12-13 心が帰る場所

 空を飛空艇が力強く飛んで行く。


 元居た世界の飛行機にも負けていないような速さを出しながら、俺達が歩いた旅路を帰っていく。


 旅の目的地はイザレスではあるが、レオの頼みでレオ達の故郷であるニジーア村へと向かっていた。


 どうしても一度、家に帰って確かめたい事があるらしい。


 飛空艇内はそれなりにスペースがあってゆっくりと出来、揺れもそれ程なく結構過ごしやすいのだが。


「う~、何で~、何でこんなに頭が~」


 何故だか出発して早々にリーナがダウンしていた。


 今は座ったレオの足の上にぐったりと寄り掛かっている。


「な~んかノリでロンザリアは付いてきたけど、付いてきて良かったね」


「それな」


 まだ飛空艇が安定していない状態の時からリーナは気分が悪くなってしまい、墜落とまではいかないが航行が困難となる所だった。


 そこをロンザリアが交代する事で何とかなったのだが、本当付いて来てくれて助かった。


「う~、ごめんなさい」


 気分が悪そうな顔をしながらリーナが謝っている


「しっかし船には弱かったけど、空を飛んでも駄目なんだな」


「なんだか船の上ってだけでキツイみたいだね」


 ぐったりとしたリーナの頭をレオが優しく撫でた。


 最初の船が大荒れの海の上だったからそれが尾を引いているのだろうか?


「ニジーアには直ぐ着くからそれまで頑張れよ」


「うーん……」


 あまり気のない返事が返ってくる。


「僕もずっとこうして魔力を使ってるのは疲れるし、ニジーアに付いた後も休み休みで行こうか」


「そうねー、この速さならイサベラだって休みながらでも2、3日で着きそうだしそれも良いかもね」


 速度計らしき物と地図を見ながらアンナさんがそう頷いた。


「あのー、それで一つ私からも頼みたい事が」


 そうエイミーが手を上げた。


「ん、何かある?」


「えっと、私も故郷のシエーナに寄りたいのですが、大丈夫でしょうか?」


「シエーナと言うと……」


 地図を確かめるアンナに横からエイミーが指で村の位置をさす。


「ここですね」


「成る程ね、良いんじゃない。通り道だし一度ここで下りて、次の日にでもまた合流しましょう」


「ありがとうございます」


 笑顔で礼を言った後、エイミーがこちらに振り向いた。


「それでリョウさんにも一緒に来て欲しいのですが、よろしいでしょうか?」


「ん?まぁ俺は構わないけど」


「ではよろしくお願いしますっ!」


 笑顔がぱっと弾けた。


「あ~あ~、ロンザリアもお兄ちゃんに付いて行きたいのにな~。でも付いていくと船が動かないもんな~」


 ゴロゴロと転がりならロンザリアが駄々を捏ねる。


「はいはい、ロンザリアちゃんはお姉さんとお留守番しましょうね」


 そのロンザリアをアンナが猫をあやす様に撫でていた。


 飛空艇は順調に航路を進んでいく。




「それじゃあ明日にはこの辺に戻ってくるから、ちゃんと空は見ておいてね」


「はい、分ってます。よし、じゃあ行くか」


「はいっ!」


 シエーナ村上空へと来た所でエイミーを抱えて飛空艇から飛び立つ。


 風をクッションに村へと降り立った。


 突然やって来た二人に周りの村の人たちが驚いている。


「エイミー、エイミー!」


 集まっていた村の人の中から一人の女性が出てきた。


 綺麗な銀髪を肩の所で切っている優しそうな顔をした女性だ。


「ママー!」


 エイミーが飛びつき、母親がそれを抱きとめる。


「突然どうしたの?でも良かったわ、元気そうで」


「うんっ!次はイザレスに行く予定なんだけど、通り道に村があったからそこに寄り道させてもらったの。それでね、紹介するね、あの人がサナダ・リョウさん!」


 そう紹介をされたので頭を下げる。


「えっと、真田 涼って言います。エイミーには何時もお世話になっていて、その、俺がこうしていられるのもエイミーが一緒に居てくれたお陰です」


 それにエイミーの母親も丁寧に頭を下げて答えた。


「エイミーからの手紙で良く貴方の事は聞いておりました、私は母親のエルザと言います、これからもどうか娘の事を宜しくお願いしますね」


 とても優しい笑みだった、何となく懐かしい感じのする……


「はい、これからもずっと一緒に旅を続けられたらなって思います」


 俺のその言葉にエルザさんの笑みが別の笑顔へと変わった。


「あら、あらあらあら」


 口に手を当てて何故だかエイミーの方を向く。


「もー、ママなにその顔は?」


「エイミーもするようになったわねーと思ってね」


「もー、馬鹿馬鹿」


 ぺちぺちとエイミーが母親を叩いた。


「はいはいお母さんは馬鹿ですよー。それじゃあ二人の無事を祝うのに色々と準備をしますから、リョウさんも家に上がってください」


「はい、お邪魔させて頂きます」


 その後は村長や、夜に帰って来たエイミーの父親とキーンさんに挨拶をして夕飯を頂く事になった。


 残念ながら商人のエドアルドさんは用事で出てしまっているらしい。


 村の状況はと言うと、エーテル採掘は順調に進み経済的に見れば以前よりも遥かに上回る復活を果たしているそうだ。


 エーテルの大量発生は一応は俺が原因となって起った事だ、そのお陰で誰かが助かって居るという事実は素直に嬉しい。


 夕飯の内容はエルザさんとエイミーが腕をよりにかけて作ってくれた。


 とても美味しく温かい家庭料理を囲み、談笑を交えながら夜のひと時を楽しむ。


 どちらかと言うなら真面目な性格のエイミーも、両親の前では甘えん坊な一面を前面に出している。


 この何となく……緩い?いや懐深い?そんな雰囲気の空間を何処か懐かしく思った。


 もう全く覚えていないが、俺と両親との会話もこんな感じだったのだろうか……




 夕暮れの森の中を手を繋いだレオとリーナが歩いていく。


 飛空艇を村の近くの開けた場所に着地させ、少しのリーナの休憩の後に村へと徒歩で向かったのだが、昼にでも着く筈が遅くなっていた。


「どうする?」


「大丈夫、行こう」


 そんなやり取りを何度もしながら村へと歩いていく。


 怖かった、自分の存在を両親が受け入れてくれるかどうかが。


 大丈夫、大丈夫と何度も自分にそう言い聞かせる。仲間は受け入れてくれているのだから大丈夫だと。


 でも、自分の存在を知った時、親は親でいてくれるのか、それを考えると今にも押し潰されそうになる。


 その思いは村へと一歩踏み出す度に強く、重くなっていく。


 それでも行かないと、確かめないと。


 村へと辿り着いた。村では仕事を終えた人たちが笑い、語らいながら家へと戻っていく最中だった。


 その村人の一人が村へと帰ってきたレオとリーナに気が付き、手を上げようとする、


 だが、異形の目をしたレオを見てその手が止まった。


「どうした」と隣に居た別の男性がそちらを見て息を呑んだ。


 村の人々がレオの変化に気が付きざわめく。


 最初に気が付いた村人がレオ達へと駆け寄った。


「レオ、どうしたんだいその目は?」


 聞くもレオは答えられるような状態ではなかった。


 息は恐怖で細かく荒くなっており、体も震えている。


「直ぐにお父さんとお母さんを呼んでくるからな」


 その異常を見て、村人が両親を呼ぼうと駆け出そうとした。


 それをレオが止める。


「待って、僕が家に行くから……」


 カタカタと揺れながら家へとレオが向かっていく。


「アタシからもお願いします」


 隣に寄り添うリーナもそう頼んだ。


「わかった、呼んで来るから家で待ってなさい。いいかい?直ぐに来てくれるからね」


 そう言って村人はレオの両親を呼ぶ為に走って行った。


 歩き、レオとリーナはレオの家へと着いた。


 久々の自分の家、生まれてからずっと住み続けた家。


 なのに今は自分の居るべき場所では無い様に思えてしまう。


 両親は直ぐに家に戻ってきた。


「レオ、お帰りなさい」


 母親にそう優しく声を掛けてくれるもレオは返事をする事が出来ない。


「何かあったのか、ゆっくり父さん達に話してみなさい」


 父親に連れられて椅子に座る。リーナの手は放さず握ったままで。


 椅子に座っても向かい合う両親にしばらく目を合わせることが出来なかった。


「僕の……話を聞いてもらえますか?」


 ようやく口を開いた。


「ああ、何でも話してみなさい」


 父親の言葉に迷いながらも問う。


「……僕は……僕は、生まれた頃はどんな感じでしたか?」


 予想しなかった質問に両親が顔を合わせる。


「どうなと言うと……」


「そうね、大人しい子だったわね、ちょっと心配になる位には。でもリーナちゃんと遊ぶようになってから少しずつ明るくなって」


 母親が楽しそうに自分の小さい頃を語っていく、しかしあまり耳には入って来なかった。


「……それでね、旅を続けたいって言われた時は不安だったけど少し嬉しかったの、レオも大きくなったんだなーと思って」


 優しく嬉しそうに語る母親の言葉を聞いて、リーナを握る手が強くなる。


 言わないと、言わないと、言わないと。


「僕は……その、旅の中で知ったことがありました」


 レオの告白を両親は静かに聞いた。


「僕は、僕は、……人でも、魔物でもなくて、貴方達の子供ではありませんでした」


 搾り出すように言葉を繋げていく。


「僕は、魔王軍に作られた……化け物だったんです」


 レオが顔を俯かせて告げた言葉は簡単に理解出来る物ではなかった。


「レオの言っている事は……」


 信じられないと言った目でリーナの方を見る。


「……本当です。四天の一人からそう言われました」


 リーナの言葉に両親が息を呑む。


 怖かった。今、両親がどんな顔をしているのか、レオは顔を俯かせたまま見る事が出来なかった。


 強く握ってしまっている手を、握り返してくれるリーナが居ても、前を向く事が出来なかった。


 ギィ……と椅子が動く音がした。父親がコツコツと歩いてくる。


 隣へと来た父親がレオの肩を抱いた。


「父さん達はお前が何を知って、何を想ったのか、それを全部を分ってやる事は出来ない」


 父親の腕の中で子供が怯えて震えている。


「だけど、これだけは分ってる。お前は間違いなく父さん達の息子だ」


 その言葉に子供の怯えが止まった。


「でも、僕は貴方達の本当の子供じゃ」


「いいや、お前の生まれや魔王軍に言われた事なんて関係ない。お前はずっと、ずっと父さん達が育ててきた、父さん達が愛するたった一人の大切な息子だ」


「でも、でも……」


 俯き涙を流していく息子の背を母親が優しく撫でた。


「あなたがお母さんの中から生まれてくれた時、本当に本当に本当に嬉しかった。それは何があっても絶対に偽物なんかじゃない」


 優しく包む温かさにレオが顔を上げる。


「でも、僕は人でも、魔物でもない化け物で、本当の子供じゃなくて……」


 


「それでも……それでも、僕のお父さんとお母さんで居てください!」


 レオが二人に声を上げて頼んだ、めったに言わない我侭を、本当の子供でなくても自分が何者であっても、二人に親で居て欲しいと。


「ああ、これまでも、これからだって、なにがあったって、レオは父さん達の自慢の息子だ」


 その言葉に遂にレオの中で張り詰めていたものが崩れた。


 大声で泣きながら両親に抱きつく。


 人でも、魔物でも、勇者でも、化け物でもなく、レオは親を持つ子供として両親の腕の中で泣いた。




 夜の山道をイヴァンが一人歩いていく。


「何故だ、何故あいつは……あんな奴が……」


 何度となく繰り返した恨み言を繰り返し歩いていく。


 歩く中で気が付けば周りを誰かに囲まれていた。


 山賊だ。身なりの良い服装をしたイヴァンを格好の獲物と思い取り囲んでいる。


「よう兄ちゃん、夜道は危ないぜぇ~、何せ俺達の」


「失せろ」


 ヘラヘラと笑う山賊をイヴァンが睨みつけた。


「おいおい、怖いじゃねぇか兄ちゃんよ」


 睨み付けられた山賊が苛立ちを顔に浮かべながらイヴァンへと掴みかかろうとする。


 その山賊の上半身が闇に飲み込まれ、主を失った足がふらふらと倒れた。


「何だこいつ!?」「魔法使いか!?」「ええいやっちまえ!!」


 取り囲んでいた山賊が一斉にイヴァンへと襲い掛かった。




 夜の山道を変わらずイヴァンが一人で歩いていた。


「何故だ、俺は力を手に入れたんだ、あんな下等な人間では到底及ばない圧倒的な力を!」


 腕を振るい放たれた闇が辺りを飲み込んでいく。


 常人では敵わない、叶わない、圧倒的な力。


 しかし、それでもあのレオ・ロベルトには一切の傷を負わせることも出来なかった。


 それどころか一度は自滅で死んだ筈なのにあいつはまだ生きている、生き返っている。


 あんなただの弱いガキのせいで!


「なのに!なのにぃ!!」


 叫びながら力を振りまく。その振り回す右腕がビクンッと揺れた。


 何だと思うまもなく、右腕がボコボコと形を変えて膨れ上がる。


「ぐっ、がああああああ!!」


 イヴァンの悲鳴と共に右腕が破裂し、あった場所から無数の触手が噴出した。


 その触手は人の手の形を模していく。


「いやはや、本当にこれを使う事が来るとは思いませんでした」


 その腕からストレッジの声が発せられた。


「貴様ストレッジか?」


 腕を失った痛みに息を荒くしながらイヴァンが睨みつける。


「はい、本体をレオ・ロベルトに完全に消滅させられてしまい、緊急的にここに避難させて頂きました」


「ふざけるな!お前みたいな化け物を俺の体なんかに」


 イヴァンが腕から生える触手へと魔法を放つも、消滅した触手は直ぐに再生した。


「今の私の体は貴方と同化していますので、私を殺すと言うのなら自殺して頂きませんと」


「何故だ、どうして俺がこんな化け物みたいな事にならなくちゃいけないんだ……」


 歯軋り、怒りを露にするイヴァンをストレッジがせせら笑う。


「おやおや、これが貴方が望んだ事ではありませんか。貴方の望みはレオ・ロベルトを超える事、即ち人を超える事、その為に私が態々貴方の体を作り変えたと言うのに」


 イヴァンは己の強化はデメリットの無い、人のままでの強化だと思っていた、そう説明も受けていた。


 事実今まで自身の体に何の違和感も感じた事は無かった。


 なのに今は人でない物が自分の体を蠢く感覚がある、自分が人では無くなった感覚も。


 何故だ、何故俺がこんな目に会わなくちゃいけないんだ……


 自分には小さい頃から人より才能があった、なのに直ぐ近くに、それも年下に、自分を遥かに凌駕する化け物が居た。


 そいつは自分が欲しかったものは全部手に入れた、何もかも全部を。


 そんな理不尽を受けたのに、どうしてまだこんな目に。と、イヴァンが憎悪に目を歪ませる。


 そうだ、あいつだ、あいつ等だ。レオとリョウ、あいつ等さえ居なければ……!

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