17-8 魔神降臨

 世界が大きく揺れ動く。


 戦闘によりもうもうと煙が立ち込める街の中心付近で、何かが起ころうとしていた。


 勝利の歓喜に包まれていた兵士たちも何事かと不安にざわめき始める。


 魔王は討ち果たした。それなのに世界を揺らす力は、何か強大で邪悪な物が来ると予感させた。


 未知の不安が広がる中、その何かを直感した涼が右手を顔の正面に構える。


 行かないと、この命を燃やし尽くしてでも。


 奥の手を使おうとした時、それをさせまいと愛莉が右腕に飛びついた。


「駄目です!約束したじゃないですか、その力は使っちゃ駄目ですっ!」


 愛莉が必死に俺の腕にしがみ付く。


「他に方法がないんだ。今は一か八かに賭けてでも」


「お兄ちゃん、ちょっとこっち見て!」


 愛莉の手を離させようとした時、ロンザリアが叫んだ。


「何だ、んん!?」


 ロンザリアの方へ振り向くと、そのまま顔を捕まれ唇を重ねられた。


 行き成りの事で引き剥がそうとしてしまうが、伝わる真剣な心を感じてそのまま身を委ねる。


 しかし、幾らこいつでもこんな場面で変な事をするような奴じゃ……ん?


 ロンザリアと口を重ねていると、体の底から力が沸き、同時に魔力も回復してきた。


「……ぷはぁ、どう?体の調子は」

 

 ロンザリアが唇を離し、ニンマリとした顔を浮かべる。


「ああ、何か力が沸いてきたというか、何が起きたんだ?」


 体の変調に驚いていると、ロンザリアの口角がニヤ~っと上がった。


「まぁ、サキュバスだしね~。本当はこういう使い方じゃないけど、相手の体力をちょっと回復させることも出来るんだよ」


 本当はこういう使い方じゃない……あー、なるほど。


 まぁ、サキュバスの相手って絶対疲れそうだしな……


「魔力もちょっとは回復して、何とか出来るようにはなったんじゃない?」


 確かにロンザリアの言うように、普通のユニゾンも出来る位には回復していた。


 全快という訳にはいかないが、目の前の戦いは十分こなせるだろう。


「ありがとな、お陰でなんとかなりそうだ。よし、行くぞ愛莉!」


 ロンザリアの頭を撫でて礼を言い、腕から下りていた愛莉に手を伸ばす。


 その手に先程までぐずっていた愛莉の顔がパッと晴れた。


「はいっ!」


「ユニゾン!」


 炎を纏い震える空へと飛び立つ。




 ひび割れた空から大きな鬼の様な手が現れ、空を更に裂いていった。


 虚空が広がる大きな穴が出来上がったところで鬼の手は溶け崩れ、人型の影が現れる。


 それは過去の世界で見た魔王に似ていた。


 しかし、その青い髪は長く伸び、頭には二本の角と額に三つ目の瞳、体には紋様が浮かんでおり、神々しくも感じられた姿は禍々しく変化していた。


 金色に光る瞳が自身の手を見て、その手を天に掲げる。


 浸るように佇む姿に向かって、レオが剣に纏いし光を問答無用で放った。


 静かに存在するそれは、魔王とは比べ物にならない力を発している。


 正面から打ち勝てるか分らない、なら全力で不意を付く!


 極光が天を焼き、敵に向かう。


 手を掲げていたそれは手をゆっくりと下ろし、額にある瞳が極光へと向き、輝いた。


 瞳が輝きを放つと同時に、レオの体の中に異変が起きる。


「なん……だ!?」


 自分が放った極光も、自分の中にある魔力も、全てがその光に引き寄せられていく。


 魔王に作られ、勇者として戦う最高峰の力が全て奪い取られ、レオはただの少年となってしまった。


 驚きと絶望に声も出ないレオへと、空に浮かぶそれが右手を軽く振るい、奪い取られた力が襲い掛かる。


 今まで自分が振るい続けた力にレオが為す術もなく立ち尽くしていると、リーナがその間に割って入った。


 星の杖とマントが光り輝き、全ての力を込めた防壁が奪われた力を受け止める。


「ぐっ……完全な星の光じゃなくなってるのに……」


 歯をかみ締め足を踏ん張るも、その圧倒的な力の前に押し込まれていた。


「リーナ駄目だ、君だけでも逃げてくれ!」


「うっさい!今のアンタだとこれを止められないでしょ!ここはアタシが……!」


 レオの悲痛な声を突っぱねるも、魔力による防壁は無常にも打ち破れていく。


 これは、流石にヤバイわね……


 押し迫る結果に対して逆に頭がすっきりし始め、頭の中に思い出が浮かび始めた。


 些細な事、大切な事、大体はレオとの事。


 あーもうっ、まだ諦める気はないんだから!


 それを頭を振ってかき消す。


 手はまだある、危険な賭けだが確かにある。


 しかし、その賭けが成功したところで自分が助かる確立はとても低い事が頭の中では理解していた。


 だから諦めないと思っていても、一言彼に何かを伝えようと思った。


「レオ……負けちゃ駄目よ」


 出た言葉はそんな言葉だった。


 その言葉に彼が何かを返す前に、手に持っている星の杖の魔力を暴走させる。


 賭けは上手くいった、持ち主の意思によって折られた杖から莫大な魔力が放出され、レオの奪われた魔力と相打った。


「なにを、うわっ!」


 二つの力により大爆発が起こり、リーナとレオがそれに巻き込まれる。


 自身はリーナに守られて直撃ですらなく、普段なら耐えられるような爆発に後方へと吹き飛ばされた。


 瓦礫が散らばる地面に投げ出され、至る所にぶつけ傷ついた全身が痛む。


「ぐっ、リーナ……」


 打ち付けた頭から血を流しながら立ち上がり、リーナの姿を探した。


 無事を願った先に、両手の肘から先を失い、腹部も大きく抉れて服を鮮血に染めるリーナが力なく倒れていた。


 それを認識して思考が大きく掻き乱される。


 声にならない声を出しながらヨロヨロと近寄っていくと、突然自分の体に魔力が戻ってきた。


 自分の化け物としての体が、受けた傷を戻ってきた魔力によって一気に再生させていく。


「くそっ、今更になって!」


 必要な場面で使えず、大切な人を守るどころか守らせてしまった事にレオが強く悪態を付いた。


 急ぎリーナの元へ駆け寄り、自分の魔力を使って彼女を救おうとする。


 しかし、レオが行えるそれは、あくまで途方も無い魔力の強さを使って相手の傷を治す力を劇的に高める行為であり、リーナの扱うような技術を持った回復魔法とは、ましてや今の涼やエイミーが扱うような再生の力とは比べ物にはならない。


 両腕を失い、内臓は大半が焼け消え、体も辛うじて繋がっているようなリーナには、最早レオの力を受けても自己を回復するような力は残ってはいなかった。


 それでもレオの力はリーナの命を辛うじて繋ぎ止めている。


 ぷつり、ぷつりと途切れそうになるリーナの意思が、その力を受けて命にしがみ付いている。


 必死に力を与えるレオの横を、轟音を鳴らして炎と氷が走った。


 獄炎と氷河に変わる街の間で、レオが怒りの瞳に涙を浮かべて顔を上げる。


 レオの睨む先で瞳の輝きが消えているそれは、やはりレオの方を見ては居なかった。


 ただ、自分の手を見て、手にした力を見ている。


「よき力だ。これが因果を越えた結果……」


 星の力すら制御する力、理を曲げた多属性を同時に行使できる力。


「これぞ我が目指したモノ、最早我は滅びる定めにある魔王では在らず、世界が作りし魔王には在らず」


 己の存在を他者へと告げるため、初めて眼下に居る者へと目を向ける。


「我は魔神、現し世に降り立ちし新たな神。我は神が創りしこの世に終焉をもたらす者なり」


 そう告げて、魔神の体が闇に包まれ姿を消した。




「消えた……」


 リーナを抱えるレオは、消えた魔神に対して何もする事が出来なかった。


 原理が全く分らないまま全ての力を奪い取られ、成す術も無く負けた。


「僕は、何の為に……」


 自分の不甲斐なさに大粒の涙を流しながらリーナの体を抱き締める。


 流れ出る血と共に、リーナの命の灯火も消えようとしていた。


 全てが暗い終端へと辿り着こうとした、その時。


 温かく輝きを放つ神炎が二人を包んだ。


「レオー!よかった、まだ間に合った」


 炎を纏った涼が二人の下に間一髪で間に合う。


「リョウ、リーナ、リーナが」


 涙を流し取り乱しているレオの背に涼が手を置いた。


「大丈夫、よく耐えてくれた。命がまだ残っているなら、今の俺なら助けられる」


 そうだ、今の俺なら目の前で力尽きようとしている人を助けられる!


 かつて願った望みを叶える力を持った涼が、手をかざしその力を行使した。


 炎の輝きが更に増し、無残だった姿のリーナの体が再生していく。


 蒼白だった顔もほんのりと生気を宿し、消え行こうとしていた命が再び光を灯す。


「よかった……よかった……本当にごめん、ありがとう……」


 炎に包まれて元通りに戻っていくリーナを抱き締め、レオが涙を流しながら大切な人と、友に対して心からの謝罪と感謝の言葉を告げた。


「いや、本当に間に合ってよかった。それに気にするなってな、俺は今まで何度も助けられてるんだし。それよりも、さっきの空に居た奴、あれは何だったんだ?」


 涼の疑問にレオが涙を拭い答える。


「あれは、自分の事を魔神だって名乗ってた。魔王じゃない、その存在を越えた者だって」


「魔神、か……」


 新に生まれた敵の名を呟くと、地面が大きく揺れ動いた。


「なんだ、地震?いや違う、これは何か下から出てくる!レオ、一先ずここは街の外に逃げるぞ!」


 涼の言葉にレオが頷き、二人の勇者は魔の都から離脱した。




 涼との戦いを中断した後、リベールは街の上空で事の経緯を見ていた。


 魔王との決着は付かなかったか……


 身勝手な我侭を言うのなら、ここでレオ達が魔王を倒し、後腐れなく自分との戦いを受けてもらう事が一番の理想であった。


 しかし、そんな都合のいい理想は叶う筈も無く、レオ達は新たな敵に立ち向かう事になった。


 正しき道を考えるのなら、ここはレオ達と共闘して新たな敵と戦う事。


 だが俺は、その道を選ぶ事は出来ない。


 空中に佇むリベールの体が闇に包まれた。


 体を包む闇が晴れると、見覚えの無い無機質な壁に包まれた薄暗い空間の中であった。


 暗がりの向こうに魔神が玉座に座り、こちらを見ている。


「リベール、だったか。望みを言ってみるが良い」


「俺の望みはレオ・ロベルトとの戦い、それのみだ」


 常人では相対するだけで魂が潰れる様な力の前に、リベールが頭も下げずに答えた。


 そのリベールの姿に、魔神が薄っすらと笑みを浮かべる。


「よい、許す。我はこれより神の塔へと向かう、それを追ってお前の望む者が来るだろう。存分にその力をもって戦うが良い」


 魔神が椅子から手を軽く振り、辺りに壁にある機械類が光を灯していく。


 魔王が作り出した最後の力が、その機械の産声を上げて動き出した。




 涼達が逃げる後方で街が持ち上がり、奥底に眠っていた力が目を覚ます。


 地下から街を割り出現したそれは、機械によって作られた右手の先が無いドラゴンであった。


 肉眼では端から端までを捉える事すらできない巨大さを持った機龍は、天を震わす咆哮を上げ空へと飛んだ。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る