10-5 迫る時

 僕は夢を見た。小さい頃の夢。僕の心が生まれた日。


 活発で我侭な女の子が居た。その子は一人で居た僕を連れ出して、毎日外で遊んでいた。


 その日は大人の人が行ってはいけないと言う場所へと向かった。


 大人たちの言葉の意味は遊んだ後の帰り道で知ることになった。


 そこは魔物の住処の近くだったのだ。


 僕と女の子は魔物に捕まり殺されそうになった。


 その瞬間、僕の中で何かが弾けた。


 気が付いた時には、魔物は潰された無残な死体になっていて、女の子はこちらを見て怯えていた。


 大人たちが来て助けられた後、女の子はしばらく僕の所には来なかった。


 これで一人になるのだとそう思っていた。


 でも違った、女の子はまた僕と一緒に遊び始めた。


 僕の事を一人にしないようにと、怖いのを我慢して傍に居続けた。


 その時に思った、僕は彼女を守ろうと。


 この恐怖を打ち払える人になろうと。


 目が覚めて起き上がると辺りは暗くなっていた。


 横にはリーナが小さく寝息を立てている。


 そうだ、何を悩んでいたんだ。僕の心は最初から決まっていたんだ。


 リーナの頭を優しく撫でる。


 それなのに、僕は自分の弱さからそれを言い訳にして戦っていたんだ。


 リーナを守らなくちゃいけないから、戦わないといけないって。


 そうじゃない。僕はあの時リーナを守りたいと心から思ったんだ、自分の意思でこの道を進み始めたんだ。


 この旅だって切っ掛けは違っても、僕の意思で続けた旅なんだ。


 それを自分の弱さで全部投げ出そうとしていた。


 リーナは僕と一緒に戦ってくれると言っている。リョウも、皆も。


 なら僕の心の向く先は一つ。


 皆と一緒に戦いたい。僕自身の恐怖に、四天に、勝ちたい。


 自分の強く握った拳を見つめる。


 勇気、勇者か……


「もう、大丈夫?」


 目を覚ましていたリーナが聞いてきた。


「うん、僕はもう逃げない」


 そう決意を口にした。




 食堂で夕飯をエイミー達と食べていると、レオがリーナと一緒に食堂に来た。


「レオ!?」


 驚き立ち上がる。


「ごめん、さっきは変な事を言って……でも、僕も皆と一緒に、戦いたい」


 はっきりとこちらを見てそう言った。


「ああ、俺も一緒にレオと一緒に戦わせてくれ」


 ガッシリと手を掴みあう。


 真っ直ぐに向けられるレオの眼は、俺の知る強いレオに戻っていた。


「さて、ご飯食べるわよ、ご飯。お腹すいてたら出る力も出ないしね」


 そう言って山盛りになっている盆をリーナが持って来た。


「はい、レオの分」


「え?これ僕のなの……」


 突然出された山盛りメニューにレオが唖然としている。


「当たり前よ、いっぱい食べてエネルギー付けないと」


 リーナはそう言いながら自分用の山盛りメニューも持って来てガツガツと食べ始める。


 ついさっきまであんなに落ち込んでいたのに、良くもこれだけ元気に食べられるものだ。


「……いただきます」


 レオも観念して出された料理を食べ初めた。




 バルトロ達は懸命に議会にてレオの助命を進言してくれていた。


 あの少年を差し出したところで自分達は助からないと、自分達はあの少年と共に戦うべきだと。


 しかし、そうは言った所でその少年自体がもう戦える状態ではなく、更に相手がかの四天となれば降伏も止む無しとの意見も多数存在していた。


 住民の避難は予想よりも進んでおらず、国としての機能の移動も全く目処が付いていなかった。


「しかし四本槍の一人が居る状態だったにも関わらず、サヴォーナ砦がものの十数分で陥落させられたのは紛れもない事実です。やはり我が国イサベラを守る為にも、降伏と言うのが最善だと私は思います」


 降伏派の代表がそう告げる。


 ラウロはそれを聞いて苛立っていた。


 何度目だその話と、俺が来てからまじでその話しかしてねぇじゃないかと。


 いや、俺が来てからじゃねえ。俺が来る前からこの話をしてやがるんだ。


 賛成派もそれを分ってるんだ。あのガキを殺した所で何の解決にもならないだろうってな。


 だから延々と議論を繰り返している。


 それもこれもあのガキがまだ不貞腐れているせいだ。


 苛立ちが限界を迎え始めた頃、一人の男性がやって来て議長へと耳打ちした。


「ふむ、えー、皆さん。レオ・ロベルトが目を覚まして今この場に来ているとの事です。それで陛下、彼をここに呼んでも宜しいでしょうか?」


 後ろを振り返り、議長が王へと尋ねる。


「うむ、事の発端は彼にもある。私も一度彼と話してみたい」


 短めの髭を生やした鋭い目の王がそう答えた。


「では彼とその仲間の方達をここへ」




 俺たちは係りの人に呼ばれて議会の中へと入って行った。


 レオはそのまま議会の中心へと、俺たちは脇の傍聴席へと向かう。


(レオ、ガッチガチだけど大丈夫かしら?)


 小声でリーナが尋ねてくる。


(バルトロさん達も居るから多分大丈夫だろう)


 そうは思うが、歩くレオのギクシャクとした動きを見ると不安になってくる。


 中央に立つレオへと見るからに偉そうな人が下りてきた。


 下りてきたのを見て、周りで座っている人たちが立ち上がり畏まる。


(あの人って誰?)


(クラウディオ陛下です)


 成る程王様ね……の割にはレオの奴ぼーっと立ったままだな。


(アイツもしかして分ってないんじゃ)


 リーナが慌て始めるも、何とかレオも緊張の中で王様が目の前に居る事態に気が付いた。


 慌てて頭を下げて跪こうとすると、クラウディオがそれを手で制した。


「いや、そのままで構わないよ。それでレオ・ロベルト君話は聞いている、大変な旅だったそうだな」


 柔和な笑みを浮かべならクラウディオが尋ねる


「あ、いえっ、仲間と一緒だったので僕は大丈夫でした」


 少し上ずった声でレオが答えた。


「そうか、その仲間との旅の話は是非とも何れ聞かせて貰いたいな。しかし、今はその時ではない」


 クラウディオの目が鋭くなった。


「今まさにこの国は存亡の危機に立たされている、その原因の全てを君が持っているとは私は思わない。だが、その多くを持ってしまっているのが君という存在だ。その君はどうこの危機を引き起こした責任を取るのだね?」


 王に強く言われてレオは萎縮してしまいそうになるも、強く王のほうへ向いて答えた。


「僕は、戦います」


「それで、勝てる見込みがあると?」


「……わかりません。でも、僕はもう逃げないって決めました、相手がどんな相手だろうと、僕は戦います!だから、皆さんも力を貸してください!お願いします!」


 そう言ってレオは頭を下げた。


 命を懸ける戦いになる、それにこの国を巻き込む事になる、それでも戦うと決めた。


 だから頭を下げて頼む。


 自分一人では勝てない相手に勝つ為に、一緒に戦って欲しいと。


 その姿を見て王は一つ息を付いた。


「君の意思は分った。しかし、これは君個人の意思で決められる問題ではない。よってここで投票による採決を取りたいと思う。もはや時間も無い、彼と共に戦うか、それとも降伏の道を選ぶか、その決定を」


 その王の宣言を受けて議長が進行していく。


「では皆様方、まだまだ議論の余地はあるとは思いますが、投票の準備をお願いいたします」


 議会に居る全員がガヤガヤと喋りながら紙へと賛否の意を書いて提出していく。


 結果は7:3で共に戦ってくれる側の勝利だった。


 10割って訳にはいかないのか、まぁこれは言っても仕方ないか。


 議会が閉じた後、色々な人がレオに挨拶をして、激励と決意の言葉をかけていく。


 その中で一人、他の人とは違う言葉をレオに掛けた。


「私は先程の議会で反対に票を入れた者だ、その意味が分るね?」


 俺はその言葉を聞いて前に出ようとしたが、レオがそれを手で止める。


「分ってます。……でも、僕は皆の期待を裏切らないように努力します」


「そうかい、では頑張ってくれ。今回の決定は私達が決めた事だ、その為の投票だ、君に責任は無い。思う存分戦ってくれたまえ」


 そう言って男性は去って行った。


「何だったんだあいつ?」


「あの人は多分僕を守ってくれたんだ、いや、あの人じゃなくて議会に居た皆が」


 レオがそう答えたが、あまりピンとは来なかった。


 その俺の顔を見てレオが続ける。


「あの最後の投票はこの国の決定とする為の物だったんだよ、僕が悪い原因にならないように、あの人達が責任を取れるように。だから反対も必要だったんだ、自分達で話し合って決めたと言えるように」


「そうか、面倒だと思ったけどありがたいな」


「うん」


 議会が閉じて日が経ち、ケーニヒの襲撃から7日が経った。


 来ない襲撃にもしやと言う空気が若干だが流れてしまうも、それは直ぐに掻き消えた。


 遠くでこちらに進軍するドラゴンの飛行部隊があるとの情報が入ったからだ。


 こちらに着くまでおおよそ残り3日。


 戦いに向けて最後の準備が始まっていく。


 都市の人々は強制的に退去させられ、花の都と言われたヴィットーリアは人の居ない空虚な都市となった。


 華やかであったのだろう、ガランとした街並みを見つめる。


「リョウ、どうしたの?」


 外を見ているとレオがこちらに話しかけてきた。


 それに振り向かず、街を見たまま話す。


「ここには沢山の人が居たんだよな」


「……そうだね」


 レオも俺と一緒に外を見た。


「……勝とうな。俺達ならやれる」


 レオの方を向いて拳を向ける。


「うん、勝とう。絶対に」


 レオが拳を合わせた。


 決戦の日が迫る。 

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