10-2 落ちてきた太陽

 暗雲の向こうに巨大な魔法陣が光り輝いた。


 雲を突き破り、獄炎の塊が空から落ちてくる。


「総員迎撃準備ー!」


 空から落ちてきた物の正体は分らなくとも、バルトロは叫んだ。


 全ての兵士が迎撃態勢へと移り、砦に防護の光の壁が作られる。


「あれは、魔王……いや、四天か!」


 空から降り落ちてくる力には覚えがある。


 バルレッタで対峙したグライズのプレッシャーと良く似ていた。


「駄目だ……こんなの……」


 俺の隣でレオが空を見て小さく呟いている。


 震えるレオに声を掛けようとした時、バルトロが叫んだ。


「目標上空火球!撃てー!!」


 バルトロの号令にあわせて、多種多様な魔法と迎撃兵器が撃たれていく。


 今は、あれをどうにかするのが先か!


 マントを煌かせ渾身の爆炎を作り出し、迫る四天へと放った。


 砦からの全力の攻撃が迫る巨大な火球へと向かう。


 しかし、必死の抵抗を意に介さず火球が防壁に着弾し、防壁は一瞬にして砕け散った。


 獄炎が砦の中を焼き尽くし、周囲を地獄へと一変させる。


 燃え盛る炎の中心に、剣を背負った一人の少年が降り立った。


 狼の様な耳と尻尾を生やした少年は、辺りをキョロキョロと何かを探すように見た。


 辺りを見渡す少年に、砦の壁の上に残っていた兵士達の攻撃が飛来する。


「鬱陶しいな、お前達には興味が無いんだ」


 少年の手に魔法陣が展開し、振るう両腕と共に爆炎が壁の上部を全て抉り飛ばした。


「えーと、それで……居た居た」


 最初の爆炎に飲み込まれ吹き飛ばされた人の中に、レオが居るのを少年が見つけた。


 レオに向かって少年が名乗りを上げる。


「俺は魔王軍四天、ケーニヒだ。レオとか言うやつ、お前を殺しに来た」


 名乗るケーニヒを見てバルトロは戦慄した。


 話には聞いていた、バルレッタにて遠くであっても感じていた。


 しかし今ここで初めて相対した、その圧倒的な力に恐怖した。


 まさかこれ程の物でありますか……しかし、ここで諦めるわけには行きますまい。


 体に渇を入れて何とか立ち上がる。


「レオ殿、リョウ殿、まだ行けますね?」


「はい……行けます!」


 そう言う涼は辛うじて立っていると言った状態だった。


 その隣でレオは砦の惨状を見て立ち尽くしていた。


「レオ殿!行けますか!?」


 呆然としているレオを厳しくとも叱咤した。


「は、はい!」


 バルトロの言葉にレオが我に返る。


「では、行きますぞ!」


 バルトロの合図でレオが共に駆け出し、涼がケーニヒへと火球を放った。


 ケーニヒが火球を素手で打ち払う。


 レオとバルトロによる連携が迫るも、二人の攻撃を易々とケーニヒが躱していく。


「片方は別に要らないんだけど」


 ケーニヒの手に魔法陣が光り、噴出した炎がレオを包み引き剥がした。


「おおおお!」


 バルトロが雄たけびを上げてケーヒニへと槍を振るう。


 その槍をケーヒニが掴み取り、胴へと手を当てた。


「お前は邪魔だよ」


 大爆発が起こり、バルトロが爆炎の中に呑まれる。


「バルトロさん!」


 涼が叫び渾身の炎槍を放つが、ケーヒニが手を振るい放った火炎がそれを押し潰していく。


 防護壁を作り火炎の嵐から身を守るも、力尽き体から煙を上げ涼が地面へと倒れた。


「くっそおおお!!」


 絶叫を上げてレオがケーニヒへと切りかかった。


「やっと本気だよ」


 魔力が膨れ上がったレオに向かって、ケーニヒが呆れながらも魔方陣を作り迎え撃つ。


 ケーニヒが放った爆炎をレオが切り裂く。


「でも、こんなのじゃまだ足りない!」


 ケーニヒの手に巨大な魔法陣が展開され、地を抉る炎の大渦が巻き起こる。


 レオが魔力を全力で放出し、炎の渦の中で懸命に耐えた。


「くそ、このままじゃ」


 魔力による防護は何とか保っているも、周囲を焼き尽くす熱が体力を奪っていく。


「この場から脱出しないと」そう思っていると、炎の中からケーニヒの腕が伸びた。


 驚く暇も無く、炎の中を掻き分け現れたケーニヒがレオを殴打する。


「がはっ」


 拳の一撃で血を吐き出し、後方に殴り飛ばされ壁へと激突した。


 壁に叩きつけられたレオに向かって、ケーニヒが両の手を合わせて構える。


 凄まじい力を持った灼熱の塊がレオへと放たれた。


 防御に身を固めるレオ毎、砦の壁がエネルギーに飲まれて崩落し轟音が鳴り響いた。





 響き渡る崩壊の音にリーナの意識が目を覚ました。


「な、何なのよ……」


 爆風に呑まれ吹き飛ばされ気を失っていたリーナが起き上がろうとする。


 起き上がる自分の上に、エイミーがこちらを庇うように覆い被さっている事に気がついた。


「エイミー、アンタ何を!?」


 驚き言葉を発すると同時に、頭に激痛が走る。


「ぐっ、頭が……エイミーは、死んではないわね」


 エイミーの無事だけ確認し、リーナが頭の怪我を動ける様にだけでも魔法で治す。


「助けてくれてありがとね」


 気絶したままのエイミーに礼を言い、リーナが立ち上がる。


 砦の様相は一変していた。


 つい先程まで人々が働き笑っていた場所は、人の死体と影で埋め尽くされていた。


 砦は完全に崩壊しており、襲来した敵の強さを物語っている。


「レオは……リョウは……」


 砦の外では未だに爆発音が鳴り響いていた。


「まだ、誰か戦ってる……」


 ふら付く体を懸命に動かし、リーナが砦の外へと向かう。




 砦の外ではレオがケーニヒと戦いを繰り広げていた。いや、戦いと言うにはあまりにも一方的な争いだった。


 幾度と無くケーニヒへと切り掛かるも、一度もその剣が届く事はなく、巻き起こる爆炎を防ぐ事も、もう出来なくなっていた。


 爆炎から逃れてレオが言葉を吐く。


「勝てない……」


 自分の中から生まれる莫大な魔力の存在はレオ自身も知っている。


 しかし、それは何度自分の意思で出そうと思っても出せない物であった。


 それが今は確かに発動しているのに、それでもケーニヒには微塵も通用していなかった。


 もはや立ち向かう意思すら残っておらず、今のレオを支えているのは「皆がまだ生きているかもしれない」それだけの想いだった。


 自分が戦わなければケーニヒは砦を焼き尽くし、皆が死んでしまうかもしれない。だから戦わなくちゃいけない。


 それだけが辛うじてレオを立たせていた。


 ケーニヒが酷くつまらなそうな顔を向けるも、レオが剣を構える。


 すると自分の背後から雷が放たれた。


 強力な雷をケーニヒが防壁を作り出し防ぐ。


 レオが振り向いた先に、金色の髪を血で赤く染めたリーナが毅然と立っていた。


「リーナ!駄目だ、逃げてくれ!!」


 生きていたという喜びよりも言葉が先に出た。


 そう叫んでも、リーナはその場で魔方陣を展開し始めた。


「お前よりあの女のほうがまだ戦って楽しそうだな」


「やめろ、やめて……お前の狙いは僕なんだろ、リーナだけは」


 リーナの方へと向いたケーニヒにレオが懇願する。


「は?誰と戦おうと俺の勝手だろ」


 ケーニヒがレオの胸倉を掴む。


「でもさ、お前ってあの女と一緒なら強いんだろ?グライズからそう聞いた。やってみろよ」


 そう言ってレオをリーナの下へと投げ飛ばした。


 投げられたレオがリーナの方を向く。


 近くで見れば分る。立っているのが不思議な位の怪我だ。


 でも、もしかしたらこれで、


「リーナ、出来る?」


「でも……」


「お願いだから」


 これで、前と同じく見逃してもらえるかもしれない。


 レオの顔を見てリーナが思い悩むも、他に何か方法がある訳では無く、魔方陣を再展開する。


 レオの剣に雷が纏う。


 これで、決まってくれ!


 地を揺るがす力を纏った剣を構え、レオがケーニヒへと走る。


 ケーニヒが背負っていた剣を抜いた。


 巨大な魔法陣が展開し、剣に炎が宿る。


 両者の雷と炎が激突し、力のぶつかり合いで地面が捲れ上がった。


「こん、のおおお」


 ケーニヒの炎の刃を破ろうと、レオが最後の力を振り絞る。


 しかし、無常にもケーニヒの炎が雷を食い破っていく。


 振りぬかれた一撃にレオの剣が砕かれ、炎がその身を焼き尽くした。


 獄炎に飲まれて赤く染まった大地にレオが一人倒れこんだ。


 焼け爛れた大地を踏みしめ、ケーニヒが倒れたレオの下へと向かう。


 レオの命だけは辛うじて残っている。


 しかしもう、戦えるような状態ではなかった。


 ケーニヒが止めを刺そうとしたが、魔王から言われていた事を思い出す。


「はぁ……よっわ」


 溜息をついて吐き捨てる。


「王からさ、弱かったら殺すなって言われてたからさ、今回は見逃してやるよ。あ~あ、今度はもっと本気出せよ」


 そう言ってケーニヒが指笛を吹いた。


 雲の上から数十メートルはある巨大なドラゴンが降りてきた。


 スジンッと地鳴りを上げてドラゴンが地上に着地する。


「そうだなー、7日ぐらいしたらまた来るよ。後さ、向こうにデカイ都市があるだろ?逃げたらあれ潰すから、逃げるなよ」


 そう言い残し、ドラゴンの背に乗ってケーニヒが去っていった。


 ほんのひと時の出来事であった。


 たった一体の魔物によってサヴォーナ砦は陥落した。

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