18-8 勇者への挑戦

 踏みしめる草原を凍りつかせる冷気を纏いながらリベールが突進してくる。


「ぶろおおおおおお!!」


 猛烈な勢いで大剣が横に薙ぎ払う。


 速い、それに重いっ……!


 剣を縦に構え受け止めようとしたが、豪腕に振りぬかれた一撃に吹っ飛ばされた。


「ぐっ……このっ!」


 空中で魔法陣を描き強力な雷光を放つ。


 闇夜を切り裂く稲妻がリベールに迫るが、その稲光を咆哮と共に振り下ろした一閃で叩き切った。


「この程度で俺は倒せんぞ!」


 リベールが大剣から片手を離し、描かれた魔法陣から放たれた猛烈なブリザードが戦場を覆っていく。


 唸りを上げる白い壁に対して、着地したレオが二つの魔法陣を展開させ、雷の嵐がそれを迎え撃つ。


 荒れ狂う二つの風がぶつかり合い大きな破砕音を立てる中、リベールがその中央を突破してきた。


「正面から!?」


「ぬおおおおおおおお!」


 雷に身を焼かれながらも振り下ろされる大剣の一撃をレオが何とか受け流す。


 しかし、その重厚な一撃に完全とはいかず体も流され体勢が崩れた。


 リベールがその隙を逃さず焼ける地面を踏みしめ、風を切って大剣を振り上げ連撃を放つ。


 レオがそれに押し込まれながらも何とか食らい付き、重く鉄がぶつかり合う音が何度も鳴り響く。


 良くも持ち堪える……!


 体格差もあって力比べではリベールが勝っている。しかし、そこから先を攻める事が出来ない。


 ならば!


 リベールが大地を踏みしめ肩を突き出し体当たりをかました。


「ぐはっ」


 息が詰る衝撃にレオが突き飛ばされ、地面に片手を突き立て草花を散らしながら踏み止まる。


 顔を上げ、猛進するリベールに対して立ち上がろうとするが、付いた手と足が氷によって地面に張り付いて離れない。


 これは、不味い!


 瞬時に魔力を放出し氷を砕くも、リベールが目の前まで迫っている。


「くっ」


 振りぬかれる大剣に対して片手で持つ剣を体勢も不十分な状態で振るう。


「片手ではなぁ!」


 ぶつかり合いの衝撃が手に響き、星の剣が手から大きく弾かれてしまった。


 剣の飛ぶ先を目で追いそうになるが、続けざまに放たれる鉄の塊に目を戻し距離を離すために後ろへ飛ぶ。


 自分が先程まで居た場所に大剣が叩きつけられ、地面が爆ぜた。


 地面にめり込んだ大剣を持ち上げ構え直すリベールの後ろを見れば、剣が遠くの地面に突き刺さっているのが見える。


 まずは剣を取り戻さないと。


 拳を構えて目の前の敵に集中する。


 構えて息を吐くレオに対してリベールが首を鳴らし、手に描く魔法陣から氷の大槍を放った。


 これ位なら正面から突破できる!


 膨大な魔力の放出で氷塊を押し退け、拳を腰に構えリベールへと走る。


「やはりこの程度問題にせんか、ならば!」


 素手では魔力を纏うと防御できぬ、大剣による必殺の一撃をリベールが繰り出した。


 これをどうにかしないと勝ち目が無い!


 リベールが作り出す鉄の嵐の中へと、レオが飛び込んだ。


 縦横無尽に振り回される大剣を、風を纏った速度で体を反らし避ける、避ける、避ける。


 大剣によって風が切られる音を耳横で聞きながら、反撃の瞬間を極限状態で見極めていく。


「少し、見えてきた、ここ!!」


 合間に拳を捻じ込み、体に直接雷を叩き込んだ。


 雷撃が轟きリベールの身を貫く。


 だが、岩程度簡単に消し飛ばすような威力であってもリベールは倒れない。


「それで俺の意思を絶つ事は出来ん!」


 懐に入り込まれて振れない大剣を放し、その腕でレオを殴り飛ばそうとする。


「でも、隙は出来る!」


 その大剣を手放し、他の攻撃に切り替える隙を突いてレオが横を駆け抜けた。


「逃がさん!」


 リベールが魔力を溜めて巨大な魔法陣を展開し、大気も凍りつく寒波を放つ。


 追って来る冷たい魔力を後方に感じながら、レオが巨大な魔法陣を描き、雷が星の剣に落ちる。


 風を纏ったレオが雷を宿して光り輝く剣を走りながら引き抜き、地面を削り取りながら振り向いて凍て付く世界に向かい雷の刃を放った。


「雷の刃、受けてみろ!」


 轟雷が凍土を薙ぎ払い、大剣を構え魔力を放出し防御の姿勢を取るリベールを飲み込んだ。


「ぐぬお……なんの、これしきの事で、終わってたまるものか!!」


 リベールの魔力が雷を捻じ伏せ消し去った。


 そこへ疾風と共にレオが切り込む。


 未だ雷のダメージで視界が瞬くリベールへと向かって連撃が放たれた。


 竜巻の様な剣の連撃を力押しで止めようとするが、動きを読まれ始めている今となっては通用しない。


 大剣の軌道を綺麗に受け流され、胴を横に切り裂かれる。


「ぐぅ……速いっ!」


 切り抜けたレオが素早く向き直り、突風を纏った鋭い突きを放って、大剣を咄嗟に正面に構えたリベールを突き飛ばした。


 2mを越える巨体を持ち上げられ、着地した地面を削りながら滑るリベールを更にレオが追う。


 やはり、正面からでは貴様に勝てんか。


 敵えば、勝てれば、それが理想ではあったが、挑戦者として搦め手も使わせてもらう!


 リベールの手に小さな魔法陣が複数展開し、それを見たレオが魔力による防壁を強め警戒する。


「否、これは防げん!」


 リベールの魔法が発動し、急激に一帯の気温が低下する。


 魔物であるリベールには支障が生じる温度変化ではないが、あくまで人間ベースのレオはその変化に体が十分に付いていけなかった。


 手も足も突然の極寒に感覚が鈍り、動きのキレも落ちてしまう。


 その変化に対応しようと体に熱が入るが、そう直ぐには戻らない。


「これで貴様の技は封じた!」


 咆哮と共に大剣が冷気による白靄を伴い迫り来る。


「やられるか!」


 体の動きが制限される中で、切り上げる大剣を寸前の所で反らした。


 これでも防ぐ!だが……!


 反らされた大剣を、大上段にて構え全力を込めレオの頭目掛け振り下ろす。


「これで終わりだ、レオ・ロベルトォ!!」


 ぐ、間に合え……!!


 腕が先程の一撃と寒波の中でシビれながらも、力を振り絞り、雷を込めた一撃を振り上げる。


 正に決死の瞬間のその時。


「ぐぬおっ!?」


 突如リベールの右腕が破裂し、雷を纏った剣が力の半減した大剣を弾き飛ばした。


 片腕を失ったリベールが膝を付く。


「なんで、行き成り……?」


 突然の事に困惑が隠せなかった。


「はぁ……はぁ……時間か……」


「時間って、何の事ですか?」


 僕の言葉にリベールが仮面の下の顔を上げて語る。


「俺は貴様達に追いつく為にストレッジから己の器を大きく越える力を貰ったのだ。その代償がこれだ、間に合えば良かったが仕方あるまい」


 リベールが立ち上がり残った左手で大剣を掴み取り構えた。


「もしかして、それで決着を付けるのを焦ってた……?」


「そうだ」


 重い口調で答えるリベールに、構えていた剣が少し下がってしまう。


 リベールは万全の状態で僕と戦う事は出来た。


 でもそれをせず、僕達に協力し、涼の回復も待った。


 涼がもしも僕にリベールと戦えと言わなければ、決闘はもっと後の、いや明日にすらなっていたかもしれない。


 そうなれば彼の望みは叶わなかった。


 命を懸けてまで戦おうとしている貴方が何故こんな事を……


「……先ずは貴方の体を治しましょう、リーナ達なら何か方法が分るかもしれない。決着はそれからでも」


 剣を完全に下ろし歩み寄ろうとするが、リベールがそれを大剣を振るい拒否した。


「いらぬ!俺の体の事は俺が一番良く分って居るわ!それにこの素晴らしい時間を奪ってくれるな!!」


 仮面で表情を読み取る事は出来ない。


 でもその声は破れかぶれ等ではなく、確かな覚悟が感じられた。


「……俺は貴様と出会う前までは、俺より弱い相手と戦い殺す事が俺の生き方だった。それを悪かっただのと詫びるつもりは無い、あれも俺の生き方の一つ。だが!」


 片腕で大剣を力強く構える。


「貴様と会った事で俺は変わった。初めて敗北を知り、初めて敵に恐怖した。初めて敵を越えたいと思った!この戦いこそが俺の生涯、この戦いこそが俺が最期に望む物!!」


 彼の話す言葉に自分の行った行動に後悔等一切感じられなかった。


「構えろ、レオ・ロベルト!言った筈だ、もしも俺に対し何か思う事が有るのならば、俺の全身全霊を打ち砕く事こそが報いる事と知れい!!!」


 その言葉にレオは思った。


 応えよう、リベールの決意に。


 彼の状態を言い訳に力を出し切らないのは、彼に対して失礼だ。


 僕は僕の全力を以って、貴方の全力を打ち砕く!


 闘志が再び瞳に宿り、レオが魔力によって輝く星の剣を構える。


「それでこそだ」


 リベールがそれを見て大きく後ろへ跳んだ。


 距離を離したリベールが、命を乗せた最後の一撃を紡ぎだしていく。


「なら、こっちも力の限り!」


 二種類の巨大な魔法陣が展開し、万雷と暴風の力が剣に宿る。


 両者が高め合う力が天を揺るがした。


 仮面の下でリベールが笑う。


「行くぞ!これぞ俺の力!!受け取れぇ!!!」


 大剣を振るい、万物を氷結させる力が解き放たれた。


 それに対しレオが立ち向かう。


 大地を蹴り出し、途方も無い破壊の力を以って相手の全力へと切り込んだ。


「迅雷の刃、受けてみろおおおお!!!」


 勇者が振るう剣がリベールの全力を上回る。


 駆け抜ける雷の嵐がリベールの体を一刀に両断し、リベールが天を仰ぎ倒れた。


 


 未だに遠くへと雷鳴が鳴り響く中、レオが自分が倒した相手へと歩み寄る。


 その気配に気付いて、焼け焦げたリベールが薄っすらと目を開けた。


「ああ……やはり、強いな……」


 その言葉に何と返せば良いか分らなかった。


 ただ、倒れるリベールの前に立っていると、リベールがゆっくりと手を上げた。


「最期に……握手をしては、くれまいか……?」


 その言葉に頷き、大きな左手を両手で握る。


「はは……小さな手だ……だが、この手に、俺は負けたのだな……」


 リベールは握られた手を見る事無く、そう満足気に言った。


「俺が、こんな事を言うのは、おかしいのかも知れない……だが……」


 天を仰ぎ見たまま最期の言葉をリベールが伝える。


「この世界を頼むぞ……俺が、目指した……我等が勇者よ……」


「はい、必ず世界は守って見せます。貴方を倒したこの力で、魔神を越えて見せます」


 リベールの手を力を込めて握り、そう答えた。


 自分が目指し続けた相手の言葉を聞き、リベールの手から力が無くなる。


 最後に一つ息を吐いて、リベールは仮面の下に他者を称える笑みを浮かべ息を引き取った。

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