14-3 夢の世界
扉の向こうは青く淡い光に照らされた、大理石の様な石で作られた建物だった。
「なんかちょっと暗い上に何にもない部屋ね……げ、本当に階段なんだ」
リーナが言うように壁に沿うように上に長く伸びた螺旋状の階段がある。
暗くはあるが、他には何も無いようだ。
「これだけの物をどうやって木の中に作ったのかしら?」
アンナさんが壁をコツコツと叩きながら階段へと向かっていく。
「神様が作ったんですから、その辺は色々神様パワーでどうにかしたんじゃないですか」
「そうかもねー、わわわわわ」
階段を上がろうとしたアンナさんが後ろにすっ転んだ。
「もー、何をやってるんですか」
リーナが手を引っ張って助け起こす。
「だって、突然階段が」
「なに変な事を言ってるんですか。こんな階段にこけたり、わわわ」
リーナも階段を登ろうとした時に何かに足を取られて後ろにこけそうになるが、レオが後ろから支えて事なきを得た。
「ありがとう」
「いいよ、それにしてもこれは……」
レオが階段を足に乗せると、階段の段がそれなりの速さで上に上がっていく。
足を離すと、キリの良い所で階段は静止した。
「なんだ、エスカレーターか?」
「エスカレーター?」
俺が言った名前にエイミーが首を傾げる。
「ああ、俺の世界だとこんな感じで高い建物を楽に登っていく為の機械があるんだ。にしてはちょっと速いけどな」
この塔に備え付けてあるエスカレーターは駅等にある物と比べるとやけに速い、慣れていない人が足を簡単に取られてしまう程度には。
こんなに速いのはあまり使う人の事を考えずに作られたのだろうか?
「じゃあ別にこれはトラップとかじゃ無い訳ね」
アンナさんが恐る恐ると改めてエスカレーターに足を乗せる。
「おっとっと」
またもこけそうになったが、何とか両足を乗せる事に成功した。
「へー、こうして見ると結構便利な物ね」
乗ったアンナさんがそのまま上へと昇っていく。
「僕達も行こうか」
レオがリーナの手を取り、エスカレーターへと乗り込んだ。
俺もそれに倣ってエイミーの手を取って向かう。
「じゃあ行くから足元気をつけてな」
「はい、お願いします。ロンザリアちゃんも」
「は~い」
全員が乗り込み音も無くエスカレーターは進んでいく。
「これも動力ってどうなってるんだか」
リーナが手すりから胴を乗り出して確かめるが特に何も分らない。
「俺の世界だと電力で動いてて、上に昇る仕組みは……何と言うか軸の周りをぐるぐると階段を回転させて前に進む仕組みなんだが、これはそんな風でもないしなぁ」
見た目は本当に普通の螺旋階段だ、エスカレーターとしての機能があるようには見えない。でも何故か階段は上へと昇っていく。
「これ長くな~い?」
既に座り込んでいるロンザリアがそうぼやいた。
「何でか知らないが、神様は高い所に住居を構えたがるものなんだろう。俺の世界でもこういう場所は只管上に登らなくちゃいけないのが恒例だしな」
「リョウさんの世界にもこのような建物があったのですか?」
エイミーの言葉に苦笑して答える。
「まぁ、例によって話の中でだけどな」
そんな話を聞いてリーナがエスカレーターを下ってきた。
「で、その話の中では何か注意する事とかあったりするの?」
「注意することねぇ……ここって試練とかあるんだよな?」
俺の質問にエイミーが頷いた。
「はい、聖典にはそう書いてあります。内容までは分りませんが」
「そうか……一応俺の世界での定番の試練で言うと、大掛かりなパズルを解いたりとか、門番みたいなのを倒したりとか、後は自分の心と向き合うとか」
「心と向き合う?」
レオが首をかしげる。
「ああ、大体は自分の一番嫌な物だったり、逆に一番望む物だったりを見て、それの恐怖とか誘惑に耐えるみたいな感じかな」
その言葉にロンザリアが肘を付いてクスクスと笑った。
「へ~、神様って結構いやらしい事をするんだね」
「本当にやるかは分らないけどな」
仮にあったとして、俺の嫌な物は多分皆を失ってしまうことだよな。
望む物だと、この世界でもっと役に立てるようにって所だろうか?
どちらが来たとしても、前もって覚悟しておけば耐えられるだろう。
「あ、皆~、終わりが見えてきたから、よっと、こけない様に気をつけてね~」
前を進むアンナさんがそう呼びかけたので「はーい」と全員で返事をした。
エスカレーターを下りた所はまた無い空間だった。塔もまだまだ上がある。
「何も無い?……ん、何だ」
辺りを調べていると中央に光が生まれ、白い光の中に全員が吸い込まれて行った。
……
…………
「……なさい、……きなさい、起きなさいって言ってるでしょ!」
勢い良く布団を剥がされて大人になっているレオがおぼろげに目を覚ます。
自分の部屋のベッドの前に、大人になったエプロン姿のリーナが立っていた。
「ほら、ちゃんと起きる!朝ごはんは作り終わってるから、着替えて食べて仕事の準備しなさいな」
「うーん……分ってるよ」
急かすリーナの声にしぶしぶとベッドから起きて階段を下りリビングへと向かう。
用意されている朝食を食べている内に頭も起きて来た。
「いつもありがとう」
「ん?ああ、良いのよ。あなたは毎日お仕事頑張ってるし、妻としてはこれ位はね」
「でもリーナだって魔法の研究とかしてるじゃないか」
「良いの、良いの、あれはアタシの趣味みたいな物だから。それにこれ以上言うようなら、もう作ってあげないわよ」
「それは困るかな」
二人で食卓を囲み笑顔が溢れた。
「それじゃあ行って来るね」
支度を終えてリーナに見送ってもらいながら仕事へと向かう。
「今日は早めに帰って来れそう?」
「うーん、どうだろう?何か予定がある訳じゃ無さそうだし、出来る限り早く帰れるようには頑張るよ」
「そう、じゃあ行ってらっしゃい」
「行ってきます」
家を出て仕事に向かう。
あの魔王との戦いから8年が経っていた。
僕はあれからリーナと結婚し、ヴィットーリアでイサベラの軍人として働いている。
仕事内容としては教官業と、魔王の力の影響で世界中に散らばっていた脅威の排除、後は一応の国防。
でも魔王との戦いの後世界は非常に平和で、脅威も殆どが既に倒されており、僕の仕事は教官としての仕事と未知の開拓地の調査となって来ている。
「今日は調査の予定も無いし、早く帰れると良いな」
基地の中へと入って行き自分の部屋へ向かっていると、前から書類を抱えた涼が歩いてきた。
「よ、おはよう」
「おはよう、また何かの開発?」
涼もそのまま軍を継続し、今はアンナさんの下で異世界の知識を元に色々な物の開発を携わっている。
「そうなんだよ今度は車作ろうって言い始めて、俺の知識なんて殆ど無いって言ってるのにコキ使ってさ、この仕事向いてないと思うんだよなー」
そうは毎回愚痴ってるが、その顔は笑顔で語っていた。
「お前の開拓地調査の方も楽しそうだし、俺と替わってくんね?」
「無理だよ、僕が技術方面で役に立つ訳がないじゃないか」
「まぁ、それもそうか。家でエイミーが待ってるし、頑張るとしますかぁ」
そう言って涼は自分の仕事場へと向かって行った。
涼とエイミーも僕達に続く形で結婚している。
中々踏み出そうとしなかった涼を今度は僕が背を押した形だ。
余計なことかも、と最初は思ったが、式の二人の笑顔を思えば押して良かったと思う。
自分の仕事部屋に着き、椅子に座る。
机には新しく開発されたカメラを使った写真が幾つか置いてある。
その内の一つはこの間イザレスに立ち寄った際のルル達との記念写真だ。
ルルはその後は普通の人や魔物と同じく成長し、力も暴走していた時よりは大分弱くなってしまったものの制御できるようになっていた。
そして何よりその写真で一番変わっていることは、自分とルルと人間と共に、魔物達も一緒になって教会の前で写真に映っていることだ。
魔物との融和は涼の活躍とイサベラ、フレージュ、イザレスの三ヶ国の先導により少しずつ前に進んでいっていた。
ちなみにロンザリアは今は世界各地を放浪しては、気まぐれに涼達の家に帰ってきている。
「さて、僕もお仕事頑張りますか」
仕事が終わり、日も暮れた。
定時と言う訳にはいかなかったが、それでも今日は早く帰れる。
少しだけ急ぎ足で、愛する人が待つ家へと向かう。
「ただいまー」
そう言うと、台所の方から返事が返って来る。
「おかえりー、そろそろ夕飯できるから待っててね」
料理の良い匂いが漂ってきた。
ああ、何て、何て幸せな世界なんだろう。
全てが上手くいった世界、理想の世界。
「お待たせー……どうしたの?」
だからこそ僕は、行かなくちゃいけない。
「ううん、行かなくちゃなって」
僕の言葉にリーナが少しだけ寂しそうな顔をして、笑顔を見せた。
「うん、そうじゃないとね。レオはそうじゃないと」
そのリーナを抱き寄せる。
「行って来る、この世界が本当になるように」
「行ってらっしゃい、アタシはその先で待ってる」
決意を新たに行こうと思ったが、一つだけこの世界で心残りがあった。
「最後に料理だけは食べていこうかな」
「そうね、折角だし。準備するから待ってて」
リーナが机に夕飯を並べ、それをゆっくりと味わっていく。
「うん、美味しい。本当のリーナもこれ位料理が出来ると良いんだけど」
「ふふっ、そう思うなら今度アタシに聞いてみたら?多分ここまで上手じゃないけど作ってくれると思うわよ」
「え!?」
結構心底驚いた。
「アタシだってアンタの見てない所で色々と努力してたりするのよ」
「そうなんだ……それは楽しみだな。今度聞いてみるよ」
「期待し過ぎない程度に期待しててね」
未来のリーナが「ニシシ」と今と変わらぬ笑いを見せた。
全部を食べ終わり、手を合わせて「ごちそうさま」と言い、席を立つ。
「これは、どこに行けば良いのかな?」
それにリーナが食器を片付けながら答える。
「玄関から出るだけで良いわ、それで元の世界に戻れる」
その姿を見て、少しだけ躊躇いが出来た。
僕の願いが生み出した世界、生み出したリーナ。それを今から消すことに。
でも、夢は終わらせないと。
玄関の扉に手をやり、一呼吸置く。
「それじゃあ、行って来るね」
その言葉をリーナが笑顔で送ってくれた。
「行ってらっしゃい。アタシによろしくね」
その笑顔に見送られて僕は外へ出た。
「あ、三着はレオだったね」
光を抜けて元の場所へと戻ってきた。
ロンザリアとアンナさんは先に戻ってきていたみたいだ。
「戻りました。リーナ達はまだ?」
「そうね、まだ夢の世界でスヤスヤしてるみたい。レオ君の夢はどんなだった?」
「僕の夢はこの世界での戦いが終わって、平和になった世界の夢でした。良い、夢でした。それを本当にしたいと思えるぐらいに」
「真面目な夢ねー。ちなみに私は色々と新しい発明に溢れた世界だったわ。面白いし良い世界だったけど、やっぱり夢は自分の手で作らないとね」
うんうんとアンナさんが頷く。
そうしていると光が生まれ、今度はエイミーが夢から戻ってきた。
「お帰り~、エイミーは四着だね」
「ただいま戻りました。リョウさんとリーナさんは?」
「二人はまだだよ。それで~、エイミーはどんな夢を見たのかな~?」
擦り寄るロンザリアにエイミーが顔を少し赤くしながら答える。
「この世界が平和になった夢でした。その、少しだけ、ちょっと都合の良い世界でしたけど」
「ん~?どう都合が良いのかな~?」
「それは内緒です!そもそも分ってて聞いてるんじゃないですか!?」
赤くなっているエイミーを見て「ケラケラ」とロンザリアが笑う。
「全部は分ってないよ~、エイミーの心って聖職者だから凄く覗き難いし~。だから教えてよ~」
「言いません!ロンザリアちゃんこそどんな夢だったんですか!?」
本人は上手く誤魔化したつもりだったが、その言葉を聞いてロンザリアの口角が上がり、エイミーの耳元で自分の夢を赤裸々に語っていく。
「え、え、え~!!!」
そのとてもじゃないが理解が追いつかないエロティックでバイオレンスな世界にエイミーが顔を真っ赤に染めてへたり込む。
「ま、これ以上するとお兄ちゃんに怒られるからこれ位でね~」
今聞かされた内容以上の物がある事実だけでも、エイミーの思考をショートさせるには十分だった。
その後、しばらくして息を切らせたリーナが夢から飛び出すように出てきた。
「リーナ、大丈夫?」
そう近寄ろうとすると、リーナが跳ね飛ぶように距離を開けて、顔がボンッと音が鳴りそうな位の速さで赤く染まった。
その天辺まで沸きあがっている感情を感じ取り、夢の内容を理解したロンザリアがその場で笑い転げる。
リーナの目に涙が浮かび、その場に崩れ落ち、わんわんと大声で泣き始めた。
「違うもん!アタシそんなんじゃないもん!レオが、レオが悪いんだもん!あんな事、あんな事まで……わーん!!」
泣きじゃくるリーナの前でオロオロとしていると、色々と察してしまったアンナさんが肩に手を置いた。
「まぁあれよ、君ももう少し積極的になると言うか、その、あれよ、若さに身を任せて良いんじゃないかしらね』
『はぁ……』
『もう許さない、絶対許さないんだから!乙女の純情を弄んで、神だろうが何だろうが絶っっっ対!!許さないんだから!!!!』
キャラの絵と字幕にあわせてボイスがテレビ画面から聞こえてくる。
『行くわよ!!』
金髪の少女リーナの気迫に押されて周りのキャラも進もうとした所でイベントが終わり操作が出来るようになる。
これから多分ボス戦だろう。とりあえずセーブして……
「ごはんそろそろ出来るから下りて来てー」
「ん、はーい!」
丁度良いな、ここでセーブして終わってしまおう。
セーブが終わった所で本体の電源を切り、そのゲームが閉じた。
「今ー日のごはんは、なーにっかなー」
そう口ずさみながら、高校二年生の真田 涼は両親が居るダイニングへと下りて行った。
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