ドローンパイロット


(スレイプニル・ランチタイム)


内湾の静かな場所に停泊しているスレイプニルのデッキで、ジャンヌとエミリンは遅い昼食を取っていた。


「だいたい、ドローンをもっと大きくして、人間が乗れるぐらいにすればいいのよ。そうすればもっと奥地まで楽に探査できるようになるわ」 とエミリン。


「それは無理ね」 と、にべもないジャンヌ。

「どうして?」 と、サンドイッチをくわえたまま喋るエミリン。


「セルにいたときも空は飛んでいなかったでしょ? 飛行機械は利用も製作も危険だから法律で禁止されていたはずだし」 


そう言いながらジャンヌは、口の端からセルロースのフィルムの長い一端を引っ張り出した。


サンドイッチを作ったときに、エミリンがレーズンパテの包装から取り除き損ねていたらしい。

エミリンは手だけを使って無言でジャンヌに謝る。


「そ、それはシティなら安全対策とか、色々必要だと思うけど、こんな僻地だったら融通をきかせて良いと思うの。だって資源探査局員はドローンを好きに飛ばし放題じゃない」


珍しくエミリンは、いま自分たちがいる場所を「ワイルドネーション」と言わずに「僻地」と言った。


「そうじゃないのよエミリン。空を飛ばせてくれないのは中央政府でも探査局でもないの。問題は人類じゃない存在よ」


「人類じゃない?」


「そう。何を飛ばしても撃ち落とされちゃうのよ。ドローンに限らず、空を飛ぶ機械は何でも。それが例え海の上でもね」


「ええぇっ!」


これは重大発言だった。海の上にはメイル達はいないはずだ。

だから船で海を渡るのは安全なはず。

なのに、なぜ海の上を飛ぶものがメイルに撃ち落とされてしまうのだろう?


「...本当は、メイルが海にもいるの?」 と、恐る恐る聞いてみる。


「いないわ。本当よ。過去に一度も海上や島嶼部でメイルが発見されたことはない。大きな島は中心部も自然保護名目で立ち入り禁止エリアになってることが多いけど、それも念のため、って感じね。

メイルがいるのは大陸から地続きの場所だけ。恐らくメイルに海を渡る能力はないわ」


「良かった...」


「だけど、どこであろうと飛行機械はすぐに何者かに撃墜されてしまうの。恐らく衛星軌道上から攻撃されているだろうという話よ」


「なにそれ....」


そんなことはついぞ知らなかったし、資源探査局の研修でも一言たりとも教えてもらった記憶はない。

そういうとジャンヌは顔をしかめて「まぁ、あまり人に教えるべきことではないのよ」 とだけ言った。


「それがメイルだという確証はないの。だけど、メイル的な何かだろうとは推測されている。つまり自律機械の類いね。

それが宇宙空間にいてこの星の周りを回っているんじゃないかということ」


「そいつが、空の上から攻撃してくるの?」


「飛んでいる大きな機械に対してだけね。地表や洋上にいるものに対してはまったく攻撃がないわ。完全にゼロ。どうやって鳥と見分けてるのかも知らない。

だけど、なんらかの理由で、人間が乗れるほど大きな空を飛ぶマシンの存在は決して許さない。恐らく自己防衛の一つなのだと思われてる。

だって、自分が空の上にいるんですものね。空飛ぶマシンを放っておいたら、それがいつか自分の近くに来てしまうかもしれないから」


なるほど、自分に近づくものは全て敵と見なして攻撃するっていう存在は穏やかとは言いがたい。

あまり刺激すべきでないという考えは恐らく正しいのだろう。


「あ、ジャンヌ、ひとつ気がついたんだけど」

「なあに?」


「もしそうなら、中央政府が言ってる『人間はまたいつか宇宙に出て、月や小惑星の資源を活用するようになるだろう』っていう話は無理じゃない?」


「そうね。まぁ将来は可能になるかもしれないから、利己的な嘘をついているとは思わないわ。昔はできてたのだし...ただ、いまはまだその方法が見つけられていないだけ」


そうかもしれないけど、なんとなく美しくない不整合を感じる。

メイルの存在が隠されている話と同じで、確かに普通に暮らしていれば知る必要はないし、むしろ知らない方がいいのだという意見もわかるけど、なんだか心の奥に納得できないものをエミリンは感じてしまう。


ジャンヌは、そういうエミリンの心の動きには気がつかず、話を進める。


「ダーゥインシティのドローン研修プログラムがシミュレーターだけで、実機操縦が入っていないのもそのせいよ。もしもセルの周辺で何かを飛ばして、正体不明の敵の目を引きつけることになったらいけないでしょ? 

セル周辺では一切の人工的な飛行物を飛ばしてはいけないっていう法律がある本当の理由はそれ」


「うーん、そうなのかあ...だから、ドローンはワイルドネーションの中に入ってからしか飛ばせないし、そこでも人が乗れるような大きなものも決して飛ばせないってこと?」


「そういうことよ」


「つまり...本当は事故の危険よりも『見えない相手』の方が大きなリスクなのね」


「統計的にサイズが16フィートを超えると危険らしいわ。そして地表面からの高度が700フィート付近を超えると撃墜される。恐らくそれが彼らの監視システムの解像度なのでしょう」


『彼ら』という表現を使っているから、ジャンヌは相手が人間ではなく自律機械だと確信しているようだ。

それに、いまの話を聞いて、ドローンの飛行高度の上限が地表から300フィートにデフォルト設定されている理由がやっとエミリンにも解った。

これまでは単にドローンの機械的な飛行性能やジャミング波に関係する制限かと思っていたのだが。


「でも、空の上にメイルっぽいのがいるとして、それが何者かわからないんでしょ? もしかしたらそれは宇宙から来たって可能性はないの?」


「ないとは言い切れないわね。衛星軌道から長さ16フィートの飛行物体を探知して正確に撃ち落とすっていうのも、私たちにはできない相談だわ」


「じゃあメイルって元は宇宙人なのかも。地面に降りたチームと空の上に残ってるチームがいるとかで」


「どうかしら? 破壊されたメイルの残骸を調べた限りでは、材料はすべて地上にあるものよ。確かにナノストラクチャーで作られた回路の仕組みとか制御理論はよくわからないけど、メイルを作っている素材そのものは決して人間の知らないものじゃないの」


「そうなんだ?」


「作り方はわからないけど、ボディの外板は金属とセラミックスと高分子素材のコンポジットらしいし、主要なエネルギー源だって金属電池とリチウム反応炉みたいね。もちろん凄い技術よ? いまの私たちに同じものは作れない...

でも、だからと言って宇宙を飛んでくるほど桁外れな文明のものとも思えない」


「でも、それがどこから来たかは誰も知らない。どうやって活動を続けてるのかも、誰も知らないし...」


「そうね、それは確かにそう。陸地から人間を追い払ってるメイルと、衛星軌道上で誰にも空を飛ばさせないって頑張っている存在は、メイルとはまったく別の起源のものかもしれない。あるいは元は同じものの枝分かれかもしれない。

でも、見えている限りで判断すれば、軌道兵器は人類が作った物よ」


「見えている限り?...って、ええっ見えるの!?」


「天体望遠鏡があれば見えるわよ。十分に大きいもの。もちろん、見える時間帯とかは限られてるけどね」


「だったら、みんなどうして不思議に思わないの?」


「それ自体はみんなも知ってる物だからよ。後期都市遺跡時代に打ち上げられていた人工衛星と宇宙ステーションって、聞いたことくらいはあるでしょ? 

本当は、恐らくそれが軌道兵器の本体。もちろん、確かめるすべはないけれど」


「大昔の人が作った宇宙の観測装置が、ただ空の上をぐるぐる回ってるだけだって教わってた...」


「そう言われてるわね。でも個人的には、あんな大きな物が千年以上もノーメンテナンスで軌道上を飛び続けられるわけがないと思うわ。

確かに、後期都市遺跡時代のテクノロジーはいまとは比べものにならないくらい進んでいたはずだから、なにか仕掛けがあるのかもしれないけど」


「だとすると、メイルとは無関係?」


「もちろん断言はできないけど、なにより、メイル自身も空は飛ばない。でしょ?」


言われてみればそうだ。

メイルが空を飛ぶというのは考えられない。


それは、あんな大きな金属の塊が飛ぶわけないという意味じゃなくて、メイル自身も『何も飛ばさない』ということだ。

メイルを作れる技術力の持ち主なら飛行機械ぐらいすぐに作れそうなのに、現に、空には何一つ不思議なものは飛んでいない。


それなりのサイズで飛ぶ物と言えば、鳥と人類のドローンだけ。

これはどういうことだろう?

地表と宇宙空間を上ったり降りたりする技術を持っているのなら、ドローン的なものを飛ばすくらいは石蹴り遊びと同じくらい簡単なはずだ。


ジャンヌも言葉を続けた。


「マシンとしてみれば、メイルはもの凄く高性能よ。いまの私たちには、とてもあんなものは作れない。だけど、その技術は恐らく人間が持っている、あるいは過去に持っていた技術の延長線上にある気がする。

後期都市遺跡時代のテクノロジーが消滅せずに引き継がれているのかもしれないけど、やっぱりメイルは人間の技術だと私には思えるの」


誰でも知っているとおり、人類の『文明』は後期都市遺跡時代で一度断絶している。


エミリン達『現代人』は、その後の争乱と退行の時代を生き延びたわずかな人類の『唯一の子孫』のはずだけど、もしも『唯一』じゃないとしたら?


メイル達が、いまのセル社会の人間達とは別の集団として生き延びた人類の子孫によって作り出されているという可能性は捨てきれない。

いや、むしろ宇宙人の存在を考えるよりも、よほど合理的だ。

なぜ千年も姿を隠したままでセル社会の人類と関わろうとしないのか、という疑問は残るけれど。


「うーん、どこかにメイルを作った人がいる、ってこと?」


「いつか・どこかで、ね。それに、メイルは進化しないわ。いつまでたってもメイルは戦い方を変えない。学習しない。武器の性能も変わらない。

私たちの装備は少しづつ進化して、かなりメイルとやり合えるようになっているけど、メイルの方はそれに対抗して何かを改良してくる気配がまったくない。

まるで大昔に作られて、ただそのままプログラム通りに動き続けている無機質なマシンのよう」


ジャンヌは何もおかしいことを言ってないのに、エミリンはちょっとだけ不思議なことを思い浮かべた『じゃあ進化する有機的なマシンってなんだろう?』と。


「私はそれに気がついて、ドローンの活用を中心にした、メイルとの新しい戦い方を編み出したの」 

何かを思い出すかのようにジャンヌは淡々と話し続ける。


「農場で使われているマシーンの群れ制御技術を取り入れ、複数のドローンが連携して動くことで、ドローンをもっと効果的に武器として使えるようにした。

メイルが反射的にドローンを撃墜したがることも逆手にとって、メイルの位置を探知すると同時に反撃する戦術も編み出したわ」


「戦術?...」


「つまり、いまエミリンが動かしてる戦術プログラムの元になるものを作ったの。それで資源探査局の人間がメイルに殺されてしまう事故がほとんどなくなったし、前よりも陸地の奥まで探査できるようになったのよ。

その実績を元にヴァルハラ級の建造プランを提案して受け入れられたわ」


「えっ!、ジャンヌがヴァルハラ級を計画したの?」


「あら、言わなかったかしら? ヴァルハラ級とミネルバ級の基本コンセプトは私のプランよ。だから、ご褒美に一番高性能な三番艦をもらったの」


ジャンヌはさらっと凄いことを言う。

しかも戦術プログラムのベースもジャンヌの作品だったなんて...やっぱりこういう人が『天才』なんだと、エミリンは改めて実感する。


「メイルは進化しない。だから、いつかは完全にメイルに打ち勝って、メイルが脅威じゃなくなる日が来る可能性もあるとは思う。もしもこのままならね」


その言い方に、何か含むことがあるらしいのはエミリンでもわかる。

きっと、それは経済の話よりも難しいことだろう。

同時に、ジャンヌのような天才の見ているものは、きっと自分にはわからないのだろうという思いも浮かぶ。


「でも...進化する気のないメイル。発展する気のない人間。あるいは、進化できないメイルと発展できない人間かもしれないけど...その未来がわからないの。仮にメイルを地上から追い払えたとしても、それで何かが解決するのかしら...」


そう言ってジャンヌは窓の外に顔を向けた。


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(スレイプニル・戦闘)


「エミリン、いまのところをもう一度スキャンして」 


ジャンヌが指示を告げる。


「アイキャプテン。通過エリアを反復スキャンします。八の字飛行で索敵開始。スキャンレートは秒速8ヤードを維持」 


エミリンがそう答え、ドローンの群れを川沿いのジャングルの上に引き返させる。


航海に出てからおよそ三ヶ月が過ぎ、エミリンの腕前も大きく向上していた。


このあたりの土地には磁鉄鉱の埋蔵量が多くて地磁気の乱れが激しいから、スキャン精度がある程度悪くなるのは仕方がない。

磁鉄鉱が多いということは、その他金属資源の埋蔵量も多い可能性が高いということで、有望な土地ではある。


ただ、いまジャンヌが気になっているのはイリジウムでもパラジウムでもなくて、メイルだ。


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どんなに有望な土地であっても、メイルの危険性を排除できない限り、本格的な上陸調査を行うのは難しいし、ましてや開発局を呼び寄せるなんてことはできない。それは無謀もいいところだ。


まず資源探査局が概況の調査、つまり開発を試みて収支が合うかどうかの見込み調査と、リスク要因の排除_平たく言えばメイルの掃討_を行い、安全が確保された上で環境開発局が乗り込むという段取りが鉄則だ。


よって環境開発局部内にはメイルの目撃者もほとんどいないため、常に安全が確認されてから乗り込んでくる下部組織になると、その危険性を理解している人さえ少ないのが実情だった。


確かに、いったんそのエリアのメイルを排除すれば、当面の間は心配しなくて済むことの方が多い。

メイルが一カ所に複数で同時に生息している現場が発見されたことはないし、メイル同士の戦闘は偶発的な出会いから生じるのだろうと推測されている。


それでも、開発局が資源開発拠点を構築できるのは、海岸線から内陸へ向けて20マイル以内のゾーンに限られる。


見通しが良い、環境ジャミング波の影響が少ない、地形がなだらかで揚陸したマシンの移動に問題ないなど、よほど条件が整っていたとしてもそれが限界で、それ以上の内陸になると、メイルの危険や環境ジャミングの影響を完全に排除することが難しくなる。

海岸からの輸送ラインも伸びすぎるし、その全行程をドローンとレイバーマシンで二十四時間防衛するというのも無理がある。


マシンの数は豊富にあるし、開発局は探査局に比べれば人材も潤沢だから物理的にはやれないことでもないが、安全と言える状況を長期間にわたって維持することができないのだ。

スキャナーの見落としもあれば、防衛にあたるドローンやレイバーマシンが逆にメイルに撃退されてしまうことだってあるだろう。


そのあと、そこにいる人間は無防備だ。


メイルに遭遇すればひとたまりもないし、伸びすぎた補給路はいつメイルに寸断されるとも限らないので、海岸から奥地への移動も、もちろん奥地から海岸へ戻る時も、リスクを減らすためにはみんなでまとまって行動するしかない。


数人ずつ交代などという悠長なことをするためには、その間、ずっと防衛線を維持しなければならない上に、それでも安全とは保証しかねる。


そこで環境開発局は過去の経験に則り、集団で上陸して一気に作業を行い、機器の設置作業が終了すれば速やかに撤退するのが旨だった。


環境開発局では、沿岸から陸地へ侵入し採掘機材を運搬するための揚陸用特殊船や、装軌機動車などの陸上移送マシンを多数所有している。

それらの特殊機材を駆使し、採掘現場に地下資源掘削用マシンを設置して『鉱山』を開いたあとは、人間は速やかに海岸付近まで撤退して、そこに基地を作る。


長期間に渡って採掘できる大規模な鉱山が開発できた場合は、地下鉱脈から掘り出されてきた鉱石は、沿岸に停泊した工場船の中で自動的に基礎的な精錬作業を施され、資源として利用しやすい形に整えられた上で集積され、セルの港へ向けて積み出されていく。


多くの金属資源において基礎精錬をその場で行うことは、輸送における無駄をなくすとともに、自給自足体制にもとづくセルの自然環境に悪影響を与えないための施策でもあった。


言うまでもなく、鉱石から金属元素を取り出して原材料化するためには、大量の水やエネルギーを消費するとともに、工業廃棄物としての残滓を生み出してしまう。

もしも、精錬作業をどこか特定のセルの役目にしたとすれば、そのセルの周辺環境はあっという間に悪化してしまうだろう。


かといって、人類はいまさら、金属の使用を諦めるわけにもいかない。


鉱山の方も、人里離れたワイルドネーションと言えど、あまり一箇所を深く汚染せずに、生態系がいずれ回復可能だと思える状態に留めておくぐらいしか、人類の美意識にやれることはなかった。


だから、環境開発局の非公式スローガンが『欲張らない・取り過ぎない』なのも、決してジョークではなかったわけだ。


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くねくねと複雑に蛇行しながら海に注ぎ込む大河_つまり周辺地形が平坦ということだ_の周辺を繰り返しスキャンしながら飛行しているうちに、だんだんと疑わしいエリアが絞り込まれてくる。


やがて戦術ディスプレイに明るい光点と基礎的なデータが表示され、軽い警告音が響いた。


エミリンが素早く反応する。


「二時の方向にスキャナー反応あり...金属集積反応、エネルギー反応、電磁空間ノイズ、アンノウン(正体不明物体)移動中」


「メイルね。きっと間違いないわ」


「やっぱりいたのね」


ついに遭遇した。


これがエミリンにとって初めてのメイルとの遭遇であり、恐らく同時に初めての戦闘になる。

メイルと接近遭遇しておきながら戦闘にならない状況は考え難い。


まもなく戦術コンピュータが対象の判定を『エネミー(敵)』と下した。

メイルだ。

警告音のトーンが上がる。


「さっきはじっとしていたけど、ドローンが戻ってきたので我慢できずに動き出したのでしょう。きっと攻撃してくるわ。エミリン、ドローンからの先制攻撃を許可します。対応を準備して接近してちょうだい」


「アイマム。ドローン・Aチームを攻撃モードに移行します。フォーメーションブレイク、機体個別制御開始。誘導弾およびレーザーガンの安全装置を解除。各機シーカーオープン」


エミリンの指の動きに従って、ドローンが滑らかな編隊飛行で移動していく。


各機のコールは一番機がアルファ、二番機がブラボー、三番機がチャーリー、四番機がデルタ、五番機がエコー、六番機がフォックスとアルファベット順に並んでいる。


まっすぐメイルの想定位置に突っ込むと、先頭から撃墜されるだろう。

それで相手の位置を確認して、残った機体が正確な攻撃を加える、というのも基本的な戦い方の一つだったが、いまエミリンが試みようとしているのは、さらに能動的な先制攻撃だ。


エミリンはシミュレーターによる訓練と、その後のジャンヌからの指導で教えられた通り、ドローン編隊の輪郭を複雑に動かしながら敵の想定潜伏位置に近寄っていく。


まだ、メイルは撃ってこない。


「そろそろね....ブレイクして!」 ふいにジャンヌが叫んだ。


長年の戦闘経験から得た勘だったのだろう。


とっさにエミリンは指を動かし、ドローン編隊の機体間隔を一気に広げた。

そのまま全機をそれぞれ異なるベクトルに滑らせて編隊飛行の網を大きく広げる。と、たったいま広げたばかりの網の目を眼下の森の中から赤いレーザーが舐めた。


ギリギリのところでドローン先頭機の機体をかすったが、損傷はなさそうだ。

エミリンも間髪を入れずに反応していた。


「マージ!(会敵)」 と叫んで、あやうく難を逃れた先頭機を大きくダイブさせると、敵の発射推定位置にレーザーを掃射する。


その直後に、六機のドローンが形作っていた六角形の両翼から、敵メイルの位置を捕らえたという信号が入る。

エミリンが撃ったレーザーを本能的に避けようとして敵が大きく動いたのだ。

それを上から待ち構えていた両サイドのドローンが捉えた。

エミリンはドローンたちを右に左に上に下にと絶え間なく揺さぶり続ける。


敵メイルはドローンの飛行経路を推定して次々とレーザーを撃ち込んでくるが、エミリンの反射制御のほうがうわてだ。

まだ一機も落とされていない。


やがて、右翼の三番機に搭載した誘導弾のシーカーがレーザーの発射元、つまりメイルの頭部の熱源を正確に捉え、敵をロックした。


この距離ならいける。


「チャーリー、投下!」 エミリンは発射のコールと同時に誘導弾を敵メイル位置めがけて撃ちこんだ。


すぐに左翼の二番機も誘導弾のシーカーがロックに成功する。

エミリンは一瞬も躊躇しない。


「ブラボー、投下!」


眼下のジャングルに続けざまに二発の誘導弾を叩き込むと、即座に全機を真横に反転させて退避する。

それもとっさの操作で三機づつを両翼に反転させていた。


初めての実戦としては見事なものだと、それを見ていたジャンヌは思う。


エミリンがドローンを反転退避させ終わるとほぼ同時に、地上で連続して爆発が起こった。

誘導弾が何かに命中したわけだが、その『何か』が敵メイルであったかどうかは、これから慎重に観測してみないとわからない。

爆発の影響でしばらく熱反応は計測できないし、直後は電磁波の空間ノイズも揺らぎが大きい。


ドローンに搭載している誘導弾はサイズと重量の制限から、それほど強力なものではない。メイルのボディは結構丈夫なので、直撃を当てていなければ、まだ機能していて反撃を加えてくる恐れは十分にあった。


何より肝心なことは頭部を破壊することだ。

頭部にはセンサー類の集合体と共にレーザーポートが備えられており、恐らくは論理ユニットの中央装置も収められていると推測されていた。


つまり、頭部が機能している限りは、いつレーザーを撃ち込んでこないとも限らない。

ジャンヌは以前、『船のデッキに上げられて死んだサメが神経反射で噛みついてくる』という話を例えに出して、安全確保のためにメイルの頭部を破壊することの大切さを教えてくれた。


エミリンは、ドローンの高度を低く抑えながら爆発地点を中心に、さきほど誘導弾を放った二機を内周に、残りの四機を外周に配置してランダムに速度を変えつつ周回させる。


もし、敵メイルが生き延びていれば、今度こそ単調な動きのドローンを撃ち落としにかかってくるだろう。

恐らくエミリンがあえて囮にした、自分に近い内周の二機を先に。

そして、こちらには残り四発の誘導弾がある。


ドローンが回り続けるが反撃はない。


やがて誘導弾が爆発した中心地に、不規則な電磁ノイズが計測できた。

まるで壊れかけた機械のような....エミリンは内周の二機をぐっと近寄らせてカメラを向ける。

そこには、二発の直撃弾に頭部から肩にかけてを破壊され、横倒しになったメイルが写っていた。

念のためにそのまましばらく観察するが、もう動きはない。


撃破成功だ。


「ドローン・Aチーム、ブラボーとチャーリーが敵の破壊を確認。周辺に追加の脅威は認められず...六機の編成を予備哨戒形態に移行させます」 


過去の記録上では、同じ場所に同時にメイルが二体いることは、まず考えられない。


ジャンヌが答えた。


「戦闘終了を宣言します。第二編成のドローンを哨戒機として飛ばしてちょうだい。それから第一編成はオートに戻して回収整備。....」


「アイマム!」


「とても良くやったわエミリン。本当にいいパイロットね、あなたは」


それはジャンヌの偽らざる本音だ。

エミリンをスカウトした自分の目は確かだったと思うし、本当に『当たり』の人材だったとも実感する。

そして、そんなことには関係なく、エミリンはジャンヌに褒められると無条件に笑顔が出る。


「ドローン・Bチームで哨戒飛行のフライト開始。ドローン・Aチーム、ミッションコンプリート! 収納シークエンスを開始します」 


嬉しそうな顔でエミリンは答え、無事に戦いを終えたドローンの回収にかかった。


無人のジャングルの中には動きを止めたメイルが横たわり、あまり多くはない可燃部分がそろそろ燃え尽きようとしていた。


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