10-3 雨が降る都
俺が目を覚ました時はケーニヒの襲撃から既に3日が経っていた。
異変に気が付いた首都ヴィットーリアからの応援で、襲撃の次の日までには生存者は全員救助された。
あの戦いで生き残っていたのは俺達4人にバルトロさんも含めて391名。
ケーニヒはあの一瞬で砦の人員の9割近くを殺し、砦その物も完全に崩壊させた。
救助された俺達は首都にある病院で治療を受けている。
病室の窓から外を見ると、花の都と呼ばれているヴィットーリアには雨が降り注いでいた。
グライズと戦った時も思ったが、ケーニヒはそれに輪をかけて強かった。
いや、こちらをまるで試すようだったグライズと比べて容赦が無かったと言うべきか。
その圧倒的な力を振りかざし、ケーニヒは破壊の限りを尽くして行った。
その中で俺達が生き残れたのは正に幸運としか言えないだろう。
レオはまだ起きては居ない。
しかし、最後の戦いを見たリーナはケーニヒの言葉を聞いていた。
7日後にまた来ると、この国を滅ぼしに来ると。
その話はバルレッタにも行き、戦力が着々とヴィットーリアへと集まってきている
四天と名乗る者が出てきた戦いで、未だ人が勝った戦いは一度としてなかった。
このケーニヒが来る前にも、魔王軍と交戦を繰り広げていた他国の軍事拠点が二つ、ケーニヒの手により一夜にして灰と化したそうだ。
そんな化け物の様な強さを持った敵が迫っている。
正に国の命運を賭けた戦いが始まろうとしていた。
「リョウ殿、体の調子はどうですか?」
バルトロさんが病室へと見舞いに来てくれた。
「俺のほうは大丈夫です。バルトロさんこそ、あの爆発を受けたのに大丈夫なんですか?」
「自分は心配ありません。体の頑丈さが生まれながらの自慢ですから」
そう言ってバルトロは「はっはっはっ」と大きく笑った。
「しかし、凄まじい相手でした」
息を吐き、バルトロがそうこぼした。
「初めて四天とは戦いましたが、不甲斐ない事に自分では何もする事は出来ませんでした」
「四天と戦った事は無かったんですか?」
俺の言葉にバルトロが申し訳無さそうに頭を掻きながら椅子に座り答える。
「運が良いことに。話は聞いておりました、それ程の強さとも知っておりました、しかし本当に戦ってみて初めて絶望という物を感じました」
手を組みバルトロが俯く。
「自分は四本槍と称され、それに対する自負もありました。ですがあれ程の強さを見せ付けられては形無しであります。これはレオ殿に偉そうに言ってしまった事を反省せねばなりませんね」
バルトロがそう言って苦笑した。
顔を俯かせるバルトロさんを見て、俺も顔を俯かせてしまう。
「ですが、まだ諦めるような時ではありません」
その声に顔を上げる。
「リョウ殿の世界の言葉には勇気と言う言葉があるそうですね」
「はい……あれ、でもどうしてそれを?」
バルトロさんに俺が異世界人だと言う事を話した記憶は無かった。
「レオ殿から聞きましたが、もしや内緒でしたか?」
「いえ、別に隠してるわけではないので」
多分前にレオの相談に乗ってもらったときにでも、ポロッと話題に出たのだろう。
「では問題ありませんね。しかし、勇気とは恐怖に立ち向かう心と聞きました、今の状況に合う良い言葉です」
バルトロはそう言って深く頷いた。
「例え敵がどれ程の相手であろうと、自分は決して引く訳にはいきません。それは国民を守る為でもあり、国を守る為でもあり、何よりも自分自身が負けぬ為に」
自身の胸へと拳を当ててバルトロは宣言する。
「他の世界からもたらされた勇気と言う言葉を胸に、自分は戦います!」
その顔を見て俺は手を前に差し出した。
「俺も、俺も一緒に戦っても良いですか?」
その手を強くバルトロが掴み返す。
「はい、共に戦い勝利を掴みましょう」
力強いバルトロさんの手から諦めない意思を感じる。
そうさ、まだ俺達は負けていない、俺達はまだ戦える。
レオが目覚めたのは俺が目覚めた次の日の事だった。
ベッドの上で上半身を起こしているレオを見てリーナが飛びつこうとするも、何も見ていないような虚ろな眼を見て思いとどまる。
「レオ、大丈夫?」
リーナが心配そうにレオの手を握る。
リーナに手を握られてようやくレオの目の焦点が合う。
握られた手と、周りの様子を見て、自分が今何処に居るのか気がついた。
レオの体が震え始め、呼吸が短く荒くなっていく。
「リョウ!何か出せるもの!」
「え?」
「早く!」
言われて何の事だかようやく理解した。
辺りを見て探し、見つけたバケツをリーナへと渡す。
リーナがそれをレオの顔の前に置き、優しく背を撫でる。
レオがバケツを掴み、その中へと吐き出した。
ゲホッゲホッと咳き込みながら何度も吐き出し、息も絶え絶えになりながら納まったところで、リーナがポケットから取り出したハンカチでレオの鼻と口を拭った。
「何で……逃げてないの」
レオが俺の方を向いてそう言った。
「……住民の避難はもう始まってるよ。人数が人数だから色々大変みたいだけど、そこは軍の人とかが頑張ってくれ」
「そんなんじゃない!」
俺の言葉を遮るようにレオが叫んだ。
「皆が何で逃げてないんだ!なんでここに居るんだ!」
「俺達はお前と一緒に戦おうって」
「勝てるわけがないだろあんな、あんなものに!リョウだって見ただろ、戦っただろ!あんな……あんな……」
レオが体を小さく丸めて震え始めた。
その姿はとても小さく見えた。
リーナに優しく抱きしめられた背は、とても小さく見えた。
いや、きっと最初からそうだったんだ、勝手に俺が強く大きな背中だと思っただけで。
彼は巨大な力を持ってしまった、普通の少年だったんだ。
ケーニヒはとある場所の拠点に着いていた。
そこでドニーツェにある城へと連絡を取っている。
「でさー、レオって言うやつが全っ然強くなかったんだけど、あれ本当に見込みあるの?」
水晶の向こうに映るグライズへとケーニヒが愚痴を垂れる。
「素質はあると思いますが」
「えーあれで?まぁ普通の人間よりは大分強かったけどさ」
ケーニヒの愚痴にグライズが顎を撫でる。
「確かに精神面は脆い部分があるようには思えましたが、しかし味方が全滅したぐらいで諦められるのも困りますね」
「だよね、これから毎回手加減して周り生かして何て俺は嫌なんだけど」
「と申しておりますが、魔王様いかが致しましょう?」
「うぇ!?」
魔王がその場に居る事に気がついて居なかったケーニヒが変な声を上げて跪く。
「ケーヒニよ、あれをどう考える」
「え、えーと、俺は正直駄目だと思います。あんまり強くなかったし、育てるのも面倒だと思います」
ケーニヒの言葉を聞いて「ふむ」と魔王が考える。
「よい、許そう。ケーニヒよ、お前の思うように全てを焼き払い、忘却など許さぬ魔への恐怖をその地へ刻め」
「やった、ありがとうございます!」
魔王の言葉に喜び答えて、ケーニヒが通信を切った。
「それでさ、お前はどうするの?」
ケーニヒの後ろには自分に付いて来たリベールが控えていた。
「あのレオとか言うのが欲しければあげるけど」
「いえ、自分の決着は既に付けました。ここでレオが死ぬのであれば、それはそこまでの男だったという事。自分はこの戦いを見届けさせて頂きます」
「ふーん、俺が負けるかもしれないって思ってるんだ」
「はい」
そう答えるリベールをケーニヒが鼻で笑った。
「良いさ、好きに見てれば良い」
ケーニヒが手を空にかざし、天に光が瞬いた。
空を揺るがす咆哮が鳴り響き、魔物達を背に乗せたドラゴンの大群が空へと舞う。
「魔王様より許可は貰った、一つの国をまた滅ぼそう。それが俺の存在意義だ!」
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