19-4 たった一つの勝機

 勇者二人の心は未だ折れず、その身を奮い立たせた。


 赤と青に輝く力は、神が託し、人々が希望に見て、二人の少年が担う大いなる奇跡の力。


 だが、無慈悲な魔神の一撃がその奇跡すらも薙ぎ払う。


 歪な剣の波動に時空が歪み、漆黒の虚無の刃が放たれた。


 全てを消し去る闇に涼とレオが炎雷を撃つが、天上を越える力を持った二人の攻撃にも闇は止まらない。


「止められないか……!」


 迫り来る闇を避ける為に、涼とレオが今度は分れず並んで空へと飛び上がる。


 続け様に放たれる暴風と強烈な水流に対して、二人が固まって動き、的を一つにしてしまう行為には理由があった。


「ぐっ」


 魔神の目が光り輝きレオの力が奪い取られ、纏っていた風が消え空から落ちそうになる。


「今度はそっちか、任せろ!」


 涼の炎がレオを包み込みその場の安全を確保した。


 しかし、多少頑丈な一般人程度となってしまった今のレオでは、魔神に対抗する事など出来ない完全な足手まといとなっている。


 それは逆に涼がそうなってしまっても同じ事。


 双方が離れてしまうと、力を奪われた後のフォローが間に合わない可能性があった。


 これは敵の能力の性質上、それを破る前に片方がやられると勝ちの目が完全に消えてしまう為に、対策として考えていた片方が片方を守りながら戦う事を前提とした苦肉の策。

 

 庇いながらの戦いは中々しんどいが、こうして俺の魔力が奪われないのは魔神の力が単体専用の証拠。


 状況はハンデ付きだが実質一対一、ここを凌げば!


 レオを安全な位置に飛ばしながら爆炎を水流に叩き付け、残った唸りを上げる暴風を炎化して避ける。


 が、奪われたレオの雷が実体化した涼の身を貫いた。


「ぐはっ!……くっそ、効いたぁ……」


 雷光のダメージに視界が瞬き、体の焼け焦げる臭いが鼻に付く。


(マスター、さっきの魔神の魔力奪いの効果は20秒で切れてました。私がカウントしますから、それまで頑張ってください!)


「了解だ!!」


 頭の中で愛莉の激励の言葉が響き、カウントダウンが始まった。


 一対一の勝負で魔神に勝てるのなら、一人が囮になってもう一人が戦う手もあったが、魔神の強さは尋常じゃない。


 全力を尽くしても一人ではダメージを受けながら逃げるので精一杯だった。


 なら、狙う瞬間は一つ!


 剣から具現する闇の刃を、魔神が放つ暴力的な魔法を、奪われたレオの雷を、全神経を尖らせ避けていく。


(5、4、3)


 あと少し、もう少し!!


 闇の刃に巻き込まれた半身を再生させながら、吹き上がるように登る大地の槍を身を捻って回避する。


(2、1、0!)


 愛莉のカウントと共に雷が、背後で炎に守られているレオの元へと戻って行った。


 俺の力はまだ奪われていない。


「よし、これなら!」


 残った氷塊を炎の大剣で両断し、前に出る。


 予想通り奪っていられる時間には制限があった、なら狙い目はここしかない。


 次の発動までのインターバルがどの程度かは分らないが、今はここに賭けるしか無い!


「うぉおおりゃぁああ!!!」


 炎の大剣をそのまま投げ飛ばし、背後でレオも稲光を発生させ大技を撃とうとしている。


 二人の力が魔神へと向かおうとしたその瞬間、剣を振るい闇を生み出す魔神の瞳が再び輝いた。


 涼の星の力が光にまたも奪い去られていく。


 魔神の能力が再び発動するまでの間の時間は、ほんの数秒の僅かな隙しか存在していなかった。


「ノーモーションにこの連発具合は、ちょっと反則臭くないか!?」


 力を奪われながら、思わず口から敵の強さに対して文句が出てしまう。


「リョウ!」


 レオの声と共に背後から走る稲妻がコントロールを奪われた大剣と相殺し、体を包む風によって迫る闇の波動から間一髪で逃れた。


 風に包まれて後ろに飛ばされる俺をレオが受け止める。


「どうすれば、どうすれば良いんだ……」


 険しい顔でレオがそう呟いている。


 この言葉は俺に対して言っている訳でなかった。


 ただ、この絶望的な状況に対して「どうすれば良い」と自分に問いかけている。


 レオもこの状況に対して諦めていない。


 だが、本当にどうすれば良い……




 魔神の真の力に涼とレオは防戦一方となっていた。


 攻めの好機は見えず、振るわれ続ける暴虐の力に消耗だけが重なり続ける。


 相手の魔力を奪う力。


 それに時間制限があるのなら、その強力な力を再び使うためにはある程度の間もまた必要だと予想していた。


 そしてその隙は確かにあった。


 しかし、その隙は余りにも、余りにも短すぎる。


 その隙を利用しようにも、攻撃に転じている間に再びどちらかの力が奪われてしまう。


 無理な攻めをしてしまえば、無防備になった片方が殺されるのが関の山だ。


 何か、何でも良い、この状況を打破出切る突破口が欲しい。


 必死の戦いを続ける中、涼は考え続ける。


 そして頭の中に一つの考えが過ぎった。


 ああ、誰かもう一人、俺達と同じような力を持った人が居れば。


 その望みはこの場において何の意味も無い妄想。


 もう一つ別の力があれば、魔神の力の隙に叩き込めるかもしれないなんて都合の良い話。


 だが、その考えが新たな方法を思いつかせた。


 いや、この方法は魔神の力を知ってから、そこで自分自身の力の特性を考えてから、心の底では気付いていたのかもしれない。


 心が繋がっている愛利も、そのたった一つの勝機を知った。


 そして、その勝機に伴う結果に対する覚悟も。


 心の中で涙を流す愛莉を、優しく抱き締めた。


(愛莉に頼みたい事があるけど、分ってくれるよな?)


 愛莉はその問に泣いたまま答えられなかった。


 その愛莉の背中を優しく叩く。


(俺はさ、小さい頃に勇者に憧れてた。どんな困難だって乗り越えて、どんな強い悪だろうと倒して世界を救う、そんな強くてカッコいい勇者って存在に)


 本当に小さい頃、両親が見せてくれたテレビで見た物語。夢に見続けた物語。 


(俺はその憧れの存在になれた、でも理想には少しだけ届かなかった、俺の理想の勇者はこんな所で負けるような奴じゃなかった。だけど、そんな俺にも、いや俺にだからこそ出来る事がまだ残っている)


 その物語に俺はほんの少しだけ届かなかった。


 しかし、皆の物語をここで終わらせるわけにはいかない。


 俺のその願いに、愛莉が泣いたままでも小さな手で力一杯に抱き締め返した。


 その手の強さが答えだった。


 微笑んで愛莉の頭を撫でて最後の頼みを言う。


(愛莉、エイミーに「約束を守れなくてごめん」って伝えておいてくれないか?)


 その頼みは心の繋がってる愛莉に対しては言わずとも伝わっている事。


 それは分っていたけれど、言葉に出して「ごめん」と言っておきたかった、


 涙を流し続ける愛莉が何度も何度も最後の頼みに頷いた。


(よし、じゃあ行こうか)


 魔神の眼が輝きレオの力が奪い取られる。


「また!何かあいつに勝つ方法は……!」


 空中で制御を失うレオの肩に涼が手を置いた。


 炎に守られ空に浮かぶレオが、肩に置かれた手から涼の顔へと目を向ける。


 その涼の表情を見て、レオの目が驚き開いた。


 涼は笑っていた。


 何時もの様に、あの朝の決意の時の様に、この絶望の中で勇気と決意が見える強い笑顔をしていた。


 その笑顔のまま涼が語る。


「俺があの額の眼を潰す、そうすれば隙だって出来る筈だ。だから……後は任せた!」


「リョウ、何を!?」


 レオの返事は聞かず、神炎を纏った涼が猛スピードで空を翔ける。


 ああ、俺はこの世界に来れて良かった、皆に会えて良かった。


 何度だってそう思う、俺はこの旅を経験できて本当に良かった。 


 闇の刃を炎化して避け、奪われた雷を打ち消し、ただ前へと進む。


「ふっ、無駄な足掻きを」


 魔神が涼の特攻を鼻で笑って炎と風の魔法を作り出し、涼の星の力を奪うために瞳を輝かせる。


「無駄なものか!これが、俺の旅路の答えだ!!」


 力を奪い取られるその瞬間、涼はユニゾンを解いた。


 ユニゾンを解いた事により、体から出てきた愛莉が外の世界へと弾き出される。


 そしてユニゾンを解いた事により、この場にあった星の力が、奪い取られた星の力が、その力を失い霧散した。


 魔神が奪おうとしたのは、涼が星と繋がる事でこの場に引き出していた星の力。


 ユニゾン状態を解けば、その力は失われる。


「なんだと?」


 魔神の能力は不発に終わった。


 この瞬間、この一瞬に俺の今までの全てを懸ける!


「エクス……ユニゾン!!!」


 最早先の事を考える必要は無い、抑える必要は無い!


 身を焼き暴走する力をそのままに、涼の手が真正面から魔神の二つの魔法を引き裂いた。


「馬鹿な!」


 目の前へと迫る燃え上がる命の光に、魔神が一歩下がる。


「人間風情が……消え失せよ!!」


 下がりながら剣を振るい、虚無の力が涼の体を飲み込んだ。


 体が消滅していく中、涼が最後の力を振り絞り、腰に付けていた剣を抜く。


「勇者を、なめんなああああ!!!」


 膨大な力が剣へと伝わり、一閃が魔神の顔を斜めに切り裂いた。


「ぐぬぅお!?」


 額と右目が切り裂かれ、抑える顔から血が噴出す。


 またも一歩下がってしまう所へ、もう一人の勇者が切り込んだ。


 闇に消えて行く中、最期に涼はそれを見た。


 雷鳴を轟かせる青い髪をした少年の顔を。


 その顔を見て、少しだけ未練が生まれる。だが、最期に一言願った。


 負けるなよ、俺の、勇者……


「おおおおおお!!」


 その目に涙を流し、レオが魔神へと切りかかる。


 嵐を纏った強烈な一撃が、魔神の左半身を消し飛ばした。


「こんな事が……!」


 血を大量に噴出しながら、魔神が更に後ろへと下がっていく。


 その魔神の前で、レオの魔力が変異し始めた。


 涼が死んだ。あの日会った友が、心が折れた日にそれでも信じてくれた友が、敵に策略に嵌った時に助け出してくれた友が、旅路の果てに肩を並べた掛け替えの無い友が。


 体には魔神と同じ様な紋様が浮かび、溢れ出る魔力が稲光となって体の周りでバチバチと音を立てる。


 大切な人を失った悲しみに、自分の無力さと大切な人を奪った敵に対する怒りに、そして最後に託された友の覚悟に、レオが更なる領域へと踏み込んだ。

 

「ありえん、我が造りし我が器風情が、このような力に単独で目覚めるなど!」


 自身と同等の力に目覚めたレオに対して、魔神が剣を振るい闇の刃を撃ち放った。


 迫る友を消した力にレオが涙を止め、力強く構える。


「これが、これが、これが!僕達の力だ!!!!」 


 新たな力と共に星の剣が光り輝き、闇の力を一刀の下に両断した。 

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