3-5 まどろみのベッドの上で

 目が覚め起き上がろうとすると、体の上に誰かが乗りかかっていて起き上がれなかった。


 顔だけ向けて見ると寝巻き姿のエイミーがこちらに乗りかかるようなうつ伏せの状態で眠ってしまっている。


 窓から外を見ると夜空が広がっていた。


 呪いはどうなったんだ・・・それにここは何処なんだ。


 ベットの上に寝ているが、周り見ても簡素な椅子と机がある位だ。宿なのだろうか。


 体に穴を開けられた記憶はあるが、確かめる限り綺麗に塞がっている。また何日も寝てしまったのかな。


「エイミー、エイミー」


 このまま眠らせてるのも悪いと思い、乗られている体を無理やり引きずり出して上体を起こし、声をかけエイミーを手で揺さぶる。


「あ……はい……」


 凄く眠そうな声でエイミーが答えた。


「ちゃんとベットで寝たほうが良いぞ」


「そうですね……」


 そう言うとごそごそと俺が居るベットへと入り込んできた。


「おい待て、ここで寝ろって意味じゃないぞ」


 言葉を聴かずに毛布を被り、吐息を漏らしながらこちらの腰をがっちりと抱きしめ眠り始める。


 指を離させようとするも、逆に握りが強くなり離れようとしない。


「なんだよ、ったく」


 諦め寝るかとも思ったが、体を起こした状態で腰を掴まれている為、このまま寝てしまうのも割りときつい。


 隣でエイミーは静かに寝息を立てている。


 月明かりに照らされ銀色の髪が輝くように見えた。


 なんとなしに髪を撫でると、サラサラとした髪が指の間へと入り込んでいく。


 その美しさになんて言うと言い訳になりそうだが、触る手を止める事が出来ず頬へと伸びていった。


 柔らかい頬を撫でると触られた感覚があったのだろう、少し顔を揺らすも起きるまではなかった。


 顎をなぞり、欲望の胸元へと手が伸びていく。


 寝息と共に動く大きな塊に手を乗せると弾力と共に柔らかさを感じた。


 気が付けば自分の鼻息が荒くなってしまっている。頭で考えるまでも無く胸を揉んだ。


 夢中になって揉んでいると、「んっ」と甘い吐息が聞こえた。


 そこでようやく理性が戻ってくる。


 叫び思わず立ち上がった。しがみ付いていたエイミーは毛布を巻き込みベットから転げ落ちていき、ゴチンッとぶつかる音と痛みのうめき声が鳴る。


 ふらふらとしながらエイミーが上体を起こしてこちらを向いた。


「ああ……リョウさん……目が覚めたんですね」


 寝ぼけ眼でベットの上で立っているこちらに喋りかけるエイミーに対して、あわあわと慌て返事をする事も出来ずにいた。


 やばい、これはやばい。そして俺は今最低な事をした。


 慌てふためく俺の前でエイミーが足に絡みついた毛布は何故だろうかと記憶を辿っていき、その答えに気が付いた。


 月明かりに照らされていた綺麗な顔が見る見るうちに赤くなっていく。


「あっあっあっ、す、すみませんでした!行き成りベットに上がり込んでしまったりして」


 目を白黒させながらこちらに謝ってくる。


「い、いや!エイミーが謝る事じゃないぞ、それに美少女に抱きつかれて寝るなんて男にとってはご褒美でしかないからな!」


 頭がパニックを起こし何を言っているのか解らなくなっていた。


「抱きついて居たなんて、そんな……本当に失礼な事を」


「ほら、俺だって髪を触ったり胸を揉んだりしたしさ、俺の方が寧ろ謝るべきだって!」


 思わぬところで口を滑らせいく。それを聞いて赤くなっていたエイミーが更に赤くなり震え始めた。


「む、胸をなんてそんな、寝ている間に!?」


「違うんだ!いや違わないけど!」


 慌てて弁明をしようとした時に大きな音を立ててドアが開いた。


「うるさい!今何時だと思ってるの!!」


 寝巻き姿のリーナが二人を怒鳴りつけ、二人の動きが止まった。


「とっとと寝る!」


「「はいっ!」」


 二人してベッドに入るとドアが閉まる音がした。


「ほっ」と一息付くと二人して顔が近いことに気が付き、慌てて二人とも寝転がったまま背を向けた。


「あれだ、本当に勝手に触ったりして、すみませんでした」


 一先ず謝っておくべきだと思い謝る。


「……触ったのは胸だけですか?」


「その、髪とほっぺと、胸を……」


 聞かれたことに嘘偽り無く答えると「うぅ~」と恥ずかしそうな声が聞こえた。


「次に触る時は一言前もって言ってくださいね」


 その言葉に思わず変な声が漏れそうになるが、気を取り直し答える。


「ごめん。次からは気をつけます」


 その言葉に対し返答はなく、少し沈黙が流れエイミーが聞いてきた。


「どうして……その、触ろうと思ったんですか?」


 とても答え難い質問が飛んできた。


「それはあれだ、その綺麗だなって、触りたいなと思ってしまって」


「褒められているようですけど、あんまり嬉しくないです」


「うっ、本当にごめん」


 謝る俺を「くすっ」とエイミーが小さく笑った。


「でも元気そうで良かったです。助けられて」


「これってエイミーが傷を治してくれたのか。そうだ、村はどうなったんだ?あれから何日経ったんだ?」


 エイミーの方に向き直り質問すると、向きを変えたのに気が付き、エイミーもこちらを向いた。


「あれからまだ夜になったばかりです。呪いの方は無事なくなりました。倒れていた人も安静にしていれば直ぐに元気になると思います」


「そうか、よかった」


 エイミーの安心した声を聞いてこちらも安堵のため息をつく。


 すると俺の手をエイミーが掴み顔の前まで上げ、両手で包み込んだ。


「そうでした、まだリョウさんにお礼を言えていませんでした。この村を救って頂き本当にありがとうございました」


 にっこりと優しい笑顔を向けられる。


 俺はそれに対して最初は「俺なんかが」と言おうとしたが、素直に感謝の言葉を受け止めた。


「俺も助けられて良かった」


 手を握り合ったまま見つめ合う。


 いかん。なんだか雰囲気だけは良くなった気もするが、正直滅茶苦茶恥ずかしい。


 何かこの場を変える話題はないかと考え話し出す。


「そうだ、俺が異世界から来たって話したときに何と言うか、やけに驚いていたけどあれはなんだったんだ?」


 聞かれてエイミーが恥ずかしそうに答える。


「それはその、私が考えた話といいますか、その」


「あーやっぱりこの世界でも異世界物の話とかはあるんだな」


 その言葉に「え?」と言った具合にエイミーが顔をきょとんとさせる。


「あれ?そういう話じゃないのか?」


「え?その私が勝手に考えた話と言いますか……」


「だからその元になった作品とかは?」


「えっと……」


 どうも話が噛みあっていない様な気がする。


「待て待て、そうか異世界物は無かったんだな。そうか成る程、他の話はあったとしても無い事もあるよな」


 その言葉にもエイミーは解っていないような顔をしている。


「ん?何か勇者的な人が異世界から来ないかなと思って話を考えたんだろ?」


「勇者ってなんでしょうか?」


 思わぬ反応だった。そう言えばオメロさんと話した時にも勇者や勇気を知らないと言われたな。


「この世界って誰かが世界を救ったとか、何か巨大な悪を倒したとか、そんな物語はないのか?」


「えっと、私が知る限りではそう言う話は……物語としてあっても教訓と言いますか、何かをしないようにしましょうと言った話しか」


 そうか、そんな事があるのか。


 とても意外だった。技術の違いがあれど、住む人の思いや感性は似たような物だと思っていた。


 まさかこんな所で違いがあったとは。


「その、勇者って言うのはどのような人なんでしょうか?」


「ああ、俺が居た世界にある物語の主役でさ、勇気を・・・敵に立ち向かい続ける心を持つ勇者って呼ばれる人が、悪を倒して世界を救う話が結構あるんだよ」


「そうですか、そんな物語が」


 話を聞いて嬉しそうにエイミーが呟く。


「私が考えた物語は、誰か何処からか戦士が現れて魔王を倒してくれないだろうかと、そんな思いで考えました」


 小さな声でエイミーが思いを綴っていく。


「神の声を聞き、力を得てから多くの事を学び、戦いの歴史を知りました。その時、誰かこの戦いを終わらせる人が居ないだろうかと。そう村が呪いに覆われた時にも強く願いました」


 少しだけ握る手が強くなった。


「何か空想の話でも良い、心の支えになる物がなければ来てくださる前に心が負けていたかもしれません。もしも、リョウさんの言うような勇者の物語が私達の世界にもあれば、そんな誰かが挫けてしまいそうになった時の支えになるのかもしれませんね」


「そうだな……そうかもな」


 曖昧な俺の回答に「はい」とエイミーが小さく頷く。


 その後、他愛の無い俺の世界の話やエイミーの昔話を続けていると、少しずつ眠くなってきた。


「お休みになりますか?」と聞かれ「ああ」と答える。


 彼女は「おやすみなさい」と言うも手は握ったままだった。


 温かい体温と心臓の鼓動が伝わり、眠りへと誘っていく。


 ふと、彼女が聞いた。


「リョウさんは勇者になる為にこの世界に来たのですか?」


 落ちていく意識の中で答える。


「最初はそうだった……そのつもりだった……なれなかった……今は……違う……俺は……」


 途切れ途切れに答えていく俺に彼女が微笑んで何かを告げた。


 その言葉を耳は聴くことは出来ず、意識は温かな眠りの中へと包まれていった。

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