12-8 霧に蠢く影

 4、5mはある異形の怪物が大きく羽根を羽ばたかせて空へと舞う。


「あれで、飛べるのか」


 あまりにも何とも言いがたい巨体が空に飛ぶのを見て、思わず口にでてしまう。


 そうしている間にストレッジの両手に魔法陣が浮かび上がった。


 両方の魔方陣から高速で発射された高圧の水が地面に着弾し、巨大な水飛沫を立てながら大地を切り裂く。


 金切り音を立て迫る水圧の刃へとレオが魔力を集中させ防御を固めるが、その水圧の刃はあっさりと防護を切り裂いた。


「なに!?」


 驚き咄嗟に身をよじり避けるも左腕が巻き込まれ彼方へと千切れ飛び、捲りあげられた土と破裂する水の中に巻き込まれる。


 立ち込める煙の中から風を纏ったレオが飛び出した。


 チラリと失った左腕へと目を向けると、見る見るうちに再生していく。


 前にケーニヒ戦で力が目覚めた時よりも更に強力な再生能力。


 望まぬままに人ではなくなっていく自分の体に顔を少し顰める。


「でも今は、この力があるから戦える!」


 薙ぎ払うように猛烈な速さで振られる水の刃を空中でかわしてストレッジの元へと飛ぶ。


 相手の使う魔法は原理としては、力を一点に引き絞るリーナの雷の弓に近いけど、威力が段違い過ぎる。


 まさかあれ程簡単に強化された防護を破ってくるとは思わなかった。


 それにこんなに持続して撃ち続けられるなんて、攻撃自体は直線だからまだ避けられるけど……


 ストレッジの攻撃を避けていく中で、触手が広がり新しい魔法陣が浮かび上がった。


 水圧の刃に加えて、4本の水流の鞭と大量の泡が迫り来る。


 直線の刃と、曲線を描き波打つ鞭が逃げ場を削る様に振るわれ、


 それに、泡……?


 見たところ何も変哲も無い泡に見える、それがゆらりゆらりと空間を埋め尽くしていく。


 何か危険な物である事は間違いない、だが放っておく事も出来ない。


 異なる軌道を取る二つの攻撃の連携を避け続けるのは難しく、距離も離され続けている、このままだと近付くことも出来ずジリ貧になってしまう。


 意を決して風を身に纏い泡の渦の中へと飛び込んだ。


 纏う風が泡を押し分け容易く切り裂いて行く。


「何も起きない?」とそう思った瞬間、体全体に激痛が走った。


 切り裂いた泡は猛毒を持った液体であった。


 風に巻き込まれ中に入り込んだ少量のそれが体に付着し、吸い込み、体を蝕んだ。


 毒は再生能力で回復していくが、その痛みに集中が途切れ動きが鈍くなる。


 その隙を突き、唸りを上げてレオに鞭が振り下ろされた。


「ぐあっ!」


 地面へと叩きつけられた所に水の刃が迫り来る。


「こんな事で!」


 渾身の雷を繰り出し、それにぶつけて水の刃を削り取った。


 雷が直撃し爆散した水を浴びながら、更に来る追撃を再び風を纏い上空へと回避する。


 何とか距離を取ったけど、このままではまた同じ事。あの泡の中を風を纏って進むことは出来ない、かと言ってこのまま逃げることも不可能だ。


 だからもう一手必要なんだ、移動と攻撃を別の力で!


 自身の魔力を二つの属性へと同時に変異させていく。


 それはこの世の理に反する力、人も魔も到達できぬ域。


「僕の力は世界を滅ぼせる力なんだ、これ位やってみせろ!」


 吼えたその両手に風と雷が生まれ出でた。


 風を纏いレオが空を飛び、放つ雷が泡を消滅させていく。


「素晴らしい」


 二つの属性を同時に扱うレオを見て、地に響くような声が怪物から発せられた。


 ストレッジが空を翔けるレオへと攻撃を重ねていくが、それらを全て避けレオが蹴りを構える。


 雷の嵐を纏った強烈な一撃がストレッジの上半身に直撃し、その身が弾けて飛び散った。


 上部を失った巨体が地面へと落下し、大きな音を立てる。


「これで……まだ終わりじゃないか」


 落下した触手の塊がぐちゅぐちゅと音を立てて再生されていく。


 最初に縦に両断した時もそうだった……不死身?いや、そんな生き物が居るものか。


「居たとしても殺してみせる!!」


 拳に雷の嵐を纏い地上へと急降下して全力で叩き付ける。


 轟音と共に大地が破裂するように捲れ上がり、あたり一面が爆発した土煙に覆われた。


 その土煙をレオが風で払う。


 煙が晴れた場所には巨大なクレーターと潰れて飛び散ったストレッジに、それを作り出したレオが立っていた。


 まだストレッジの魔力を感じるレオは警戒を緩めない。


「いやはや本当に凄まじい力です。しかし分りません、これ程の力を持っていながら、自分が最早人では無いと分っていながら、それでもまだ貴方は人と共に行こうとするのですね」


 周囲の空間にストレッジの声が響いた。


 それに向かってレオが拳を構えて怒声を上げる。


「言ったはずだ!お前達と同じ道を行くつもりはない!早く出て来い!」


 その声に答える様に周りに飛び散っている肉片が蠢きだし、それ一つ一つが何処か魚を思わせる顔立ちをした人型の怪物へと変貌していく。


「良いでしょう、我々はこれより決して交わらぬ不倶戴天の敵。我々は我々の全てを持って、貴方の存在をこの世から否定しましょう!」


「数を増やした所でぇ!!!」


 蠢く無数の怪物へとレオが猛る稲妻を纏い突撃した。




 街は混乱を極めていた。


 突然巻き起こった狂気に支配される呪いの空間、それを作り出した四天の存在、それから呪いを通じて告げられた四天と戦っている少年の正体。


 その少年と会った事すらない人が大多数を占めるこの街は、四天が告げた少年の正体に対して未知への恐怖を感じていた。


 人の脅威となる四天とその少年、それに対する恐怖を。


 恐怖の元は外へと飛び、そこには謎の霧が発生している。


 その街の外周にも広がっていく霧を前に、兵士たちは大通りで立ち往生していた。


「お前等そこで何を突っ立てるだ」


 後から来た兵士がそう言って駆け寄ってくる。


「ああ、この霧の向こうで四天と……あの例の子供が戦っているんだ。避難は他の者が行ってる、俺たちはその戦いの見張りに残った」


 その場に居た兵士の一人がそう答えた。


 確かに彼の言う様に霧の向こうで戦闘の音が鳴り響いている。


「ならそれこそ近くへと行かないといけないだろうが」


 そう言って霧の中へと入って行こうとする兵士を他の兵士が肩を突かんで引き戻した。


「待て!この霧は命を食らう霧なんだ!」


「命を食らう?何の事だ」


 その疑問に「見てみろ」と兵士が霧の中を指差す。


 そこには倒れている人影の様な物があった。


「あいつは霧の中へと入っていったんだ、そうしたら突然体が干からびるように変わり果てて、悲鳴を上げる事も出来ずに……」


 その事に言われて気が付き、霧の中を良く目を凝らして見ると、他にも変わり果てた人影や、街道に植えられていた枯れてしまった木も見える。


「何だこの霧は……それなのに、この中で戦ってる奴が居るって言うのか……」


 兵士は驚愕した。人が、いや魔物ですら立ち入ることすら出来ない霧の中で戦う物達が居る事に。


「だからあの子供は四天が言った様に化け物なんだろ」


 そう一人の怯えた兵士が吐き捨てた。


「でもそいつは今俺達を守る為に戦って」


 その言葉に他の兵士が反論しようとした時、地を揺るがす衝撃が起こった。


「何だ、何があった!?」


 霧の向こうで何かが起きた、しかし霧に阻まれて何が起きているかは分らない。


「何だあれは、あれを見ろ!」


 それに気が付いた兵士達が、街の人々がざわめきだす。


 霧に大きな影が映っていた。


 人型の影が二種類、その一つがもう一つの無数に居る影を潰し、貫き、引き裂き、鏖殺していく。


 無数に居た方の影の欠片が集まり、異形の影へと変貌した。


 その影から放たれた一閃を、人型の影の拳が正面から押し破り、異形の影の大部分を消し飛ばした。


 異形の影がその身を再生させながら逃げていく。


「おい、こっちに来るぞ!」


 霧から出でたそれは形容しがたい見た目をした怪物であった。


「逃がすかァ!!」


 それを追って青白く輝く髪と、怒りに歪ませた魔物の目を持った嵐を纏う少年が追撃する。


 異形の化け物が迎撃の魔法を放つも、それら全てを打ち払い、化け物を掴み大通りへと叩き付ける。


「お前が、消えて無くなれ!!」


 少年の咆哮と共にその身が雷光に包まれ輝いた。


 目を焼く眩い閃光と共に耳を劈く破壊の音が鳴り響き、異形の怪物は光の中に消滅した。


 天へと届く光が消えた街道には、焼け爛れた道と、雷光を纏った少年だけが残っていた。

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