14-5 夢から覚めて

 音を立てて階段が床から上へと伸びていくと同時に、光の中から涼が出て来た。


「ちょっと遅いわよ、何時まで……」


 結構な時間待たされてお怒り気味のリーナが何か文句を言おうとしているが、それを無視して後ろを振り向き手を伸ばしてしまう。


 何も無い空間を虚しく手が泳いだ。


「そうだよな、あれは夢だ……夢なんだよな」


 これで良い、これで正しかったんだ。そう思っても体は力なく膝から崩れ落ちる。


「良い夢だった……」


 もう手にする事の出来ない夢を抱き締めるように、拳を握り抱き締めた。

 

「ロンザリア達は先に行こっか」


 涼の夢の内容を知っているロンザリアがそう言って、エイミー以外の三人を押していく。


「エイミーはお兄ちゃんと一緒にね」


 部屋に二人だけが残された。


 エイミーが涼に寄り添いその背に手を置く。顔は下を向いて見えなかったが、震えては居ても泣いては居なかった。


「父さんと、母さんに会った……」


 顔を俯かせたまま、ぽつぽつと話していく。


「良い世界だった、両親が居るだけであんなに幸せな気持ちになれるんだって。でもあれは夢なんだ、父さんにもそう怒られた、前に進まないと……もう逃げないって決めたんだ」


 強い瞳を、いや、そうあろうと涙を噛み締め強がった瞳をして彼は立ち上がった。


「ごめん、待たせた。レオ達が先に行ってるし俺達も行こう」


 そう言って動く階段へと向かっていく。


 その背を抱き締めたかった、泣いて良いと言ってあげたかった。


 失った両親を再び手放す覚悟と悲しみがどれ程の物なのかは私には分らない。


 それが分らないのに彼を止める資格が自分にあるのだろうかと思い、何もすることが出来なかった。


「ん、どうした?」


 立ち止まっている私に気が付いて彼が振り返る。


「いえ、その……」


 今の彼に何と答えれば良いか分らずに言いよどむ。


 言いよどみ胸の前で握る手を、彼の手が優しく握った。


「何か心配かけちまってるみたいだな。でも大丈夫、俺はもう逃げたり泣いたりはしない。どっちも散々やったしな」


 そう少し寂しそうな顔で笑いかけてくる。


 その顔を見て堪らず彼を抱き締めた。


「おっと……泣いてるのか?」


 何も言わせず、悲しみの涙を我慢する彼の胸で涙を流す。


 あの人の代わりになんて思うのは傲慢も良い所、でもこれしか今の自分には出来ない。


 その私を彼が優しく抱き締め返した。


「エイミーが前に言ってくれたろ?ここが俺の世界だ、ここが俺の真実なんだ。だから大丈夫、大丈夫」


 私を慰めるように、自分自身に言い聞かせるように、大丈夫と繰り返す。


「私はあなたの傍に居ます。たとえ何があってもあなたを一人にはしません」


 その言葉に抱き締める力が少しだけ強くなった。


「そうか……ありがとう」




 レオ達はエスカレーターを登っていた。


「……ロンザリア、アンタってリョウが何を見てきたか知ってるんでしょ?アイツは何を見たの?」


 その問に答えたほうが良いかロンザリアは悩んだが、彼等なら良いだろうと判断して答える。


「お兄ちゃんの夢は両親と普通に暮らす事だよ。本当に普通に、美化の無い過ごせた筈の日常を過ごす事」


 答えを聞いてリーナは踏み込むべきでは無かったと思ったが、知った後にそう後悔するのは卑怯だとも思った。


「何と言うか、神様もキツい事を……いや、そうやってアタシが決め付けるのも無いわね……」


 リーナがどうしようもない事に頭を抱える。


「リョウ君がその夢から戻ってきたのは、この世界にそれ以上の価値を見出してくれたって訳だし、私たちはその思いに答えられるよう頑張りましょう」


 アンナがリーナの肩に優しく手を置いた。


 その内にエスカレーターも終わりが見えてくる。


「星空?」


 恐らく塔の最上階へと辿り着いたのだろうが、そこに天井は無く星空が広がっていた。


「ここって塔の中で間違いない筈よね?結構洒落た事するじゃない」


 エスカレーターから下りるとそこは壁も床も無く周囲全てが夜空となっており、まるで星の海に立っている様だ。


「これがリョウの言ってた宇宙って場所なのかな」


 レオがそう呟いて星の光に手を伸ばすが、光は遠く届かない。


「空の上の場所ってやつ?うーん、確かに説明だとこんな感じだった気がするわね」


「なになに、何の話?」


 二人の会話にアンナが目を輝かせる。


「前にリョウが空の向こうや海の底のとか、そんな話をしてたんです。ちょっと聞いただけなんで後はアイツに聞いてください。それで、これは二人が来ないとこれは先に進めないのかしら?」


 辺りを見渡しても無限に思える宇宙が広がっているだけで、他に何かある訳でも起きるわけでもない。


 呼びに行こうかとも思ったが、階段は登り用だしどうやってここから帰るのだろう?


「あ、お兄ちゃん達が階段を上がり始めたよ」


 仰向けに寝転がって足をぷらぷらとさせているロンザリアが涼の移動を感知した。


「そう、それなら二人が来るまで星でも見て待ちますか」




 俺とエイミーもエスカレーターを登りきり最上階へと辿り着いた。


「何か凄い事になってるな」


「はい、とても綺麗です」


 エスカレーターの途中からでも見える満天の星空の美しさに思わず溜息が出る。


 その空の中にレオ達が待っていた。


「ごめん、待たせた」


「いいわよ別に」


 座っていたリーナが立ち上がりながら答える。


「それよりもこの空間ってアンタの言う宇宙みたいな感じなの?」


「そうだな、確かにそんな感じだ。でも重力はあるんだな」


 その場で何度かジャンプするも、普段と特に変わらない重力を感じた。


 どうせだから無重力空間も再現してくれれば良かったのに。


「重力?」


 聞きなれない単語にレオが首を捻った。


「ああ、俺も学校で習った範囲程度しか分らないんだけど、この星が俺達を地面に引っ張る力があって、宇宙に出るぐらいまで遠くなるとそれが弱くなるから勝手に宙に浮くようになるみたいな」


「ほほー、何だか面白そうな話ね。私も似たような話なら聞いた事があるけど、ちょっとその宇宙とか重力の話を詳しく聞かせて欲しいわ」


 そんな会話の中で最初に気が付いたのはエイミーだった。


 何か音が聞こえると思い、辺りをキョロキョロと見る。


 次に聞こえ始めたのはリーナとアンナ、二人とも音が聞こえ始めて辺りを見回し始めた。


「リーナさん達も鐘の音が?」


「エイミーも聞こえてるみたいね、でも鐘なんて」


 最後に聞こえたのははレオとロンザリアもその音に気が付いた。


「この、音は……?」


「お兄ちゃんは聞こえていないみたいだし、神様の力かもね」


 ロンザリアが言うように俺には何も聞こえて居なかった。


「どんな音が鳴っているんだ?」


「鐘です、鐘の音が鳴っています。それが少しずつ近付いてきて……」


 エイミーの言葉の途中で俺の頭に鋭い痛みが走った。


「ぐうっ」


 痛みに頭を抑えると同時に、確かな鐘の音が聞こえ始める。


 一際大きな音と共に星の光が集まり、美しい翠の髪の女性が現れた。


「私はヘレディア、この世界で神と名乗り、呼ばれる者。皆さん、ようこそおいでくださいました」


 柔和な笑みを女神は湛えるも、この世ならざる美しさと神々しさに全員が、ロンザリアまでもが跪く。


「そうかしこまる必要はありません、楽に自然にして大丈夫ですよ。それと、真田 涼さん」


「は、はいっ」


 突然名前を呼ばれて声が裏返ってしまった。


「私の姿は見えておいでですか?」


「はい、ばっちりです!凄く綺麗です!」


 慌て答える俺を見てリーナがなんとも言えない表情を浮かべる。


 そんな様子を見て女神がころころと笑った。


「先程少しあなたの存在を変えさせていただきました。この空間内だけですが、私の存在を認識できるように」


 成る程、さっきの頭の痛みはそれのせいか。


「ご気遣いありがとうございます」


「いえいえ、私もこうしてあなたと話せるようになって嬉しく思います。さて、あなた方がここに来た理由を教えてもらえますか?」


 レオが言うべきではと思ったが、目配せしても気が付かないので俺がそのまま答える。


「俺達は封印されている島で過去の断片を見ました、そこで見た過去は今の俺達が直面している魔王との戦いに関係している筈です。俺達はその過去に隠された真実を知って、魔王に立ち向かう為にここに来ました」


 俺の言葉に女神が深く頷いた。


「わかりました。では見せましょう、私が封印した星の記憶、魔王との戦いの記憶を」


 女神が手をかざし、周りの星が廻り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る