18-7 もしもの事
日が傾き、空が紅く染まっていく。
次第に影が濃ゆくなる中、力の全てを打ち破られたイヴァンが崩壊した岩山に倒れ伏していた。
その前に炎が消え始めた涼が降り立つ。
長くなってしまった髪を顔の前にも垂れさせながら、倒れて動かないイヴァンを見下ろした。
勝った、悪と言って何の間違いもない人を倒した、それなのに心に靄が広がる。
自分が打ち砕いた力の根源が、どうしようもなく気になっていた。
「……どうして、どうして貴方は家で待ってくれている両親も、慕ってくれるレオとリーナも、持っていた剣と魔法の才能も、全部捨ててまでこんな道を」
それらは全てイヴァンが持っていたもの。
普通の人と比べれば恵まれた言える境遇。
そして、それらは涼が欲しかったもの達であった。
彼の言う所の選ばれた側の才能すらも、彼は間違いなく持っていた。
それなのに、それなのに何故……
「そうまでして、貴方は何がしたかったんですか!?」
問いかけるも男は答えない。
幼い頃に出会ってしまった特別な存在に恐れ、嫉妬に苛まされ歪み続けた男はもう何も喋らない。
嘗て、レオ・ロベルトが共に剣を学び、その強さに子供ながら憧れた事もある相手は、もうこの世の何処にも居ない。
ただ、その体に残る怨念のみが立ち上がった。
「ルロォオオオオオオオ」
だらりと開いた口から深く、重い音が鳴り響く。
彼の思いの答えを知ることは出来ない……いや、心の底では彼の思いが分かる気がする。
この世界に来たばかりの頃、レオとリーナの力を見て思った感情が広がった結果が彼。
もしもあの日、あの時もしも逃げていたら自分もこうなっていたのかもしれない。
特別な存在を妬み、自分の無力さを憎んで悪の道へ逃げていたのかもしれない。
逆に何か、ほんの少しの何か切っ掛けがあれば、彼は俺たちと同じ道を進んでいたのかもしれない。
たった一度でも、何かが違えば俺とこの人は……
恨みを振り撒くだけになったイヴァンの体に対して構える。
「……これでさようならだ、イヴァン・サレス」
心の靄を打ち抜くように拳を放った。
イヴァンとの決着を付け、涼は森の中を歩いていく。
いつもの様に飛べれば良いのだが、そうするだけの魔力の制御すら不可能となっていた。
足を引き摺りながら、仲間たちの下へと戻ろうと歩き続ける。
「早く、早く戻らないと……うわっ」
歩く途中で突然足が動かなくなってこけてしまった。
手をつけて立ち上がろうとするも、手も思うように動かない。
見ると手も足もエーテルの結晶に変わり始めていた。
「そうか、もう全部使っちまったのか……」
エクス・ユニゾン状態はとっくに解除している。
それなのに体の見た目が元に戻らず、こうして体が星の力に侵食されているのは、自分の力がもう本当に何も残っていないからだろう。
痛みが無いのは良い事かな……
手から腕へと広がっていく結晶化は見た目とは違い、何の痛みも違和感もなくゆっくりと体を変えていく。
草むらに身を横たえていると、先程まで荒くなっていた息が落ち着き何だか眠くなってきた。
暗く落ちていく意識と同じく瞼も重く閉じていく。
このまま静かに眠りに付くのも悪くないのかもしれない……
「……何を馬鹿なことをっ」
悪いに決まってるだろこのクソ野郎。
根性を引き出し、目をこじ開けてジリジリと前へと進む。
まだだ、まだ死んでたまるか……
まだ俺は戦わないといけないんだ、死ぬならその後で良い……っ
結晶になった手足を引き摺らせて砕きながら必死に前に進む。
ここで死んでたまるか……っ!
(そういう諦めない所は好きだよ、死んでも良いとも思ってるのは嫌いだけどね)
頭の中に声が響いた。
(大丈夫、みんなの思いがお兄ちゃんを消したりなんかしない)
木々を揺らす風が吹く。
「リョウさん!」
風に乗って来たレオ達の中からエイミーが一目散に駆け寄り俺を抱き締めた。
「よぉ……そっちも大丈夫だったか」
「大丈夫だったかじゃないです!またこんな状態になって、少しは自分の心配をして下さい……」
体の半分が結晶となってしまっている俺を見て、エイミーが大粒の涙を流している。
その頭を撫でて慰めたかったが、今の手では出来ないか。
「で、これってどうなってるの?」
「マスターは先程まで直接星と繋がっていたので、その力が制御できずに溢れ出して表面化しているんだと思います」
「つまりまた無茶したわけね。よし、じゃあとりあえず暴走した力を減らすところからやりましょう。エイミーはそのままこいつが死なないように回復を続けてて、アタシとレオはこいつの魔力を外に出すわよ」
リーナの指示にレオが頷き、星の剣を持って逆の手を俺の体に添える。
杖を持ったリーナも同じく添えて、二つの神器から眩い光が空に上がった。
体の中で暴れ続けていた力が抜けていき、エイミーの回復の光と体の温かさにまた眠くなってくる。
「そうだ、リベールは?」
眠くなる中で、その事がふと気になった。
「リョウが危ないって話をしたら、それが終わるまで待ってくれるって」
待つ、待つか……
「レオ、お前はリベールの所に行くべきだ」
「行くべきって、今はまだリョウの体を治すことを優先しないと」
「いや、それは良い、俺は大丈夫だ、それよりもリベールの方に、多分、あいつは、俺と同じだから……」
そう言い残し、涼は気を失うように眠ってしまった。
「行くべきって言われても……」
レオはそれに対し悩んだ、そして悩むからには理由がある。
「何かリベールは言ってたの?」
リーナの言葉にレオは首を横に振った。
「いや、何も聞いてはいないけど、でも最初は焦ってる風には見えたから」
「焦ってた、ね……いいわ、ロンザリアとアイリちゃんでリョウの魔力って外に出せる?」
リーナの問に愛莉がぺたっと小さな手を涼の体にくっつける。
「任せてください、マスターの魔力を扱うのは得意です」
「はいは~い、ロンザリアもお兄ちゃんから熱いモノを搾り出すの頑張り、あいたっ!」
愛莉に続いてロンザリアも手を付けるが、そのまま手を涼の体の下の方になぞらせ、それに気付いたリーナに頭部を杖で叩かれた。
「真面目にやらないと怒るからね」
「そう言う人って大体既におこ、わかったわかった、真面目にするから~」
再び杖を持ち上げるリーナにロンザリアが謝り、普通に涼の体に手を置いて魔力を外に出して行く。
「よし、こっちは四人でも何とかなると思うから、アンタはリベールの所に行きなさい。何を焦ってるのかは知らないし、今はもう大丈夫なのかもしれないけど、それでもあのデカブツを破壊する時に協力してくれた恩があるしね」
「わかった、じゃあ僕は行ってくるからリョウの事は任せる」
立ち上がるレオに対してリーナが杖を握る手の親指をぐっと立てた。
「任せておいて。アンタはリベールのお望みどおり、全力でぶっ飛ばして上げちゃいなさい」
暗くなり始めた草原に待つリベールの前に、レオが降り立った。
「向こうは何とかなったようだな」
「はい、リョウには皆が付いてるしもう大丈夫だと思います。でも、ごめんなさい、機竜を落としたら直ぐに再開するという約束だったのに、それを破ってしまって」
こちらが一方的に押し付けているに過ぎない約束事に対し、生真面目に頭を下げるレオを見てリベールが仮面の下で笑ってしまう。
「フフ……いや、貴様の全力と戦うのが俺の望み、これで貴様が全力を出せるようになるのならそれで良い」
草原に突き刺していた身の丈程の大剣をリベールが引き抜いた。
それに合わせてレオも腰にある剣を抜き構える。
ここで最後の戦いを、そう思ったがレオが口を開く。
「最後に一つだけ、僕達と一緒に魔神と戦ってはくれませんか?」
予想はしていた質問だった。
「ないな、それだけは残念だがあり得ない」
キッパリと断られた言葉にレオが目を少しだけ俯かせる。
「わかりました。リベール、貴方との戦いを受けて立つ!」
目を再び上げて答えた時にはレオは戦士の目になっていた。
こちらの覚悟に対して相応の決意を持った戦士の目に。
断る理由は聞かんか、理由を分っているのかは知らんがあり難い事だ。
レオは真っ直ぐに全力を向けてくれている。
こんな向こうからして見れば無益な戦い、逃げようと思えば簡単に逃げられるだろうに、そんな気配はない。
本当にあり難い事だ……
そんなレオに対して思った。
「もしも貴様との出会いが違えば、そう、もしも俺が人として生まれていたのなら、もしもお前が魔物として過ごしたのなら、お前と肩を並べ……いや、そうであっても貴様とはこうでありたいな」
こいつのお陰で俺は変われたと思う。
こいつに敗れたからこそ、俺はこうして自分の目標を、越えたいと思える敵を見つけることが出来た。
ならば、どんな道を進んでいたとしても、俺はこうしてレオ・ロベルトと戦う道を選びたい。
大剣を構え、魔力が冷気となって辺りの草花を凍りつかせていく。
「行くぞ、レオ・ロベルト!貴様が俺に対し人の言う友情を感じているのならば、俺の全身全霊の力を打ち砕いてみせろ!」
力を解放させるリベールに対して、レオもその力を解放し、雷が夜になっていく周囲を照らした。
「来い、リベール!僕達の戦いに決着を付けよう!」
あの日、恐れた力にリベールが向かう。
これが最期の戦い、これが最期の望み、願わくば最後の瞬間まで持ってくれ、俺の体よ!
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