17-6 力の一端

 天井の蝋燭が揺らめく大広間の奥に、傍らに剣を立て掛けた玉座に座る魔王が待っていた。


「来たか、我が因果の鍵よ」


 揺らめく明かりに照らされたその魔王の見た目は、過去の世界で見た剣士アデルの姿をしていた。


「その体……どうしてアデルさんの姿をお前が!?」


 剣を引き抜きレオが激昂する。


 戦いの中で亡くなり、しかし魂だけとなってでも戦い続けた偉大な剣士の体が目の前に立っている。


 髪の色は茶色と青が入り混じり、目は魔物の物となっているが、その体は確かにアデルの物であった。


「体……そうか、これはアデルと言うのか。ふむ、我が闇の内にあった物の中から選び出したものが、ここまでもった事は褒めてやろう」


 アデルの体に手をやり何の気持ちも篭っていない言葉を発する魔王に、レオが思わず飛び出そうとするが、それをリーナが手で制す、


「成る程、レオが今のアンタの体を元に生まれたとなれば、アデルさんに似てるのも納得がいくわ」


 レオを制したまま杖を魔王へと向けた。


「それで、アタシ達はアンタを完全に滅ぼしに来たわけだけど、覚悟は良いわね?」


 リーナの言葉に魔王が剣を持って立ち上がり、収められていた鞘を投げ捨てる。


「問答をしに来た訳ではあるまい。来るがいい、因果に引き寄せられここへと辿り着いた者達よ」


 剣を構える魔王から強烈なプレッシャーが放たれた。


 力の波動にぶら下がる蝋燭の炎が吹かれて消えていく。


 ビリビリと肌を打つ力は確かに四天よりも強い力を感じる。


 だけど、本当に一人で堂々と戦う気なのかしら……?


 レオを止めたのは罠やストレッジへの警戒の為だった。


 しかし、戦闘が始まる直前になっても、この場には本当に魔王一人の魔力しか存在しない。


「怒るのはわかるけど、それに任せちゃ駄目だからね」


 リーナがレオの前から手を下ろし、その言葉にレオが頷いて前に出て剣を構える。


「お前の言う因果とか運命とか、そんな物は僕には関係ない!僕達は自分の意思でここまでやって来た!魔王、僕は勇者の名に誓ってお前をここで滅ぼす!」


 宣言と共にレオが魔力を込め、床を踏み抜き駆け出し、レオの剣と魔王の剣がぶつかり合い城の一角が崩壊した。




 黒の鎧兵が光の翼をもって空へと羽ばたいた。


「これは、期待以上だな!」


 空へと待ち構える白銀の巨人が両手に砲を構えて鎧兵を狙い打つ。 


「ロンザリアちゃん、手を前に!」


「わかってる!」


 内部スペースの都合上、エイミーの膝の上に座って抱き締められているロンザリアが鎧兵の左手を前に突き出した。


 鎧兵の左手から光の盾が生み出され、砲撃を防ぎきる。


 弾ける光を払って鎧兵が光の剣を振るい、剣の軌道に合わせてその先から光の刃が放たれた。


「光刃を飛ばすか、しかし当たらんよ!」


 巨人の羽が光り、速い動きで光刃を避けていく。


 光刃は振るう軌道に合わせてそれなりの範囲をカバーしているものの、やはり予備動作がある上に直線の攻撃では中々当たらない。


「でも、回避を強制させる事は出来るよね!敵に突っ込むよ~!」


「任せてください!」 


 抱き締めるロンザリアと心を繋いで、エイミーがロンザリアが望む方へと鎧兵を飛ばし巨人を追いかけた。


 飛行速度は鎧兵の光の翼の方が上回っている、光刃を避けなくてはならない巨人が放つ光弾を盾で押し切って猛追していく。


「届いたっ!」


 鎧兵が振るう光の剣を、巨人が周囲に展開する光の防壁へと振り下ろす。


「ぐっ……」


 ぶつかり合いに眩い閃光が走り、衝突のエネルギーが防壁を張る力を上回る。


 防壁の発生装置がバチンッと煙を上げ防壁が消滅し、咄嗟に腰から引き抜き構えた剣ごと左腕を両断した。


「これは中々っ……!」


 巨人が二太刀目を避け距離を開けるも、鎧兵は光刃を飛ばしながら迫る。


「だが、まだ手はあるさ!」


 巨人の両足の装甲が展開し、そこから計八つの光線が放たれた。


 鎧兵は両側から迫る光線を身を翻し回避する。


 が、避けた光線が曲がり更に追いかけてきた。


「追尾してくる!?」


 エイミーが二度、三度と避けても光線は追尾を止めない。


「しつこいよ!」


 ロンザリアが剣を振るい光刃を光線へとぶつける。


 放った光刃は向かう光線全てを切り落としたが、弾ける閃光の中を巨人が駆け抜けてきた。


 速度を乗せた蹴りが鎧兵の胴を地上へと向かって蹴り飛ばす。


 その落ちる先には多くの兵士達が戦い続けている戦場。


「落ちるわけには……!」


 翼の輝きが増し、落下に急ブレーキをかけた。


 地上への落下は何とか防ぐも、巨人の胸部装甲が展開され拡散する光が放たれる。


「手を前に!」


 鎧兵が手を前に突き出し戦場を覆う光の壁が作り出され、巨人が撃つ破壊の光を全て受け止めた。


「はぁ……はぁ……くぅっ!」


 力を使う負担に息も絶え絶えになりならも、エイミーが再び空へと鎧兵を飛び上がらせる。


 光の筋を空に描きながら、黒と白の巨体がぶつかり合った。


 キツイ、思っていたよりも負担が大きい……ですが負けません!


 勝負はほぼ互角。走攻守揃った黒の鎧兵と、それに及ばずとも手数で大きく上回る白銀の巨人。


 鎧兵が巨人の弾幕の中を掻い潜り食らいつくも、決定打までは至らず何度も切り結ぶ。


 その激しい空中戦を繰り広げる中で、エイミーは全体への加護を緩めていなかった。


 同時に黒の鎧兵への強化も全力で行っており、その負担は大きくその身に圧し掛かっている。


 心が繋がっているロンザリアもその負担は良く分かっていた。


 簡単にこの意地を捨ててもらったら楽になるんだるけどね、でも捨てられないよね。


「勝つよ!」


「え、はいっ!」


 光の翼を輝かせて黒の鎧兵が、白銀の巨人が放つ光の中を飛ぶ。


 しかし、決定的な一撃をぶつけるチャンスが見えない。


 何か、何か相手を上回る方法は。


 考え、一つの方法をエイミーが閃いた。


「それ……やる?」


 あまり乗り気じゃない顔でロンザリアが振り向き尋ねる。


「やりましょう、上手く行くはずです」


 エイミーの目にはやる気が燃えていた。


「う~ん」とロンザリアが悩む。


 失敗すればエイミーは恐らく死ぬ。


 そうなればお兄ちゃんは怒るどころでは済まないだろう、多分戦いが終わった後にヤバイ事になる。


 かといって、このまま戦っているとエイミーは耐え切れないし、兵士の人々を見捨てなくてはならなくなる。


 それはそれでさせたくない。


 悩んだ末、エイミーの方法に頷いた。


「わかったよ、でも絶対失敗しないでね?」


「大丈夫です。もしも死んだりしたらリョウさんに怒られちゃいますし、皆で絶対に帰るんです」


「よし、じゃあ~行こうか!」


 黒の鎧兵が翼を羽ばたかせ一気に上空へと翔け上がった。


 雲の近くへと飛び上がり翼を広げ、一気に白銀の巨人へと急降下を始める。


「空からの急降下攻撃が狙いか!」


 巨人が体を空中に寝かせ、正面から向かい討つ体勢に入り、砲と両足から光が放たれた。


 鎧兵も光刃を放ち、それで撃ち落しきれなかった物は盾で防いで更に加速する。


「あくまで突撃する、だがその速度でこの攻撃を防ぎきれるかな!」


 巨人の胸部装甲が展開し光が集まっていく。


「消し飛べ!!」


 収束した光が、自身の速度で威力を増して光の盾へと直撃した。


「エイミー!」


 一人、黒の巨人の中に居るロンザリアが叫んだ。


 その声に応えて鎧兵の頭部の後ろへと隠れていたエイミーが身を前に出し、頭部を蹴って、飛ぶ。


 エイミーがそこから離れると同時に黒の鎧兵から光の翼と武具が消え去り、収束した光がその半身を吹き飛ばした。


「まさか、生身でか!?……しかし!」


 落ちて向かってくるエイミーにフラウが驚くも、その身を絶とうと剣を抜き放つ。


 迫る死にエイミーは目を逸らさない。


「これが、私の!」


 エイミーの背から光の翼が生え、唸りを上げて迫る剣を回避し、白銀の巨人へと迫った。


 聖職者の加護による身体強化、それは自身に対する効果が一番高い。


 神器を持ち、最高位の加護を使えるエイミーの力を、その拳に込める。


「全力ですっ!!!」


 全長20mはある巨人のその顔を少女の拳が殴り飛ばした。


「侮ったか……!」


 頭部が大きくひしゃげ、衝撃に揺れる巨人をフラウが立て直す。


 その上をエイミーが翼を羽ばたかせ逃げようとしていた。


「逃がすものか……ちぃっ!」


 逃げるエイミーへと照準を合わせるも、その奥から落下してくる黒い塊に気が付く。


「どぉおおおりゃあああ!!」


 半壊したままの黒い鎧兵が、作り出した大剣を自分を軸に回し、遠心力を乗せて投げ飛ばした。


 フラウがそれに反応し羽を光らせ回避を図るが間に合わず、装甲を展開している両足を回転する大剣が巻き込み破壊し、爆発を起こした。


 バランスが大きく崩れた巨体をフラウが必死に立て直すが。


「この破損状態、もう十分には戦えないな」


 目の前にはエイミーが戻り再び翼を取り戻した黒の鎧兵が飛び上がろうとしている。


「なら、これが最後の一撃と洒落こもうか」


 胸部の装甲が開き、残る魔力を全て集めていく。


「この攻撃にこいつ自身も耐えられないだろうが……まぁ最後だ、付き合って貰おう!」


 甲高い音と共にチャージが終わり、巨人自身すら震わし砕ける程の光が眼下に居る鎧兵へと放たれた。


 空を揺らす光のうねりに黒の鎧兵が光の剣を両手で掴み、迎え撃つ。


 横振りの強烈なスイングが光りのうねりを捉えた。


「「うおおおおおお!!!」」


 二人の気合のスイングにより、光のうねりが打ち払われる。


「これで!」


 半壊し、バチバチと電気が走る白銀の巨人へと黒の鎧兵が光の翼を羽ばたかせて飛ぶ。


「終わりです!」


「……いや、終わりじゃないさ」


 光の剣が巨人を貫いた。


 その身を巨大な光の刃で貫かれ、体の大半が焼け消えたフラウが血を吐く。


「私は負けだ……だが、我々が負けない……見せてやろう……王の力の一端を……」


 フラウの手に小さな魔法陣が浮かび上がった。


 瞬間、大きく街が揺れ動く。


「これは、何が……?」


 戦場全体もどよめく中、エイミー達も街へと振り返った。


 その目の前で街が割れ、地中から巨大な何かが持ち上がっていく。


 100m程の高さに立ち上がったそれは、爬虫類の手の様に見えた。


 その手の内に途方もない力と、底知れぬ闇が集まっていく。


「まさか……!!」


 エイミーが黒の鎧兵の強化も、全体の加護も取り止め、全ての力を使い光の防壁を生み出した。


 手から、何もかもを塗りつぶす漆黒の闇が生まれ出でて、防壁を侵食していく。


 エイミーがその力を振り絞り、辛うじて闇を防ぎきるも、防御力の一点に見るなら涼やレオにも作り出せない防壁は跡形も無く消滅した。


「エイミー!エイミー!」


 落下する鎧兵の中でロンザリアがエイミーを揺するも、疲労困憊状態のエイミーは目を覚まさない。


「くそっ、ここに居たら地面に当たって死んじゃう、お兄ちゃん達ほど上手くはないけど」


 ロンザリアがエイミーを抱えて鎧兵から飛び出し、風の魔法で二人を包む。


 風に包まれた二人は、それでもそれなりの速さで落下してしまうが、何とか大したことは無く無事に地面に落ちた。


「いたた……え?ちょっと、それは……」


 背を擦るロンザリアの目の前で再び手に闇が生まれ始めている。


 駄目だ、さっきの攻撃と同じなら逃げられないし防げない。


 圧倒的な絶望が目の前にあった。


「助けて……」


 エイミーを抱え、無力な自分を助けてと名前を叫ぶ。


「助けてリョウお兄ちゃーん!!」




 リベールと激闘を繰り広げていた涼は、その光景を焼け爛れ凍て付いた街から見ていた。


「何だ、何が出てきた!?」


 持ち上がるその手、手なら何かその胴体がある筈だ。


 なら、あの巨大さはなんだ?あの巨大な手が生えている物ってどんな奴なんだ!?


「リベール!あれは何だ!?」


 答えないかもしれないが、それでも聞いた。


「わからん、あんなもの俺は知らない」


 答えるリベールの声は困惑に震えており、それが事実なんだと分る。


 ならあれは何だ?と再び考える前に、その手に途方も無い力が生み出されて行った。


「引くなら止めん!」


 それを見てリベールが言い放つ。


「くっ、貸しだとは思わないからな!」


 戦場を後にし、全速力で手の元へと飛ぶ。


「間に合ってくれ!」


 手から闇が放たれ、エイミーが作り出した防壁を打ち破った。


 ぐぅ……!いや、まだ生きてる、皆まだ大丈夫だ。


(助けてリョウお兄ちゃーん!!)


 頭の中でロンザリアの声が弾けた。


「任せとけぇ!!!」


 距離はまだ遠い。が、やるしかない!


(残り全部使い切るぞ!)


(わかってます、この一撃に全てを!)


 広大な魔法陣が展開し、空間を歪ませる程の熱が生み出される。


「二発も撃たせるかぁ!!!!」


 石の街を蒸発させながら白熱の渦が走り、巨大な手を飲み込み消滅させた。




 自らが起こした腕が消え行くのをフラウは見届けた。


 神の炎が力の殆どを出し切った事も。


 残された僅かな力を持って真田 涼はこちらへと、魔王の居る場所とは違う場所へと向かう。


「これで……我々の役目は……」


 白銀の巨人が最後の時を迎え、満ち足りた表情を浮かべたフラウと共に閃光の中へと消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る