13-6 桜木の卵

 霧に紛れて桜並木の中へと逃れた木龍は考えていた、自分は何者なのだろうかと。


 とても、とても大切で、とても悲しい事があったような気がする。だけど何も思い出せない。


 いや一つだけ分る事がある。


 それは自分がこの世で最も強い存在として作り出されたという事、誰かの意思でそう決められた事。


 それが誰なのか、何故なのかは分らない。でもそう在るべきなのだと思う。


 自分は敵に負けた、人型の恐ろしく強い敵に。いや敵なのだろうか?いや、わからない。


 強くなれば、自分の存在する意味を通せば分るのかもしれない。


 幸いここには自分にとって都合の良い力で満たされている。


 何の力なのだろう、それも分らない。


 周りの桜の木が木龍を覆い、巨大な卵の様な形を形成していく。


 温かな力の中で木龍は眠りに付いた。




 飛び去った少女を追う途中で事態は大きく変わっていた。


 神の塔と呼ばれる巨大な桜の木の近くに、卵状の木の塊が出来ている。


 少女の木龍が飛んでいった方向と一致しており、あの子が引き起こしてることは確実だろう。


 問題はその中に存在する力の塊が加速度的に増大している事だ。


「当初は我々で龍を誘導しレオさん達で倒す予定だったが、これは作戦を変える必要があるな」


「私達の切り札となる彼を下手に近づけると逃げられる可能性が高い。しかし、彼に遠距離から狙撃を可能とする技量も無い」


「オイオイじゃあどうすんだよ、オレはまだあの子を諦めたくねぇぞ!」


 人がエルフがワーウルフが、遠方にある卵を見て話し合う。


 問題点は二つ。あの木龍は今までの戦いからして、レオ相手には逃げ腰の戦いを続けている。


 仮にレオが木龍を追い詰めた場合、逃走してしまう可能性が高い、


 そして、もう一つは力の中心へと少女が同化され始めている事。

 

 このままでは完全に一つとなってしまい、力の中心を破壊する事は少女の死を意味することになる。


 それに今の状態でも同化が始まった少女のみを外し、力の中心を撃ち抜くのは神業と言っても過言ではない。


 その難解な状況の中でリーナが手を上げた。


「アタシがレオと一緒に力の中心を撃つってのはどうですか?」


「リーナちゃんが?うーん……あなたの腕前は知ってるし、彼とのコンビネーションを考えても適役だけど、動く敵に合わせるのは相当難しいわね」


 頬に指を当てて悩むアンナさんにエルフのヴィートゥスが提案する。


「あの龍の動きを止める案が一つある。それは彼、リョウに説得を試みて貰う事だ」


「俺が説得ですか?」


「ああ、君の声を彼女が理解できるのなら、例え返る答えが拒否だとしても突然の理解できる言葉に動きを止める可能性は高い。だが……これは危険な役目だ」


「いえ、俺はやります」


 自分が言い出した案に後ろめたく思うヴィートゥスに俺は力強く答えた。


「そうか……ありがとう。では、彼ともう一人、狙撃の余波から彼とあの子を守れる人を騎士団の方から」


「あの、私が行きます!」


 エイミーがそう手を上げた。


「リョウさんと行くなら私が一番適任の筈です」


「そうなのか」とヴィートゥスが目配せすると騎士長ウィルバーが頷いた。


「そうだな、貴女の想いなら彼を守ることが出来るだろう。では、これを」


 ウィルパーがエイミーが持っている印よりも更に精巧な印を取り出した。


「これは司祭クラスが持つ物だが、今の貴女の想いの力に答えてくれるはずだ。貴女にヘレディア様のご加護があらんことを」


「はいっ、ありがとうございます!」


 その印を受け取り頭を下げ、エイミーがこちらに振り向いた。


「絶対に守ってみせます」


 こう決意ある顔で言われたら俺から何も言えないな。


「……今回もよろしくな。でも、無茶はするなよ?」


「はい、リョウさんこそ」


 互いの決意を確かめ自然と手を取り合い卵の方を見る二人を見て、リーナがレオの方をチラリと見てぼやく。


「で、アンタからは何か無いわけ?」


 リーナから聞かれて不安そうな顔でレオが答える。


「リーナの腕前は分ってるけど、でもこの力を君に使わせるのは……」


「はんっ、アンタは魔法がようやく、やっと使えるようになって一週間も経ってないけど、アタシは十年間ずっと鍛錬を積んできたのよ?魔法の事でアタシの心配するなんて文字通り十年早いわ」


 指差し強がるリーナに、レオが「敵わないな」と言った笑みを浮かべる。


「そうだね……うん、僕の力を君に任せる」


「任せときなさい!」


 満面の笑みで答えるリーナに頷いて、レオは前を向いた。特に何かする訳でもなく前を向いている。


 リーナの顔がレオの態度に「ぐぬぬ」と歪み、ドンッとレオの腕に抱きついた。




 作戦が決まり俺達は各々の場所へと分かれていく。


 レオ達は遠方に待機して狙撃準備と陽動、俺とエイミーはワーウルフの背に乗って、エルフと共に森を疾走していた。


 馬よりも格段に早く森の中を二種の魔物は走っていく。


「なあリョウ、一つ聞きたい事があるんだけどよ」


 背に乗せてくれているヘルムートが聞いてきた。


「なんですか?」


「どうしてあの子を助けようと思った?」


 どうして、どうしてか……


「俺はロンザリアを通してあの子の遊んでる姿を見ました。あの子はそこでは普通の子供でした。それがこうなってしまったのはストレッジの、魔王軍のせいです。それなのにあの子を殺して解決するような、誰かを犠牲に誰かを助けるみたいな結果は俺は嫌いなんです」


「嫌いだからか、そんなものか」


 ヘルムートが「フフンッ」と小さく笑った。


「そんなもんですよ。あんただってそうでしょ?ロンザリアから聞いたよ、あんた等は別にあの子に操られてる訳じゃない。なのに助けに行くのはあの子が死ぬのは嫌だからだ」


 信奉者、そう大司教は言っていた。あの子に操られてしまった集団だと。


 しかし、実際に会ってみるとそんな雰囲気は殆ど感じなかった。


 そこで精神操作とかに……まぁ、詳しそうなロンザリアに聞いてみた所、


「あの人たちにかけられたのはロンザリアが使う様なエゲツないやつじゃないよ、もっと可愛くて純粋なものだよ。傍に居て欲しいと子供らしくちょっとだけ願ってるだけ」


 そう答えを聞いた。


「確かにそうだな。あの子は俺達魔物を引き寄せる力はある、だがそれは何となく興味が惹かれる程度だ。俺達があの子を救いたく思うのは俺達の意思だ、俺達がやりたいからやるんだ!俺達はあの子の笑顔が好きなんだよ!」


 恥ずかしげも無く叫んだヘルムートに周りの魔物達も笑い同意していく。


「そうだとも!あの子は本当に良い子だった、こんな所で見殺しにしてしまったら俺は悔やんでも悔やみきれない!」


「確かにあの子と皆と過ごした20年は何事にも変えがたい時間でした。今こそ、その時を取り戻しに行きましょう!」


 魔物も人も平和に暮らしていた不思議な村を取り戻す為に、森の中を駆け抜けていく。




「お兄ちゃん達が位置に付いたよ~」


 涼と繋がってるロンザリアがそう伝えに来た。


 今、レオ達は卵から離れた森が開けた場所に居る。


「わかった、じゃあ行くよ」


 レオの両手に巨大な風と雷の魔法陣が展開した。


「アンタ……それどうやってるの?」


 異なる属性の魔法を普通に発動させようとしてるレオに唖然とした表情でリーナが聞いた。


「え?うーん……気合でこう、頑張ってかな?」


 その曖昧な答えにリーナが頭を抱える。


 魔法の常識をガン無視した力を、気合の一言で済まされた事に。


「……まぁ良いわ、やっちゃいなさい!」


「うん。……吹き飛べッ!」


 両の魔方陣から暴風と轟雷が放たれ混ざり合い、破壊の嵐が卵の上半分を消し飛ばした。




 破壊音と共に木龍は目を覚ました。


 自分の力は大きくなった、でもまだ足りていない。


 もっともっと強くならないといけない。その為には眠りを妨げる敵を倒さないと。


 木龍が首を上げて空へと昇っていく。


 卵の中から生まれた木龍は大きく姿を変えていた。


 更に力強く、神々しく、200m以上はある巨体が空にその存在を放つ。


 角はトナカイの様な枝分かれた大きな角に成長し、とぐろを巻く体は桜色の体毛に覆われている、青白く輝く頭髪も美しい長さへとのびていた。


 その顔は化け物の顔であっても、何処か人間的な雰囲気を感じさせる。


 木龍は遠くに待つ力の塊を見た。自分はあれを越えなくてはならない。


 木龍の金の瞳が輝き、放つ力が空間に響いて空が、森が、ざわめきだす。


 晴れていた空に暗雲が立ち込め、静かだった森が大きく揺れ始めた。


「ギリュオオオオオオオ!!」


 あれを倒せば自分が何者なのか分るかもしれない。

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