13-8 みんなの宴

 雷に魔力の中心を打ち抜かれ、木龍が音を立てて崩れていく。


「ルルは、ルルは何処だ?」


 雷の余波を耐え抜き、崩れ落ちる木の中で少女を探す。


 少女の姿ではないが、砕ける中で一際大きな欠片があった。


「あれか!」


 風を作り出して少女が眠る欠片を包み込む。これでとりあえず落ちて死ぬなんて事は無いはずだ。


 後は俺達の方も。


 エイミーを背負って落下する自身も風で制動を掛けようとするが、二箇所同時には上手くコントロールする事が出来ない。


「このままじゃ不味いか、鎖を解いてくれ!」


「え?はい!」


 鎖を解いたエイミーを正面に抱きしめる。


 大雑把で良い、とりあえず減速!


 大きな風に包まれて一瞬ふわっと浮かぶような感覚の後、下にあった木をバキバキと折りながら地面へと落下した。


「痛ってぇ……」


「リョウさん大丈夫ですか!?」


 抱き締め守られたエイミーが立ち上がり涼の回復を始めるが、その手を涼が止めた。


「いや、大丈夫。木の枝はエイミーの防護で直接は当たらなかったし、最後に背中ぶつけた位で、イッテテ……それに、それよりも」


 背中を擦りながら立ち上がり、風に包まれている欠片へと歩み寄る。


「帰ろう、皆の所に。皆が待ってる、色んな人が待ってる、人も魔物も皆がルルちゃんが帰って来るのを待ってる。俺達だってそうさ、まだ君の顔だって見れてないんだしな」


 ミシミシと再生を始めている欠片へと手をやり語りかけ続ける。


「……それに、ルルちゃんの両親だって君の幸せを願ってるはずだ」


 涼の言葉に再生の音が止まった。


「不幸な事故だったなんて簡単には言えない事だとは思う。辛くて怖くて子供のままで居たいのかもしれない。でも、それに向き合わないと駄目なんだ。亡くなってしまったお父さんとお母さんの為にも、君と過ごして大切だと思ってくれた人たちの為にも、ルルちゃん自身の為にも、その力に負けちゃ駄目だ」


 自分でも偉そうだと思う、こんな事を言える立場なのだろうかと。


 でも、今これが出来るのは自分だけなんだ、俺はその役割を果たしてルルの心に届けないと。


 その涼の言葉が少女のまどろみの中に響いていく。


 目を、覚まさないと……


 そう少女が思うと別の声が響いた。


 それで良いの?


 自分と同じ声をした別の自分から問いかけられる。


 良いの、もう目を覚まさないと……


 昔、本当に昔、自分が本当に子供だった頃。自分の日常は突然崩壊した。


 自らの身を引き裂くような力の奔流が迸り、辺り一面が無へと帰った。


 何が起こってしまったのか今でも分らない。分っているのは自分がその原因だという事だけ。


 それを理解したくなかった、考えたくなかった、だから自分はその力で子供のまま、何も知らずに考えずに幸せなままで居ることを選んだ。


 村に新しくやって来た人達は自分が稀有な存在であっても、いや稀有な存在だからか優しくしてくれた。


 このままで良い、このままの世界が続けば良いと思うほどに。


 しかし、それも3年前に崩れ去ろうとした。


 原因は分らない、でも何かに呼応するように自分の力が再び目覚め始めた。


 それと一緒に自分が封じ込め続けていた記憶も。


 怖い、嫌だと、そう思い、自分の姿も心も変えて部屋の隅に隠れて震えた。


 もう誰にも関わりたくないと強く願った。でも、周りの人はその願いを跳ね除けて自分を救おうとしてくれた。


 そして、自分を救えるだけの力を持った人達が来た。


 答えないと、この優しさに、こんな自分の傍に居てくれる人たちに。


 欠片が粉々に砕け散り、青い髪をした小さな女の子が出てきた。


「おっと」


 涼がその子を抱きとめ、その体をマントで包む。


 マントに包まれて穏やかな寝息を立てるルルの顔を見て、涼もエイミーもほっと一息を付いた。


「それでは帰りましょう、皆さんの下へ」


「そうだな、この子と一緒に」




「あのルル・ノーランドが助かったのですか?」


 騎士からの報告にヨハネス大司教が驚いた。


「はい、先程連絡がありました。あの少年達がやってのけたと」


「そうですか……」


 先程まで空に座して居た巨大な化け物は天へと放たれた雷に貫かれ消滅し、荒れていた空も夕焼け空へと変わり始めている。


「これを奇跡と言わずして何を奇跡と言いましょうか」


「見極めて欲しい」そう頼まれたが、この功績を直に見ればその必要も無いだろう。


 彼等は本当にこの世界を変える力があるのだと、そう思える。


「彼等は今は何処に?」


「報告では少女を休ませた後にこちらに戻るとの事でした」


「そうですか……では、それが終わり、いえ大変な一日でしたでしょうから明日に改めて彼等を呼びましょう。私達が信奉者だと呼んでしまっていた彼等も共に」


 彼等を敵だと断じて諦めてしまっていた憂いはあるも、今は今回の喜びに笑みが出てしまう。


「そして、あの少年達には道を示しましょう。彼等の望む神への道を」




 俺達はルルを連れて集落に戻った。


 街へと戻った方が良いだろうかとも思ったが、騎士団の方を通じて大司教からゆっくり休んでくれと言われたのでお言葉に甘えて休むことにする。


 ルルはベッドで静かに眠っている。命に別状は無く、単に強大な力を使ってしまったせいで疲れているだけだそうだ。


「今日はこの子のお陰で大変な一日だったわね」


 レオと同じルルの青い髪をリーナが撫でる。


「でも助けられてよかった」


「まぁ、そうね。この可愛い寝顔を見られただけでも良しとしますか」


 その後、日も暮れた後に一度街に戻った騎士団の方が食料を持って集落にやって来て、今回の勝利を祝う宴が始まった。


 火を囲み、三つの種族が一つの事を祝いあう、この世界で見るなら何と不思議な光景。


 でもこれが何時の日か、当たり前の光景になれば良いなと、そう思う。


 皆が食べて騒いで、レオと俺達に礼を言う中で、起きたルルがエルフの女性に連れられて歩いてきた。


 まだまだ眠そうな顔でレオと俺に頭を下げる。


「助けてくれて、ありがとう」


「どういたしまして」


 二人でそう答えると、ルルは笑顔を見せてレオの手の中にポテンっと収まり、また寝息をたて始めた。


「今日のレオはそのまま子守りだな」


 こうして見ると兄妹のように見える二人を見て思わず笑ってしまう。


 いや、生まれで言うなら実際兄妹……


「待てよ、兄妹みたいだと思ったが、ルルちゃんの方が年上か?」


「そうなるかしらね、20年前に成長を止めたって事だから実際の年齢だけで言うならこの子は27歳な訳だし」


「でもルルちゃんはその間は本当に子供だった訳ですから、妹って事で良いんじゃないですか?ほら、こんなに可愛いですし」


 可愛いから妹と言うのは余り話が繋がってない気がするが、まぁそれで良いか。


 ルルがレオに抱きついて寝てしまってるのもあって宴も良い時間だろうと終了し、今日はそのまま集落で寝ることに。


 明日は明日でまた大変な一日になりそうな気がする。今夜はゆっくりと体を休めよう。


 


 ドニーツェの城にある一室の大きな水盆から触手が飛び出し、それが人の手の形を模り盆の縁を掴んで自身の体を引きずり出す。


 怒りに顔を歪ませるイヴァンが水飛沫の中から出てきた。


「なんなんだ、この移動方法は!」


「良いじゃないですか、お陰で徒歩で帰る必要が無くなったのですから」


 自分の腕から発せられるストレッジの声にイヴァンが更に顔を歪ませる。


 歪ませながら濡れた体のままに歩いていく、そこに自分の意思は存在していない。


 無理に拒否はできなくは無いが、もう大部分のコントロールをストレッジに奪われてしまっている。


 ストレッジから「貴方が死ぬと私も死んでしまうので、貴方を殺すつもりはありません。それとある程度の自由も保障しますよ、ご安心下さい」


 と、言われたが、自由を渡すつもりは全く無いとしか思えない。


「いえいえ、今回の報告が終了しましたら暫くは貴方の自由にして良いですよ。その間は私の意識は止めておきますので、どうぞご自由に」


 わざとらしく、恩着せがましく言うストレッジの言葉に歯軋りするも、体は勝手に動いていく。


「おや、これはまた奇妙な姿で帰ってきましたね」


 歩く途中でグライズと会った。グライズは変わり果てたイヴァンの姿に薄っすらと笑みを浮かべている。


 イヴァンの姿は右腕だけでは無く、体の右半分が人の物から変貌していた。


 黒く硬質化した肌、右目は魔物の目に変わっている、彼が憎悪する敵と同じような。


「そう悪く言わないであげてください、彼のお陰で計画も進むのですから。フラウ様は今は何処に?」


「フラウは所用で出ています、直ぐに戻ると思いますが」


 グライズの言葉を聞いて考えるように右腕をイヴァンの顎に当てる。


「そうですか、では戻りましたらフラウ様にお伝え下さい。テュポーンを動かして欲しいと」


「テュポーンを?」


「はい、今の彼、イヴァンなら私の力と合わせることで神の結界を破ることが出来ます。その際の陽動に使おうかと」


「成る程、しかしテュポーンを出すのは少々大げさではないですか?」


「確かに陽動としては過剰な戦力ですが、タイミングとしては最適かと。それに大変不甲斐ない事に今の私の状態ではレオ・ロベルト達の動向を察知する事が出来ません、彼の動向を確定付けるのはこれが一番なのです」


 イヴァンの顔が歪んだまま、わざとらしく頭を抱えた。


「まぁ良いでしょう、フラウには私から伝えておきます」


「ありがとうございます、では私はこの体を休ませなくてはいけないのでこれで。準備が整いましたら彼の地へと向かいましょう」


 金色に変貌しているイヴァンの金の瞳が怪しく光る。


「神器が眠る封印された島へ」

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