17-7 王を越えしモノ

 玉座を下りて構える魔王へとレオが走る。


 魔王が空いている左手を円を書くようにぐるりと回し、炎の渦が生み出された。


 魔法陣も無しにこれ程の……でも!


 広間を焼き炎が迫り来るが、レオは怯まず突き進む。


「援護は任せて!」


 背後から雷鳴が轟き、炎との衝突による爆発で広間が大きく揺れ、窓ガラスが余すことなく割れて飛び散った。


 爆発の煙の中を駆け抜け、魔王と剣を激しくぶつけ合う。


 その場で両者足を踏みしめ、激しい剣の応酬が始まった。


 目まぐるしく行われる剣戟の打ち合いは、魔王の持つアデルの体にある技量も相まって一瞬の油断も出来ない。


 だが、その中で何故かレオは何かが引っ掛かってしまっていた。


 何だ、この感じ……?


 その小さな思考の緩みによって一瞬魔王の技が上回り、振った剣を上から押さえつけられ、風を纏った強烈な蹴りがレオの胴を貫いた。


「ぐはっ……!」


 文字通り腹に穴が開くほどの威力に吹き飛ばされ、追撃するように甲高い音を上げる水流が放たれる。


「させるもんですか!」


 リーナの杖とマントが光り輝き、広間を割る氷の壁が出現し水流を拒んだ。


 再びの大きな衝撃により城が揺れ、重く鈍い音が鳴り始める。


「ここで戦うのは不味いわね……レオ、お腹は大丈夫?」


「ごふっ、怪我は平気、でも油断した……」


 口の中に上がっていた血を吐き出したレオの腹の穴は、本人が言うようにみるみる内に塞がっていく。


「よし、とにかく今はここから離れるわよ」


 リーナの言葉に頷き、二人で城の外へと逃げる。


 脱出した所で、轟音を立てながら城の一部が瓦解していった。


「魔王は?」


 疑問に応えるように鉄の腕が崩れる城を掻き分け、現れた30m台の巨人の口に光が集まっていく。


「お生憎と、そんな程度のデカ物はもう相手にならないのよ!」


 リーナが杖を掲げ天上から光が巨人へと降り落ち、その身を抉り削いだ。


 断末魔の様な破壊音を立てて沈む巨人の影に魔王は居た。


 振るった手から燃え盛る炎龍が生まれ、咆哮の様な爆音と共に舞う。


 それに対抗するようにリーナが炎虎を紡ぎだし、走る虎と共にレオも雷を撃ちながら魔王へと剣を振りかざした。


 竜虎が相討ち、勇者と魔王の剣も再び斬撃を交差させていく。


 刃のぶつかり合いは街を抉り、合間に行われる多様且つ強力無比な魔法の応酬で、戦場は天変地異が起きたかのように荒れ狂っていた。


「こんのぉおおお!!」


 リーナの雄叫びと共に、魔王が生み出した大波が凍りつき、砕け散って白霧に魔王が飲み込まれていく。

 

 激しさを増す魔王との戦いの中で、直接剣をぶつけ合っていたレオはそれでも、この戦いを何処かふわふわとした物の様に感じていた。


 戦っているなら感じられる筈の緊張感や、敵からのこちらを倒すという意思、そんな物が感じられなかった。


 霧の中に雷光が走る。


 辺りの霧を一瞬で晴らす程のエネルギーを持った雷を魔王が纏い、宙を蹴り迫った。


 この感じ、これで見極める!


 それにレオもまた、雷の嵐を纏って空へと飛び迎え撃つ。


 二つの雷の力がぶつかり合い、空間を揺らす程の波動にリーナが腕で顔を覆った。


「おうわっ!何のこれしきで……」


 体が彼方へと飛んでいきそうになるのを、根性でその場に踏み止まる。


「足手まといには、ならないんだから……!」


 稲妻が迸る中、レオと魔王がつば競り合っている。


 そうだ、やっぱり変だ。


 全力に近い筈の力の鬩ぎ合いの中で、それでも魔王から何の気迫も感じられない。


 でも、どうして……?


「何が目的だ、僕達を使って何を企もうとしている!?」


 渦巻く疑念を正面から魔王へとぶつける。


 その言葉に魔王の眼は何も映しては来ない。


「生み出された鍵が事を考える必要はない。因果の流れに沿うままに、我が作り与えた力を持って歯向かう、それが勇者を名乗るお前の存在意義なのだ」


 ただ聞く事そのものが不愉快そうに、そうあるべきなのだと答えた。

 

 それを聞いてレオが気が付く。


 そうか、魔王にとってこれは戦いじゃないんだ。


 自分が力を取り戻す為の単なる作業に過ぎない。


 僕達も、多分四天も魔王軍も、全部自分以外は力を取り戻す為の道具だと思っているんだ。


 だからこの戦いも力は出していても、目に闘志がない、何も映していない、相手をしている僕達でさえも。


 何故なら全て自分の手の内で動かしていると思っているから。


 魔王の心に気付き、レオが怒りに魔力を滾らせた。


「違う!僕は僕の意思でここまで来た!お前の言う運命とか、因果とか、そんな物は知ったことか!」


「その意思が因果によって手繰り寄せられたと言った!」


 増大する二人の魔力に稲光が弾け飛び、両者が大きく距離を開けて焼き払われた地上へと降り立つ。


 地面に剣を付きたて勢いを止めたレオが、剣を引き抜き再び駆け出そうとしたその時、遠くで巨大な手が持ち上がったのが見えた。


「あれは、一体?」


 更に手に向かって赤い一筋の光が走り、それが闇を放った手を焼き尽くす。


 あの赤い光は間違いなく涼だ、でも向こうは……いや、今はこっちに集中しないと。


 前方に立つ魔王の方を向き直ると、魔王もまた、その手があった方を見ていた。


 魔王がゆっくりとこちらに顔を向ける。


「あれは我が力の一端。あれが動いたならば、我が復活の時が来たという事。最早この体も必要はない」


 魔王が剣を投げ捨て両手を広げ、アデルの体では耐え切れぬほどの魔力を放出し巨大な魔法陣を展開した。


「レオー!」


 リーナがレオの隣へと降り立つ。


「リーナ!……ここで魔王を倒す!」


 迷いはあった。


 敵はこちらの攻撃を間違いなく誘っている。


 だけど、この魔王の力に先程の言葉、これはもう本当に完全復活の前の最後のチャンス。


 今回の戦いは魔王が完全に復活する前に、完全に消滅させる為に来た。


 理を越えた僕か涼の力なら、魔王の未来での復活すらも終止符を打つ事ができる。


 しかし、魔王が力を蓄え完全なる復活を果たせばそれは不可能になるかもしれないと、ヘレディア様に言われた。


 後の世界の為にも、ここで逃すわけにはいかない!


 決意の目をするレオに、リーナが何時もの強気な顔を浮かべて頷いた。


「わかったわ。あんな奴の戯言なんて気にせず、罠があろうと全部纏めてぶっ飛ばしちゃいなさい!」


 レオが剣を構え、リーナが杖を掲げ魔方陣を展開し、二つの神器が光り輝いた。


「……時は来た」


 神々しく輝く二人の力に、魔王がそのアデルの顔に薄っすらと笑顔を浮かべる。


「今こそ、我が願い成就の時!」

 

 広げていた両手を重ね合わせ、螺旋を描く闇の大渦が放たれた。


「お前のその願い、僕達の力で断ち切ってみせる!」


「レオ!いっけえええええ!!!」


 剣にリーナが紡ぎだした光が宿り、レオが踏み込む。


「星の光、受けてみろおおおお!!!」


 極光の刃が振るわれ闇の大渦とぶつかり合い、空間が裂ける音が鳴り響いた。


 重い……強い……だけど!


 歯を食いしばり、足を踏みしめ、振るう腕に力を入れ、叫ぶ。


「負けるものかあああああ!!!」


 極光が闇を切り裂いた。


 全てを消し去り、全てを断ち切る光が魔王へと迫る。


「そうだ、この力こそが!」


 極光を前に、魔王が顔を歪ませ笑った。


「この力をもって、我は因果を越えてみせる!」


 魔王の前に闇の穴が出現し、そこからイヴァンが排出された。


「嫌だ!」


 ストレッジに体を操られているイヴァンがよろめくように前に行き、


「俺は!」


 体を大の字に広げ、


「こんな所で消えたくあびゃっ」


 体が破裂し、臓物と血が醜悪な魔法陣を描く。


 描かれた魔法陣と共に、魔王は極光の中へと消えていった。 





 涼は愛莉を背中に乗せて空を飛び、エイミー達が居る方へと向かっている。


「マスターが一人で飛んだほうが良くないですか?」


 ユニゾン状態が解けてしまい、背に乗せてもらうしかない愛莉が申し訳無さそうに猫の耳を畳んでいた。


「気にすんなって、愛莉を置いていったら俺は本当に何も出来なくなっちまうしな」


 努めて明るく笑い、空を駆けていく。


 まぁ、実際問題愛莉を連れた所で、今の殆どガス欠状態じゃユニゾンはもう無理だ。


 かと言って愛莉をその辺に放置するわけにはいかないし、愛莉は後方に預けるとして……


 考えながら飛んでいると、背後で空間を切り裂く大きな音が鳴り響いた。


 肩越しに振り返るとレオが放ち、天へと昇る星の光が見える。


「これは、レオがやったのか?」


 光が放たれた後にワンテンポ遅れて、街外周部分で大歓声が巻き起こった。


 前方に顔を戻すと、先程まで怪物達が黒く蠢いていた戦場から、その黒い影が全て消え去っている。


「勝った……んだよな?」


 あの怪物が消えたなら、それを作り出している魔王も消えたという事。


 なのに、何故か胸騒ぎが起きていた。


(お兄ちゃん、今どこ~?)


 頭の中に明るいロンザリアの声が聞こえてくる。


「今そっちに向かってる所だ」


(こっちに?あ、見えた見えた、お~い!)


 頭の中に響く声と同じように、倒れているエイミーを膝の上で寝かせて手を振るロンザリアが見えてきた。


 二人の前に降り立ち、愛莉を背中から下ろした。


「エイミーは大丈夫なのか?」


 予想通り俺の言葉に、にっこりと笑顔を浮かべてロンザリアが答える。


「大丈夫、大丈夫。ちょっと力尽きて寝てるだけだから~」

 

「そうか、良かった」


 立ったまま安心のため息を漏らした。


「頭とか撫でてあげないの?」


 普段だったらエイミーを抱き締めたりしてもおかしくない場面なのに、何故か立ったままの涼にロンザリアが首を傾げる。


「ん?ああ……」


 心ここに在らずと言った態度に、勝利に浮かれていたロンザリアも涼の心のざわめきに気が付いた。


「まだ何かあるの?」


「わからない」


 正体が掴めぬ不安に、首を横に振るしかなかった。


「だけど、何かが起ころうとしている気がする」




 涼の心にあるざわめき、それはもっと強い形でレオの心の中に生まれていた。


「何だ?でも、何かが来る!」 


 リーナにはそのざわめきは無かったが、先程光の中へと消えていったもう一つの影が気になっていた。


「あの光の中、イヴァンの声が聞こえた。イヴァンは、いやストレッジは何かを光の向こうで仕掛けてきた。一体、何が起こるって言うの……」


 その答えを示すかのように、世界が大きく揺れ動いた。


 空が砕け、割れた空間から何かが出てくる。


「レオ、構えて!出てきた所にぶちかますわよ!」


「わかった!この一撃で今度こそ終わらせる!」


 神器を構える二人の前に、因果を超越しモノが顕現した。

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