の投げやりな制御ではアクラの目は誤魔化せない。


六機の位置関係も、先ほどまでの有機的でなめらかな動きではなく、単に三機ずつで作った三角形が逆向きに二つ重なって、その三角形のサイズとずらし方を少し変えながら飛んでいるだけのように見える。

どうやらドローンのパイロットは完全に戦闘意欲を失っているようだった。あるいは何かの事情で急いでいるのかもしれない。


やがてドローンが完全に空間ノイズレーダーから姿を消した後に、その推定消失エリアから別の機関音とエネルギー反応が高まったことをセンサー類が探知した。


それは、ゆっくりと湾内から外洋へと向かっている。


念のためアクラは有線誘導弾の目標諸元をその存在に合わせたまま見守り続けたが、やがて何ごともなくその存在は外洋へと消えていった。


結局、森林地帯の窪地に身を潜めたままのアクラは、一度も敵本隊の姿を光学的に確認することなく戦闘体制を解いたのだが、なぜか妙に疲労感を感じる潜伏時間だった。


しばらくしてアクラは、自分の全兵装を通常の哨戒モードに戻してエネルギーを節約することにした。

経験上、敵が人間ではなく他のメイルなら、ここまで電磁波ステルスに精細度を求める必要もないし、むしろ探知に注力した方が得策だ。


窪地の底でゆっくりと姿勢を変えているアクラの黒い巨体は、もしも人間が見たら、『ほ乳類型のマシン』と表現したかも知れない。

足が六本であることは他のメイルと同じだが、そのシルエットは昆虫ではなく、あくまで脊椎動物のそれに近かった。


頭は前端に向けて細く尖っていて、通常の動物で言えば肩に相当するあたりからまっすぐ突き出ている。

尻尾はなく、全身をくまなく六角形の鱗のようなパネルに覆われたその姿は絶滅した太古の獣か、幻想物語に登場する、鎧をつけた空想上の生き物のようにも見えた。


第一列の脚は少し細めで、何かを掴みかけているように半ば空中に持ち上げられているが、二列目の脚は、ネコ科動物の脚のように、少し前向きのくの字に折れた状態で力強く地面を押さえている。

だが三列目の後ろ脚の関節構造だけを見れば、ネコや犬というよりも恐竜の脚のようだ。


それでも、異形な姿の中にほ乳類の雰囲気を感じさせるのは、ボディ全体を包む柔らかな曲線と、そのなめらかな動きのせいだろう。

前半部にある二つの肩は大きく盛り上がり、少し下がった背中へとなだらかに接合していく。そしてボディ後半の第三脚の付け根で再び盛り上がり、そこからボディの後端に回り込むVの字型のラインを描いていた。


そのデザインは、内部の機構がどうあれ、見るものに骨格と筋肉と皮膚の存在を連想させるものだった。それだけでも、通常型のメイルが節足動物的に見えることと大きく違っている。


アクラ自身も知らなかったが、アクラと同じタイプのメイルに出会った人間は未だ誰もいなかったのだ。


いや、人間だけでなくメイル同士の間でさえ、これまでにアクラと偶然衝突し、攻撃を仕掛けてきて逆にアクラに撃破された、すでにこの世にいないメイル達以外は、まだ誰もアクラと同型のメイルを見たことは無かった。


アクラはそんなことは知らないし、自分の出自さえ、記憶や記録と言うよりも、どうにもぼんやりとしたビジュアルに過ぎない。

はっきりと解っているのは、自分が、自分を守らなければならないこと。

そして常に考えなければいけないのは、そのための最善の行動は、次にどうするべきか?と言う、意思決定を行うことだった。


立ち上がったアクラは体をひねらせるように持ち上げて、ギザついた岩に縁取られた窪地の縁を軽々と越え、木立の中へ入った。

ステルスモードは単純に全周波数の電磁波を吸収するだけの真っ黒な姿だが、すでに日も陰り始めているから気にならない。


いまは...とりあえず巣穴に戻って、装備の改善を検討しよう。

そう決めて、アクラはゆっくりと歩き出した。


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(航路・スレイプニル)


エミリンがのどの渇きで目を覚ましたとき、スレイプニルは深夜の洋上をなめらかに疾走している最中だった。


半分寝ぼけたまま、ゆっくりと体をずらしてベッドの端へ移る。

船内の自動工作機械で作成したお手製のベッドで、戦闘艦の船室には似つかわしくないゴージャスさを醸し出している。


船内の家具やちょっとした小物類も、この一年の間に二人で作り直したものが多いから、エミリンの好みも反映されて、これまた戦闘艦には相応しくない可愛い少女趣味があちらこちらに発散されていると言えなくもない。

だが、サブの統合戦術ディスプレイの枠がピンクに縁取られていても、特に悪い理由はないはずだ。


時計を見ると、まだ午前三時。エミリンはけだるい様子でベッドから降り立ち、シルクのガウンを羽織ってギャレーへ行った。

巨大な冷蔵庫から氷とアイスティーを出してグラスに注ぐ。


のどの渇きを癒した後はそのままベッドに戻ってもう一眠りしても良かったのだが、特になんということもなく、二杯目を注いだアイスティーのグラスを持ったままキッチンユニットの間を抜けて甲板に向かった。


綺麗な夜だった。


満月に5パーセント欠ける程度の大きな月が照らす明るい洋上には風もなく、外洋としては波も静かな方だ。その穏やかな海面をスレイプニルは静かに、そして滑るように駆け抜けていく。寒くはない。


ジャンヌに招待されて初めてスレイプニルに乗ったときは、この巨大クルーザーがどういう存在か、何のために作られた船なのかは知りもしなかった。

なんとなく、ワイルドネーションに出かけるには、こういう大きな船で近くのセルまで向かうのかなぁと思っていたぐらいだ。


当時は、自分たちの住んでいる世界がどうなっているのか何も知らない、いや、特に考えたことさえもない子供だった。


だが、当時のエミリンが何も知らず、何も気にしていなかったと言うことは、それだけ中央政府と資源探査局の活動が順調だったと言うことだ。


それは、世界が平和なままである証拠だと言ってもいい。


だからエミリンは、ジャンヌと一緒に海に出てから知った多くのことを、昔の友達_例えばジェインやエスラ達_には、ずっと知らないままでいて欲しいと思ったし、もしもマッケイシティに立ち寄ることがあって旧友と再会しても、自分のやっていることの本当の中身は言わないつもりでいた。


いまでも自分が子供っぽいことにそう変わりはないとも思う。

ジャンヌは思っていたほど年上ではなくて、実際は十歳差だった。


実は初対面のときには優に十数歳は年上だと思っていた、ということを白状したときは、笑いながら睨まれた上に軽く頭を小突かれたが、それはジャンヌが老けて見えたと言うことではなく、年齢の割には恐ろしく落ち着いて経験豊かな人物に見えたからだ。


そして、実際にそうでもあった。

エミリンと会う遥か以前から、すでにジャンヌはありえないほど劇的で多彩な経験を積み、成果を上げていた。

この若さでスレイプニルを与えられ、独自のプランで探査計画を進められるポジションにいるのは伊達ではない。


自分もいまは資源探査局の正職員として、そのジャンヌの補佐官になり、大陸沿岸部を旅することに日々の多くを費やしているけれども、ジャンヌの指示無しで自分が何か意味のある行動をできるとは、まだとても思えない。

いやむしろ、果たしてそんな日が来るのだろうかとさえ思う。


いま自分が何をしているのか?


尊敬するジャンヌと一緒にいる。

巨大なクルーザーに乗って沿岸部を旅している。

所々で、地下に埋蔵されている鉱物資源や都市遺跡の調査をする。


スレイプニルやマシン達のオペレーションも自分に向いている仕事だと思えるし、ジャンヌの指示を受けて、それを的確にこなしていくという役目を果たすことには、深い満足感がある。


セルに住んでいたときには想像することさえ無かったことなのに、メイルとの戦闘行為でさえも、特になんという衝撃は無かった。


そして、あの都市遺跡で見つけた手記を読んで以来、急に気になるようになった『男性種』という過去の存在。

自分がもしも男性だったら、メイルを排除する戦闘行為に喜びや高揚感のようなものを感じ取っていたのではないかという気もする。


これまでに沿岸部で遭遇したメイルを二回撃破したけれど、ドローンとスレイプニルの兵装システムを通じた交戦には、勝利の喜びも、それどころか破壊行為のむなしささえも感じなかった。


自分にとって戦闘の後で得た満足感は、『ジャンヌに褒められた』ということがもたらした物であって、メイルを打ち負かしたこと自体からくるものではなかったと感じている。


私は、どこか壊れているんだろうか?


でも、とエミリンは思い直す。

もし自分が壊れているとしたら...自分を認めてくれた、そしてセルの閉じた世界から連れ出してくれたジャンヌも壊れているということになってしまうのだろうか?


そうは思いたくない。


これまでジャンヌのことで嫌だと思ったことなんか一つもないし、ジャンヌは自分のことを必要な存在だと言ってくれる。

そしてジャンヌに誉められたらすごく嬉しい。


少し体が冷えてきたみたいだ。


エミリンは、結局口を付けないまま手に持っていたアイスティーの中身を海に捨てると、空のグラスだけを持って船内に戻っていった。


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