14-6 秘匿神話
女神ヘレディアの手に合わせて宇宙の様子が変わって行き、一つの青い星へと辿り着いた。
「これが僕達の星……」
その小さくて大きな星にある国へと降下していく。
「始まりは一人の少女が私に気が付き、話しかけてきた所からでした」
その国の城に住む一人の少女、幼い頃のレティーシャ姫がベランダから夜空を見て「あなたは誰?」と問いかけた。
「私は本来この世とは関わる事が出来ない存在、それを彼女に気付いてもらえた時、とても嬉しかった事を今でも覚えています」
レティーシャの周りを光が舞うように集まり、少女と共に踊っていく。
「関わる事が出来ない存在という事ですが、今こうしてアタシ達と話せているのは何故ですか?」
疑問に思ったリーナが手を上げた。
「ここは後に必要になるだろうと思い作った理に外れた異空間の様なものです、ここでのみ私はこうして直接あなた達と話すことが出来ます。そして、私が力を行使出来る様になり、彼女と喋る事が出来た原因は」
空間が飛び、渓谷の間へと移る。
そこには力があった。ただただ強大な力のうねりが。
「これが後に魔王と名乗るようになるモノです」
「これが!?」
過去の世界で見た魔王からは全く想像が出来ないただの力の渦を見て驚いた。
「そうです。これは世界の淀みの集合体、恐怖、怒り、憎しみ、幾つもの要素が混ざり合い、魔王という概念によって生まれた力の化身」
「概念から生まれた?それでは魔王とは魔物ではなく……いえ、それどころか生物ですら……」
女神からの言葉にアンナさんが戸惑いを隠せずにいるが、女神は話を続けていく。
「この力を知った私は彼女にこの事を伝えようとしましたが、当時の彼女の力と心では私の言葉を受け止める事が出来ず、体に大きな負担が掛かる状態でした」
元々は知覚する事すら不可能な筈の存在から送られる意思は少女の体に耐えられるものではなかった。
しかし、今はレティーシャしかこの世で神を認識する事は出来ない。
だから彼女の成長を待つことを選んだ。間に合う事を信じて。
レティーシャ姫はすくすくと成長していく。
両親から愛を貰い、多くの人から知恵を授かり、出会った少年に、剣士アデルと恋をした。
成長した姫は神の声と力を断片的に使えるようになり、神の声に従って力の渦への調査隊派遣の計画を立てていく。
大臣達は魔王の存在に関して懐疑的ではあったが、姫の神から与えられたと言う力と知識は確かな物であったため、調査隊は滞りなく出発した。
そして今は調査隊が出発して二日目、建国記念日の日、俺達が過去の世界として見た日。
「この日はこれから……」
その惨状を思い出しエイミーが口を手で覆う。
滅びは過去の記憶と違いなく訪れた。
只管に強大なエネルギーが街を焼失させ、魔王が世界に顕現する。
神と姫の計画は間に合わなかったのだ。
降り立つ魔王にアデルが一人立ち向かう。
時代最強の剣士が姫が逃げる時間を稼ぐ為に、未来の希望を繋ぐ為に。
アデルの強さは相当な物であった。
普通の人間でありながら覚醒した今のレオに負けぬ強さを持っている。
しかし、それでも魔王には届かない。
魔王が放つ闇を切り裂き、魔王が生み出す俺達も過去で戦った無限の怪物を越えても、魔王に刃が届く事は無かった。
遂にアデルは力尽き、その身は闇に飲み込まれていく。
だが、使命は果たした。その間に姫は逃げ延びる事が出来た。
魔王が自らが生み出し動かす無数の怪物と巨人と共に、人間も魔物も区別無く世界全てを蹂躙していく中で、姫は同志と共に神の力を使った三つの神器を作り上げた。
人と神が生み出した奇跡の力を旗頭に、人と魔物が魔王へと最後の戦いを仕掛ける。
その戦いの中には全身鎧姿となったアデルも居た。
彼は自らの身を捨て、生死の理すら乗り越え再び戦場に戻ってきた。
死してなお戦う愛する人を止める言葉を姫は持たず、共に神器を手に戦いに挑む。
神話に等しき壮絶な戦いの果てに人も魔も倒れ、大地の形は変わり、神器を持つ姫も仲間の魔法使いも倒れた。
世界が滅びへと向かっていく中で、アデルが全ての願いを神器に宿し魔王に肉薄する。
光り輝く剣が魔王の手から放たれる力を押し切り、その身を真っ二つに切り裂いた。
多くの、多すぎる犠牲の上で魔王を討ち果たし、戦いは終わったかと思われた。
しかし、半身となった魔王は宙に浮かびアデルへと振り返り告げる。
「まさか、我が敗れるとは……だが、これは因果の始まりに過ぎない。我は更なる力を持ってこの地に戻る。その再び時世界を滅ぼそう、我は魔王、その存在意義を果たす為に」
最後の言葉を残して魔王の体から周囲を飲み込む力の渦が発生し、魔王は消滅した。
残ったのは荒廃した世界と、一人虚しき勝利を手にしたアデルのみ。
そのアデルの前に星の光が集まっていく。
強大な力の激突により世の理が大きく崩れた結果、ようやく神はこの世界に顕現する事が出来た。
「あなた、一体……?」
美しき女性に膝を付いていたアデルが顔を上げる。
「私は神と呼ばれ、神と名乗る物。そして彼女、レティーシャからヘレディアと名を与えられた者です」
ヘレディア、それは嘗て少女であった時の姫が付けた名前、名を持たぬ超常の物に与えられた名前。
愛する人が付けた名前を聞いてアデルが姿勢を正し、女神に跪く。
「私はアデル・オーウェル、女神ヘレディア様、お会いできて光栄です。この度の戦いも女神の祝福があったからこそ、勝利を掴む事が出来ました」
感謝と共にそう頭を垂れるが、心の底では別の思いが渦巻き、そのまま声に出た。
「ですが、何故もっと早く来てくださらなかったのですか……」
神から感じる力は魔王には及ばぬものの、もしも共に戦えていたのなら犠牲はもっと少なかったはずだ、結果は違ったはずだ。そう思わずには居られなかった。
その無念と憤りにヘレディアも膝を付き、アデルの手を取った。
「本当にごめんなさい。私はレティーシャを利用しておきながら、貴方達と共に戦う事も、助ける事も出来ずに」
手の握りから、その言葉から、女神の思いがアデルに伝わっていく。
神もまた、自分と同じ気持ちなのだ。
もはや涙すら流せぬ兜の顔を上げる。
「ヘレディア様、お願いがあります。この世界を救ってください。それがレティーシャのたった一つの望みですから」
女神はその願いに頷き、力を行使した。
荒廃した世界に生命の息吹が吹き渡り、世界の理が再構築されていく。
「そして私は3つの事を行いました。一つは理が回復してもコンタクトを取れる場所として神の塔を作る事、もう一つは聖職者を作り嘗てあった知識のコントロールをさせる事、そして魔王その物の概念を消し去る事」
「概念を消し去る……?皆が魔王って言葉自体を考え付かなくさせるって事ですか?」
「そうです。脅威への恐怖、敵への怒り、他者への憎しみ、それらが混ざり合った結果生まれる存在こそが魔王と呼ばれる物。逆に言えばそれらがなければ存在し得ない物。魔王の復活を阻止する為に私は人々を管理していきました」
神の力によって復活を遂げた世界を、人々が神から授けられる知識を使い暮らしていく。
意図的に管理された世界は魔王も勇者も生まず、平和な成長の日々を送っていた。
「そうか、この世界に物語が無いのは人々が長い間困難に直面せず、それを作り伝える文化が育たなかったせいなのか」
この世界に来てから疑問に思っていた事の一つに答えが出た。
「結果として長い年月の間、魔王を封じる事に成功しました。これが続けばとも思いましたが、世界が成長するにつれ争いが起り始めます」
始まりは人とは違う魔物との争い、そして同じ人間同士の争い、広く大きかった世界に命が増える事で生まれた軋みの結果。
「魔王が復活したのは私達人間の罪なのでしょうか?」
戦乱が始まった世界の隅に再び力の渦が出現し始めていた。
「いいえ、戦いその物は悪ではありません。個の命である以上、それは必ず起りえる物です。そして悪しき心も心を持つ以上誰しもが抱くものであり、それを罪として裁くのは行動に対する相手でなければならず、今のように魔王の出現よって清算されるべき物ではありません」
思い悩むエイミーを、そう女神が諭す。
「私が戦いを封じたのは魔王に対抗する力を育てるまでの時間稼ぎの為です。しかし、魔王はその一手先を行きました」
力の渦に神の言葉を聞いた選りすぐりの戦士達が辿り着いた。
魔王を消滅させる為に力の渦へと突撃する。
が、力の渦から生み出された4つの力がそれを防いだ。
後に四天と名乗る魔物達が渦の中から現れ、戦士達を屠っていく。
「魔王は復活まで自分の事を守らせる為の魔物を生み出しており、彼等と共に行方をくらませました。幸いだった事は神器を使わなかった為に、それを奪われなかった事だけです……その後の事は皆さんもご存知だと思います。魔王は何らかの仮の体を手に入れ、自らの力を復活させる為に軍を生み出し人に対し戦いを仕掛けております」
空間は元の星空へと戻り、過去を巡る旅が終わった。
「魔王軍の戦いは全て魔王の力を復活させる為で、時間を掛けて攻めていたのは単に復活までの時間を潰していただけだって言うの……」
これまでの話にアンナさんが顔を暗く落とし、呆然としている。
「ねーねー、神様しつもーん」
ロンザリアが手を上げた。
「何でしょう?」
「これってさ、魔物も全部皆殺しルートだよね?」
ロンザリアの質問に女神が頷く。
「魔王は世界全ての命を奪うまで破壊の限りを尽くすでしょう」
その答えにロンザリアが「うえー」とげんなりした顔を浮かべた。
「じゃあ何時かロンザリアも後ろからぐっちゃりされた訳?あ~もう、お兄ちゃんに出会えて本当良かったよ~」
そう言ってべたべたとこちらに引っ付いてくる。
何時もなら引き剥がすところだが、今回は色々と衝撃な事が満載で本当にロンザリアも参っているのでそのままにしておいた。
「ヘレディア様、私達は魔王に勝てるのでしょうか?あの時代と比べ、私達人の力は弱くなっています。それに神器を使えばそのエネルギーで魔王の封印が解けてしまう可能性が高い……私達はどうすれば」
アンナが弱音を吐いてしまう。アンナは過去を見て、涼達とは違って初めて知る魔王の脅威を体感して憔悴しきっていた。
彼女の言葉は正しい、この世界で魔王を倒せる存在は生まれなかったと神すらもそう思っていたのだから。
そう、そう思っていた。彼等がここに来るまでは。
「世界は魔王の手により再び滅びようとしています。復活の阻止は失敗し、最早諦めるしかないのだろうかと、そう思っていました。ですが」
言葉を区切りレオの方を見る。
「レオ・ロベルト」
「はい」
名前を呼ばれレオが答えた。
「そして、真田 涼」
「え?あ、はい」
俺の名前も何故か呼ばれた。
「貴方達二人、理を超えた二人が居れば魔王を打ち倒す事が出来ると私は信じています」
いや、待て。待て待て待て。
「え、いや、ヘレディア様。理を超えたってどういう事ですか?」
俺の質問に女神が当たり前のように答える。
「レオさんは魔王によって理を超える存在として生み出され、自身の運命を乗り越えここに立っています。そして涼さん、貴方もまた数奇な運命によって理を超え世界を渡り、この場に立って居るじゃないですか」
「いや、待って下さい。確かに俺は異世界から来ましたし、加護とか呪いとか効かなくて、何か法則的なものとはちょっと外れた存在かもしれませんけど、ハッキリ言って俺の強さなんてそれ程じゃないです。魔王との戦いが嫌とかじゃなくて、俺の力が魔王に及ぶほど強くないって事は俺が一番良く分かっています」
戦う意思はある、強くなりたい気持ちだってある。しかし、そんな物では埋まらない差がある事ぐらい俺にだって分っている。
それでも皆と共に戦うと、諦めないし逃げないと決めた。
だが、神から変な期待を寄せられるのはちょっと違うってものだ。
なのに女神は温かな笑みを湛えたまま崩さない。
「確かに今の涼さんの力は魔王と戦うには小さなものでしょう。ですが貴方はここまで来ました、幾多の困難を仲間と共に乗り越え、この世界で戦う決意と共に」
女神が両手を握り祈ると、眩い光が手の内に生まれ始めた。
「これは異世界から来た、この世の者ではない貴方だけが手にする事が出来る力。運命を超え、因果を断ち切る果て無き力。これを貴方の決意に託します」
女神が手を開き、眩い光の球体をこちらに差し出す。
「さあ、手をこちらに」
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