13-7 幽世の木龍
木龍の咆哮と共に暗雲がうねり、雷と水の渦がレオ達の居る場所を襲う。
「総員気合を入れろ!」
総勢38人の騎士団によるドーム状の祈りの防護壁が、木龍の魔力任せに引き起こす災害を正面から受け止めた。
「ここまで来ると何でもありって感じね。雷を作り出すんじゃなくて、天候そのものを操るなんて」
雨も風も吹き始め、辺りはまるで大嵐がやって来たかのように荒れている。その光景を見てリーナが呟いた。
「まぁ……さっきは森の木とかも動かしてたし……」
それにレオがモゾモゾとしながら答える。
「へー、なんか良くわかんない攻撃してくるのね、あの龍ってやつは。……と言うかさっきからモゾモゾしないで集中する」
「だって、これは……」
今のリーナはこちらに後ろから密着状態で抱きつき、手を握って一緒に雷の弓を構えている。
二人で一緒に同じ魔法を放つ都合上、この状態にはなってしまうのは仕方ない。でもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
「これって何よ?アタシ達は付き合ってるのよ、恋人同士なのよ、これ位やっても何の問題も無いの。だからほら、ちゃんと集中して」
そうは言いながらもレオの反応に楽しくなって、リーナがわざと自分の体を更に寄せる。
が。
「……そうだね、あの子が助かるかは僕達にかかってるんだ。ちゃんと集中しないと」
レオは本当に生真面目に集中し始めた。
雷の威力が徐々に増していく。
確かに状況的には集中してもらう必要はあるのだが、これはこれで何か悔しい。
思えばあのキスから恋人らしい事は特に何もしていない、手を繋ぐ事や傍に居ることは多くなってもその程度。
何となくもっと気遣いをしてくれるようになった気もするけど、昔と変わらないようにも思う。
何かしたい事とか、何かして欲しい事は無いのか聞いてみようかと村に帰ったときに思ったが、それは幾らなんでもはしたないだろうと思い聞いてない。
でも「何か向こうからないのか」と思ってしまう。
さっきも微妙にほったらかしにされたし。
「リーナ、どうしたの?」
雷の収束が弱くなってきている、今度はリーナの集中が乱れ始めていた。
「何でもない、ちょっと気になることがあっただけ」
レオの言葉にそう答えて再び集中し、二人の力が合わさり強力な雷の弓が形成されていく。
魔力が合わさると同時に、体の鼓動も合わさっていくような感覚がした。
とても安心するリズムと体温、それに包まれていくみたい。
レオも同じ気持ちなんだろうか……いや、多分何も考えて居ない気がする。
でも、何時か、今度は、アタシの事をもっと振り向かせてやるんだから!
そんな二人の様子をニヤニヤと笑いながらロンザリアは遠くから見ていた。
「んん~、お兄ちゃんからストップ掛けられてなかったらな~、ロンザリアが二人の後押ししてあげるのにな~」
「駄目よ駄目よ、ああ言うのはヤるのかヤッちゃわないのか、遠くから手をこまねき、気を揉みながら見るものよ」
「まぁ~、そっちも楽しいよね~」
隣に居るアンナも二人の関係を使って下世話な会話を楽しんでいる。
「それにしても、あの子が魔法を使えなくて助かったわ。今のも十分凄いけど、四天とかと比べるとまだ何とかなるわね」
木龍が引き起こす嵐は膨大な魔力任せに無理やり引き起こしているもので、無駄もムラも多分にある。
それは木龍の元となる少女に魔法の知識が全く無いことに起因しており、そのお陰でレオが動けない状態であっても戦う事が出来ていた。
もっとも、比較対象である四天が規格外すぎるだけで、あの木龍も強大な脅威である事に違いは無い。
荒れ狂う嵐の中で、森が立ち上がっていく。
木々が固まり、10m近くの大きさとなった何体もの巨人が防壁の方へと地響きを立てて迫ってきた。
「それじゃあ、あたし達も仕事をしましょうか。ロンザリアちゃんは一人で大丈夫よね?」
「勿論☆」
ロンザリアの手に巨大な魔法陣が展開し、涼達が戦った時よりも一回り大きい8m程の大きさの鎧兵が出現した。
「それじゃあ行っちゃうよ!」
黒の大剣を振りかざし、力任せに木の巨人を両断していく。
「それでは私も行きますから、二人の事はお願いしますね」
防護は騎士団の人たちに任せてアンナも前に出る。
強風と大雨が体を打ち、暗くなった森の奥から何やら走ってくる木の集団が見えて来た。
「なんだかシュールな光景ね、あの子が助かったらこの変な魔力の使い方を教えてもらおうかしら」
アンナが羽織るマントが煌き、手に魔法陣が展開され、放たれた冷気が迫る木人諸共周囲の森を凍りつかせる。
「木偶人形相手だと名乗る相手が居なくて、ちょっとだけ張り合い無いわね」
この場は問題ないだろうと手を腰に付け、逆の手で顔に降る雨を防ぎながら上空に浮かぶ木龍を見上げた。
「リョウ君たちは上手く行きそうかしら」
涼達は荒れる嵐の中を飛んで木龍の背に辿り着いていた。
「すまない、あの子が居る場所へと直行するはずが私達の力不足だ」
エイミーに防護を張ってもらいエルフ2人の魔法で空を飛んだのだが、強風に阻まれて目的地よりも離されてしまっている。
目指す場所は頭部の少し下、直線距離なら100mも無いが、うねる龍の背を登って行かないといけない。
「気にすんなよ、ここまで来れただけ上出来だぜ」
そう答えてエイミーを背に乗せたままヘルムートが龍の背をよじ登っていく。
龍の背に来たのは防壁の範囲の都合、俺とエイミーとヘルムートさんに、エルフのヴィートゥスさんとフィーネさんの計5人だ。
「この攻撃は龍がこちらに気づいてるって事でしょうか?」
エイミーが張る防壁には飛んで向かう途中から雷等の攻撃が飛来し続けている。
「気が付いていたら振り落としにかかると思う、これは私達の存在を無意識下で感知して攻撃してるだけね」
冷静にフィーネさんが答えると、進路を阻むように木で作られた兵士が出現した。
「任せておいて。ヘルムート、踏み台にさせて貰うわ」
フィーネさんが体を前転するようにさせ持ち上げ跳ねて、軽やかにヘルムートの頭を蹴って兵士に取り付き腰の短刀を魔力の中心に突き刺す。
「踏み台って頭かよ」
スルリと防護内に帰って来るフィーネにヘルムートが顔を顰めた。
「仕方が無いでしょ、背中にはエイミーさんが居るんだから」
軽口を叩く前で更に兵士達が生まれてきている。
「あれらは私とフィーネが倒していきます、皆さんは援護しつつ前進に集中してください」
エルフ二人がエイミーの防護を活かし落雷を避けて木の兵士たちを倒していき、俺は二人の退避の援護を炎を放って援護していく。
それを繰り返しながら少しずつだが確実に前進していると、木龍の顔の方から「キュオー」と謎の音が鳴り始めた。
「何だ、この音は?」
甲高い音と共に、魔力が龍の口へと集まってきている。
木龍が鳴り響かせる音にレオ達も気付き、放たれるであろう攻撃を予感したレオが叫んだ。
「皆、逃げろ!!」
木龍の口から高圧の水が発射された。
あれは、ストレッジが使ってたのと同じ!
レオはリーナから離れて飛び、渾身の雷を迫る水の刃へと叩き込む。
しかし、ストレッジが放ったそれよりも強力な力が、雷も防護も破って着弾し大爆発を起こした。
爆風に巻き込まれたリーナが咳き込みながら立ち上がる。
「なに……さっきのは……」
立ち上がり見る木龍は甲高い音と共に二度目の発射準備に入っていた。
「リーナ、大丈夫?」
レオがリーナの元へと下りて来る。
「何とかね、でもあれがもう一発来たら」
陣地にしていた空き地は衝撃に抉り飛ばされていた。
騎士団の人達は何とか無事だが、自分も含めて次も耐えられる保障はない。
「……駄目な時は僕があの子を殺す。でも、後もう少しだけリョウ達を待ちたい」
そう言ったレオの目はまだ諦めていない、彼女を救う事を。
なら、自分の道も決まっている。
「良いわ、ならアイツが成功することを信じてもう一回準備するわよ」
木龍が放った攻撃はレオ達が陣取っている場所を吹き飛ばした。
それを見た涼が叫ぶ。
「ヘルムートさん、俺とエイミーを投げ飛ばしてください!ヴィートゥスさんとフィーネさんはそれの加速をお願いします!」
「そんなもの、成功するはずが」
「でも、もう時間が無い!あの龍が自分の力の使い方を理解する前に!」
ヘルムートは考えようとした、だが今は考える時間も惜しい。
「やってみせろよ!?」
「はいっ!」
涼がヘルムートに近付き、エイミーの手を取る。
「しっかりとしがみ付いてくれ」
エイミーは頷き、涼の背に乗って自分の体を光の鎖で巻きつけた。
「これなら私はリョウさんから落ちたりなんてしません、思いっきりやっちゃって下さい」
そう言ってエイミーは防護を解く、これから飛ぶ際に風を受ける面積を増やすのは邪魔になるから。
途端に雨風が体に強く吹き付け始めた、怖くないといったら嘘になる。
でも今は、強い意志を持った背中に自分の命を預けよう。
「お願いします!」
涼の言葉を聞いて、涼を持ち上げ足を龍の背に無理やり刺してヘルムートが立ち上がる。
「行って来い!!」
めり込ませた足が切れる痛みを無視して身を捻り、ヘルムートが強く涼達を投げ飛ばした。
投げる方向は悪くないが、このままでは飛距離が足りない。
「まだです!!」
エルフ二人の風の魔法が涼達を更に吹き飛ばした。
少女が眠る場所へもう少しで届く。
手を伸ばそうとしたその時、暴風が横から涼達を殴りつけた。
「離される!」そう思った涼が自分に向かって魔法で爆風を作り出す。
加減無しの自分の魔法に意識が飛びそうになるが、何とかその場に踏みとどまった。しかし勢いが殺されてしまい届かない。
「この距離なら!」
エイミーが鎖を放ち、伸ばした自分の腕と龍を繋げた。
「ぐぅっ……リョウ……さん……」
その細腕で強風に飛ばされようとする二人の体重を支える。
エイミーの声に涼の意識が覚醒し、溜めて、溜めて、嵐の中でも負けない風を作り出して、残り数mを蹴り飛んだ。
龍の背にしがみ付き涼が叫ぶ。
「来た、来たぞ、助けに来たぞ!」
教えてもらった少女の名前を。
「ルル!ルル・ノーランドちゃん!君を助けに来た!!」
二人寄り添って魔方陣を展開し雷の弓を作り出していく。
先程は時間を掛けてゆっくりと作り出したが、今回はその時間がない。
魔王の器として作られた僕の全力を、リーナが培ってきた力をもって収束させていく。
疲労に荒れ始める呼吸に力を緩めようとすると、
「アンタはアタシを信じて力を任せとけば良いの」
そう怒られてしまった。
信じよう、信じよう。
自分一人では出来ない事を、圧倒的な力を持っていても出来ない事を、皆と一緒なら叶えられる。
自分の持つ力を人を救う力に変えられる。
皆に勇気を与える強い人が勇者だと彼は言った。
確かにそれもあるのだろうけど、また別の一面もあるように思う。
どれだけ強い人でも、絶対に一人では叶わない願いがある、敵わない敵が出てくる。
その時に共に居てくれる人がいる筈だ、彼の言う勇者の名前を持っている人達には。
勇者は決して孤独じゃない。誰かに勇気を与え、そして誰かに勇気を貰っているんだ。
多分、この心の繋がりを作れる人が、勇者の名前を冠するに相応しい人物なのだろう……
空で木龍が吼えた。子供のような、助けを呼ぶような声を。
「今だ!」
「貫けッ!!」
強烈な雷撃が顔を上げて吼える龍を貫いた。
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