12-9 もう一人の

 赤く焼けた街道に立ち、レオが息を整えていく。


 体がべちゃべちゃだ……


 ストレッジを素手で潰しまわったせいで、体のそこら中が血に塗れている。 


 体を拭っても、血の跡が広がるだけで拭いきる事は出来ない。


 敵が居なくなった事により少しずつ頭の中が冷え、輝いていた髪もその光が収まっていった。


 冷静になっていく中で自分が行った行為に気が付く。


「しまった、街中でこんな事を!」


 大通りには大穴が開き、周りの建物も破壊の余波で窓は割れ、壁の表面は焼け焦げていた。


 慌てて穴から飛び出し辺りを見渡すと、近くに兵士の人たちが倒れているのを見つけた、駆け寄り彼らの容態を確かめる。


 息はある、どうやら攻撃の衝撃に当てられて気を失ってるだけのようだ。


 他の兵士たちにも命に別状はない、彼らの無事を確かめてほっと一息を付いた。


 顔を上げると目の前には街に広がる霧が見える。


「ここまで霧が広がってたんだ、ストレッジは倒したからこれも消えるのかな?それとも吹き飛ばした方が良いのかな……いや、今は彼らの方が先か」


 霧の方はリーナ達にどうするか相談したほうが良いと思い、気絶している彼らの救助を呼ぼうと立ち上がると、誰かがこちらに走り向かって来る気配を感じた。


 よかった、助けが来る。ここは来た人に任せて僕はリーナ達の元へ行こう……


 そんな事を何処か暢気に考えていた。


 だが、そうはならなかった。


 駆けつけた兵士達は救助に来たのでは無い、この街に残る脅威と戦いに来たのだ。


 異形の目をし、血に塗れているレオに向かって兵士達が手に武器を取り、怯えながらも覚悟を決めた目で睨んでいる。


 今、彼らの目の前に居るのは街を滅ぼしかけた四天を圧倒してのけた化け物。


 人の世の敵となる可能性を持っている魔王の体として作られた化け物。


 その思いが目を通して伝わってくる。


 簡単に自分の存在を受け入れてもらえるとは思っては居なかった。しかし、これ程までの敵意を人々から向けられてレオは萎縮してしまう。


「俺達の仲間から離れろ!」


 兵士の一人が強くそう言い放った。


 それにレオの体が「ビクッ」と揺れれ、顔を俯かせ倒れていた兵士達から離れていく。


 すると、街を侵食していた霧が風に吹かれたかのように消え去って行った。


 その霧が明けた光景を見て、人々が息を呑んだ。


 街は枯れ果てていた。


 命ある物はその全てを吸収されたかの様に干からび、建造物も長い年月が経ったかのようにひび割れ風化している。


「これはお前がやったのか!?」


 兵士の叫びにレオが振り返る。


「違う、僕じゃない」


 首を振り答えるも、人々の疑いの目は収まらない。


「けれどこの破壊はお前がやったんだろ!お前は、あの頭に響いた声が言ったように俺達の敵になるに違いないんだ!」


 焼け爛れた道を指差して兵士がそう叫ぶ。


 彼らには恐怖と混乱の中で、全ての脅威の原因をレオだと決め付けてしまいたい心理があった。


 それに対してレオが言い返そうとするも、言い返せない。


 何故なら、その破壊で人命が失われなかったのは正に偶然であったから、偶々誰も巻き込まなかっただけだから。


 仮にその近くに誰かが居た所で、レオはそれに気が付かず力を放っていただろう。


 それが分っていたからレオは俯き言い返せなかった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 そう、小さく謝罪の言葉が出た。


 それを聞いた兵士達が、目の前に居る物が子供である事にようやく気が付いた。


 強大な力を持っているはずの化け物がとても普通の子供に見えて、兵士達がざわめき始める。


「……よし、ジェルマン、ロベール、サッシャはあいつらの救助、ティボー、ファブリスは周りの被害の確認、他は俺と一緒に彼を護送する」


 リーダー格の兵士の言葉に周りの兵士達が従い動いていく。


 そのリーダーがレオへと歩み寄った。


「大人しく付いて来てもらえるね?」


 恐怖を我慢して、出来る限り優しく発せられた言葉にレオが頷いた。




 街の中央広場にて人々の救助活動を行っていた涼も街の外で起こった異変に気が付いた。


 霧に映る大きな影、空へと放たれた雷光、その両方を目にした。


「これは、レオが勝ったのか……?」


 雷光が走った後、戦闘は終わってるように思える。


 ストレッジが仮に勝ったのなら何かしらアクションがあるだろうし、恐らくレオが勝ったのだろう。


「すみません、俺様子見てきて良いですか?」


 隣で一緒に救助活動を行っていたラウロさんに許可を貰う為に声を掛けた。


「おう、行ってこ……いや俺も一緒に行こう」


 一人で行くつもりだったが、ラウロさんも一緒にレオの元へと向かう。


 探して向かったその先で、兵士に連れられた血塗れのレオが居た。


「レオ、その格好は」


 そう駆け寄ろうとすると、兵士がそれを遮るように前に立った。


「止まれ!我々は彼の護送中である。危険性が高い可能性がある為、命令の無い者の接触は許可できない」


「危険性って、てめぇどう言う……っと」


 兵士の言葉に思わず掴み掛かろうとする俺をラウロさんが静止した。


「まぁ待て待て、それでよ俺はイサベラの槍の一人、ラウロ・ブランってんだ。そこに居るのは俺達の国が特別勲章を授けてる奴なんだわ、それをこちらに連絡もなしに捕まえるってのは筋が通ってねぇんじゃねえか?」


 兵士を威圧するようにラウロが詰め寄る。


「それに関しましては我々も承知しています。ですが今回はこの少年が魔王の器として作られた人物と言う前例のない事であり、今回の件は彼を捕え慎重に協議するべきだと言うのが我が国の考えです」


 それに対して少々たじろぎながらも兵士が答えた。


「国の?って事はフレージュ国王がそれを決めたって言うのか」


 兵士の言葉にラウロが驚いた。


 レオ達とフレージュの王は面識が一応はある筈だ、それなのにこうも強引に捕えてしまうなどと。


「いや、今はそれはどうだって良い、この場は俺の名前でレオは連れ帰らせてもらう。この事の抗議は後でしやがれ」


 そう強引に連れて行こうとした時、それを止める声が背後からやって来た。


「イサベラの槍、それ以上の行為は人に対する反逆行為と見なすぞ!」


 その言葉にラウロが手を止め振り向く。


 そこには諸国の重鎮を連れた、フレージュ国王ガジミールが居た。


「人への反逆とは大きく出たな」


 ガジミールに対してラウロが眉をひそめて睨みつける。


「当然の事だ、人の敵となる物の味方をしようとするのなら、我々は断固たる態度を示さねばならん」


 人の敵だと?


「ちょっと待てよ、さっきから危険性だと、敵だと、何を好き勝手言ってやがるんだ!」 


 ガジミールに対してそう怒鳴り声を上げた。


「君も先程の声は聞いたはずだ、そこに居る少年の恐ろしい真実を」


 ストレッジの言っていた事か、あの場にガジミールは居なかった筈だが……いや、ストレッジの力で街全体にあの事が伝わっているのか。


「それが何だって言うんだ!あんなもの敵が勝手に言っているだけじゃないか!」


「確かにあれは敵の言葉だ、だが確かな真実である!あの声の言うようにその少年は人では無い!」


「さらに」とガジミールが威厳ある王の顔の裏に恐怖を秘めて続けていく。


「あの少年は魔物の協力を得て戦ったと聞いた」


「魔物……ロンザリアの事か、それがどうしたんだ」


 俺の言葉にガジミールが訝しげに眉をひそめた。


「そんな名前だったのか、いやそれはどうでも良い。問題は魔物と協力関係にあるという事実、これは明確な人に対する離反行為である」


 そう当然のように言い放った言葉に涼の声が詰った。


「魔物とは人に対する敵性生物であり、それを従える事の出来るあの少年は、現存する魔王と同様の素質を持っている可能性がある!」


 無茶苦茶な理屈だった、だがそれが彼らの中では通ってしまっている。


「意味が分らない……レオも、ロンザリアも、皆の為に戦ったんだぞ!あの二人のお陰で俺たちはこうやって生きて居られるんだ!それなのにどうして!?」


「魔物が人の為に行動する事などありえん!!」


 その言葉を聞いて、ガジミールの目の奥にあるものが見えた。


 その感情を知った瞬間、頭の中がキレた。


「てめぇは!!!」


 涼の身に付けたマントが煌き、魔法陣が描かれようとする。


「おい、馬鹿やめろ!」


 涼を羽交い絞めにしてラウロが攻撃を中断させた。


「放せ!あいつは、あいつは、怖いだけなんだ!何も考えずに怖い事に目を背けているだけなんだ!それなのに、二人の思いを簡単に否定して!!」


 レオと言う存在、人に協力する魔物。


 どちらもこの世界にとっては常識外の出来事と言っても間違いではない。


 しかし、それを受け止め考えるのではなく、ガジミールや周りの人は真っ向から否定し拒絶していた。


「何が人だ!何が魔物だ!そんなもので勝手に白黒決め付けてんじゃねぇ!!」


 涼の叫びに何か合点の付いたような顔をガジミールが浮かべた。


「そうか、君は他の世界から来たのだったな、ならば認識の違いも生まれるものなのだろう。だが、これだけは言わせて貰う」


 そう元の威厳あるように見える目をして宣言する。


「確かに私はその少年の力に恐怖している。しかし、我々は国を、人を、守らねばならん!その為には新たな魔王となり得る存在を許すわけにはいかないのだ!」


「言わせておけば!!!!」


 ラウロの腕を無理やり引き剥がし、ガジミールに対して魔法の炎を放つ。


 その攻撃にガジミールが驚き身を揺らすも、炎は何処からか放たれた風に阻まれてかき消された。


 同時に涼の頭が風に揺さぶられる。


 脳を揺らされ力なく倒れる涼の体をラウロが受け止めた。


 それを一瞥しガジミールがラウロと兵士に告げる。


「先程の攻撃は不問にしておこう。レオ・ロベルトを連行せよ」


 その命令を聞いて兵士達がレオを収容所へと連れて行った。


 去っていく者達を見て、ラウロが溜息を付き頭を掻き毟る。


 そこに大賢者アンセルムが風を纏って降り立った。


「すまんな、うちの王のせいで」


「はぁ……いや、しかたねぇさ。あのストレッジの言葉はああなっちまいたくなる程の威力はあったからな。それよりも止めてくれてありがとな、大賢者」


「なあに、これ位はやらせてくれ」


 そう言ってアンセルムは長く蓄えた髭を撫でた。


「それで、これからおぬし等はどうするかの?」


 アンセルムの言葉にラウロがまた溜息を付いた。


「さてな、イサベラはレオの処遇に対して異を唱えられるとは思うが、俺達だけじゃな……」


「となると、全てはこの子ら次第と言うわけか」


「そう言うこったな」とラウロは言い、涼を背負って彼の仲間が居る宿へと運んで行った。

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