14-4 本当の願い

 パタパタと階段を下りていく。


「これテーブルに持って行ってね」


「はーい」


 母親に言われて夕飯が盛られた皿を机に運んで行った。


 置く皿を避けるように父親が見ていた新聞を畳む。


「今日はから揚げか」


 ちらりと皿を見て父親が呟いた。


「あ、ちょっとテレビ欄見せて」


「ん、でも父さんは野球見てるからな」


 そう言ってテレビ欄が付いている一枚目だけを渡してくれた。


「ちょっと今日は何の映画やるのかなって思っただけ……なんだ特番か。こういうのって誰が見るのかな」


「さあな、誰かが見てるんだろ」


 野球中継を見ながらの夕飯が始まる。


 うちの贔屓のチームは5点差で勝っており、相手がヒットを打ってもこれは決まっただろうと思っているのか、父親がチャンネルを他の球場や旅番組にコロコロと切り替えていく。


「どれを見るのか決めたら?」


 何度も切り替わるテレビ画面に母親が苦言をもらした。


「ああ、ごめん」


 そう謝りチャンネルを元の野球に戻すと、丁度贔屓が2点返された上にワンアウトもピンチになっており、あれよあれよと言う間に元あった5点差を引っくり返されてしまった。


「ピッチャー変えたらよかったのに」


「うーん、点差あったから変えたくなかったんだろ。それに昨日も前もピッチャー使ってたからな」


 そう言ってテレビの電源を落としてしまった。


「テレビ見ないなら私のドラマ見るからリモコン頂戴」


「ん、ああ」


 母親にリモコンが渡り、テレビが再度付いてドラマが始まる。


 特に変わりの無い普通の夕飯。


 ドラマに興味が無い父親が俺に学校の事を聞こうとして「ちょっと、話が聞こえないから」と母親に怒られていた。


「ごちそうさま」


 食べ終わり食器を片付けて自分の部屋へと上がっていく。


 先程のゲームの続きをしようと思ったが、携帯にLINEが来ている事に気が付いた

 

『うーっす、暇?』


『どったの?』


『ランバトやろうぜ。山崎とうっちーも居る』


『OK じゃあボイチャ準備するから』


『今野良が一人入ったからこのマッチ終わったら合流な』


 そのLINE内容を確認した後に携帯をベッドに投げ、本体から先程プレイしていたソフトを取り出し、今流行のチーム対戦ゲームと入れ替える。


 PCも立ち上げボイスチャットを起動したら準備完了だ。


「うーっす」


 マイクに話すと返事が来た。


「よーっす」


「さっちー遅いぞ。まだ試合終わらないから後で合流な」


「てか、この人強くね?このまま組み続けたいレベルなんだけど」


「誘っておいてそりゃないだろ。いやでもマジでランクやばいな、何この人?」


「知らね、3人で始めたら組んだだけだし」


「さっちーには悪いが、今日はこのまま観戦実況だけしてもらうか」


「嫌に決まってんだろ、俺にも組ませてポイントくれ」


 そんなこんな雑談しながら観戦モードでゲームをプレイしていると、その上手な人は一試合終わった所で居なくなった。


「いやー、稼がせてもらった」


「俺もそこ入りたかったなー」


「さっちー居たらそもそもあの人入らなかっただろ」


「寧ろ敵に居てボコられた可能性まであるな」


 4人で楽しみ、時に愚痴りながらゲームをプレイしていく。夜も遅い時間になるまで。


「涼ー、そろそろ静かにしなさい、お母さん寝るからね。あと明日も学校でしょ」


「……はーい」


 むすっとした表情で母親の注意に答える。


 分ってるからボイチャ中に話しかけるなよな……


「じゃあそろそろ俺落ちるわ」


「そだな、もう12時なるし俺も親に怒られるわ」


「これ終わったら解散って事で」


「うーっす」


 最後の試合は割りとあっさり勝利となり、微妙に消化不良ながらもゲームを終わらせてボイチャも終了する。


 親が居なけりゃもっと遅くまで出来るのになー……


 まぁ明日も学校あるし、また今度で良いや。




 母親の声で起きて、母親が準備してくれている朝食を食べ、一足早くに家を出る父親を適当に見送り、自分も高校に向かう。


 そこで勉強もしつつ、友達と話し、学校を終えて友達と駄弁りながらうろつき、ゲームをする約束をして家に帰った。


 ちょっと遅くなった帰宅に母親から「何処に寄ってたの?」と聞かれたので「寺田たちと遊んでた、今日の夕飯って何?」と聞き返す。


「今日魚焼いてるからもうちょっと待ってね」


「はーい」


 返事をして自分の部屋に上がっていく。


 鞄を放って、昨日中断したゲームの続きでもしようと思ったが、直ぐに夕飯が出来るだろうと漫画を取り出してベッドに寝転がり読み始めた。


 少しして母親から用意が出来たと言われたのでダイニングに下りていく。今日は父親はまだ帰っていない。


 適当なバラエティを付けながら今日の学校の事とかを母親と話していく。


 夕飯を終えて部屋に上がると父親が帰ってきた。


 自分の部屋から「お帰りー」とだけ言って、昨日と同じく友達とゲームを始める。


 何の変わりもない普通の日常。




 月日が経って夏休みになり、来年は受験勉強で忙しいだろうと誕生日祝いも兼ねて沖縄へと家族で旅行に行った。


 更に経って秋になり、次は学校の修学旅行で京都だ。


 冬になって家族とクリスマスケーキを食べて、正月を祝って新年の挨拶を終えてお年玉を貰う。


 多くの、殆どの人が過ごす物語にもならない日常。


 今日は正月だ、勉強もしなくちゃいけないが、今日は一日ごろごろしてしまおう。


 何かゲームでもしようかと本体を立ち上げる。


 最近嵌っているゲームにしようかと思ったが、ずっと中断していたゲームが気になり久々にプレイする事にした。


 それはファンタジー物のRPG。


 魔王が居て、4人の幹部が敵に居て、それに主人公達が立ち向かうと言う良くある話のゲーム。


 でも何故だろう?何かが引っ掛かる。プレイしていると何かが引っ掛かる。


 分らない、止めてしまおうか?別にゲームなんて合わないなら止めてしまっても良いものだ。


 しかしコントローラーを操作する指は止まらない。


 何だろう、何かが足りない気がする。この物語に、この主人公達に何かが。


 足りない?いや、そんな事は無い。


 真っ直ぐな主人公に、負けん気の強いヒロイン。そして、そして……


 パーティにはストーリー進行で主人公達に付いて来た大人の女魔法使いの他に、自分の意思で仲間になった優しい性格のシスターと我侭なサキュバスが居る。


 その二人はどうして仲間になったのだろう?


 それは、主人公がその二人を助けたからだ。……いや、そうなのだろうか?


 何かが、この物語には誰かが足りない。


 それは主人公もヒロインも女魔法使いもそうだ、彼等の物語には誰かが足りていない。


 誰かが居ないとこの物語は始まっていない。


 誰だ、誰なんだ?


 頭の奥底で、駄目だ、思い出すな、考えるな、と声が響く。


 しかし、一度起った疑問の渦は止まることは無く、一つの答えに辿り着き、俺はベッドから勢い良く立ち上がった。


 立ち上がった体が震える、今居る世界の真実に。


「これが、俺の、本当の願い……」


 コントローラーが手から滑り落ち、床にぶつかり音を立てる。


 その音に母親が下から「何か音がしたけどー」と聞いてくるも、答えることが出来ない。


 フラッシュバックする二つの17年間の記憶が頭に痛いほど鳴り響く。


「あぁ……あぁ……あああ!」


 両手で頭を抱え涼が上げる声に、二つの足音が階段を駆け上がってきた。


 涼の部屋に来たのは失ったもの、二度と手に入らないもの、願い焦がれて手を伸ばしても決して届かないもの。


 幼い頃に両親が事故で死んだ。


 字に書けば一文で済む不幸。


 特別でも何でもない良くある不幸。もっともっと辛い目に会う人も沢山居るようなありきたりな不幸。


 ありきたり過ぎて物語の冒頭に流されるような、そんな不幸。


 その後に少年が手にした異世界での出来事。幾多の出会いと経験と言う他の人がどれだけ望もうが手に入らない特別な幸福、この世界の涼ですら夢見た奇跡と比べれば何と小さな不幸。


 だが涼は願った、願ってしまった。目の前に居る二人が存在する世界を、過ごせる筈だった普通の日常を。


「やだ!いやだっ!!」


 叫び母親に抱きつく。


「なんで、なんでまた失くさなくちゃいけないいだ!ずっと、ずっとずっとずっと寂しかったんだ!!」


 寂しかった。一人の家が、一人の思い出が。だからそれを振り払うように勇者に憧れた。


「やだよ、傍に居てよ、ずっとこれからも、今までだって、僕を一人にしないで……」


 止め処なく流れる涙で母親の服をぐしょぐしょにしながら、その腕に抱き締めてもらう。


 その手が優しく自分の背をなでた。


「やだ、この世界が夢なんて、そんなの嫌だ」


「うん、うん。お母さんも、お父さんも、この世界が本当だったらって思ってる。でも涼はそれだと駄目だって思ってるから泣いてるんだよね?」


 自分の弱さを受け止めてくれる優しい母親、それを手放したくなんてなかった。


「違う、違う、僕はこの世界が良い!お父さんとお母さんと一緒に居たい!折角、やっと会えたのに……」


 たとえ、あの素晴らしい世界を手放してでも、掛け替えのない人々を手放してでも。


「僕はこの世界に居たい!あんな世界なんて知るもんか!」


 心の底からそう叫んだ、あんな物は要りはしないと。


 そう言い放ってしまった涼の肩を父親が掴み、振り向かせる。


 父親の手が涼の頬を強く叩いた。


 パァン!と音が鳴り、熱い痛みが頬に生じる。


 初めて父親に叩かれた。記憶では、夢の記憶の中にはあるが、本当の意味で初めて父親に叱られた。


 顔を正面に戻すと父親は怒っていた、厳しい顔だった、でも何かもっと強い意思を感じた。


「あんな世界なんて言ってはいけない。お前はあの世界を本気で大切に思っているんだろ?男ならそんな嘘は付いたら駄目だ」


「でも……」


「父さん達もお前にここまで想ってもらえるのは本当に嬉しい。でもな涼、これは正しい世界ではないんだ、お前はこれを越えていかないと、勝たないと。そうだろう?お前には大切な仲間達が待っている本当の世界があるんだから」


 父親の言う事は至極正しい。正しく息子の進むべき道を示してくれている。


 でも、その道を選ぶだけの決意は簡単には出来るものじゃなかった。


 それを察して母親が涼を抱き締め、父親も同じように抱き締める。


 両親の腕に抱かれて涼は再び大きく泣いた。


 涙を出し切った後は、両親に自分の今までの話を聞いてもらった。


 元居た世界の話、辿り着いた今居る世界の話、思い出せる全ての記憶を話して話して話し続けた。


 こんな人に会った、こんな友達が出来た、これだけの努力をした、運動会はどうだった、テストはああだった、魔法が出来るようになった、剣だって使えるようになった、誰かを助けることも出来た。


 失敗する事もあった、挫けた事もあった、誰かを傷つけた事もあった、自分のせいで亡くなってしまった人も居た。


 その全部を聞いて欲しくて、褒めて欲しくて、叱って欲しくて、頷いて欲しくて話し続けた。


 両親からも話を聞いた。


 自分が生まれた時にどう思ったのか、どんなだったのか、名前はどうやって付けたのか、二人はどうやって知り合ったのか、色々な事を教えてもらった。


 ずっとこの時間が続けば良いと思ってしまうが、その時間も終わりが来た。


 いや、終わらせないといけない。


「……俺、もう行かなきゃ。皆が待ってる」


「ああ、そうだな」


「……着替えは洗面所の箪笥にあるから着替えてきなさい」


「うん」


 階段を下りて洗面所へと向かい、自分の服が入っている棚を空ける。


 そこには元の世界の服に混じって、今の世界の俺の服が入っていた。


 着替えて鏡を見る。


 そこには夢の中の普通の学生だった姿は無く、勇者に憧れ一端の戦士となった今の自分が居た。


 マントと剣は何処だろう?


 探そうとすると、母親がその二つを手に父親と一緒に下りて来た。


「着けてあげるから、ちょっと待ってね」


「いいよ、自分で着けるよ」


「最後にこれ位はやらせて頂戴」


 母親に服装を整えてもらうのは何処か恥ずかしかったが、そう言われて任せることにした。


 少し付いてた寝癖も直して貰い、マントも剣も装備し終わった。


「カッコいいな。漫画の主人公みたいだ」


「ありがとう」


 父親からの言葉を素直に受け止めて玄関に向かう。


 スニーカーを退け、旅のブーツを取り出し履いて両親に向き直る。


「……俺は、俺は父さんも母さんも大好きだ。俺をこの世に生んでくれて本当にありがとうございました」


 頭を下げて最後の感謝を告げた。


「ああ、父さんも涼の事を愛してる。頑張ってきなさい」


 父親が流れそうな涙を堪え、息子の旅立ちを見送る。


「お母さんもね、お母さんもね、涼の事を本当に愛してる……こうやって話せて良かった……それじゃあ気を付けてね」


 母親が涙を流しながら、息子の旅の無事を祈る。


 涼が前を向いてドアノブに手を置いた。


 これで夢が終わる、絶対に手にする事は出来ない夢の世界が。


 揺らぐ決意を涙と共に噛み締め、最後にもう一度だけ振り返る。


「行ってきます!」


 その顔を両親が笑顔で見送った。


「行ってらっしゃい」


 涼が玄関の扉を開けて前へと進む。


 今の自分の世界へと向かって。

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