夜戦


(都市遺跡・メイル襲来)


ドローンが送ってきたシグナルによって、CICに警報が鳴り響いたのは、エミリンがぐっすりと眠りについていた午前二時頃だった。


スレイプニルで航海に出て以来、すっかり鍛えられたエミリンは、最初の警報のトーンが終わらないうちに目を開けて、ベッドから半身を起こしていた。


「スレイプニル、状況を!」


船に指示を出すと同時に体を捻ってベッドから降り立ち、部屋の一角に表示された戦術ディスプレイからのサマリーを確認する。


「アンノウン探知・八時の方向・距離4マイル・コースゼロ・時速10マイルで接近中・本船との推定接触時刻は二十四分後」 


スレイプニルの戦術コンピュータが淡々とした声で報告を告げる。


メイルは足があまり速くないのが、人類にとって助かるところだ。

もちろん生身の人間が徒歩で逃げ切るのは難しいが、ATVやMAVなら地面の状況次第で楽に引き離すことができるし、戦闘でも追撃でもドローンの速度とは比較にならない。


スレイプニルから見て八時の方向と言うことは、内陸からの来訪者だ。

そしてコースゼロで接近中ということは、現在位置からまっすぐにスレイプニルに向かってくると言うことを意味している。


もちろんただの偶然かもしれないが、まず、そうではないと考えるべきだろう。

ジャンヌを起こすのは気が進まないが、もしものことを考えると、そんなことを言っている場合ではなかった。


「ジャンヌ、起きて! スレイプニルへの接近反応があるの」


「大丈夫、見てるわよ。アラートが出たからMAVのディスプレイに戦術コンピュータの表示をリンクさせたわ」


「メイルかしら?」


「たぶんね。かなり離れた場所で探知したみたいだけど、ドローンがもう少し近づけばわかるわ」


「うん。十分以内に哨戒ドローンがアンノウンの予定コースに交差できると思う。それにしても、こんな遠距離で探知したなんて、隠れるとかこっそり近づくなんて気はないみたい。ていうか時速10マイルで接近してるって、一直線に全力で向かってくる感じよね?」


「偶然じゃないわね、目的と意思を感じる速度だわ。私たちも長くここに停泊してるし、見通しの良い高台とかからスレイプニルを探知して、自分の縄張りから排除するつもりで向かってきてるんでしょう」


「そうよね...。ジャンヌ、これからMAVをスレイプニルに収容する!」


「だめよエミリン。私はいま念のために隔離観察中なのよ?」


「だって...」


「大丈夫よ。メイルの相手はあなたに任せるわ。この前もできたでしょ? エミリンなら一人でも大丈夫」


「・・・・」 


ジャンヌに期待されるのは嬉しいが、エミリンは少し心配だ。万が一にでも自分が失敗したらジャンヌが危険にさらされるかもしれない。


「心配してくれてありがとう。じゃあ、こうしましょう。私は一応MAVを水面に出してスレイプニルの向こう側に回るわ。今夜は海も荒れてないし、動力を止めて浮かんでいても問題はないでしょう。

仮にメイルが船に近づくことがあっても、スレイプニルの陰にいれば危険はないわ。それでいい?」


だったらウェルドックにMAVを入れて、そのまま船内に出なければ同じなようにも思えたが、ジャンヌがあえてそう言わないのは、なにか考えるところがあるからだろうとエミリンは察した。


「うん。じゃあジャンヌは船の陰に隠れててね。あと、音声は絶対に活かしたままにしておいて」


「はいはい。頼んだわよエミリン」


エミリンはパジャマのままCICに入った。


戦術ディスプレイには、最初に探知した場所から現時点までの『アンノウン』の軌跡が表示されている。


速度も方向もほとんど変化無し、細かな障害物を避ける以外は、まっすぐスレイプニルに向かってきている。

いやむしろ、障害物に当たってもそこで方向転換せずに、回避してからコースを戻しているのだから、これは目的地がスレイプニルのいる場所にあるという以外の何物でもない。


エミリンはメイルの探査に関しては何度も繰り返し経験を積んだし、実際にメイルを発見して戦闘になったことも一度ある。だが、向こうから人類にまっすぐ向かってくる、という状況はまだ未経験だった。


つい『本当に偶然じゃないのかな?』とまたしても心に浮かぶが、そういう風に考えるべきではない、ということも理解している。

恐らく縄張りに入ってきた人類を追い出す気満々で向かってきているのだろう。


敵を発見したメイルの行動に「戦闘を避ける」という選択肢はないはずだ。


ただ、いまのエミリンにとっては、「戦闘するか、しないか」という判断をしなくて済むのが幸いかもしれない。

ジャンヌにあの手記を読み聞かせて貰った後では、かつての人類が恐ろしいほど好戦的な種族だったことを薄々と感じているし、もしも、目の前の相手と戦うべきか戦わざるべきかを自分自身で判断しなければならないとすれば、自分がそういう種族の血を引いていると言うことを、否応なしに考えずにはいられなかっただろう。


その時、CICに耳障りな警告音が鳴り響き、戦術ディスプレイに浮かぶ接近対象の表示が『アンノウン』から『エネミー(敵)』に変わった。


敵、すなわちメイル。


前回この音を聞いたのは、ここよりもっと南のジャングルだった。

そのときの、エミリンにとって初めての戦闘では、ジャンヌの指示に従ってドローンを操作するだけで、いとも容易にメイルを撃破することができた。


今回は、自分の判断で戦闘を進めなければならない。

ジャンヌは、あえて自分は口を出さずにエミリンに任せようとしている。

きっと検疫云々は本当は関係なく、エミリンに緊張感を持たせて実戦経験をさせるのが目的なのだ。

MAVを収容してない以上は、スレイプニル自身をこの場所から動かすという選択肢もない。


エミリン自身にもそれがわかっているが故に、ある種のプレッシャーでもあった。


エミリンは、素早く現状を頭の中で整理する。

天候は良くも悪くもなく、低く雲が垂れ込めているが風はない。


戦闘中に雨が降り出したり、積乱雲などからの電磁ノイズが激しくなる可能性もないとは言えないが、こればかりは予想のしようがなかった。

セル周辺と違って、大陸沿岸の天気予報などスレイプニルの航法コンピュータにとっても予測不能に近い。なにしろ予測しようにも基礎となるデータがないのだから。


メイルを探知したドローンは哨戒行動中だったBチーム。

陸側半径5マイルを哨戒エリアに設定していたので、最初にアンノウンを探知したのは哨戒エリアの外縁から1マイルほど侵入されたところだ。


Aチームは外縁部を通り過ぎ、海岸で折り返してエリアの内側をスキャンする予備動作に移ったところだった。

その時点で外縁部の反対側に来ていたBチームは即座にコースを変更してアンノウンとの交差進路に向かったので、いま時点では哨戒エリアの外縁部にこちらのドローンは一機もいない。


ただし、過去に複数のメイルから同時に攻撃を受けた記録は存在しない。

メイルは常に単独で行動する。


よほどの偶然が重ならない限り、別のメイルがドローンの空隙を付いて哨戒エリアに入ってくる可能性は、ゼロとは言えないものの極めて低いと考えても良かった。


ドローンは二編成共に誘導弾で爆装させてあるし、予備の第三編成もすぐに飛び立てる状態でスタンバイしてある。

時間的には、A・Bチームを哨戒行動に戻して三編成目のCチームでメイルの迎撃に当たらせる余裕は十分にあったが、エミリンとしては、万が一にでもジャンヌのリスクを増やす方向には持って行きたくない。


メイルを少しでもスレイプニルから遠い位置で迎撃することを優先して、第三編成を哨戒行動の交代に出し、現時点でメイルを追撃中のBチームでそのまま交戦することにした。


「スレイプニル、ドローンCチームを発進させて。CチームにはBチームの哨戒行動を引き継がせて二編成での哨戒行動を継続。続けてドローンDチームの発進を準備!」


これで万に一つ、全く別のメイルが偶然現れたとしても、危険な距離に迫られる前に発見できるはずだ。

CICにスレイプニルの声が響く。


「ドローンCチーム発進・Bチームは進路維持・ドローンDチーム発進準備開始・離陸可能時刻は十五分後の予定」 


誘導弾はこれから装備させるのだからスタンバイ予定は妥当な時刻だ。

もっとも、Dチームの準備は本当に万が一の準備であって、よほどの失敗がない限り発進させる必要はないはずだった。


「ドローンBチームは約三分後に会敵の予定」


Bチームの会敵予想時刻は戦術ディスプレイにも表示されているが、一定の間隔で戦術コンピュータも伝えてくる。これは、人間の注意力という物が何かの事情で散漫になったり、逸らされたりする危険性を踏まえての設定だ。


接近対象がメイルだと確定してからもジャンヌは何も言ってこない。

今回はエミリンに任せきるつもりだという意思表示だろう。

エミリンはメイルとの会敵コースに入っているBチームの状態を再確認した。


全機エネルギーは半分以上残っている。

一編成の六機のうち、爆装しているのは二機。

今回は積極的にメイルを探し出して撃破する任務ではなかったので、誘導弾を積んだのは『念のため』と『念のための予備』に過ぎない。


『使う必要がない武器を持つのはトラブルの元』というのは、ジャンヌの教えだった。


さすがに爆装機がゼロだったらジャンヌも大人しくスレイプニルに戻ったかもしれないが、 A・B・Cの三編成を合わせれば六発の誘導弾があるわけだから、これで撃破できないようならドローンパイロットの名前は返上しなければいけないだろう。


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メイルに近づいたドローン達が徐々に詳細なデータを送って来つつある。

もう間もなくカメラからの映像でリアルタイムに目視できるだろう。


さすがにメイルの方も、近づいてくるドローンに気が付いていておかしくない。

なのに、メイルは進路も速度も変えず、止まってドローンの迎撃に有利なポジションを探そうとする素振りも見えない。


エミリンには、それがちょっと不思議な気がしたが、モニターしているはずのジャンヌも何も警告してこないところを見ると、それほど逸脱した出来事ではないのかもしれない。

戦術ディスプレイの一角に開いたウィンドウには、ドローンからの映像が映っている。


ドローンが送ってくる深夜の都市遺跡の姿は、鬱蒼と茂った木々の間に、崩れた瓦礫のかすかな輪郭が沈んでいるだけだ。

ドローンが搭載するカメラの知覚範囲は可視光線に限らないから、検出するスペクトラムを自由に変化させることで、そのときに最も見やすい画像に処理した上で、戦術ディスプレイに表示することができる。


とは言え、可視光線に限らず、電磁波だろうが超音波だろうが、この状況でドローンの搭載するサーチライトやアクティブスキャナーを使用することは論外だ。

そんなことをすれば、メイルからすればイルミネーションを掲げた標的が近寄ってくるような物になる。


今夜のように月のない暗闇の中では、エミリンはかすかな環境光を増幅して画像処理を行ってくれるナイトビジョン装置に頼るしかなかった。


ディスプレイに表示されているメイルの位置まであと300ヤードというところで、カメラからの映像にメイルらしき輪郭が映った。

わずかな明かりと電磁ノイズの検出結果を重ね合わせて画層処理した結果だから、それほど鮮明な映像ではないが、移動している物体がメイルとおぼしき姿であることはわかる。


さらに近づいたところで、ふいにエミリンは六機のドローンを急激に散開させた。


『勘』あるいは『虫の知らせ』と言っていいのか、以前の戦闘でジャンヌからブレイクの指示を受けたときと同じような感覚に襲われたからだ。


『このまま進むと、絶対にまずい』と。


だが直後、メイルから発射されたレーザーが夜空に煌めき、先頭を飛んでいたアルファ機を粉砕した。


『間に合わなかった』と言う後悔と同時に、自分がメイルの反応を舐めていたことを思い知らされる。


メイルは、移動速度も向きも変えることなくレーザーを撃ってきた。


頭部にしかレーザーポートを持たないメイルが真後ろから近づいてくるドローンに対して、なんの予備動作も見せずに正確な射撃をできた理由は一つ。

ドローンが自分に近づいてくることを察知した時点で、あらかじめ体の向きを変えて、通常とは後ろ向きに進んでいたのだ。


人間と違って三百六十度の視界があるマシンだからこそなせる技だったが、つまり、このメイルは近づいてくるドローンにわざと気が付かない『ふり』をして『罠』に掛けようとしたのだと言っていい。

これはエミリンにとって驚くべき出来事だった。


これまでの研修やジャンヌの話から、戦闘に際してのメイルが相当な知力を持っていることは教えられていたはずなのに、初陣で出会ったメイルが行う攻撃の単調さから、無意識に「所詮はマシン」と舐めていた、と認めるしかない。

まさか、敵に気づかないふりをして相手を罠に掛けるほどの知力を持っているとは想像もしていなかった。


幸運だったのは、撃墜されたのが誘導弾を装備していなかった先頭の一番機だったことだ。誘導弾を抱えている四番機と五番機は左右に展開しながらメイルの射線から回避することに成功している。


そのまま、左右に別れた二番機と四番機、三番機と五番機とでフォーメーションを組み直す。

六番機は囮にするプランだ。


メイルもこちらの一機を撃墜した時点で移動を止めて、迎撃態勢に入っているようだ。

エミリンは囮にした六番機からメイルに向けて間断なくレーザーを撃ち、注意を引きつけようとする。


だが先日と違って、このメイルはなかなか二射目を撃ってこない。

むしろこの暗闇の中ではレーザーを撃ちまくってくれた方が熱探知による照準もしやすいし、誘導弾のシーカーを躊躇なくオープンできる。


いくら無人の荒野と言っても、いや、逆に『無人の荒野』だからこそ、ワイルドネーションは野生生物の聖域だ。

メイルとの戦闘のためであっても、闇雲に誘導弾を撃つような乱暴な真似はしたくない。


だが、なかなか撃ってこないメイルに焦ってドローンを近づかせすぎた。


メイルの二射目で、囮のつもりの六番機が見事に撃墜されてしまった。

先日のメイルとは比べものにならないくらい正確な射撃精度だ。

このメイルは獣のように滅多矢鱈に敵に噛みつこうとするのではなく、冷静に行動し、狙いを定めて撃ってくる。


果たしてメイルに『冷静』とか『激情』などと呼んでいい感覚があるのかエミリンには知る由もなかったが、このメイルの行動は、そういう感覚があるように思わせる物だった。


エミリンは深呼吸して気持ちを落ち着かせ、自分に言い聞かせる。


『焦っちゃダメよエミリン。ドローンはあと二編成飛んでるし、このままでもAチームの進路はメイルの予定進路と交差するわ。仮にBチームを全部落とされても、AチームとCチームで挟み撃ちにだってできるんだから』


さらに言えば、最後はメイルやドローンの兵装よりも長射程を誇るスレイプニルの艦載兵器が控えているのだから、あのメイルが船に近づけるチャンスはないはずだ。

しかし、それはドローンパイロットとしては屈辱的な状況かもしれない...。


いったん残りの四機を左右に散開させてメイルとの距離を空けた。


もう一度深呼吸。


「ブラボー、デルタ、チャーリー、エコー。今度こそ行くわよ!」

 

ドローンに理解できるはずもないが、エミリンは声に出して配下のドローン達に檄を飛ばすと、コントロールパネルを両手で押さえた。


そして、もうひとたびの深呼吸。


ドローンはパイロットからの指示がなくても半自動で飛行し、あらかじめプログラムされた戦術に沿って行動することはできる。

だからこそ、パイロットは六機のドローンを一つの『群れ』として一人でコントロールできるのだが、いま、エミリンはそのオートパイロットの制御をあえて半分近く休止させた。


ドローンは飛行制御そのものと、エミリンからのコントロールに従って群れとして行動することはプログラム通りのままであるものの、いまでは四機が一つの群れではなく、二機ずつがマスター/スレーブの関係でエミリンから二つの群れとして同時にコントロールされる状態に切り替えられていた。


MAVの中で戦術コンピュータの状況をモニターしていたジャンヌは、エミリンの思わぬ行動に一瞬、口を開き掛けたが、言葉を発するのは止めて、そのままじっとモニターを見つめ続ける。


ドローンのコンソール全面をマニュアル操作用のタッチパネル動作に切り替えたエミリンは、素早く画面を二分割すると、二番機と三番機をそれぞれマスターとする二つの群れのコントロールを同時に行うために、分割した画面領域のそれぞれに手の平を広げて置いた。


エミリンの両手の指先が、目にもとまらぬスピードで画面の上を踊り、ドローンへの指示を送り続ける。


右手の人差し指と中指がブラボーチームを迂回させる飛行経路と高度を設定していると同時に、左手の薬指と小指の動作が、チャーリーチームの五番機が抱える誘導弾へ向けて、シーカーの安全装置を解除するコマンドを送っている。


まさに目にもとまらぬ早業だ。

もしもこの場にジャンヌが一緒にいたら、エミリンの指の動きの速さと緻密さに舌を巻いたことだろう。


「エコー、シーカーオープン!」 


エミリンがドローンの五番機へ攻撃行動をコールし、チャーリーチームをメイルへの攻撃軌道に侵入させる。

立て続けに二機を撃墜された経験から、この発砲してこないメイルに対して、そのままでは熱線探知のシーカーをロックさせることが難しいとエミリンは感じ取っていた。


同時に、ほとんど本能的とも言える軌道計算でタイミングを合わせ、メイルの背後へと大回りさせていたブラボーチームからメイルへレーザー照射を浴びせる。


直撃はできなかったが、メイルを動かすことには成功した。


茂みの陰に隠れるように回避行動に入ったメイルに向けて、チャーリーチームを一気に近寄らせるための時間を稼ぐ。

再びメイルの姿勢が安定し、近寄ってくるドローンにレーザーポートを向けたときには、エミリンはすでに目的の距離を稼ぎ終え、二機のドローンにわざと高度差をつけてメイルに向けて飛び込ませていた。


メイルが発砲し、暗闇を裂くレーザーが三番機に向けて炸裂する。

ボディの左半分をえぐられるように被弾した三番機は、ぐらりと姿勢を崩して高度を落とす。


だが、それがエミリンの狙いだ。


メイルが三番機に向けて発砲した瞬間、後ろにいた五番機のシーカーはメイルの頭部にあるレーザーポートの熱を正確に捉えていた。

一度シーカーが正確にターゲットを捉えれば、熱源が不安定になっても、画像情報や電磁ノイズの検知状態などを総合的に分析処理して、移動するターゲットを見失わないようにすることができる。


次の瞬間、エミリンの指が素早く動き、五番機へ誘導弾を投下する指示を出す。


「エコー、投下!」


誘導弾を発射して一拍置くかどうかのタイミングで、メイルもレーザーを撃ってきた。五番機が翼面に被弾するが、今度はすぐに墜落するほどではなく一部をかすっただけだった。

姿勢は大きく揺れたがカメラも無事だ。

このまま目視で飛行できるだろう。


せわしなく指を動かしながらディスプレイを見守るエミリンの目に、五番機から投下された誘導弾がロケットモーターの閃光で暗闇に輝線を描きながら、メイルに向けて突っ込んでいく様子が映る。


メイルが誘導弾を迎撃しようとしていることを感じる。

だが、エミリンはそれが間に合わないことを直感的に確信していた。


恐らくこの距離では、メイルの照準システムは急激に加速しながら飛び込んでくる誘導弾の軌道を追えないはずだ。

頭ではそんなことを思い浮かべながらも、エミリンの右手は同時にブラボーチームの動きを制御し続け、四番機に搭載した誘導弾の安全装置を解除していた。


「デルタ、シーカーオープン!」 


エミリンは、自分でも意識しないままに攻撃行動をコールする。

もしも、五番機の放った誘導弾が不発に終わったら、四番機の誘導弾で勝負をかける。

エミリンのコールとほぼ同時に、誘導弾がメイルのいた位置に着弾した。


激しい爆発が起こり、ドローンが送ってくる映像の画面は、どれも閃光で包まれて何も見えない。


数瞬の後、一瞬の激しい爆発でいったん真っ白に塗りつぶされた画面に陰影が戻り、赤い炎が立ち上がっている様子が映し出された。


仮にあのメイルが無傷でも、簡単には軌道を予測されて撃墜されないように、エミリンは不規則にドローンを動かしながら、メイルのいたはずの位置に慎重に近寄らせていった。


傷つきながらもかろうじて飛行可能な五番機を最初に近づける。

いまの攻撃で倒せていなければ、次はこの五番機を囮にして、無傷のブラボーチームで攻撃を再開する心づもりだ。

なにしろ、最初にこちらに気が付かないふりをして先手を打ってきたほど知恵の回るメイルなのだから、油断は禁物だった。


見えた。


赤く燃え続ける炎の中心に、黒いメイルの輪郭が浮かび上がっている。


ドローンのカメラをズームアップさせてメイルを観察するが、メイルの輪郭が動く気配はない。


さらにドローンを思い切り近づけて周回させながら良く観察する。


どうやら誘導弾は正確に頭部を直撃したようだ。

メイルの頭部は半分方吹き飛び、六本の足は力なく折りたたまれて地面に投げ出されている。二番機が送ってくるセンサーの情報からも、メイルの生存を意味する電磁ノイズがほぼ消えていることが窺い知れる。


エミリンはそのままBチームに残骸と化したらしいメイルを監視させつつ、AチームとCチームの飛行経路を確認した。


結局、Aチームの進路は変更しないままだったので、最初に設定したとおりの哨戒コースを飛び続けているし、Cチームも、もうすぐBチームの哨戒コースを引き継ぐ位置に入る。

その後はスレイプニルの戦術コンピュータがAチームとCチームの連携制御を勝手にやってくれるから、もう放っておいてもいい。


改めてエミリンはドローンの送ってくる映像にもう一度注目した。


メイルはぴくりとも動いた気配がないし、電磁ノイズも消えている。

完全に残骸になったと考えていいだろう。


エミリンは四番機のシーカーを停止させ、誘導弾とレーザーの安全装置をロックした。


「ジャンヌ、聞こえる?」


「ええ、聞こえてるわよ。エミリン、素晴らしい戦いぶりだったわね」


「ごめんなさいジャンヌ、ドローンを三機も落とされちゃった。もう一機も被弾してる」


「そんなこと気にしなくていいのよエミリン。ちゃんとメイルを撃破したんだから。それに、スレイプニルには何機のドローンを積んでるか知ってるでしょ?」


「うん...でも最初、ちょっと甘く考えたせいで勿体ないことしちゃったなーって」

「でも、もうわかったでしょ? 思った通りとは限らないって」

「予想通りであることを期待しちゃいけないんだって身に染みました...」


「その通り。メイルにも色々な個体差のパターンがあるのよ。好戦的という前提は変わらないけど、攻撃や防御のパターンは個体ごとに微妙に違うの」


つまり、パターンに囚われて思い込みで判断するようになったら危険だということだ。


「マシンにも個性みたいなものがあるのかな?」


「それが個性と呼べるものかどうかははっきりわからないけど、マシンの個体差と言うには差がありすぎるのも事実ね。

エミリンが最初にジャングルで遭遇したメイルのように、とにかくがむしゃらに攻撃してくるタイプもいれば、中には今回のメイルのようにちょっと不思議な行動を取るメイルもいる。そういうこともわかっておいて欲しかったの」


「ありがとうジャンヌ、今夜のことは絶対に忘れないようにする」


「いい子ねエミリン。それにしても二機ずつに分けてからの波状攻撃だけど...あれ、戦術ディスプレイの表示の通りなら、あなたが手動でコントロールしてたのよね?」


「うん。両手で動かしてた」


「いえ、両手って...2チームを同時に別々に動かしてたでしょ? それを右手と左手で同時に制御してたの?」


「うん。航海に出てからドローンの飛行練習してるときに思いついて、余裕のあるときにちょくちょく練習してたから今回もできると思ったの。

そうした方がいいのかどうかはわからなかったけど、今回の相手には上手くいきそうな気がして」


「凄いわよエミリン。あなたは天才パイロットかもしれないわ」


「えー、そんなことないけど....でも、褒められたら嬉しいな。ありがとうジャンヌ」


「ホントに凄いと思ってるわよ。今度、ゆっくり見せてね」


「うん。ところでドローンはこのまま哨戒し続けてていいよね? ジャンヌはやっぱりそのままMAVの中にいるんでしょ?」


「ええ、だって検疫中だもの」 


そういうジャンヌの声にはささやかな笑いを感じる。


「わかった。じゃあ引き続き二十四時間稼働でドローンによる哨戒活動を続けます。でも、哨戒範囲はさっきよりもちょっと広げて3チーム編成にしてもいいでしょ?」


「心配してくれてありがとう。そうね、じゃあ3チームで半径7マイルを哨戒エリアに設定して頂戴」


「アイマム!」


「私はMAVを陸に戻して寝るわ。あなたも、ゆっくり寝てね」


「はーい。お休みなさいジャンヌ」

「お休みエミリン」


ジャンヌはMAVの動力を入れてスレイプニルの陰から陸へと回り出ながら考えた。

確かに最初のメイルとの戦闘の時から、エミリンは天性の才能を発揮していたと言える。それは、単にドローンの制御技術が優れているというだけでなく、戦闘に関する勘所のような物だ。

例えば敵が撃ってくる瞬間を撃たれる前に気が付くとか、あるいは直感で動かしているだけなのに最適な回避行動ができている、といったようなことだ。


これは、学習や経験だけでは身につけることが難しい。


そもそもスレイプニルに搭載しているドローンの戦術プログラム自体が、ジャンヌの知恵と経験値の賜だとも言えたが、今夜のエミリンは、あっさりとその限界を超えていた。

二機ずつとはいえ、二編成を同時に手動で動かしながら戦術プログラム以上の機動性を発揮していたのだ。

逆に、二人の人間が動かしていたなら、あれほどぴったりなタイミングで連携行動させることもできなかっただろう。


とにかく、ジャンヌが最初に想像していた以上に、エミリンが逸材だったことは間違いなかった。


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(航路・スレイプニル)


あの都市遺跡での発見以来、二人の脳裏には様々なことがよぎって、ふと黙り込んでしまうことも多かった。


結局ジャンヌは正体不明の熱を出すこともなく無事にスレイプニルに戻ってきたし、知恵の回るメイルからの襲撃もエミリン一人で無事に撃破することができ、それ自体は格別、後から思い出すことも無さそうな出来事だった。


あの手記や、一緒に保存されていた書類やメディアは、スレイプニルの装備で可能な限りスキャンしてデータを取った上で、窒素封入したパックに密閉して大切に保管してある。

手記に記載されていた出来事は、大枠ではジャンヌが知っている人類の過去と一致していたが、それにしても、その争乱の時代にいた人物が直接書いた文章から伝わってくる生々しさは、これまでに見たどんな資料にもないものだった。


これまでに発見されている資料では、もっと緩やかな人類の衰退を示唆する記述が主流で、この手記に書かれているほど劇的に_言い換えれば悲惨に_人類が滅亡へ向かって突っ走っていったとは読み取れなかった。


その事実が、二人の心に暗い影を投げかけるのも仕方のないことだった。


『まさかこれほどとは』という印象だろうか。

特に衝撃を受けたのは、_局地的なことだったにせよ_ 人類の数を激減させた疾病の原因が、人為的なものだったという記述だ。

なぜ、そんなことが起きてしまったのか? 


一体全体、当時の人々はどうしてそんなことを引き起こしてしまったのだろうか? 


二人の心を暗い雲が覆っていた。人間が、人間を?...


当時はまだ、男性種も女性種と一緒に暮らして、その二つをあわせて人類という種を形作っていた時代だが、この手記を書いた男性種というのは、そういう行為を平気で行ってしまう人たちだったのだろうか? 

もしそうならば、絶滅したのも無理はないと思える存在だ。


では、なぜ野生動物はオスとメスが共存できているのだろう? 

過去の進化の過程で、人間の男性種にのみあって他の哺乳動物にはない、なんらかの特異な性質が生まれていたのか?

それとも単に、野生動物には遺伝子を修正する技術がないから?


歴史ガイドブックの記述を信じるならば、あるときから徐々に、産み分けによって女性が女性しか産まなくなっていった。

そして退行の時代の終わり頃から復興の時代にかけて、急速に男性がその数を減らしていったとある。


あの手記にも書いてあった通り、二十一世紀から二十二世紀にかけて進んだ遺伝子操作技術の進歩によって、男女を産み分けることや、ちょっとした遺伝病をDNAのレベルで治療してしまうことは、すでに一般化していた。

女性のDNAを元に人工精子を製作し、女性と女性の間で子供を設けることも、後期都市遺跡時代にはもう普通のことになっていたはずだ。


セルの保健機関に常備されているDNAシンセサイザーのような複雑な機械がなくても、わりとプリミティブな技術で遺伝子から人工精子を作り出すことはできるらしい。それを相手の女性の胎内にタイミング良く届ければ、女性同士の間で自然な妊娠が可能になる。


そして生まれてくる子供は、_それが人工精子による自然妊娠だろうと、DNA接合による人工的な胚育種だろうと_いまでは100パーセント女性だ。


現代人は、わざわざ産み分けで女性の赤ん坊を指定するなんていう概念はまったくないし、そもそも「男性の子供が生まれる」という出来事自体を想像することがない。

ごく普通に、赤ん坊は自分たちと同じ女性として生まれてくるに決まっている。


いや、もっと言うなら日常感覚的には『人間の性別』というものを意識することがない。


人間にとっての性別は、過去の歴史の中に存在するだけの知識に過ぎない物だ。

普通のセル市民と同じように、それが、つい先日までのエミリンとジャンヌの常識でもあった。

考えてみると、人類の遺伝情報から『男性になる』遺伝子の発現性が取り除かれたのは、いったいいつ頃からなのだろうか?


もし、この手記に描かれていたような世界中を覆った戦乱の嵐が、『闘争に勝利することよって利益を得る』という男性的発想の主導によるものだったとしたら、生き残ったわずかな人々が、そういった破滅に繋がる新しい世代に思想を受け継ぐことに『NO』と言ったのは当たり前だという気がする。


本質的に、自分の取り分がもっと欲しい、他人と同じではなく、他人よりも多く欲しいという『欲』という概念の発生は、生存に対する安全保障だ。


人間が原始的な暮らしをしていた頃、生き延びる確率を高めるのは、一にも二にも食料を確保することだった。これが完全な野生動物なら『欲』は発生しにくい。


どんなに食料を集めても保存しておくことができないし、食料を集めるという行為そのものが主要な労働だったので、人より多く集めたということは、人より多く働いた、ということに他ならない。


ところが、農業を始めるようになって事情が一変する。


穀物は長期保存ができた。

農業は大勢でやるほど効率がいいから、肥沃な土地には大勢の人間が集まるようになった。

そうすると余剰生産が生まれ、実際の労働に従事している人数以上の人間を養えるようになっていく。

なんらかの理由で、集団の中で強い力を持つことができた人間は、自分の周囲に余剰作物を集めておくことができ、また、それを使って周囲の人間を意に沿わせることができるようにもなっていく。


これで『欲』の発生だ。


蓄積できない物への欲には消費という限度があるが、貯められる物には限界がない。


人よりも食料を集めて溜め込んでおけば、それが自分の力を支える保障になる。

そして集積した食料の量で決まる『力』は、人より早く、多く集めることを求めるという『競争』を生む。


欲によって掻き立てられる競争の行き着くところが、自分以外を『敵』と見なす行為であり、あの『争乱の時代』だったというわけだ。


そういう敵との競争という概念を最もストレートに、あらゆる社会的行動に適用したのが、男性種ならではの生存戦略だったと。

だが、欲に基づく闘争を繰り返し、生存のために協調するのではなく競争してしまうスタイルは、短期的にはそれぞれの個体に有利に働くかもしれないが、長期的に見ると最後は種の衰退をもたらすということではないだろうか?


もしそうだったら、争乱の時代が現代人に教えてくれることは、結局は文明というのは闘争や競争では発展できないし、大局的には進化もしないという、セル市民の常識からすれば、ごく当たり前のことでしかない。


人類の99パーセントを死に追いやった出来事のうち、もっとも比率の高いものが飢餓でも天災でもなく、人間同士の戦闘と、その延長に生まれたウイルス性伝染病の人為的な伝播だったとしたら、むしろ、そんな種族は死滅してしまって当然だとさえ思える。


他者と戦うことによって生き延びようとした種族、男性種。


かつて人類の半分はそれだった...そして人間社会から男性という存在が完全に消え去ったいまでは、もう昔のような争乱の時代が起きる可能性は限りなくゼロだと思える。


だが現代の人類も、そうした人たちの遺伝子をいまでも引き継いでいるということになるのだろうか? 

発現こそしていないものの、そういう遺伝子がいまでも自分の中に眠っているのだろうか? 


その疑問は、エミリンとジャンヌの心に暗い影を落とすものだった。


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