10-4 何が為に

 レオはあれから病室から出ようとはしなかった。


 リーナはその隣に寄り添っている。


 俺は只管訓練場で鍛錬を重ねていた。


 ほんの数日で大きく変われるとは思ってはいないが、とにかく今は体を動かしたかった。


 正直ショックだった、レオがあれ程までに打ちのめされている事に、それに気が付こうとしていなかった自分に。


 勝手にあいつはどんな困難でも乗り越えられる奴なんだと、そう心の底で思っていた。


 悩みながらも戦って答えを掴める。


 そんな強い人なんだと、勝手にそう思っていた。


「そんな訳がないよな」


 剣を下ろして小さく呟く。


 今まで見て来たレオの姿を、自分の理想の押し付けだったんだとは思いたくない。


 運命だとか、化け物だとか、そんな事は関係なく俺はレオの事を凄いやつだと思った。


 あの背中が間違いだったとは思えない。


 でもそれは俺の我侭で……


「あの、お疲れ様です」


 近くで見ていたエイミーがこちらにタオルを持って来た。


「ありがとう」


 受け取って汗を拭う。


 恐らく剣を振っている間も悩んでいるのが顔に出ていたんだろう、エイミーが心配そうな顔でこちらを見ている。


 心配ないと声を掛けようと思ったが、違う言葉が出てきた。


「エイミーはさ、無理して戦いに参加しなくても良いんだぞ」


 エイミーは一瞬「え?」とした顔をした後、むすっと怒った顔をした。


「それはちょっと失礼だと思います」


「でも、俺はエイミーの事を思って」


「私の身の安全を考えてくれるのは嬉しいです。ですが、私は自分の意思で戦う事を決めました、リョウさんが連れ出してくれた旅を、こんな所で終わりにしたくありません」


 そうか、そうだよな……他人の決意を無下にしてどうするんだか。


「ありがとうって言うのも変な気がするな。でも、ありがとう」


「いえ、私こそ旅に連れて来て頂き本当にありがとうございます」


 そう言って互いの手を握って自然と見つめ合う。


「よっ、お二人さんアツアツだな」


 訓練所の入り口付近から突然声を掛けられた。


 慌てて手を放してそちらを向くと、何やらチャライ雰囲気をした軍服の男性が立っていた。


「お前見ない顔だな、新入りか?ま、何にせよ軍の訓練場は乳繰り合うものじゃねぇぜ」


 そう言いながら男性が近付いてくる。


「でも確かに良い女だ、どうだ?俺のところに来ないか、っと」


 エイミーに言い寄ろうとした男性の前に割って入った。


「この場に不適切な事をしていた事は謝ります。ですが、彼女に迷惑をかけるのは止めて下さい」


 そう言うと、男性はこちらを睨みつけてきた。


 強いな、この人は。


 俺よりも大分強い人だ、戦って勝ち目があるかと言われると多分ないだろう。


 だからと言ってここで引くものか。


 負けじと睨み返すと、男性が「ぶっ」と笑った。


「あっはっはっ冗談だって、冗談。でも良い顔してたぜ!」


 そう言いながら男性がこちらの背をバンバンと叩く。


「あー、で?お前の名前は何よ?俺の名前は言わなくても分るよな」


 男性は腕を組んで偉そうにするも、ぶっちゃけ俺は男性の名前を知らない。エイミーの方をチラリと見ても、首を横に振るだけだった。


「あれ?もしかして知らないのか?」


「えっと、済みません。田舎の方の出なんで」


「マジかよ、俺結構頑張ってるはずなんだけどなー、まぁ仕方ねえ。俺は四本槍の一人、ラウロ・ブランだ!忘れないようにサインをプレゼントしてやろう。ほらよ」


「家族に自慢して良いぜ」とラウロがこちらにササッと名前を書いた紙を渡してくる。


 家族にねぇ……死んでなくてもこれを自慢するかは微妙な所だ。


「でだ、お前の名前は?」


「リョウです、リョウ・サナダって言います」


「リョウ、サナダ~?何だその変な名前、お前何処出身だよ。いや、待てよ」


 ラウロが頭を抱えて何かを思い出していく。


「あー!お前、あれだ、異世界人だ!」


 ラウロが俺を指差して叫んだ。


「はー、なんだ結構普通でつまらない見た目してんだな、異世界人って。俺はてっきり目が三つあったりとか、もっと変な見た目だと思ってたぜ」


 結構失礼な事を言われている気がするが、それよりも何でこの人は俺の事を知っているんだ?


「えーっと、何で俺が異世界から来たって事を知ってるんですか?」


「お前とお前のダチは軍の、まぁ一部だけだが有名人なんだぜ。異世界人と、四天に狙われているガキってな」


 そう言いながらラウロがドカッと床に座った。


「じゃあその異世界人に聞くけどよ、お前のダチのレオって奴、あいつは見込みあんのか?」


「見込みって、何のですか?」


「決まってんだろ、四天と戦って勝てるかどうかってやつだよ。俺はここに来る前に1回あいつに会ったけどよ、女の背に隠れてクソみたいなツラしてやがったぜ」


「あんたに、レオの何が分るって言うんだ!」


 あまりの言い様に思わず叫んでしまった。


「分らねぇからダチのお前に聞いてんだろ。あいつは見込みが有るのか!無いのか!」


 そう叫ばれて言いよどむ。


 言いたい事はある、でもそれは。


「いいか、はっきり言うぜ。この国はてめぇの友達の首を持って四天に降伏する考えがある」


「そんな、そんな馬鹿な事があるもんか!そんな事をしたって魔王軍が止まるわけがない!」


「ああそうさ、俺だってそう思う。だけどな、このヴィットーリアには12万の人口があったんだ、そこに暮らしていた人の受け入れ先なんてあるものか。それに!ここに残る歴史に、財産に、国としての機能に色々全部灰になろうってんだ、それをガキ一人で回避できるかもしれないなら、俺達は迷い無くレオ・ロベルトを差し出す!」


 言われた事は当たり前の事だった。


 国の存亡を賭けた戦いをこの人達はやらなくちゃいけないんだ、今更子供一人の命を天秤に賭ける事は出来ない。


「でも、だからって、レオを殺すなんて」


「だから言え!俺達はあいつを信じて戦って良いのか、悪いのか。俺達は勝てるのか!?」


 その言葉を言うのを躊躇った。


 これは俺の我侭だと、あいつの負担になるだけじゃないのかと。


 でも言わないと。


 間違いじゃないのか、こんな事をあいつに押し付けても良いのかと。


 でも言うんだ。


 俺の心は最初から決まっている!


「俺はレオの事を信じる!」


 そうラウロに言い放った。


「俺はこの世界に来て一人だった、ちっぽけだった、でもあいつ等に会えたんだ。あの時に見た力を俺は信じる!あいつは四天なんかに、魔王なんかに絶対に負けない!」


 勝手な願いだ、理由も理屈も何も無いただの願いだ、でも命を懸けてそう信じる。


「そうか、じゃあそれをダチにも言ってやれ」


「でも、それは」


「確かに信じるとか、頑張れとか、お前なら出来るとか、そんなクソ無責任な事を言われた側からしてみれば、既に頑張ってるのに外から何を言ってんだクソ野郎って思うときはある」


「だがな」とラウロが立ち上がり、俺を指差した。


「てめぇの言葉はそんなクソみたいに無責任な言葉なのかよ?」


「違う!」


「なら言ってやれ!俺はお前を信じるってな!」


 そう強くこちらを見てラウロが言った。


「あいつは今な、何もかも自分が悪いって抱えて諦めて落ちていこうとしてる。あの女もそうだ、あいつを一人にしない様に一緒に落ちていくつもりだ」


 腕を組んで大きく息を吐く。


「言ってやらなきゃ分らない奴ってのは居る、悩んでるダチの目を覚ましてやるのもダチの勤めだ。だから言ってやれ、俺達はお前を信じるってな」


「おれたち?」


「ああ、そうさ。俺はな、結構信心深い方なんだ。なら目の前にある、異世界からやって来た奴が魔王軍と因縁がある奴に出会ったなんていう、訳の分らないこんなすげぇ珍しい偶然を俺は信じるぜ」


 無茶苦茶な理屈だった、俺とレオが出会った事が珍しいから信じるのだと。


 でも、滅茶苦茶だからだろうか、その言葉は真っ直ぐに俺の心に響いた。


 俺は頭を下げて、レオの下へと走って行った。


 その背をラウロは見送っていく。


「さーて、これで少しはこのドン詰りな状況も変われば良いけどな」


「あの、ありがとうございました」


 伸びをするラウロにエイミーが頭を下げた。


「礼を言うにははえーよ、これからどうなるかはあいつ等次第だ」




 レオの病室に着いて、リーナには部屋から出てもらった。


 レオは酷く虚ろな眼でこちらの方向を向いている。


「レオ、魔王軍が来る」


「わかってるよ、そんな事」


「四天も来る、俺達と一緒に戦ってくれ」


 何を言っているのか分らないといった表情をレオがする。


「何を言ってるの?戦う?そんな事をしても意味なんてないよ……そうだ」


 何かを思いついたように、何も映そうとしない眼が笑った。


「僕が死ねば良いんだ。僕が居なくなれば四天は来ないかもしれない、リーナは死ななくて済むかもしれない……」


「駄目だ、そんな事は言っちゃ駄目だ!」


 レオの肩を掴んで必死に説得する。


「なんで?僕一人が死ねば、皆が助かるんだ」


「駄目だ、そんな事をしても変わらない。過去の世界で見ただろ、魔王は世界を滅ぼすつもりなんだ。お前が自殺した所で、魔王軍は止まらないんだ」


「なら僕にどうしろって言うんだよ」


 こちらの方だけを向いているレオに答えた。


「一緒に戦おう、魔王軍に立ち向かおう」


 そう言われてレオは小さく笑い始めた。


「あれと戦う?良いよね、リョウはそんな簡単に言えて、どうせ僕が戦わなくちゃいけないのに。そうだよ、僕だけが戦えるからそんな事を言うんだ、どうせ皆はあいつと戦っても死ぬだけだから!僕だけに全部押し付けようって言うんだ!」


 叫んだ後にレオの目が見開いて、俺を見た。


「違う、違う、僕はそんな事を、違うんだ」


 俺の手を振り払い、自分の手を顔にやり、狼狽した様子で違う、違う、と何度も繰り返す。


「俺は、お前が来なくても魔王軍と戦うよ」


 俺の言葉にレオが止まって、少しだけ顔を上げた。


「これは俺の戦いでもあるんだ、この世界に来て色々な人に出会って、色々な事を知って、思って、ここまで来た。ここで逃げたらそれが全部無くなっちまう、だから俺は俺の戦いをする。その上で俺はお前を信じる」


 レオに自分の心を伝えていく。


「前に俺は夢の為に戦ってるって言っただろ?あれはカッコつけでもあったけど、別に嘘って訳じゃないんだ。俺はさ、小さい頃勇者に憧れてたんだ。決して諦めない勇気を胸に、巨悪を倒して世界を救う、そんな勇者に。でもそんな物は俺の世界じゃ作り話の世界だったんだ。だからこの世界に来れた時は本当に嬉しかった、ああ俺は神様に選ばれたんだって、この世界を救う勇者になれるんだって」


 自分の手を見つめて、何も持っていなかった頃を思い出す。


「でも俺は何の力も持っていなかった、俺は勇者なんかじゃなかった。異世界から迷い込んだだけの奴だったんだ」


 弱さを撒き散らしていただけの、惨めで最低だったあの頃。


 でも、そんな俺でも一つの奇跡があったんだ。


「でも、俺はお前に出会えた。強くて、勇気があって、そんなお前に。お前は俺の夢そのものなんだ、俺が目指す目標なんだ」


「違う!僕は君が思ってるような人じゃない!」


「確かに違うかもしれない、これは俺の我侭で、憧れで、勝手な押し付けなのかもしれない、だけど!俺が今まで見てきたお前が全部間違いだったなんて思えないんだ!」


 二人して睨みあう。


「お前はそれで良いのか!?相手が強ければ諦めて、今までのお前の全部を投げ出して、負けて逃げてそれで良いのか!?」


「良いわけないだろ!!でも、でも、僕は負けたんだ。何も出来なかった、僕のせいで多くの人が死んだ、僕と一緒に戦うとその日に言ってくれた人達が、名前すら覚えられていない人達が!なのにどうして僕をまだ信じるって言えるんだ、どうして僕と一緒に戦うって言えるんだ!?」


「お前が俺の勇者だからだ!」


「そんな勝手なことで!」


「そうさ、勝手さ!勝手に信じさせてもらうのさ!」


 拳を握って心から叫んだ。


「俺はお前が居たからここまで来れたんだ、お前が勇気を与えてくれたから来れたんだ!例えお前が信じなくても、俺はお前を信じる!お前が戦ってくれるなら、お前の力を命を懸けて信じる!」


 そう言われてレオは顔を伏せて涙を流し始めた。


 そこまで言われても、なお決意が出来ない自分の不甲斐なさに。


 自分がしなくてはいけない決意を、自分が進みたい道を、怖かったから泣いた。


 それに涼は気が付いた。


「俺がレオに言いたかった事は大体言ったと思う、後はレオがどうしたか。でも俺は……お前に負けて欲しくない。何よりもお前自身に」


 レオは泣いたまま答えられなかった。


 でも、伝えたいことは伝えられたと思う。


 病室を出て行くと、リーナがぽんっと肩を叩いた。


 言葉は発さなかったが、「ありがとう」と言われた気がした。




 病室に入ってきたリーナは泣いているレオの横へと座った。


 泣いているのは悩んでいるから、逃げ出してしまいたい自分に立ち向かっているから。


 その肩を優しく抱いた。


「アタシも何を腑抜けてたんだか」


 そう優しくレオに声を掛けた。


「アタシは……レオと一緒なら逃げても良いと思ってた。苦しむアンタを見るのが耐えられなかった。だからアンタにただしがみ付いてた」


「でも、それは僕が逃げてたから」


「ううん、一緒の事。アタシはアンタが逃げたからそれに甘えてた。でもそれじゃ駄目よね……」


 レオの体を包む力が少しだけ強くなった。


「アタシだってレオに負けて欲しくない。これは我侭、守られてばかりのアタシの我侭。でもね、アタシだって強くなったのよ。アンタに守られてばかりで居ないように、アンタと一緒に戦えるように、あの日からずっと目指してきた。だからもう大丈夫、一緒に戦おう」


 そうリーナは優しく、強く、レオに伝えた。


 その言葉にレオは小さく頷いた。


「ならちょっと寝ましょう。アンタ殆ど寝てないでしょ?」


「それを知ってるリーナだって」


「アタシは良いの、徹夜だって魔法の勉強中はよくしてたんだから」


 そう言ってリーナがレオと一緒に布団を被った。


「一緒に寝ることはないだろ!?」


 慌ててレオが布団から出ようとするも、腕をガッチリとリーナが掴む。


「だーめ、今のアンタじゃ一人だとどうせ寝ないでしょ?だから観念して寝なさい」


 抵抗しようと思えば振り払える力だが、レオは観念して目を瞑る。


「寝て、起きて、頭がスッキリしたら一緒にリョウ達の所に行きましょう。大丈夫、アタシ達なら勝てる」


 その言葉に根拠は無いのかも知れない。でも、その言葉をレオは信じようと思った。

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