19-3 超越者たち

 勇者達が足を踏み入れた世界の外は、何時もと変わらぬ静けさを保っていた。


 そんな静かな森の中でラウロが黒い空間を歯痒い気持ちで見ている。


「くそっ、俺らの勇者が戦ってるってのに、その姿を見て応援する事も出来ないなんてよ」


 中で行われている戦いの規模はドニーツェでの戦い等を見れば想像に難くない。


 例え自分達が中に入ることが出来た所で、弾除けになる事すら難しいだろう。


 そうは分っていても、それでもラウロは子供達に世界を任せる事しか出来ない自分が悔しかった。


「嘆いていても彼等の力にはなれません、自分達は自分達の出来る事を致しましょう」


 そう言ってバルトロが自身が担当する場所の陣を作り終える。


「そうだな……。あの嬢ちゃんも言ってたけどよ、この準備もお前達が勝たないと意味無いんだ。だから負けんな、絶対に負けんなぁ!」


 無駄だと分っていても、空間の中には届かない声をラウロは張り上げた。




 魔神が作り出したこの場所は、元の世界とは隔絶された空間。


 天にも地にも果てが無く、何処までも広がるその場所で、勇者二人と魔神がその力を振るった。


 唸る炎は天を焼き、轟く雷は大地を砕く。


 しかし魔神の力はその二つの力すら上回り、森羅万象の無限の力が荒野の空間を地獄へと塗り替えた。


 風が起こり、うねる水は空へと巻き上げられ、地は魔神の軍勢として立ち上がる。


 新たな神と名乗るに相応しき力は、勇者二人を存分に苦しめていた。


 立ち塞がる魔神の力に対して、涼とレオが挟撃する為に大きく左右に回りこんだ。


 二人の手に魔法陣が浮かび、灼熱の大槍と、雷の嵐が魔神に襲い掛かる。


 それだけでも普通の相手ならば必殺となる一撃に対して、魔神が両手を広げ力を放った。


 魔神が放つ数多の氷の大矢が嵐ごとレオの体を貫き、風の刃が炎を断ち切る。


 魔神の迎撃にレオは血を吐いて失速するが、炎化した涼がそのまま突っ込んだ。


「こんのぉ!」


 8つの炎剣を展開し、自分の手にも二本の炎剣を持って魔神に肉薄する。


 だが、分厚い水の壁が突撃を阻む。


 これでは足りないと判断した涼が、十本の剣を一つに纏め壁を切り裂こうとするが、それよりも早く天が光り輝いた。


 万雷が落ち、涼が居た空間を消し去って地上に大きな穴が生まれる。


 涼の攻撃は届かなかった。しかし、二度の魔法を涼に対して使わせた。


 その隙を逃さぬ為に、傷を再生中のレオが全力を叩き込む。


 先程までの戦いで、魔神が同時に魔法を放てる種類は自分と同じく二種類までなのは確信している。


 その一つ一つがこちらの全力に等しいのは厄介だけど、隙が無い訳じゃない!


「切り裂け!!」


 嵐を纏った星の剣が水の壁を両断する。


 ここで、決める!


 振り下ろした剣を引き、構え、爆発した水蒸気の向こうに居る魔神へと渾身の突きを放った。


 レオのが放つ突きの衝撃が雲を分け、大地を裂く。


 だが、それでも魔神のただの魔力による防護を完全には貫けない。


 あれ程の一撃であっても肩に傷を負っただけの魔神が新たな魔力を紡ぎだし、大地から生まれた巨大な手がレオを叩き落した。


 地面に叩きつけられ、大きな窪みを造ったレオの前に山の如き岩の竜が立ち上がり咆哮を上げる。


 衝突した時に吹き出た血を腕で拭っていると、炎から元に戻った涼が横に現れた。


「回復は任せろ」


 炎がレオを包んで負傷を回復させていく。


「うん、ありがとう」


 レオは自分自身の魔力で体の再生は出来るが、力を多く使い無限に再生できる訳ではない。


 なので俺が回復出来る場面なら、回復の魔力消費が少ない俺がやった方が良い。


「しっかし、魔神って名乗っただけの強さだけどさ……!」


 岩竜が歩を進め、魔神が爆炎を放ったので二人して一度距離を開ける。


「あのお前がくらった魔力奪いを使って来ないのは何でだ?」


 この戦いの中で魔神が放つ魔法はどれも脅威ではあったが、一番警戒していたものを相手が使ってこない。


 それが気がかりだった。


 俺の疑問にレオが首を横に振った後に答える。


「……分らない。でも、前の戦いの時もそうだった、あれは僕達の事を見下してると言っても良いと思う」


「なるほど、舐められてるって事か……ならチャンスだと思おう。あのドラゴンは俺が倒す、正面から仕掛けるぞ!」


「わかった!」


 二人の勇者が魔神に向かって空を蹴り出し、正面から攻め込む。


「行くぞ、イフリートォ!!」


 涼の体が炎神となり岩の竜を捻じ伏せ、押し開けた道を雷鳴が駆け抜けた。


 暴風をその身に宿して飛翔するレオを魔神が指差し、炎の大蛇が生み出される。


 それは幾つにも枝分かれ増え続け、空を高速で飛ぶレオを追った。


 寄らせない気か……でも、必ず辿り着く!


 レオが纏う風が更に強さを増し、空を縦横無尽に駆け巡って大蛇の追尾を遂に振り切った。


 直上から迫るレオに対して、魔神が岩竜を崩し新たな魔力を紡ぎだす。


 先程まで竜と取っ組み合いをしていた涼が「今だ!」とイフリート状態を解いてレオの下へと炎になり飛んだ。


(これぞ合体必殺技!!)


 涼がその身を神炎の剣と化し、それをレオが掴む。


 神が託した二つの力、自らの力と友の力、その全てがレオの両手に宿る。


「炎雷の双刃、受けてみろおおおおお!!!」 

 

 途方も無いエネルギーが振るう二つの剣から放たれ、魔神が放った力を飲み込み大地を十字に断ち切った。


 その熱量に直撃を受けた巨大な裂け目は白熱に溶解し、辺りもその余波に赤く燃えている。


 剣の状態から人の身に戻った涼が落ちていく星の剣を掴んだ。


 レオは自らが放った一撃で、その両手を焼失させていた。


「ちょっとは効いたか?」


 二つの力の爆発を受けた魔神はその姿を現さない。


「手応えはあった……でも、まだ!」


 レオが腕を治してもらいながら剣を受け取り、眼前を睨む。


 睨む場所の空間が歪んだ。


「流石に、手加減してくれたままやられてくれる様な奴じゃないか」


 歪む空間が押し込まれる力に破れる様に引き裂かれ、完全回復している魔神が姿を現した。


 手応えは確かにあった。


 だが、止めを刺せなくては意味が無い。


 腕を組んでいる魔神が二人を見下ろす。


「強大な力だ。その力があれば我が起こす滅びの中であっても、己の存在を保つ事が出来よう。故に理解できぬ、勝てぬと理解しながら我に何故挑むのか」


 魔神が右手をかざし、闇の渦の中から剣が生まれた。


 斬るにしても突くにしても向いていない、刃が捩れて波を描く禍々しい剣を魔神が握った。


「その目に未だ宿す光すら我には届かぬ、全ては変わらず無へと消えよ」


 魔神が振るう剣の軌道に合わせ放たれる凶悪な力を持った闇が、世界を虚無へと消し去る。


 涼とレオがそれを避ける為に左右に分かれた。


 眼前で魔神の左手をかざし二つの強大な魔法がレオへと放たれ、その力に天が震える。


 剣と魔法は別扱い、ここからが本気って訳か……!


「うおおおおお!!」


 涼が魔神の力に負けぬ為に雄たけびを上げて、巨大な炎剣を二本作り出し魔神へと振り下ろす。


 渾身の一撃を放つ涼に、魔神の額にある眼が光り輝いた。


「お前達では、我を超えることは不可能だ」


 その光によって、神に託された星の力が奪い取られていく。


「これが、話に聞くやつか……!?」


(ユニゾン状態は私が保ちます、ですがこれでは……)


 奪い取られたものは涼の力とそれに繋がっている星の力、涼の中に居る愛莉の力は奪い取られていない。


 それによって辛うじてユニゾン状態を保つ事は出来たが、愛莉一人の力では、敵に奪われ撃ち返される星の力に対抗できる筈も無かった。


「くっそ……」


 空中での制御すらままならない涼に対して神炎の塊が迫り来る。


「リョーーウ!!」


 魔神の攻撃を受け大きくダメージを受けているレオが、涼を蹴り飛ばした。


 蹴られ落下する涼の前で身代わりとなったレオが炎の直撃を受け、爆炎に巻かれ力なく地上に落ちていく。


「レオ!!がはっ!」


 助けてくれたレオの名前を叫ぶが、地面に激突した衝撃に口から大きく血を吐き出した。


 ユニゾン状態は辛うじて保っている為に、常人では即死する高度からの落下でも死ぬ事は無かったが、体の許容量を超えるダメージに身動きが取れなくなる。


 これが……魔神……


 それでも歯を食いしばり魔神を睨んだ。


 まだ涼の闘志は尽きてはいない。


 しかし、その闘志を傷ついた体は聞き届けてはくれない。


 だが、どうする……これでは何も……ん?


 考える中で自分の中に力が帰ってきた。


 力が戻った?ならよ……!


 炎が体を包み込み、拳で持ち上げその身を立たせる。


 レオも剣を地面に突き立て立ち上がる。


 強い、圧倒的なまでに強い。


 勝機は微塵も見えてこない。


「それでも……」


「僕達は……」


「「諦めてたまるか!!!」」


 天に在る魔神に対し、二人の勇者は立ち上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る