12-12 空への旅立ち
日が昇り、レオ・ロベルトの処遇を決める裁判が執り行われる。
しかし、それは誰から見ても公平な裁判とは言えなかった。
「まさかイサベラそのものを場から締め出すとは思いませんでした」
イサベラの皇太子アンドレアスが悔しそうに拳を握り締める。
「いや、イサベラだけではない、レオ・ロベルトの処遇に疑問を持つもの全てが私達と同じ状態であろう」
イサベラの王クラウディオも同じく無念の表情を浮かべている。
二人は他の国から監視され部屋にて軟禁状態となっていた。
「国を救ってくれた勇者をこの様な場に出させてしまった事は、私の人生の中で最も大きな悔やみとなるかもしれんな」
「大賢者より先日の内に彼らの逃走の手筈を用意していると聞いています、今は彼らの無事を祈りましょう」
裁判の場では、各国の代表に囲まれてレオが一人壇の前に立っていた。
両手は文字がびっしりと書かれた魔力封じの布でがんじがらめにされ、目も同じような布で覆われていた。
視界が閉ざされた暗い空間でレオは皆の糾弾を聞き耐えていた。
人々は怯えていた、ストレッジから聞かされたレオと言うもう一人の魔王に。
最早糾弾の内容はレオに全く関係の無い現在の魔王軍から受けた被害にまで広がっていた。
謂れの無い罪の内容を聞き耐える。
もしも彼が一人であったのなら、もしも彼の道を名付けてくれる人が居なかったのなら、彼の心は負けていたかもしれない。
だが、彼はその言葉に負けずに耐え続けた。
「……よって、我々は四天を二人討伐した戦果を鑑みて、魔王レオ・ロベルトをベステイル牢最深部にて永久封印する事とする
裁判長がそう判決を下した。
「レオ・ロベルト、発言を許可する。何か申し出がある場合は言ってみよ」
名前を呼ばれてレオが顔を上げた。
「僕は、魔王になんてなりません」
その言葉に周囲から「ふざけるな」「信じられるか」と罵声を浴びせられる。
しかし、その中でも自分を貫き通す。
「確かに僕は魔王の体として作られた存在です!ですが僕は今まで人間として生きてきました、戦ってきました!僕は僕の心を作ってくれた大切な人達とこれからも一緒に生きていきたい!僕の友人が名付けてくれた勇者の名前と共に!」
少年の主張に周りの罵声がざわめきに変わる。
ハッキリとした言葉は周りの心を揺らしたが、それでも人々はレオを信じることは出来なかった。
その中でガジミール王が口を開いた。
「君の主張は分った、しかし君が魔王の素質がある存在である以上、君をこのまま野放しにする事はできん」
ガジミール王の方へと布の下からレオが目を向ける。
「僕は魔王になんてなりません。そう言えます、誓えます。それでも駄目ですか?」
何処かすがるような少年の言葉に周りが沈黙した。
重い静寂の後に再びガジミール王が口を開く。
「我々は君の存在を認めることは出来ない」
世界は魔王の脅威に晒されている、この2年の間戦況は悪化し続けている。
この世界には新たな魔王となり得る人物を迎え入れるだけの余裕がなかった。
無論、何度も説得をし続ければ何時かは分ってくれる日は来るに違いない。
しかし、レオ・ロベルトは今ここで立ち止まる訳にはいかなかった。
「そうですか……残念です」
魔力封じの布の下からレオの魔力が膨れ上がる。
「まさか!あの状態で魔力を使えるだと!?」
一人の男性がその事に驚愕した。
レオに巻きつけられた何重もの魔力封じの布は例え強力な魔物であっても、その力を完全に封じられる物である。
しかし、そんな物は今のレオに通じるものではない。
力任せに腕の布を引き千切り、顔に巻きついた布を外した。
その下から金色の瞳が現れる。
目の形自体は人の形に戻っていたが、魔力に反応し瞳の色はまた変異していた。
人でない目をしたレオを周りの警備兵がを取り囲むも、構わずレオが宣言する。
「僕はこれから仲間と共に神ヘレディア様に世界の真実を聞きに行きます。そして、それが終わったらまたここに戻ってきます。人として、勇者として、皆さんと共に魔王と戦う為に。……それでは、行って来ます」
宣言し丁寧に頭を下げた。
その宣言に返答はなかった。どのみち期待もしていなかったが。
頭を上げて堂々と正面から出て行く。
兵士たちはそれを止めない、止められない。
圧倒的な力の差もあるが、真っ直ぐな目をした少年を無理やり止めようとは思わなかった。
自然と人の間に道が開き、レオは建物の外へと出た。
外に出たところで風を纏い飛ぶ、仲間達が待つ場所へと。
フレージュの飛空艇横で、俺達は何体ものゴーレムと共に道具を手にアンセルムの指示で働いている。
俺達は今、小型の飛空艇を動かせるように準備していた。
大きさとしては大体12mほど。
元の飛空艇が大型船としたら、こちらはクルーザーと言った所だろうか。
「いやはや、これだけの数のゴーレムを一度に作り出せるとはのぉ」
テキパキと働いていくゴーレム達を見てアンセルムが舌を巻いていた。
「ま~ね~、ロンザリアは魔物ですから~。というかお爺ちゃんはロンザリアの事気にしないんだね?」
ロンザリアの言葉にアンセルムが髭を撫でた。
「ふむ、あくまで個人的な事ではあるが、わしは魔物と交流を持つ事には賛成であるからの。何せこの様に魔物の中には人間よりも強力な魔力を持った者も多い、魔力を探求する者にとってその力は是非とも研究させて欲しいものじゃ」
そう嬉しそうにゴーレム達を見ている。
「ロンザリアの体はお兄ちゃんの物だから、調べたい時はお兄ちゃんに頼んでね~」
「ほっほっほっそうか、そうか、それでお前さんの物らしいがどうかの?」
からかう様な笑みで俺に聞いてくる。
「俺の物じゃありません!」
作業を続けながらそう突っぱねた。
「おっと、それではわしが調べても構わんな~」
「いや~ん、手つきがエッチ~、犯される~」
後ろで何やら二人が馬鹿をやっている。
はぁ……いいや、無視しておこう。
溜息を付いた俺の横をゴーレムが通って作業を行っていく。
少し短めの手足をピョコピョコさせながら、飛空艇の古くなってしまった部品を石の手で器用に取り替えていった。
なんかこう言う魔法で作られた生き物って見てて癒されるんだよな、何でだろう……
「リョウさん、中の掃除終わりました~」
ゴーレムの動きを目で追っていると飛空艇の中から掃除道具を抱えたエイミーが出てきた。
「おー、お疲れ。中は綺麗になった?」
エイミーが掃除道具を後ろから付いてきていたゴーレム達に任せてこちらにやってくる。
「はい、長い間放置されていたせいで大分埃が溜まっていましたが、ロンザリアさんのゴーレムさん達の助けもあって凄く綺麗になりました」
エイミーがやり切った笑顔を浮かべている。最初見たときは中は大分やばい状態だったが何とかなったみたいだ。
「そうか、こっちの修理もそろそろ終わりそうだから、後は操作覚えてるリーナとレオ待ちだな」
「レオさんは大丈夫でしょうか?」
心配そうにエイミーが聞いてくる。
「大丈夫って訳にはいかないだろうけど、今は信じて待つしかないな」
裁判の内容は予想以上に厳しいものとなっている、これではレオの言葉は本当に誰にも届かないかもしれない。
でもレオが本気で脱出するのなら、それを止められる人は居ないだろう。
今はそれだけが何も問題なく終わる事を祈るしかない。
「それに問題としてはこれが本当に飛ぶのかってのも気になるな」
今はある程度形になってはいるが、あの飛空艇の底で完全に放置されていた事を思い出すと不安になってくる。
「レオさんの魔力を動力に、リーナさんとアンナさん二人で動かすんですよね?」
「そうらしいけどさ」
アンセルムさんの話では、小型化したのは良いけれど動力部分が問題だらけで元の比べて飛ぶ事すらままならなかったこれを、レオの莫大な魔力で支えて無理やり飛ばすと言った話だった。
リーナとアンナさんがそれを聞いて出来る筈と言っているから大丈夫ではあるのだろうが……
そんな不安を抱いていると、空から一陣の風が吹いた。
上空から風を纏ったレオが下りてくる。
「ただいま。ごめん、心配かけて」
その顔は落ち込んだ表情を見せていた。
やはりレオの言葉は皆に届かなかったようだ。
「俺達は気にしてないさ。それよりどうよ、立派なものだろ」
だから努めて明るく飛空艇へと手を向けた。
「うん、これが僕達の船なんだね」
飛空艇を見て、これからの旅路を思い、少しだけレオの顔が明るくなった。
「リーナさんは中で待っていますので早く顔を見せてあげましょう。一日でしたけど、凄く心配していましたので」
エイミーの言葉にレオが頷く。
三人揃って飛空艇へと入って行こうとすると、ロンザリアも後ろから付いてきた。
「そろそろ出発?」
「そうだな、修理ももう終わるし後はリーナ達次第だな」
「やった、ロンザリアもイザレスには行った事が無いから結構楽しみなんだよね~」
そう言ってロンザリアはるんるんと分りやすく嬉しそうにステップを踏んでいく。
イザレスの場所は大陸を横断して逆側の、海に浮かぶ少し小さな島国。
残念ながらフレージュはあまりその国を楽しむ余裕がなかったが、次の国はどんな土地なのか俺も楽しみだ。
船内に入っていくと、レオを見つけたリーナがレオへと猛ダッシュで飛びついてきた。
「レオの馬鹿ー!もう心配したんだからね!」
そうリーナがレオをポカポカと叩いている。
「ごめん、でもちゃんと僕の言葉で皆に意思を伝えたかったから」
「それは分ってるの~、分ってるけど~、それでも心配したの!」
半泣き状態になりながらリーナが文句を言っていき、レオがそれに答えていく。
ある意味何時もの事ではあるし、ここはそのままにしておこう。
「それで、飛空艇の操作とかはもう大丈夫ですか?」
腕を組んで二人の様子を可笑しそうに笑顔を浮かべているアンナさんに聞いた。
「うん?ええ、そこはもう大丈夫。あまり難しいものでもなかったし、問題はあれを動かす魔力量を飛んでる間出し続けられる人が居るかって事だったけど、レオ君なら何とかなると思うわ」
「ならもう出発って事ですか?」
「そうね……」とアンナさんが手に持っていた飛空艇のマニュアルをパラパラと見ていく。
「うん、大丈夫だと思うからアンセルムさんにお礼を言って出発しましょうか」
「はい!」
アンナさんに言うようにアンセルムさんへとお礼とお別れの挨拶を済ませて、改めて飛空艇へと乗り込む。
バルトロさんやラウロさん達にも挨拶をしておきたかったが、今は会うのも難しい状況なので諦める事に。
「ラウロは付いて来たがってたんだけどね、でも魔力制御が一番上手い私が付いて行くことになったの。相当悔しがってたわ」
そうアンナさんが笑いながら最後の準備を進めていく。
「戻ってきたらラウロさんにはお礼をちゃんと言わないとな、この船もラウロさんが掛け合ってくれたんだし」
「そうしてあげてね、そうじゃないとまた怒るだろうから」
アンナさんが最後のレバーを引いた。
それに合わせて飛空艇の帆と翼が展開されていく。
「さてと、ちょっとレオ君こっちに来てー」
呼ばれて来たレオへとアンナさんが何やら手袋の様な物を嵌めていく。
「これが飛空艇への動力と繋がってるから乗ってる間は外さないでね。そして、その手をここに」
レオの手を輝く大きな水晶玉みたいな物に乗せた。
「これが動力の中心みたいなものね、こっちはある程度安定したら手を放して良いから」
「はい、わかりました」
どの様な原理か分っていない為、少し不安そうな顔ではあるがレオが頷く。
「よろしい、じゃあ出発と行きましょうか。リーナちゃんは向こうをお願いね」
「了解っ」
アンナの指示で二人はレオが手を置いている水晶の両側にある少し小さめの水晶へと手を置いた。
「それじゃあ、タイミングはレオ君に任せるから。思いっきりやっちゃって」
アンナに言われてレオが目を閉じて意識を集中させる。
レオの髪が青白く光り輝き、開いた目は魔物の物へと変異した。
その変わり様に皆の中に緊張が生まれる。
分っては居た、レオがその様な変化を取る事は。
しかし、それでも「本当にそうなんだ」と言った想いが出てしまう。
その空気の中で俺は一つ、単純に思った事を口にした。
「やっぱカッコイイな」
シンプルな感想だった、普通に今のレオを見てそう思った。
「そうかな?」
重苦しい雰囲気だったレオが少し恥ずかしそうに顔を傾けた。
「うん、すげー良いと思う。それにパワーアップ時にこうやって髪が光ったり、眼の色が変わったりするのは俺の世界の話では良くある事だしな」
そう笑顔で言う俺をリーナが呆れ気味で見る。
「なんかアンタの世界って何でもありなのね」
「そうさ、俺の世界ではありだったんだ、これからこの世界でもありになるさ。だから気にせずやっちまえ」
その言葉にレオが笑った。
「そうだね、僕はこの世界の勇者第一号で、それにパワーアップ時に眼が光る人間第一号だ」
「なによそれ」
口ではそう言うもリーナも釣られて笑っていく。
張り詰めていた空気が無くなっていった。
一頻り皆で笑った後、レオが改めて一息入れる。
「……それじゃあ、行きます!」
レオが風の魔力を送り込み、それをリーナとアンナがコントロールしていく。
涼達が乗った飛空艇は風に乗って大空へと飛んだ。
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