19-5 無限を超える力

 レオ・ロベルトは魔王が四天に指示し、自身の力の器として造りだした。


 故に、その力が魔王に匹敵するのは当然と言える。


 だが、これは何だ。


 この力は何だ。


「おおおおおお!!」


 敵を討ち果たすという強い意志を持ったレオが雄叫びを上げ、閃光の様な剣戟が魔神を押して追い詰めていく。


 ありえん、あり得る筈が無い。


「あり得る物か!!」


 片腕のみの魔王が歪な剣を大振りで振るい、虚無の闇が渦巻き周囲を飲み込んだ。


 全てを拒絶する滅却の力、万象を超えた魔神の力。


 しかし、それではもうレオは止まらない。


「こんな物に、負けるものか!」


 一筋の光が走り、覆う闇の悉くを打ち払う。


 その光景に歯を軋らせる魔神へとレオが切り込み、強烈な一撃が魔神の構える剣諸共殴り飛ばした。


「ぐうおっ!」


 強烈な一撃を受け止めた魔神が、剣を地面に突き立て踏み止まり、その片膝を付く。


 涼に斬られた額と右目とレオに斬られた左上半身、その両方を再生しようとするが再生しない。


 魔神の体に二人の力が侵食し、焼けるような痛みと共に再生を阻害していた。


 生まれてきてから常に絶対的な強者であった存在が、更なる力を持った存在を見上げる。


 光り輝く剣を持ち、稲光を纏った怒れる少年を見て、魔神の中に初めての感情が生まれた。


 恐れる、恐れるだと、この我が!?


 因果を超えた力を手に入れた我が、我が生み出した物如きに!


 剣を掴む右腕に力を入れて魔神が立ち上がる。


「否、そんな事はあってはならぬ……我は負けぬ、決して負ける訳にはいかぬ!我は魔神、この世全てを超える者なり!!」


 魔神が本当の意味で、残された左目にレオを捉えた。


 負ける訳にはいかない、それはその為だけに存在しているのだから。


 負けて力を否定されては、それが存在している意味すら失う。


 自らの存在理由を示すために魔神がレオへと剣を力を込めて振りかぶり、両者の力のぶつかり合いが世界を揺らした。




 愛莉は森の中を一人走った。


 自分を生み出してくれた大切な人の最期の想いを、その人の大切な人に伝える為に、森の中を小さな手足を振って懸命に走る。


 走る先、陣が描かれた少し小高い丘の上に三人が立っていた。


「え、愛莉ちゃん!?」


 走ってくる愛莉にエイミーが気付く。


 エイミーに続いてリーナもロンザリアも、泣き顔の愛莉が走ってくることに気が付いた。


 愛莉が息を切らしながら三人の前に立つ。


 出来る事なら抱き締めてもらいたかった。


 許されるなら、大切な人を失った悲しみを共有して慰めて欲しかった。


 でも今はそんな時間は無い。


 涙を懸命に噛み締め顔を上げ、真田 涼の遺志を伝える。


「マスターから、最期のお願いを、伝えに、来ました」


 嗚咽交じりの言葉に事態を察したエイミーが膝から崩れ落ちた。


「待って、最期って何?リョウもレオも負けたって言うの!?」


 動揺したリーナがそう言って思わず愛莉の肩を掴んでしまう。


 強く肩を掴まれながらも、愛莉はそれにハッキリとした目で答える。


「負けません!マスターも、マスターが信じている勇者も世界も、絶対に負けたりなんてしません!」


 強く、大きく出した声に、リーナが肩から手を離した。


「だから、マスターから言われた事を伝えます」


 一歩下がるリーナの前で、愛莉が震えを我慢しながら伝えていく。


「あともう少しで勝負が決まります、だから陣の準備をお願いします。それと、エイミーさんにマスターから、約束を守れなくてごめ」


「いやです!そんな言葉聞きたくありません!」


 愛莉の言葉をエイミーの悲痛な声が遮った。


「どうして、どうして、貴方は何時もそうやって……守る気が無いなら、帰って来るなんて約束しないで下さい!あんなに言ったのに……言ってくれたのに……どうしてそんなにも簡単に自分の命を捨てられるんですか……」


 エイミーが顔を手で覆い、その指の間から涙が流れる。


「貴方の居ない世界なんて……私には……」


 最愛の人を、これからもっと好きになっていく筈だった人を亡くした悲しみから、そんな言葉が漏れ出した。


 その言葉を聞いたロンザリアがエイミーの肩を掴んで起こし、頬を引っ叩いた。 


 乾いた音が鳴り、頬に生じる熱い痛みにエイミーが顔を上げ、怒りと悲しみが入り混じったロンザリアを見る。


「そんな事は言っちゃ駄目だよ。サナダ リョウが心から愛して、命を懸けてでも守り通すことを選んだ世界を、そんな風に言うのは絶対にしちゃいけない!」


 ロンザリアの言葉にエイミーが「はっ」となった。


「確かにサナダ リョウが結果として死ぬのは構わないと思ってるのはロンザリアも嫌いだけど、あれがサナダ リョウの生き方なんだ。それは死に方じゃない、死ぬ場所を求めてる訳でもない、命を使ってでも守りたい大切な世界を見出したサナダ リョウの道なんだ。だから、あんな人間を好きなロンザリア達は、あの人が守った世界を生きないと駄目だよ」


 同じ人を好きになった人へとロンザリアが優しく語り掛けた。


 その言葉にエイミーが涙を流し俯きながらも頷き、立ち上がる。


 立ち上がったエイミーの瞳には、悲しみの涙の中に確かな決意が光っていた。


「ごめんなさい……そうですよね、リョウさんが守ったこの世界、絶対に壊させたりなんてしません」


 エイミーが神器を胸の前に握り、祈りを込める。


「うん、絶対に」


 ロンザリアが光り輝く神器に手を添えた。


 地面に描かれた模様にに光が走り、巨大な黒い空間の周りを囲む程の広大な陣が作り出される。


「……アタシも、仕事しなきゃね」


「あともう一つ、最後の切り札になるかもしれない事を」


「ん、なに?」


 リーナが杖を持ち位置に付こうとすると、愛莉がそれを止めて最後の切り札を説明した。


「……それって出来るの?」


「はい、リーナさんとエイミーさん二人なら出力的にも大丈夫です……マスターがもう、この世界に居なくて、私は不完全な状態に、なりましたから……」


 説明しながら再び涙を流し始める愛莉を、リーナが引き寄せ抱き締める。


「わかったわ。じゃあ、あともう少しだけ頑張りましょうね」


「……うん」


 リーナの服に顔を埋めながら愛莉が頷いた。


「よし、じゃあアタシ達の力を見せてやろうじゃないの」


 リーナが愛莉の背を叩いて離し、杖を構える。


 その時、世界が揺れ、黒い空間にひびが入っていった。




 両者の激しい剣の打ち合いが時空すら歪め、魔神が造りだした世界が崩壊を始める。 


 真に目覚めた勇者の力と魔神の力は、途方も無く高い領域にて拮抗していた。


 だが、両者同一に近い力ながら、勝敗はレオの方へと傾き始めている。


 それは、レオが今まで積み重ねてきた経験の違い。


 鍛錬を続け、強敵と合間見え、培ってきた戦いの業。


 魔神もそれと同等の物を、そのような存在として生まれた故に所持している。


 しかし、所持しているだけの魔神と、自分で手にしたレオとでは戦いの中で差が出来始めていた。


 ほんの小さな体の動かし方のコツ、選択する攻撃の択の正確さ、それらが幾重にも重なり魔神を超えていく。


 レオの一閃が魔神の一撃を弾き、正面が開いた。


「ここ!!」


 レオが足を軸に回転し、強烈な二撃目を放つ。


 魔神が体を捻り回避しようとするも、空を断ち切る剣戟を避けきれずに右腕が消し飛び、歪な剣が宙を舞った。


 両腕を失った魔神がよろめきながらレオを睨む。


「何故だ、何故勝てない……貴様と我と何が違う、何故違う!我等は共に世界から拒絶される存在だと言うのに!!」


 魔神が叫ぶ想い、それは戦いの中で少しだけ理解できていた。


 この魔神と名乗る存在、それはとても空虚な存在だった。


 世界の歪みが偶発的に魔王として生まれ、ただその魔王としての意義に従い続けるだけの存在。


 それがそう在るしか無かったと思えば、何処か哀れにも思えてくる。


 しかし、それは違う。


 魔神もそれとは違う道を歩めた筈だ。


 魔王の器として作られた自分が、違う道を選べたように。


 最後の戦いに望む前、地面に腰を下ろして模擬戦用の木刀を彫りながら、遠く、遠くの世界から来た友は、魔王も平和に人々と暮らす物語があると言っていた。


 今、目の前いにいる魔王はそんな道を考えもせず、世界を滅ぼす事に囚われ続けただけの存在。


「僕は確かに貴方に造られた存在だ。だけど!僕を育てくれた大切な両親が名前をくれた!僕と共に歩んでくれる大切な人が僕に心をくれた!あの日出会った大切な友が、僕の力に意味をくれた!色んな人に支えられて僕はこうして立っている!僕は貴方の様なからっぽの存在じゃない!!」


 自分もそうなったかもしれない運命の可能性に対して、眼に勇気の光を宿して強く拒絶した。


「認めぬ、そのような物で我が力に匹敵する等、認められぬ……」


 レオの言葉に魔神が揺らめく。


 ゴォン……と重い音が空に鳴り響いた。


 何事かと顔を上げると、赤い空の亀裂から光が漏れ始め、魔神が造りだした空間が遂に限界を迎えた。


「うわ!」


 天も地も全てが崩れ去り、暗い闇の中へと消えていく。


 その崩壊は突如として終わり、元の世界へと戻って来た。


 荒れた大地と崩れた神の塔があった異空間から、辺りを湖と桜並木が囲う、塔が完全に消えた島の上へとレオが降り立つ。


「ここは、戻ってきたのか……魔神は!?」


 見上げる上空に魔神が浮かんでいた。


 魔神が地上にいるレオを見下ろし告げる。


「勝てぬのなら、勝てぬのなら……最早我は必要にあらず。勝利、その為に我は我の全てを捨て力としよう」


 空中の魔神へとレオが攻撃を放つ前に、魔神が時空の歪みの中へと姿を消した。


「一体、何を……?」


 逃げたとは思えない。


 そうだ、何かが来る!


 世界が再び揺れた。


 何かが世界を叩いてるかのように、何度も揺れ動く。


 その揺れと共に空にひびが入り、ひび割れた裂け目を押し開けるように禍々しい手が出現した。


 それは魔神が始めて降臨した時に見えた手。


 それの全てが魔獣の咆哮を上げながら姿を現した。


 テュポーン以上の巨大な怪物がその偉容の姿を、それの魔力によって赤黒く塗りつぶされた天に示す。


 その黒い体には赤い血管の様な模様が浮かび、背には12の悪魔の翼が生え、見るだけで畏怖を感じさせるその顔には怒りの表情だけが浮かんでいた。


「ギャルウウウウラアアアアア!!」


 巨大怪物がその大きく醜い口を開け叫び、掲げた両手に無限の力が集まっていく。


 それが地上に放たれれば星そのものを貫き、全てが終わりへと向かうだろう。


 だが、そんな状況が目の前で起きているのに、何故だか自然と笑顔がこぼれた。


 この状況に聞き覚えがあった為に。


「ふふっ……これをリョウの世界では、お約束と言うらしい」


 力強く、勇者が剣を掲げた。


 それを合図に周囲に作られた魔法陣から五つの光の柱が立ち上がる


「行くよ!」


「はい!この星に生きる全ての命よ、私達に力を!」


 エイミーの神器を使って行う祈りが描かれた陣によって更に強化され、ロンザリアの力と共に世界を駆け巡る。


 ロンザリアの力、人の心を覗き覗かせる力。


「最後にロンザリアに頼った事は、褒めてあげる!」


 その力を持って、世界中の心を持つ者達へロンザリア達が見ている光景を見せ、その想いを伝える。


 全ての人と魔物はそれを見た。


 恐ろしき巨大な怪物と、それに立ち向かう光輝く剣を持った少年の姿を。


 全ての人々は伝わるエイミーの想いを聞いて理解した。


 これが話に聞く勇者の姿、これが世界の命運を賭けた最後の戦い。


 誰かから、誰かへと伝え繋がった勇者の話。


 世界を恐怖へと陥れた四天を打ち倒した勇者の話。


 空を覆うような巨大な機械のドラゴンを討ち果たした勇者の話。


 魔王と戦う勇者の話。


 明日も分らぬ世界の中で「こんな話があるんだ」と広がり、誰かの希望になっていった物語。


 その物語を胸に、人々が祈る。


 戦う子供達の親が祈る。


 彼等と会った人々が祈る。


 彼等を知らない人々が祈る。


 彼等の勝利を世界が祈った。 


、その祈りは光となり、リーナの星の杖を通じて勇者の掲げる剣へと集まっていく。


 神が造りだした星の剣が悲鳴を上げる程の力を、勇者が背負う。


 これが、世界の重さ……!


 その重さに離れてしまいそうになる手を握り締める。


 集まる力と光を見て、空に居る怪物が何かを叫んだ。


 叫びの内容は分らない。しかし、掲げていた両手を顔の前に構えるのを見て、レオは剣を構え答える。


「僕は勇者だ!勇気を以って、皆の心を繋ぐ者だ!!」


「ガアアアアアアアアア!!!!」


 怪物の咆哮と共に、暗黒の波動が地上へと撃ち下ろされた。


 無限の災厄に対し、力強く大地を踏みしめ、振り、放つ。


「勇者の力を、受けてみろおおおおおお!!!!」


 黄金の輝きを放つ心の光が、怪物の放つ力とぶつかり合う。


 天空に衝突する力の押し合いの余波に桜が舞い、湖が大きく荒れる。


「ゴォォオアアアアアアア!!!!」


 力の鬩ぎ合いの中、怪物の更なる咆哮と共に波動の威力が増した。


「ぐっ……!」


 光を押し返され、星の剣が砕け始める。


「こんの……!」


 力を振り絞り、押し返そうとするも敵わない。


 圧倒的な力の圧力に、腰が落ちそうになる。


 だが、何かが自分を背中から支えた。


 その何かが言った。


 諦めるな!勇者がここで諦めてどうする!


「そうだ……まだ、まだ……!」


 足を踏ん張り、相手が押し込む力と、自分が手に持った力を支える。


「負ける……ものか!」


 光がその輝きを増し、暗黒の波動を押しとどめた。


 何とか止めたけど……これだと先に、剣と僕の方が持たない!


 歯を食いしばり耐える中で、再び声が響く。


 大丈夫だ、お前は一人じゃない!


 近くの丘から天に轟く雷鳴が鳴り響き、怪物を直撃した。


 思わぬ一撃を受けた怪物が眼を向ける。


 そこには、髪を赤く輝かせたリーナとエイミーが、光り輝く愛莉の手を掴み立っていた。


 愛莉は星と涼をつなぐ為に生まれ、その力は涼専用の物である。


 しかし、涼が居なくなった事により愛莉の存在そのものが不完全になっている今なら、不完全ながら他の人が星と繋がる事が可能となっていた。


 その涼から託された力をリーナとエイミーが受け取り、二人の力を合わせた魔力が巨大な魔法陣を作り出す。


「もう一発……消し飛べ!!!」


 魔法陣から神雷が迸り、怪物の体を貫いた。


「ギャオウ!?」


 怪物の体がバランスを崩す。


 今だ!


 頭の中で声が弾けた。


「これで、終わりだああああああ!!!!!」


 振りぬいた黄金の光が怪物の力を切り裂く。


 天高くへと昇る光は怪物の巨体を飲み込みんで全てを焼き払い、怪物の中にある力と共に大爆発を起こした。


 その爆風は天を覆っていた魔力を吹き飛ばし、青い空と眩しい太陽が戻ってくる。


 崩れ落ちる星の剣の感覚を手に握りながら、レオが綺麗な空を仰ぐように倒れこんだ。

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