ダーゥインシティ


(ダーゥインシティ・資源探査局)


『スレイプニル』という『S』で始まっている名前の大型クルーザーに乗って、最初に行った場所は、中央政府の首都があるシングルナンバーの巨大都市「セルNo.8」で、通称はダーゥインシティ。


結局そこでは約三ヶ月間とちょっと、正式な資源探査局員となるためのテストや各種のトレーニングを受け、同時に大まかな仕事の内容をつかんだ。


マッケイシティを出る前にジャンヌに大まかに教えてもらっていたとは言え、やはり資源探査局とは想像以上の規模に広がる仕事で、ダーゥインシティの本部で実際に全体像を見るまでは、セルの『外』に、これほど大規模な人間の活動が行われているなんて、とても理解できていなかったことが解った。


また、セルへの資源供給に関わる組織が一つではないということも知った。

いまエミリンが所属しているのは、最初の調査を行う『資源探査局』で、ジャンヌの言うように、仕事内容が冒険家とか探検家に近いという話は、その通りみたいだ。


もう一つの大きな組織が『環境開発局』で、こっちは主に、見つけた鉱石の採掘や基礎精錬を行う部門だそう。

つまり、資源探査局は資源を探しに行って有望そうな場所を見つけてくるだけで、そのあと、採掘作業が採算に合うかどうかの調査や、実際に資源が使えるようにする事業は環境開発局さんがやるという役割分担。


環境開発局では、陸上で大がかりな仕事をやらなければいけないので、機材を採掘現場に運んだり、逆に掘り出した資源をセルまで運ぶ、特殊な船やマシンをいくつ持っている。


言われてみるまで気づかなかったけれど、以前のエミリンが知っていたのはただ、資源は中央政府が配分してくるということだけで、そういう天然資源がどこから届くのかなんて、それまで考えたことも無かった。

それは、たぶん自分だけじゃなくて、ほとんどのセル市民が気にしてなんかいなかったはずだ。


資源探査局が概況の調査と安全確保を行い、その上で環境開発局が乗り込む、という段取りだけど、それだけ重要な仕事である資源探査局の現場職員になるためは、ともかく幾つかのテストを受けなければならない。


ジャンヌは「エミリンなら絶対に大丈夫」と太鼓判を押してくれていたけれど、それでも実際に合格が告げられるまでは、不安で不安で仕方が無かった。


ただし、支局長クラスが推薦する人物が落とされることは滅多にないし、本人も気づいていなかった性格的な問題などで仮に現地調査員としては不合格になっても、事務系などの職場は用意して貰えるのだということを知らされて、エミリンは少々ホッとした。


つまり、泣きながらマッケイシティに戻る、という最悪の事態だけは避けられるわけで、それだけでもここまで来た甲斐はある。


『本人も気づいていなかった性格的な問題』とは、『リスクテイカー』と呼ぶ性格チェック用の機材によるテスト結果のことだ。


これを使ったテストで一定のスコアを出す、つまり、目的の為には積極的にリスクを取ることをいとわない性格であること、ジャンヌの表現によれば『冒険家気質』であることを示さないと、現場要員として採用されるのは難しいらしい。

しかもリスクテイカーのテストでは、素早い判断力や深い状況分析力、記憶力、意志の強さなども総合的に測るから、単なる怖いもの知らずや無謀さでは高スコアを出すことができないそうだ。


エミリンは、基準採用値は6.0ポイント以上で採用者の最多スコアレンジは7.1前後だと知らされていた。


テストの結果、エミリンのリスクテイカースコアは9.2ポイント。

なんの問題もなくというか、これに関してはトップクラスの優等生としてテストをクリアすることができてしまった。


ジャンヌは「だから言ったでしょ?エミリンなら絶対に大丈夫だって」と笑っていたが、ジャンヌが採用されたときのスコアを問いただしたら、なんと9.7ポイント。


やっぱり凄い。


ただ、「これは内緒よ」と秘密めいた笑顔で教えてくれたのだけど、実はスコアが10ポイント以上を出すと人格破綻者の可能性有りとして採用が上級審議に回されるらしい。


「過ぎたるは及ばざるがごとし。あたしはギリギリ」だって。


ちなみに環境開発局の人には、資源探査局ほどは『冒険心』が求められない。

環境開発局のリスクテイカー基準採用値は資源探査局よりグッと下がって4.0ポイント以上で、それで採用者の最多スコアレンジは5.0ポイント前後だそう。


随分低いなって思ったけど、だけど、もしもセルの平均的市民がリスクテイカーのテストを受けたら、普通のスコアはせいぜい2ポイント台という程度らしい。


無事に採用が決まって、推薦者のジャンヌと一緒に働けることになったので、研修の間を縫って、これからボスになる人にもジャンヌと一緒に会いに行った。

それがジャンヌのさらに上司、ミシェル・ショウ資源探査局調査統括部長で、資源探査局の現場活動全体を指揮している年配の人だ。


エミリンを笑顔で迎えてくれて、始終励ましてくれたので、エミリンはなんだかとても嬉しい気持ちになれた。

しかも、ショウ部長が言うには、ジャンヌは歴代最年少で資源探査局支局長となった天才なんだそう。


「ジャンヌと組めて、あなたは運がいいわ」 と、ショウ部長は言ってくれた。


ショウ部長のオフィスで、お茶を飲みながら色々とお話を聞いて、そろそろ帰る時間となったとき、ショウ部長は二人に向かって、『それでは活躍を期待しているわね、オーバーナインズ!』と、そう言って笑いながらオフィスに戻っていた。


エミリンは意味が分からずきょとんとしていたが、後でジャンヌが説明してくれた。

ペアの二人が揃ってリスクテイカーのスコアで9ポイントを超えている、珍しいというか初めての組み合わせ。

それで『オーバーナインズ』と、一部の局員に呼ばれているらしく、しかも、その言い出しっぺは、あの受付にいたショウ部長のセクレタリーの人らしい。


「悪い意味じゃないから、気にしなくていいわ」 とジャンヌは言うけれど、なんだかこそばゆい。


ジャンヌが言う。


「前にも話したけど、人間はリスクを回避しようとするのが当たり前でしょ? だから、リスクを恐れない人材の確保は常に資源探査局の最大の悩みなの。

特に現場を受け持つ調査部員は慢性的な要員不足なのよ。いつでも人手不足」


研修期間が三ヶ月と短いのも、『そんなに時間を掛けていられない』というのが実情らしい。『後は実践で』ということだ。


「初めてエミリンをクルーザーに招待したあの日が、私からのエミリンへのテストだったの。あなたが、一瞬たりともためらわずにクルーザーのステップを上がってきたあのときに、もう合格することは決まっていたのよ」 


そう言ってジャンヌはにっこりと笑った。


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(整備ドック・スレイプニル)


それ以降、ダーゥインシティでなんやかんやの研修を受けている間、ジャンヌはドライドックに上げたスレイプニルの点検整備と艤装の改修作業や搭載マシン類の改善などを監督していたそうだ。


今日はジャンヌがスレイプニルを整備中のドライドックに連れてきてくれて、船の装備や、資源探査局の船について色々と説明してくれている。


「船の整備って、こうやって水から持ち上げて乾かしてやるのね」 

感心したようにエミリンが言うと、ジャンヌは微笑ましそうにエミリンに答える。


「普通はここまでやらないわ。浮かべたままでも船内の装備はすべて手を入れられるから。今回はウェルドックっていう、あの、後ろのへこんだ部分ね。

あそこの改良もするせいで、水から上げなければいけなかったの」


「あんなところが開くんだ。船の中まで水が入りそう」


「ある意味ではそうよ。あの後ろのドアを開くことで、船の中から直接、MAVやATV、それに小型ボートなんかを発進させることができるの」


「へぇー凄い」


MAV(Multi Amphibious Vehicle)とATV(All Terrain Vehicle)というのは乗員が沿岸に上陸して活動するときに使う水陸両用の多装輪車両で、ボートのように水上を走って、そのまま陸地に駆け上がり、陸地では車のように移動することができる。


主に調査マシンの揚陸に使う貨物輸送タイプのMAVと人間用のキャビンタイプMAV、それに1〜2人乗りでバイクライドタイプのATVがあるが、スレイプニルは船尾のウェルドックを開いて、直接それらを海上に発進させることができるようになっていた。


「舷側についているクレーンで上げ下ろしもできるけど、ウェルドックがあれば、手間をかけずに素早く出かけて素早く撤収できるから、乗員の少ないヴァルハラ級向きなのよ」 とジャンヌ。


スレイプニルは「ヴァルハラ級」と呼ばれているシリーズの最新鋭艦だった。


完全な自動制御のセイルも装備されていて、風のあるときにはまったくエネルギーを使わずに風力で疾走することさえ可能だという。

そのセイル自体も船のデッキと同じように太陽光発電性のフォーミュラで覆われているから、天候の良い日のヴァルハラ級は、本当にゼロエネルギー消費で移動し続けることができるそうだ。


そしてヴァルハラ級には、ほとんど人間の乗員が必要ないとジャンヌは言う。


船そのものを維持運用するために必要な作業はレイバーマシンがすべて行うし、スレイプニルそのものの電子機器にも、自動的に天体測定して位置を推測しながら自律航行できる能力を与えられている。


初めて乗せてくれたときは割とジャンヌが手動で動かしていたけれど、それもエミリンの反応を見たかったという主な理由だったらしい。


上陸調査も、空中からのドローン探査と各種のレイバーマシン類を揚陸してのリモートコントロールで行えるから、ジャンヌの言葉をそのまま借りれば『人間はベッドに寝っ転がったまま目的だけ示せばいい』というわけだ。


少ない人数で長期間の行動ができるからこそ、これまで手の届かなかった遠隔地の探査が行える。それがヴァルハラ級探査船計画、通称『ロングレンジボウラー』が計画された理由だった。


そして、通信が届かない遠隔地に出かけるのだから、派遣されたチームは本部からの指示無しで相応の自律的判断ができないと危険だし、どんなトラブルにでも対応して無事に戻ってこなければならない。


「自律航行能力って、それ、農場のマシンなんかとは較べられないくらい高度な判断力が与えられてるの?」


「そうだけど、スレイプニル自身がどこに行くかを決めるわけでもないし、なぜ自分が海を走るのかを考えることもないわ。

結局、どんなに高度な条件判断の能力を与えても、それで『ないものが生まれてくる』わけじゃないのよ」


ダーゥインシティの造船所ではスレイプニルと同じヴァルハラ級探査船の四番艦「グングニル」が進水して艤装中。

五番艦「ミョルニル」の建造が始まっているところで、三番艦であるスレイプニルまでの運用実績で明らかになった問題点を改善し、四番艦と五番艦の設計に改良を加えたのだという。


すでに就役済みの船についても、その装備を改善する計画があったので、ちょうど良かったのだという話だった。


「確かにMk.2シリーズのグングニルとミョルニルには、部分的には最初の三隻より良くなってるはずのところもあるわ...でもね」 と、説明を続けるジャンヌが茶目っ気たっぷりに暴露する。


「四番艦と五番艦の最大の設計変更ポイントはコスト低減なのよ。ヴァルハラ級はコストがかかりすぎるから」


コストというのはつまりクレジットが沢山必要ってことだ。

材料が沢山いるし、手間が沢山掛かる。

エミリンの理解ではそういうことになる。


「一番艦のヴァルハラと二番艦のグレイプニル、それにこのスレイプニルの三隻だけが本物のヴァルハラ級。

だけど最初のヴァルハラは試作品って言う意味合いも強かったから、当初はトラブルも多かったの。次のグレイプニルを作るときにはそういう欠点を修正し、スレイプニルではさらに性能を向上させた。

その点では、完璧なヴァルハラ級はグレイプニルとスレイプニルだけと言っていいかもね...それにグングニルとミョルニルの後は、ミネルバ級っていう新しい船の製造に切り替えることになってて、もう設計もほとんど済んでるわ」


「え、ヴァルハラ級って最新型だったんでしょ? それがもう次の新型に切り替わっちゃうの? 勿体なくない?」


自分でも子供じみた言い方だと、口にしてから気がついたがもう遅い。


「そうじゃなくて...ミネルバ級っていうのは、いま作ってるグングニルや次のミョルニルを、もっともっと簡単な構造にしたような船なのよ。

要するに、さらにさらにコストダウンね。

最初のヴァルハラ級の三隻は、時間もクレジットもたっぷり使って、とにかく最高の性能の物を作ってみたわけ。どれくらい凄い物をつくれるか試してみましょうって感じね」


エミリンにはまだヴァルハラ級の性能はよく分かってないけれど、その美しさはわかる。港に停泊しているスレイプニルは、エミリンにマシンというよりも美しい生き物をイメージさせた。


ジャンヌが話を続けている。


「それで、三隻を実際に動かしてみたら、だんだんとなくしても問題ないところとか、もっと簡単な作りにしてもちゃんと使えるところとか、そういうことが解ってくるでしょ? 

例えば船に載せてたけど一度も使わなかったマシンとかね。

そういう、有ったら良いけどなくても済むかなってところを削って、シンプルに作ってるのがMk.2シリーズのグングニルとミョルニルなの」


なるほど。


手を抜いたって考えると美しくないけど、シンプルにしたと考えれば、それはそれで美しい所作だと思える。


「だけど、グングニルとミョルニルにしても、元の設計自体はヴァルハラと同じだから、いくら簡素にすると言っても変えられないところも沢山あるわ。例えば船そのものの形とかは同じでしょ?」 


でしょ? と言われてもエミリンはグングニルとミョルニルを見たことがない。

もちろん話の流れから同型船だということはわかっているが。


「つまりボディの設計が同じだから、造船そのものにかかるコストは後から低くできない。せいぜい細かな部分をちょっと簡単な構造に変えるぐらいね。

でもミネルバ級は、そういうところも抜本的に考え直して設計した船なの。

ヴァルハラ級のデータを参考にして、その良さを生かしたまま、あまり性能を下げずにもっとシンプルに作れるように工夫してみた。そういう船よ。

コストは半分以下だけど性能は七割ぐらい出せる感じね」


「だったら最初からミネルバ級を設計すれば良かったのに」


きっとそう言う話しではないだろうと解っているのだけど、でも、やっぱり口にしてしまう。


「そうはいかないわ。ヴァルハラ級を作ってみて、それで始めて解ったことが沢山あるからこそ、シンプルなミネルバ級を作れるの。

ヴァルハラ級で得た経験もなしに、最初からミネルバ級は作れないし、もし作っても性能の良いものにはならなかったはず。

人間のやることには試行錯誤が必要よ、エミリン」


天才であるジャンヌなら、なんでも一発で正しい答えを出してしまいそうなのに、そうじゃないと言う。


「世の中には、頭では解っているはずでも、本当は試してみないとわからないことが沢山あるのよ。小さな実験をやったときは上手くいったのに、同じ実験をもっと大規模にやってみたら駄目だったっていうことも沢山あるわ。

だからこそ試行錯誤するの。ただ頭で考えるだけじゃなくて、上手くいくまで色々なやり方を試してみる。そういうことが必要なのよ」


ジャンヌの話は、いつもながら納得できる結論にたどり着く。

確かにそうだ。試してみなきゃわからないし、考えすぎても外してしまう。


エミリンは、マッケイシティ時代の『ジェインからの相談』のことを思い出してしまった。


親友のいまの恋人が昔の自分の恋人、別にどうということもないのに、ひょっとすると心が少し重くなる話かもしれないと、勝手に不安を抱いていた。

そしていざ蓋を開けてみればなんということもない、むしろお惚気話といっていいぐらいの軽い相談事。

確かに、人間は試してみなければわからない生き物なのかも知れないな、とエミリンは考えた。


「ところで、明日の研修はなんだったっかしら?」 ふいにジャンヌが聞いてくる。


「午後から地中の鉱物資源を探す、なんとかスキャナーの操作実習」


「UMMスキャナーね。装置の名前はちゃんと覚えなさい。とっさに使うとき混乱するから」


「はーい」


「よし、いい子ねエミリン。明日の朝が早くないのなら、今夜は外のレストランで夕食にしましょうか?」


そう言ってジャンヌはベンチから立ち上がった。


基本的にジャンヌは行動が早い。

エミリンに何かを提案して、その語尾に「か?」という疑問形が付いていたとしても、それを言い終わると同時にもう行動に移っていることもしばしばだ。

もちろん、その大抵の場合はエミリンにとっても嬉しいことだが。


「やった!」 とエミリンもベンチから跳ね上がる。


ダーゥインシティでジャンヌが連れて行ってくれるレストランは、いつも最高にステキなお店ばかりだから。


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(レストラン・ファロー)


食事が運ばれてくるのを待つ間に、今日は何故か、セルの経済と探査局が見つけてくる資源の関係、という話しになった。

びっくりするほど美味しい不思議な食感の豆スープを休まず口に運びながらエミリンは思う。


ジャンヌのいう『経済』っていうのは、自分の頭が悪いせいか、まだよく理解できない。


たとえば農場のマシンでも継続的に改良は加えられている。

人間の行動と違って機械は作り変えることができるのだし、美的感覚が許せる範囲なら効率化しても悪いところはないのだから、もっと良く動くのならその方がいい。


ただし、機械を作り直すには材料がいるし時間もかかる。

その材料は誰が持ってくるの?っていうとセルの行政府が。

セルの行政府は誰からその材料をもらうの?って言うと、中央政府から。


じゃあ中央政府はどうやってその材料を手に入れてるの?っていうと、それこそ環境開発局があちこちのワイルドネーションから掘り出してきてるわけだ。


そういう掘り出してきた天然資源や生産した食料を、お互いに交換し合うことが『経済』という概念で、市民は誰でも働くことで自分の時間と体と才能をクレジットに交換してるのだと。

確かにそういう話は、もっと幼い頃にママ達に教えて貰ったことの中に入ってたから解っていたけれど、ジャンヌが教えてくれていることは、どうしても、ただそれだけじゃない感じがする。


それが何か、というのが答えられないから、ずっともやもやしてるのだけど。


資源探査局がスレイプニルのような立派な船を作ったり、遠くに出かけていくための燃料や食料、エミリンたちの給料として払うクレジットをどうやって手に入れてるの?っていうと、これは中央政府が各地のセル行政府に色々な材料を渡す代わりに貰ったクレジットを少しづつ集めておいて、まとめて使うからできることだろうと思う。


じゃあ、セルの行政府は、資源を貰う代わりに中央政府に渡すクレジットを、そもそもどうやって集めているの?っていうと...それはどうやって集めてるんだろう?


例えばセル同士の間で、農場で作った食料なんかの余った分をやり取りするとしたら、沢山の作物を作ったセルには沢山のクレジットが集まることになって、あまり作れなかったセルには、あまりクレジットが集まらない。


そうなると、農作物の余りが少ないセルっていうか、そもそも人が少なくて農場が小さなセルは、食料の余りなんて大して出るわけがない。

そうすると、クレジットを集められないから、中央政府から資源を沢山貰うことができないってことで、それはなんだか不公平な気がする。


そりゃ、人が多いセルはそれだけ沢山の物がいるだろうから、金属でもガラスでも沢山使う。建物も沢山必要だし。

人が少ないセルは、そんなに沢山の材料はいらないよね?って言われたら、それはそうなんだけど、じゃあ人が少ないセルは、いつまでたっても立派なオペラホールとか、キリエの好きな水墨画を飾ってある美術館とか、そういう大きな建物なんかを作ることはできないはずだ。


田舎はずっと田舎のまま。


やっぱりそれも不公平な気がする。

どこで生まれるかは自分で決められるわけじゃないのに、生まれた場所によって手に入る物が変わるなんて。


普通は自分が生まれたセルが世界のすべてで、セルとセルとを行き来すると言うことがないから、他のセルについて良く知らないだけだ。

他を知らないのだから羨む理由もない。

知ったところで行けるわけでもないのだから、知りたいという興味もない。


でもきっと、小さなセルの人がマッケイシティに遊びに来たら、マッケイシティに住みたくなると思う。

エミリンだって、マッケイシティから、さらに想像を超えた大都会のダーゥインシティに来て目を回す思いをしているし、この凄い豆スープ一つとってみても、マッケイシティではお目にかかったことがない。


でも、セルの引っ越しが自由にできると、小さなセルからはどんどん人がいなくっていってしまうかもしれないし、大きなセルだって農場のサイズには限りがあるんだから、無制限に市民の数を増やすことはできないはずだ。


生まれる子供の数が決まっているのも、他のセルへ気軽に引っ越すことができないのも、そういう理由なんだろうか?


上手く言えないけどなんか変だ。

頭が堂々巡りを始めている。


自分の頭の悪さを恥ずかしいなぁと思いながらそういうことをジャンヌに言ったら、意外やジャンヌは真面目な顔で頷いてくれた。


そして、「そのとおりよエミリン。だから私たちが必要とされるのよ」 と言う。


「私たちは、イソギンチャクの触手、植物の根っこ。動けないセルの代わりに、大切な資源を見つけて持ち帰ってくる。言うなれば、私たち自身がセル社会から飛び立つドローンね」


それはわかる。

でも、それが経済やクレジットの話とは、どうしても繋がらない。


「エントロピーの増大という概念があるわ。簡単にいうと、エネルギーはどんどん散らばっていくし、積んであるものは低い方に崩れていく、形あるものは徐々に崩れて壊れていく、ある程度崩れたら、もう機能しない。

どんなものでも、使えばいつかはなくなってしまう、と捉えてもいいわね」


「だからリサイクルが必要なのよね? 樹脂も金属もガラスも、壊れたら全部集めて溶かして作り直すことでずっと役立ているわ」 とエミリン。


「その中でもエントロピーは増大するの。リサイクルでも100パーセント元通りの素材にできるわけじゃないでしょう? 

それに、やがて、素材そのものが不純物と混じり合って脆くなっていくし、種類の違うものを混ぜ合わせると、どんどん当初の美しさや純粋さは消えていくわ」


言われてみればそうだ。リサイクル素材は、どちらかというと見た目を気にしなくて良いものに使われることが多い気がする。


「社会を維持するためには、どうしても外から持ってくるものが常に必要なの。新しい原料がね」


「じゃあ、なるべく大切に使わなきゃ。できるだけ新しい物を作らなくても済むように」


「それはそうなのだけど、かと言って新しい物を生み出す動きが停滞したら、社会は貧しくなってしまうの」


「どうして? これまで通りに過ごしていても貧しくなっちゃうの?」


「新しいものを作る材料やそれを動かすエネルギーが手に入らなくなれば、労働を支えてるマシンを維持することもできなくなって、自分たちで土を掘って作物を植えなければならなくなるわね」


エミリンはマシンの代わりに人々が手で土を掘り返している姿を想像する。

あの、雨の日の農場、泥にまみれて薄汚れた重機たちの姿。

あれを全部、人間が代わりにやらなければならない。雨の中で凍えながら...その想像に、思わずぶるっと体を震わせそうになった。


「でも、そんな効率の悪い方法じゃぁ大勢の人間は養えない。

自分たちが食べる分の食料をつくるためだけでも、市民のみんなが、朝から晩まで、自分で畑に出て働かなければいけなくなるでしょうね。ほとんどの人が、他のことをする余裕なんてなくなるわ」


「服を作る人も、建物を作る人もいなくなっちゃう?」


「少しは役割分担できるでしょうけど、それにしてもマシンなしじゃ簡単な物しか作れなくなるわね。

もしも資源の流入が途絶えたら、きっと二百年もかからずに、前期都市遺跡時代よりも昔の、人間が本当に原始的な暮らしをしていた時代のように逆戻りしてしまうと思うわ」


ジャンヌは、そこまで一気に喋ってからスープをもう一口だけ飲み込んだ。

このスープを目の前にして冷静でいられるなんてダーゥインシティ生まれの都会人だけだわ、とエミリンは思うが、いまはそれは関係ない。


「そうならないためには、ワイルドネーションに出かけて行って資源を見つけてくるしかないの。原始時代の暮らしに戻った方が幸せだと思うのなら、別だけど」


「それはちょっと...」


「だけど小さなセル一つには、外から資源を集めてくるような力はない。きっとヴァルハラ級みたいな探査船の一隻だって作れないでしょう。

だから、中央政府が資源探査局を使って、みんなのためにそれをやる。みんなに公平に資源が行き渡るように調整する。

だけど、さっきエミリンが言ったように、もしも小さなセルが人数分の資源だけしか受け取れないとしたら、結局は同じことよ。

他のセルと同じ暮らしはできないっていう不公平さが生まれてしまう」


「どうすればいいの?」 と素直な疑問。


これは、さっきエミリンが思ったことだ。


「調整するの。色々なことを考えてバランスを取るのよ。

人口が少ないセルは、人口が多いセルよりも一人当たりの配分量が多いわ。それでも絶対量が違うから都市と田舎町で同じ暮らしはできないけれど」


そう言って、ジャンヌがスープをもう一口。

エミリンのお皿はもうほとんど空だ。お代わりを頼むのははしたないことかしら? とつい考えてしまう。


「私たちは、というか中央政府は他のセルからクレジットなんて貰ってないの。むしろ、私たちはセルにクレジットを配っているのよ。みんなが豊かな生活ができるように。小さなセルでも大きな楽しみを持てるように」


「え? だったら資源探査局を動かすクレジットはどうやって集めてるの?」


「私たち自身が。つまり私たちは、地下資源っていう形で新しいクレジットを掘り出しているのよ」


「資源がクレジット?」


「そう。どんな鉱物資源を掘り出しても、その代わりに地面にクレジットを払ったりはしないわ」


「あ、そうか! 無料って...いや掘り出すためのコストはかかってるから完全な無料じゃないけど、地面から掘り出したもの自体は無料よね」


「それを使って、私たち資源探査局の局員は、いえ、中央政府は、自分で自分を養って、なおかつその余剰ですべてのセルを豊かにできるように取り組んでいるの。これには大きな集団の力がいるわ。

少しずつ集めた余剰分を貯めて、まとめて使う力が必要よ。だから資源探査は中央政府にしかできないことなの」


エミリンは、これまでそういう見方をしたことはなかった。

集めた資源をクレジットにしてセルに配る?


「中央政府は掘り出した資源を加工し、自分たちでも利用し、セルにも配布する。各セルの行政府は、中央政府から受け取った材料を工場やお店にクレジットと交換で渡し、お店や工場は作ったものを市民に売って、次の材料を買うためのクレジットをもらう。

この街でもそうして色々なものが作られて、売られてるわ」


そうだった。

生活の大半を占めるものは配給されているだけじゃなくて、みんなが自分で作ったりして売り買いしてる。

ここやマッケイシティのプロジットみたいな、人気のレストランもあれば、正直、そうじゃないところもいっぱいある。


「そして市民は行政府からベースクレジットを貰って、それらを買うことができる。市民として認められたなら、極端な話、職業を持っていなくても食事に困ることはないわ。

すべてのセルは農場を持っていて、全市民に行き渡るだけの食べ物を生み出しているから、楽しみに使うクレジットを節約すれば、ボランティア活動だけでもベースクレジットで生きていけるでしょう?」


もちろん、掘り出した資源や生産した食料を売って代わりにクレジットを貰う、という話ならわかる。


「各セルから他のセルへ余剰生産物の輸出ももちろんあるけど、それはクレジットを稼ぐためというよりは、特産品を融通し合うっていう感じね。

でも、もしも中央政府がセルの行政府から資源と引き換えにクレジットを受け取っていたら、いつか、セルの持つクレジットは全部中央政府に集まって、各セルからは尽きてしまうわ。だから、セルからクレジットを集めるのではなくて、むしろ配らなきゃいけないの」


「うーん、そうなのかな...つまり...農場では足りないものを生み出してるのが資源局だってこと?」


「飲み込みが早いわね、エミリン。セル同士は競争する必要はないのよ」


本当はまだ良くわかってない気もするけれど、とりあえずジャンヌに褒められたら無条件に嬉しいので、そこは黙っておく。


「どのセルも自治体ではあるけれど、中央政府としてまとまった共同体の一つでもあるの。だから...生み出す物が農産物だったり芸術や工芸品だったり、それはセルの特色を生み出す物であると同時に、共同体のみんなで共有して分け合う物でもあるわ」


働けば、市民として認められて、行政府からクレジットが貰えるというのじゃなくて、そもそも市民のためのクレジットは中央政府と資源局が用意していて、そのクレジットをみんなで使うためにわざわざ配布するのだということだろうか? 


そして使っちゃった分は探査局と開発局がセルの外のワイルドネーションから新しく掘り出してくる...うーん、やっぱりまだ良くわかってない気がする。


「環境開発局や資源探査局を、いえ、スレイプニルを一つのセルと考えても良いわ。みんながそれぞれの役割分担をしているだけなのよ...ところでエミリン、スープのお代わりはどう?」


ジャンヌに心のうちを見透かされていたようで、エミリンはちょっとだけ恥ずかしくなった。


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