19-2 戦いの朝

 まだ少し薄暗い中で目が覚めた。


 隣には同じ布団の中でエイミーが寝息を立てている。


 起きるにはちょっと早いな……


 そう思いながらもベッドから下りて伸びをしたり、体を曲げて調子を確かめてみる。


 昨日大量に肉を食べたお陰か、ぐっすりと眠れたお陰か、体調はすこぶる良かった。


 これなら問題なく全力全開で戦いに挑む事が出来るだろう。


 しかし、この微妙な時間をどうするか。


 そう思っていたら、窓の外で一陣の風が空へと飛ぶのが見えた。


 あれは……


 


 レオが一人空に立って、遠くにある黒い空間を見ていた。


 日が丁度山の向こうにあるせいで辺りは暗くはあるが、そこだけは更に不自然に黒い。


 その異質な空間の中で魔神は二人の勇者を待っている。


「おーい」


 下の方から涼がレオに向かって空を駆け上がって来た。


「よ、レオも起きちまった感じか?」


「うん、これが最後の戦いになるからかな?何だか目が覚めちゃった」


 レオが真っ直ぐと魔神が居る方を向いたまま答える。


 俺もそれに倣って横に立ち、魔神の居る方を見る。


 それまで宿に居たせいで話には聞いたが始めて見る黒い空間は、遠くからでもその存在を重く示していた。


「リョウの世界ってさ、魔王とか魔神とかと戦う話って良くあったんだよね」


「ん?ああ、そうだな。かなりの数があったぞ、そりゃもう大量に」


 意外な質問をレオが続ける。


「その話って最後はどうなるのかな?」


 最後?何でそんな事を……いや、気になりもするか、これからそんな戦いをしようってんだから。


 よし、それなら……


「うーん、最後って言うと、最後の敵は巨大化するのがお約束だな」


「え、巨大化とかしたりするの?」


 腕を組んで語る俺に、レオが驚いて目を丸くした。


「そうさ、後一歩って所で敵が最後の力を見せ付けて勇者はピンチになるんだ。敵は高笑って勝利を宣言し、その巨大な力が世界を覆う……だけど勇者は決して負けない!」


 拳を挙げて熱く元居た世界のお決まりの話を語る。


「例え相手がどんなに強大だろうと勇者は諦めない。そこに奇跡が起きて世界中の心が無限を超える力になって集まっていき、皆の想いを背負った勇者の放つ一撃が敵を一刀両断!そして世界は救われて、皆が笑顔で勇者の帰還を出迎えてハッピーエンド。これが俺の世界での物語だ」


 語り終えて親指をビシッ!と立てる俺を見て、レオが肩を揺らし大きく口を開けて笑った。


「はっはははは!奇跡が起きて皆の力が一つになるか、そんな事が……良いねその話、何だかカッコいいと思う。そうか、僕達の心は無限だって超えて行けるんだ」


 笑うレオに釣られて自然と俺の顔も綻ぶ。


「ま、これは俺の世界の作り話だけどさ、これを俺達の世界の最初の物語にしないとな。折角だから文句の付けようの無いハッピーエンドで締めくくろうぜ」


 笑顔のまま拳をレオへと突き出した。


 その拳にレオが答えようとして、ふと自分の手を見た。


「そう言えばこれって毎回してるよね」


「毎回?ああ、そういやそうな気もするな。ま、良いじゃねぇか、気合入れだ」


「ふふっ、そうだね」


 レオが笑って拳を握った。


「魔神を倒して、この大切な人達が過ごす世界を救おう!」


「ああ、俺達が大切に思ったこの世界を魔神なんかに奪わせるもんか!」


「俺達ならやれる!」「僕達ならやれる!」


 夜が明ける空で、力強く拳を打ち付けあう。


 芯に伝わる互いの拳の強さは、互いの決意を表していた。


 拳を離した所で赤くなった拳を、ふーふーと息を吹きかける。


「うへー、今回は大分気合入ってたな」 


「ごめん、やり過ぎたかな?」


 それなり以上の強さでぶつけてしまったレオがこちらに謝ってくるが、気にするなと手をヒラヒラとさせた。


「いや良いさ、やる気のある証拠だ。でも元気があるならちょっと朝の運動といこうぜ、愛莉を起こすのは悪いから本当に準備運動程度でさ」


 その提案にレオが頷く。


「いいよ、皆が起きるまで外で体を動かそうか。でも練習用の木刀って置いてきたような」


「そこは木から切り出して適当にそれっぽいの作れば良いさ」


「それもそうか。物の形を変える魔法は練習したし、それなら簡単だね」


「あー、木は直接魔力でどうのってのは出来ないからな」


「え、そうだっけ?」


「教本にもちゃんと書いてあるし、リーナの前でそんな間違いをしたら怒られるぞ。……いや待て、ノノちゃんが出来たからお前も出来る可能性はあるかもしれないか?」


 そんな会話を続けながら二人で地上に降りて行った。




 リーナに呼ばれエイミー達が用意してくれた朝食を食べ、最後の支度が整い魔神の待つ場所へ赴く。


 そこで待っていた多くの人達に激励の言葉を貰い、漆黒の空間の前に立った。


 あとほんの少しの距離を進めば魔神の領域に入る。


「アンタ達が言ってた事はちゃんと準備しておくけど、使うにしろ使わないにしろ、アンタ達が勝たなきゃ意味無いから勝って来なさい!」


「えっと、お二人ともどうか無事に帰ってきてください!」


 二人の言葉に二人して拳を上げて答える。


「よし、行くぞ愛莉!」


「はい!」


「ユニゾン!」


 神炎を纏い、レオの頷きを見て共に魔神が作り出した異空間へと足を踏み入れた。


 空間の中はレオが言っていたように、何も無い荒野が広がっている。


 空には雲の合間から赤黒い太陽が覗き、荒野を不気味に照らしていた。


「よし、俺にも問題は無いな」


 一応入れない可能性とかはあったが、特に問題はなさそうだ。


(ですがユニゾンを一度解いてしまうと私が外の世界まで弾き出されてしまい、再合体が難しくなるので注意してくださいね)


(わかってるよ)


 愛莉の注意に答えて空へと飛ぶ。


「じゃあ魔神の下まで急ごうか」


「おう!」


 二人の勇者が赤と青の閃光となって空っぽの荒野を駆け抜けた。




 魔神は破壊し尽くされた神の塔の上に立ち、一人待ち続けていた。


「来たか、我が道の前に立つ者よ」


 振り返る魔神の先に、二人の勇者が降り立つ。


「ああ来たぜ、来たからにはお前の野望もここまでだ!」


「僕達がこの世界を消させたりなんかしない!」


 勇者二人が剣を構え天地を揺るがすほどの力を解放した。


 世界が揺れる中で魔神が手を広げ二人に問う。


「何故、お前達は我に挑む?お前達を戦いに誘う神は既に居ない、なのに何故戦いに挑む」


 魔神の言葉に涼が叫んだ。


「何故も何も、お前が俺達が居る世界を消し去ろうってしてんだから、それを止めに来るのは当たり前だろうが!」


 涼の言葉に魔神が表情一つ変えぬままに再び問う。


「この世の物では元より無く、そこから更に逸脱したお前達の世界など何処にある?」


 その魔神の言葉に二人が眉を顰めた。


「我等は既に理を超えた存在、故に我にはお前達の末路が見える。お前達はお前達がお前達の世界だと思っている物から必ずや排除される。神が魔王を滅ぼす為に導いた者達よ、何故未だにその使命に囚われる?」


 魔神が言う世界の未来に対して、レオの脳裏に世界から受けた悪意が浮かぶ。


 しかし、同時に多くの経験から授かった愛も心にある。


 だからレオは迷わず自分の意思を貫き通す。


「確かに、何時か何処かで貴方の言う事は事実になるかもしれない。でも、それは今じゃない!そして、僕はそんな未来も大切な仲間達と一緒なら越えられると信じている!僕達は幾多の困難を越えて、自分達の意思でここまで来たんだ!」


 強く、眩しい光が勇者の瞳に輝いていた。


 神も宿したその光が何なのか、二人の少年が自身に立ち向かえる理由は何なのか、魔神には分らなかった。


 滅び行くと分っていながらも、絶望的な力の前でも、目に光を宿す者達。


 神を滅ぼした時に思った疑問に対して、答えを得る事ができない。


 ただ、自分が持ち得ぬその光を無性に消し去りたく思った。


「ならばその意思を我の力の前で示してみよ。そして知るが良い、作られた器にして鍵よ、他世界から迷い込みし者よ、お前達の存在の無意味さを」


 魔神の両の手に、炎と雷の力が生まれていく。


「我は魔神、我は世界に終焉をもたらす者。我が無限の力の前に、無に還れ」


 放たれる終焉の力に二人の勇者が魔法陣を紡ぎだす。


「僕達の旅路は無意味なんかじゃない!無にも還らない!」


「消えるのはお前の方だ、名も無き魔神!!」


 炎雷がぶつかり合い、最後の戦いが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る