PART-2:ワイルドネーション

ロングレンジボウラー


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 PART-2:ワイルドネーション

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(航路・スレイプニル)


マッケイシティからダーゥインシティに向かったときも二人きりだったから、なんとなくエミリンもそんな気はしていた。


けれど、研修が無事に終わっていざ実地任務に向かうときに、本当に二人きりでこの巨大クルーザーに乗り込んでワイルドネーションへの探査に出かけていくと聞かされたときには、さすがの彼女もちょっとびっくりしてしまった。


ジャンヌの話によれば、もちろんヴァルハラ級以前の船においては、一隻の船に大勢の局員が乗り込むことが普通だったそうだ。


慢性人手不足の資源探査局だから、できるだけ人力を削減して、可能な限りマシンの補助を活かせるように考えられてはいたけれど、それでも、船の操作や機関の整備、陸地での調査や資材の運搬など、人間の目や指先が必要な場面はたくさんある。


ヴァルハラ級が画期的なところは色々あるけど、特に凄いのは、そういった従来はマニュアル動作が必要だった部分までも徹底的に自動化・マシン化してあるところだ。


船内の整備はもちろん、資材の積み下ろしや持ち運び、上陸しての地質調査まですべて特製のレイバーマシンが行ってくれるので、労働というか『筋力』という意味で人間が必要な要素は殆どない。


そういう意味でヴァルハラ級は、目的地に調査マシンを送り込む揚陸艦という性格が強いし、ある程度は現場で資源採掘の経済性を判断できるように、それなりの分析装置も積んでいる。


また、自律航行と安全管理のシステムも非常に高度なものなので、睡眠中の交代要員すら必要ないという。

そもそも、ただ洋上をA地点からB地点に移動しているだけなら人間が操作する必要自体がないのだし、できるだけ長期間にわたって遠隔地を調査することが求められるヴァルハラ級では、フットワークの軽さが重要だ。


つまりヴァルハラ級において人間の役目は、その存在がもつ本質だけに徹底的に絞り込まれていた。


すなわち『意思決定』だ。


出航準備中には、ショウ統括部長から『オーバーナインズの下す判断で休まず働く山のようなマシン群、それで足りないものが見つかったら教えてね!』と茶化されるほどだった。


最初の『ヴァルハラ』は安全性を重視して五人のクルーでオペレーションすることからスタートしたが、二隻目の『グレイプニル』は三人で問題なく動かせるようになり、それが最新の『スレイプニル』では始めから、たった二人でも_つまり交代や緊急事態を考えなければ一人だけでも_実用的なオペレーションができるようになっている。


ジャンヌは三隻とも乗艦した経験があって、一隻目のヴァルハラにはドローンを扱う探査&兵装システム担当として、二隻目のグレイプニルにはクォーターマスター(操舵手)兼副艦長として。


そして三隻目のスレイプニルでは自分が艦長になった。


無事に新人研修を終えて資源探査局の正式職員として採用され、パスの発行やらなんやらの事務的な手続きを済ませてたエミリンが、ジャンヌと一緒に再びスレイプニルに乗って出航したあと、現場で必要な具体的な資源探査局員としての仕事のほとんどは、実地訓練をかねた日々の作業の中でジャンヌ自身が教えてくれていた。


船に乗るときにまずエミリンが渡されたのは、資源探査局員お揃いのネックレス。

平べったい金属の輪っかで、蛇のお腹の鱗のように数珠繋ぎになっているから、柔軟で首にフィットする。エネルギー源は表面を覆う光発電セルと体温、もっと正確に言うと『体温と気温の温度差』がベースだ。


船の管制コンピュータは常にこのペンダントからの信号で乗員の居場所を掴んでいるし、このネックレスのペンダント部分のブロックを百八十度ひっくり返すと『救難信号』が発信されるようになっている。


「シティを一歩出たら、どんな時でも外しちゃだめよ。寝る時でもお風呂の時でもね。船の上では『万が一』なんて、どこに転がっているかわからないんだから」 

ジャンヌにはそう言われた。


ずいぶん昔のことだけど、夜中に一人で息抜きに船の甲板に出ていたときに、足を滑らせて海に落ちちゃった人もいたらしい。

もし、このペンダントがなかったら、二度と発見されなかっただろうって話だった。

まだ信号さえ届く距離なら、異常と同時に船の管制システムに警告が出るので、それで気づいてもらえたのだそうだ。


エミリンにとって、ワイルドネーションにおける資源探査局の仕事内容は当初の予想とはかけ離れたものだったが、同時に、なぜ資源探査局員に破格の待遇と権限が与えられているのかも、だんだん理解できてきた。


資源探査局員は、その名前の通り人が住まないワイルドネーションに出かけて天然資源の調査をする。

そのこと自体は看板のとおり。

ただ違っていたのは、その調査には大きな障害があることだった。


『ー 機械生命体 M.A.L.E. ー』


人間が『メイル』と呼ぶそれが、エミリンやジャンヌたち資源探査局員の前に立ちはだかる、大きく、そしてかなり危険な障害だった。

エミリンが資源探査局員の正式なメンバーとなるまでは話せない、とジャンヌが言っていた秘匿事項とは、このメイルの存在だった。


そして、メンバーがいつまでも帰還してこなかった資源探査局の支局がたまに閉鎖されたり、人員の補充を受けて再開されたりする理由も分かった。


全長25フィートの、あえて言うならば巨大な昆虫のような姿をした機械生命体メイルは、ワイルドネーションのどこにいるかわからない。

対象エリアの探査を十分に行って、その地域にメイルの存在がまずないと思われるか、あるいは出くわしたメイルと交戦して、完全に破壊するかしなければ、そのエリアを安全と呼ぶわけにはいかなかった。


それにメイル自身も移動するらしく、一度クリアされたエリアだからずっと安全というわけにも行かない。


不可思議なのは、かなり頻繁にメイル同士の戦闘が行われた形跡と、破壊された方(あるいはまれに同士討ちで双方)のメイルの残骸が発見されることだった。


破壊されたメイルの残骸を調べてみても、メイルに使われているナノストラクチャー製のパーツは制御が切れるとすぐに構造を失うので、詳細な部分、特にその論理回路や人工筋肉の構成については、よく分からないままだ。


わかっている範囲で言うと、メイルの神経系を司っているナノストラクチャー回路は、普通の電子回路のように『電源を切っておく』とか『再起動する』ということができないらしい。


稼働状態にあるメイルを調査できたことはまだ一度もなく、その作成方法は人類には謎であると同時に、いったん組み上げられた後は、常にエネルギーの通った動的平衡状態でなければ機能せず、恐らく電力が失われた瞬間に構造自体が_そこに留められているはずの記憶も思考方法も一緒に_崩れ去ってしまう。


そういう『一度死んだらそれで終わり』という点に関してだけ言えば、確かに生命体のようでもあった。


そもそもメイルとは何なのか?

どこから現れ、何をしているのか?

なぜメイル同士で戦闘を行うのか?


機械である以上はメンテナンスも必要だろうし、武装を持っている以上は補給も必要なはずだ。

だが、そうしたメイルの行動基盤さえも、内陸部の様子を詳細に知ることができない人間にとっては謎のままだった。


いつか、生きたメイルを捕獲というか鹵獲できる日が来たら、そうした疑問にも答えが出るのかも知れないが、そんな謎に包まれた存在が同じ地上で大規模に存在というか、ある意味で人間と領土を取り合っている。


スレイプニルのライブラリーには、過去の様々な場所の探査で遭遇したメイルの姿が映像に納められていたけれど、エミリンはとてもそれを全部見る気にはなれなかった。


なぜなら、どれを見ても映っているものは全部同じだったから。


破壊されているものは別として、生きて動いているメイルはどれも見た目では寸分違わず同じ姿をしていた。

すべての個体が足の先まで艶のない黒一色で、色と呼べるものはボディのどこにもない。


記録映像はどれも単に背景の場所や撮影角度が違うだけで、動きも似たようなものだし、ドローンのガンカメラが記録していた戦闘中の映像でさえも、その展開の単調さにエミリンはすぐに飽きてしまった。


何しろ、ランダムに選んだどの映像も、遠くでごそごそ動いている『黒い何か』とレーザーや誘導弾を撃ち合っているだけで、すぐに目新しさはなくなった。


戦闘が終わった後で、破壊されたメイルに近寄ってからレイバーマシンのカメラや探査局員が撮影した映像には、地面に崩れ落ちたメイルの姿が様々な角度からアップで写されていたが、どの映像でも間違いなく頭部だと思われる箇所の損傷が激しく、いくら見てもメイルの全体像がてんで掴めない。


結局は記録映像をいくつも見るよりも、付帯資料に入っているメイルの三次元モデルの画像を一枚見た方が、分かりやすかった。


戦術ディスプレイに三次元画像で表示したメイルの姿はディティールが分かりやすいようにボディを薄いグレーに着色されていて、恐らくはセンサー類であろう様々な突起やへこみに陰影を付けて強調してある。

それを見る限りでは、メイルは昆虫というよりも、もっと広いくくりで『節足動物の何か』と呼びたい雰囲気だった。


確かにアリやクモを連想させる部分も色々あるけれど、そのどれとも特に似ているわけではない。


昆虫では、一般的に体節が頭部・胸部・腹部の三つに分かれていて、それぞれの繋がりは細くくびれていることが多い。

その点ではメイルのボディでは頭部は明らかに認められるものの、それ以降はほとんど一繋がりのユニットとしてなだらかにカーブを描いていた。


昆虫とのフォルムの違いを最も感じさせるのは横から見たときのボディと脚部で、全体としてみればボディが上下のパーツに分かれていて、上側のボディ全体が、首の付け根の直下から腹部の後端近くまでの長さを持つ、台座のようにフラットな下側のボディの上に、レールのような構造を介して乗っかっているという感じだ。


そして、脚は昆虫のように胸部の下面から直接突き出ているのではなく、その台座にあたる下側のボディから伸びている。


上側のボディの背中にあたる部分は平坦で、六角形の輪郭が左右に三つずつで合計六個、等間隔に並んで刻まれている。

この六角形は、敵を爆破するための一種の榴弾を射出する兵器のハッチにあたるものだそうで、よく見ると確かに外側に向けて蓋を開くためのヒンジとなっている部分があった。


頭部は、胸部から前に突き出た球体関節のような機構の首を介して繋がっており、それなりに上下左右に可動範囲を持っていることが見て取れる。


メイルの頭部にはレーザーガンのポートが備え付けられているので、首を振れる範囲がそのままレーザーを照射できる範囲という事になるが、撃破したメイルのボディ構造から解析された可動範囲は、左右に五十度、上下に四十五度だそうだ。


生きているメイルの正面で、この範囲に踏み込んだ人間は瞬時に焼き尽くされることになるだろう。


『MALEっていう名前はどういう意味なの?』とジャンヌに聞いたら、『メカニカル・エイリアン/ランド・エネミーだそうよ。初めてメイルに遭遇した人は、どんな存在か全くわからずに、ただただ、出会えば攻撃してくるマシンをそう表現するしかなかったのでしょうね』と教えてくれた。


機械の異邦人、そして上陸地の敵、そのものずばりの名前だ。


「どうして、動いているメイルを捕獲できないの?」


「一つには、メイルが恐ろしく攻撃的で危険ということがあるわ。完全に破壊しない限り、いつどんな風に反撃してくるかわからない。周囲を巻き込む自爆装置のようなものがないという保証もない。それに私たちには、メイルの状態を判断するすべがないのよ」


「もう壊れているかどうか、っていうか、反撃可能な状態かどうか確認する手段がないのね?」


「ええ。武器は使えないけどシステムはまだ稼働状態にある、そういう状態だと確認できた事例は一つもないの。

頭部を破壊すれば動きは止まるけど、同時に全身に張り巡らされた回路も崩壊してしまうし、人工筋肉に相当するらしい脚部の充填物も、外気に触れたとたんに急速に酸化して構造を失ってしまうわ」


「やっぱり、生きてる状態で分析しないとダメなんだ」


「まあ、仮にそれができても、私たちの持っている技術で理解できるかどうかは別だけどね」


メイルの行動原理にも不可解な要素が多い。


「記録に残っている限り、メイルがセルを襲ったことは一度もないわ。そもそも島嶼部には存在していないのでしょうね。でも問題は、それがなぜかを誰にも答えられないこと。あまりにも当たり前になっていて、もう誰もそのことに疑問を持ったりしないけれど、謎は謎のままなのよ」 


ジャンヌは続けてさりげなく核心を言う。


「だから迂闊なことはできないの。何か新しい試みをはじめたら、それがセルにメイルの攻撃を呼び込む切っ掛けにならないという保証は何処にもないわ。

もうあなたには話しても良いことだけど、セル間の遠距離電波通信が禁止されている最大の理由は環境や文化の保護だけじゃないの」


「うん、本当は後期都市遺跡時代に地表のあちこちに設置されたらしい謎の機器が、いまでも主のいないままずっと動き続けていて...そのせいでひっきりなしに変調する電磁ノイズが大気中に満ちているから、長距離の無線通信は難しいって教わったわ」


「そうね。だから実際に遠距離間での通信は難しい...でも、難しいけど沖合での海上通信なら環境ジャミング波の影響が少ないから不可能じゃない。

ただ、仮に遠距離用の通信機械を作ったとしても、それを使って良いのかどうか、誰にも判断できないのよ」


「どうして?」


「セル間で大々的に電波信号を送り合うようになったら、それが私たちの知らない『メイルや何か』をセルに呼び寄せる切っ掛けになるかもしれないからよ。

誰かが迂闊なことをしないように、全面禁止しておくしかないわ」


ぞっとする話だ。

エミリンにはこれまでの人生で、そんな話は想像することさえあり得なかった。

そういう事実を知らせる情報にはセルでの学習過程でもメディアの情報でも一度たりとも遭遇したことがない。


「だから私たち探査局員はどこに行っても、自分たちの判断で行動するしかないのよ」


「そうだったんだ...」


「心配そうな顔ね、エミリン」


「だけど...そんなに正体のわからない相手を攻撃したりして大丈夫なの? 

もしも遠距離通信がセル社会に危険を招き寄せるかもしれないんだったら、メイルを攻撃するほうがよっぽど危ないことのような気がするわ」


「そうは言っても、メイルとの戦闘はもう長いこと続いているの。セルのエリアから離れて資源を探しに行くようになって以来ずっとね。

もちろん最初はメイルに出会ったら逃げ帰るだけだった。

でも、大陸のどこに行ってもメイルがいるから、資源を採掘するためにはメイルを排除するしかない。でなきゃ資源は手に入らない」


「それでも諦めなかったのね...」


暴力で物事を解決するような異常事態に陥ってまで諦めないとは、普通の市民の感覚からすると正常な判断ではない。

むしろ精神に変調を期待していると考えるのが普通だ。


「随分昔のことよ。資源を手に入れるか、退行期のように細々と暮らしていく社会に戻るか、二つに一つ。

結局、資源を手に入れるためには問答無用で襲いかかってくるメイルと戦うしかなかった。時間を掛けて少しずつメイルに対処する方法や体制ができ上がっていって、その結果生まれたのが私たち資源探査局」


「えっ、セル社会って、そんなに切羽詰まっていたの?」


悲しい歴史を踏み越えて、人類はついに『人々が継続的に豊かで幸せに暮らす方法』を見つけ出した。それがセル社会体制だったはずだ。


穏やかで満ち足りた日々。

市民は不安も不満もなく快適に暮らしているし、未来を変えたいと思う何かもない。

もちろん探査局に来てからは、これまでの市民生活には色々な制約があったんだと言うことに気がついたけれど、そもそも以前はそれを制約だと思ったことすらもなかった。


「ええ、そうよ。でもそれから百年近くも経つけれど、セル社会は順調に新陳代謝しているし、これまでセルがメイルや何かに襲われることもなかったというわけ。それでも、あまり調子に乗ると何が起きるかわからないというのは昔と同じだけど」


「でも...そんなに長い間...」


「言いたいことはわかるわエミリン。上手くいってるから良いけど、それでも市民に隠し事をして、嘘をついてるのは美しくないって思うんでしょ?」


エミリンは素直に頷いた。だって本当にそうだから。


「きれい事を言うつもりはないけど、実は私も言わないままの方がいいと思ってる。何を聞かれても確かな答えはなくて、ただ不安が増えるだけなら、そんなことは気にせずに生きた方が健康的なのは確かだから」


まあ、ジャンヌの言いたいことはエミリンにもわかる。


「それにエミリン、もしも市民にメイルに関することを教えるなら全てを教えなければダメだし、普通の市民にとっては知らされたところで一生関係ないまま過ごす情報なのよ?」


きっと中央政府の要人達は、メイルについての情報を市民から隠すことを『利己的な嘘』だとは思っていないのだろう。

実際の処、普通の市民としてセルで暮らしている限り、メイルと遭遇する可能性はゼロだから、気にする必要もないことであるのは確かだ。


それに、これまでにメイルが海洋や島嶼で発見されたことは一度もない。

現在知られている限りメイルは大陸の陸地にしかいないらしい。

大雑把に言えば海とセルは人間のもの、大陸の陸地はメイルのもの、というのがその棲み分けだ。


だが実のところ、なぜそうなっているのかは誰も知らないのだったし、意図的かどうかは別として、他にもジャンヌが語っていないことは、まだまだ沢山あるだろうと、エミリンは直感的に感じていた。


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エミリンは、以前のジャンヌのパートナーが、メイルとの戦闘行為の重責と恐怖に耐えかねて辞任していたことも知った。

その彼女もいまは、中央政府で事務的な仕事に就いているらしく、ジャンヌも彼女が船を下りて以来会っていないという。


「彼女は『敵意』という概念に耐えられなかったのよ」 


そうジャンヌは言った。


「自分自身が何かに対して敵意を持って立ち向かう。それは大きなストレスを生む心理状況だわ。セルで普通に暮らしていれば、『敵』なんて概念を思い浮かべることすらないでしょう? 

何かを攻撃するという行為は、とても大きな苦痛を心に残すわ。それに耐えられなくなったことを、誰にも責めることはできないと思うの...」


『敵』『戦闘』『攻撃』 どれも、セルの暮らしにとっては縁のない概念だ。


多分、誰かの口からいきなりその言葉を聞いてもピンとこなくて、意味を考えたり、聞き直してしまう人の方が多いだろうと思う。

それが、資源探査局ではどれも日常的に飛び出す単語に変わってしまう。


ましてや実際に戦闘が始まれば、そこにいる何の罪もない動植物も当然のように巻き添えだ。いくら普通人とは違うスコアを出している資源探査局員とは言え、それとこれとは話が別。

だんだん倫理的に耐えられなくなっていったとしても不思議はない。


なにしろ、当初ジャンヌになによりも徹底的に教え込まれたことは、なんとこの巨大クルーザー自身の操艦技術、そしてドローンをはじめとするクルーザー搭載の各種兵装システムの扱いだったのだから。


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(スレイプニル・ドローン飛行隊)


エミリンは洋上に出てから初めてスレイプニルに搭載してあるドローンの実機を飛ばした。


基本的にシティでは危険防止のために人工的なものを空に浮かべてはいけないという法律があるので、訓練中もドローンの基本操作はすべてシミュレーターでの演習だったし、実習船で海上に出てもドローンは使わなかった。


ドローンの主要な役割は地下資源の探索なのだから、海上で飛ばしてもあまり経験値にならないことも確かだ。


とはいえ、もともと農機マシンのパイロットだったエミリンにとって、ドローンや調査用マシンの操縦などお手の物。

基本操作の教程はすべて飛ばして、探査局で使用しているマシンの特徴的な操作さえ覚えればそれで問題はない。


すべてのドローンには三次元のマルチスペクトルカメラも搭載されているから、必要があれば、パイロットはどれか一機のドローンに、まるで『搭乗している』かのように操縦することもできた。


スレイプニルの戦術コンピュータは、ドローン六機を一つの飛行隊として、同時に四ユニットを飛ばすことができる。


その二十四機を一つの群れとしてではなく、四つの群れとして飛ばすのであれば、もちろん本当なら四人でやるのがいい。

自律動作を組み込んだ上でも、それを一人でやるとなれば、さすがのエミリンでもコントロールは大変だ。


ただ、操作のバリエーションとして覚えておいて損はない。

資源探査の本番の間を縫って、障害物のない洋上や静かな停泊地で、エミリンはドローン操縦の鍛錬に励んだ。


上陸調査用のレイバーマシンも同様だ。

基本的には、貨物用MAVかRHIBと呼ぶ小型ボートにレイバーマシン数台を搭載して揚陸し、ドローンによるスキャンで目星をつけた場所の地質調査やサンプル採集を行う。


場合によってはボーリングマシンによって地面を掘り下げて、地中深くの鉱脈や土壌のサンプルを調査・採集することもあるが、それらも人間が立ち会う必要性は少なく、レイバーマシンへの指示だけで、ほとんど問題なく行うことができた。


ジャンヌやエミリンが上陸するのはよほど微妙な判断が必要な時ぐらいで、しかも十分に付近のメイル探査を行って安全を確信できた時だけだし、その上陸も実際のところは必要だからというよりも、二人の息抜きに近いものがあった。

やはり、人間は陸の上が好きな生き物なのだ。


いま二人がいるエリア3751の付近は、なだらかな海岸線から見晴らしの良い丘陵地帯がずっと内陸まで伸びており、ドローンの飛行訓練には最適な場所だった。


わずかな奥行きの砂浜の間近まで、青々とした草原が切れ目なく迫っており、スケールを変えれば、まるで公園の池の縁のようだし、エミリンの慣れ親しんでいた農場のところどころにある用水池を彷彿とさせなくもない。

このあたりの植物はよほど塩に対する耐性が強いのだろうかとも思わせる。


比較的波の静かな半島内部の内海だから、きっと海岸線の浸食が穏やかなのだろうとエミリンは想像した。


実にのどかな光景だった。


エミリンにとって『憧れ』のワイルドネーションを旅するようになってからしばらくは、まさに驚きと感動の日々だったと言っていい。

マッケイシティの周辺に何度ピクニックに行っていても、メディアセットのコンテンツでどんなに見慣れていても、本物のワイルドネーションの姿は、それを超えるものだった。


ほんの数十マイル走るだけで、がらりと様子を変える海岸線の景色。

浅い湾、奥深い湾、小さな入江、込み入った峡谷のような湾、長く長くどこまでも一直線に伸びる砂浜....etc. 


時折スレイプニルが停泊する場所だけでも、どれほどのバリエーションがあるのだろうか? 

これこそまさにジャンヌのいう『自然の美』だった。


それに、様々な生き物たち。


なんであれ脊椎動物をペットや家畜として飼育することが禁じられているセル社会では、シティで鳥と昆虫以外の生き物を見かけることは少ない。

あとは若干の爬虫類と、リスやコウモリなどを公園で見るくらいだろうか。


エミリンは農場にいたので、収穫放棄エリアに侵入してくる小型の動物_主にげっ歯類_や、時々は大型の四足獣を見かけることもあった。

それでも、人間のいないワイルドネーションを闊歩する動物たちは、珍しく、興味深い。


ドローンのカメラに映るだけでなく、すぐ目の前の海岸線を鹿の親子が歩いていたり、上陸地点の周囲を猪の家族がウロウロしたりすることもある。


もちろん、野生動物には当然ながら肉食獣もいて、それらは生身の人間にとっては水中のサメと同じように危険な存在だ。

ジャンヌからは、上陸するときには絶対にSWEG(Shock Wave Emission Gun〜衝撃波銃)を身につけていなければダメだと厳命されている。


SWEGは放出する衝撃波の広がり方と強さをシームレスに調整できるので、通常は少し広い範囲を対象に、そのエリア内にいる大型獣が強い衝撃で気を失う程度のレンジに設定してある。

それなら精密に狙う余裕がなくても護身には問題ない。


SWEGはメイル相手には役立たないけど、最初にスカウトされたときにジャンヌが神妙に語ったように、他にもワイルドネーションには人間を殺すポテンシャルを持った生き物が無数に存在しているのだ。

人間の目に見えるものも、見えないものも等しく。


それはともかく、資源探査局の目的は観光旅行ではない。

ワイルドネーションの美に感動しているのも悪くはないが、必要なことはやらなければならない。


ジャンヌとエミリンの場合、それは沿岸地域をくまなく探査して行って、埋蔵されている地下資源を探したり、あるいは過去の都市遺跡を調査したりということになる。


そして、確率の問題として、いつかどこかでメイルとぶつかる。


その時、メイルと戦うための武器になるのが、探査船に搭載されているドローンたちだ。

探査船のマシンパイロットは船上からドローンを飛ばして沿岸部の陸地を探査し、様々なセンサーを駆使して地下資源を探すけれど、もしも、その途中でメイルを発見したら、ドローンは即座に航空兵器に変わる。


スレイプニルに搭載している最新鋭のドローンは、直径約5フィートの円盤形だった。より正確に言うと円ではなく、少しいびつな楕円形をしている。


ボディ全体で揚力を生み出すリフティングボディ形状なのだが、進行方向側の縁のカーブが後方の縁のカーブより緩やかなので、飛んでいる姿を真下から見上げると、まるで空飛ぶエイのようだった。


ボディには向きを変えられるハイパワーのファン四基が埋め込まれており、その推力で浮上する。速度はあまり出ない代わりに、垂直に離着陸したり、その場で空中に留まってホバリングするのも自在だ。


機首と呼べるものはないが、前縁のセンターには高解像度のマルチスペクトル三次元カメラとレーザーガンが、進行方向からやや下方に向けて埋め込まれており、水平飛行の姿勢を保ったまま地表の様子を撮影したり、メイルに対するレーザー照射を行えるようになっていた。


さらに、通常の資源探査のときには不要だが、対メイル戦闘のときには、ボディの下に一基の対地誘導弾を装備することができた。

この誘導弾はドローンの翼端に埋め込まれた熱源シーカーと連動し、発射された後も軌道をある程度修正しながら目標にむけて飛ばすことができる。


実質的にレーザーガンだけでメイルを倒すことは不可能ではないにしろ、かなり難儀な戦闘になるので、この誘導弾が必殺兵器であると同時に、対メイル戦闘におけるパイロットの腕前は、ドローンを誘導弾発射プラットフォームとしていかに効果的に運用するか、ということに掛かっていると言って良かった。


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いま、エミリンは上陸調査時のCIC(Combat Information Center〜戦闘指揮所)を兼ねるスレイプニルの操舵室で、ドローンの様々なコントロールを夢中で試していた。


農場のマシンに比べると、資源探査局の持つマシンはどれも自律動作の自由度が高く、非常に複雑な動作も可能だ。

それだけに難しいとも言えたし、面白いとも言えた。


デスクの全面がタッチパネルになっているようなマシン制御用コンソールに向かうエミリンの指先の動きに従って、ドローンの群れは、蜂の群れや小魚の群れのように、俊敏に動きを変えつつ、しかし、まとまりを崩さずに飛び続ける。


『オーケストレーション』 研修中の教官はそう言っていた。


動かし方がまったく違うとはいえ、農場で一度に数十機のマシンを同時コントロールしていたエミリンにしてみれば、概念的には馴染み深いものだったし、操作自体もただ飛ばすだけなら難しくもなんともない。

難しいのは地形や天候によって千差万別に変わる複雑な空気の流れを読むことと、何かのインシデントが発生した時だ。


それが例えば資源の存在を示唆するようなセンサー反応なら、スキャン精度を変えた反復探査と八の字飛行で対象エリアを絞り込んでいけばいい。

それで何も出なければ、もう一度最初から繰り返す。


そして、もう一つ別の難しい判断がある。

それはメイルを発見した場合の反応だ。


まず、メイルは攻撃的だ。


こちらがメイルに気がつく前に、向こうがドローンを発見して即座に撃墜しようとしてくることも多いので、資源探査よりもメイル探査が主眼の時は、固定した形状の編隊飛行を続けているのは良くない。

うっかりしていると、パターンの認識力に秀でたメイルが即座にドローン編隊の飛行パターンを読み取って、こちらが反応する暇もなく全機撃墜という羽目にもなりかねないという。


だから付近にメイルがいそうだと想定している時は、六機編成のドローンが空中に作り出す輪郭を常に変化させながら、一定のパターンを感じさせないように飛ばす必要がある。


完全自動操縦でも、乱数発生を根拠にしてそういった挙動をドローン群に取らせることは可能だが、やはり人間が皮膚感覚で気まぐれに操作しているのとは違う。過去の戦闘記録からすると、やはりそこはパイロットとしての腕前の差がでるところだった。


メイルを発見した時、あるいは攻撃を受けた時、どれだけ早く反撃できるかというのも重要だ。


予期せぬ事故の可能性を考えると、自動迎撃システムに強力な兵器を預け切ってしまうのは危険だ。

やはり、攻撃を行うか否かの判断は人間が行うべきだし、そういう意思決定のために人間がいるのだと言っても過言ではない。


そこにも、当然パイロットの判断力の差がでる。


コマンダーである艦長の戦闘許可があるのが前提とはいえ、スレイプニルにおけるエミリンは、パイロット兼兵装システム主任でもある。

何をどう使って、どう反撃するか? 


いまはジャンヌが指示してはくれるものの、本来はエミリンも自分の判断で行動できなければいけない範囲のことなのは間違いない。


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地表から一定の高度を保ちながら飛行し、丘陵地帯を滑るようにしてスレイプニルに近づいてくるドローンの編隊は、エミリンが『手動』でコントロールしている一群だ。


もう一ユニットを同時に飛ばしているけれど、そちらは完全自律飛行で網の目を塗りつぶすように資源探査をしているだけだから、放っておいても問題ない。

指定されたエリアを勝手に探査し続けて、何もないままエネルギーが乏しくなれば自動的に船まで戻ってくる。


「練習熱心ね、エミリン」 ジャンヌが声をかける。


「うん。自分でもだいぶ慣れたかなって思う。でもやっぱりシミュレータとはだいぶ感覚が違うし、それに地表近くの風の流れとか気温のムラとか、シミュレーターで再現してたのは本当に大雑把っていうか単純だったと思うなぁ。

上昇気流にしても下降気流にしても、地表の大気の動きが実際はこんなに激しいなんて思ってなかったもの」


ジャンヌが柔かな表情をエミリンに向ける。


「現実とシミュレーションはまったく違うものよ。だって考えてごらんなさい。現実に試すのが大変だからシミュレーションで済ますわけでしょ?」


エミリンは一瞬、ジャンヌはなぜ当然のことを言うのだろうと思ったが、すぐに思い返した。

ジャンヌが馬鹿なことを口にするはずはない。


「つまり、あらゆるシミュレーション行為は、すべて『現実の簡略版』に過ぎないの。本物で実験できるのなら、それが一番いいわ。

だけど、それはとっても大変か、あるいは単純に無理だから、小さなモデル実験かシミュレーションで理解しようとするわけ。ね?」


「そっかー、確かに現物で実験できるんなら、それ実験ていうよりも、やり直しできる本番みたいなものよね。それは大抵無理だわ」


「そういうことね。だからシミュレーションや実験をやる価値はとてもあるわ。

あるけれど、それは現実そのままではなくて、見えないところで、もの凄く沢山のことが省略されてるの。それを忘れなければいいっていうだけよ?」


「わかった。いまは本物を飛ばせてるんだから、エミリンがんばる」


エミリンはそう言ってドローン操縦の練習に戻った。


そんなエミリンを眺めて、ジャンヌは微笑ましく思う。


ただ、そう遠くないうちに、メイルとの戦闘に遭遇する可能性は避けられない。

やはり、武器を使って実際に存在する『なにか』を物理的に破壊するという行為は、それこそシミュレーションとは心理的な衝撃度が違う。


このCICの戦術ディスプレイも、研修で使ったシミュレーターのディスプレイも、見た目だけならまったく同じものを表示するけれど、今度はその向こうに実体がある。

その時、このコンソールを操作して破壊した相手は、何マイルか向こうで煙を上げて壊れているリアルな物体なのだ。


それが、たとえ危険な機械に過ぎないメイルだとしても。


直面するのは時間の問題に過ぎないその事実は、エミリンを資源探査局に引き入れたジャンヌにとって、かすかに良心の呵責を感じさせることでもあった。


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