3-4 呪いを打ち砕け

 俺は元気に呪いの空間を走り回っていた。


 リーナとレオに辺りの敵を一掃してもらい、呪いへの耐性の実験として外を走っている。


「ここまでくると何だか笑えてくるわね」


 走り回っている俺を見て、何だこれと言った具合の顔でリーナが呟いた。


 呪いの耐性に実験としては成功なのだが、やはり目の前で元気に動いている姿は違和感しかないようだ。


「そろそろ戻っても良いか?」


 周りからアンデッド達が近づいてくるのを見て尋ねる。


「そうね、戻って作戦会議の続きといきますか」


 許可も出たので教会に戻り作戦会議の続きをする事にした。


「と、まぁこんな具合でリョウは何故か呪いが効かないみたいね」


 椅子に座り片肘を付きながらリーナが「本当に何でだろう」と言った顔をしている。


「もしかしたらリョウさんはこの世界の人ではないので、命に対して作用する呪いは対象外なのかもしれませんね。でもそれだと加護の付与や回復の祈りも効果が無いという事に」


「それはあれよ、回復の祈りって物にも使えるでしょ?そっちなら出来るんじゃない?」


「そうですね……そちらならもしかして」


 さり気無く物扱いされている気がする。


「作戦としてはエイミーに結界を張ってもらって、アタシとレオで敵を蹴散らして、リョウに最後は決めてもらう形になるわね。エイミーの結界が最後までもつならレオに行ってもらうのが一番良いんだけど、そこん所どうなの?」


「これだけの呪いになりますと教会内以外での結界の維持は難しいです。それに外に出た場合は維持の為に集中する必要があるので、誰かに運んでもらう必要があります」


「レオはアンデッドを倒してもらわないといけないから、それも途中までリョウの役目ね」


 二人で話し込んでいるのを見て、レオの元に近づいていく。


「なんかさ、俺の役割がデカくなっていってる様な気がするんだが」


「現状一番動けるのがリョウになるからね、僕達は負担が出来る限り少なくなるように頑張るよ」


 まぁ確かにその通りなんだが、果たして自分に出来るのだろうかと言う不安が募る。


「村の人達の呪いも少しずつ進行しているし、あの商人のエドアルドさんが首尾よく応援を呼んでくれたとしても、間に合うかどうかは解らない。なら僕達が何とかしないと」


「そうだよな・・・そうだ、やるって決めたんだ。やってやるぞ!」


 拳を握り締め気合を入れ覚悟を決めた。


「はいはーい、気合入れたところで三つ忠告ね」


 こちらの気合入れを聞き、指を立ててリーナが注意点を述べていく。


「まず一つ、村の中心部に居ると思われる敵には近づかずに物を投げたりして集中を乱すこと。相手の周りにはトラップがある可能性もあるし、ちょっと集中を乱すだけで呪いは解けるから」


 二つ目の指が立ち忠告は続く。


「二つ目、誰かしら護衛が居たら絶対に逃げてくること。それが一人でも絶対に逃げてくること。これはアンタの為だけじゃなくてアタシ達の為でもあるから。そして最後」


 三つ目の指を立ててこちらに顔を近づける。


「絶対に無茶はしない事。前の町ではアンタの無茶に助けられたけど、今回は途中で倒れられても助けてやれる手段も、場合によっては知る手段もないんだから絶対にしちゃダメだからね。解った?」


「ああ、解った。無茶はしない」


 勢いに押されて答えた言葉にリーナが頷く。


「よし、それじゃあ行くのは呪いが一応弱くなる日の出の後にするから、それまで休んでましょう」


 言われて各々に分かれて行動し始めた。


 俺はレオに付け焼刃になるが剣の持ち方や振り方を教えてもらった。これで剣を振ってすっぽ抜けてしまう事だけは無くなる事を祈りたい。


 リーナとエイミーはその間村の人たちの看病を行っていた。


 少し経ったころにキーンさんが起きて来たので、呪いの元を倒しにいくという話をすると、少しでも眠っておきなさいと言われたのでお言葉に甘えてしばらく寝ることにする。


 朝になり日が昇る時間になった。それでも夜はまだ明けていない。


「よしっ行くぜ!」


 緊張する自分の頬を叩き気合を入れる。大役だがキチンとこなさなくては。


「気合入れるのは良いけど無茶はダメだからね」


 俺の気合が空回りしないように、しっかりとリーナが釘を刺していく。


「それでは突入の前に最後に私から説明をさせて頂きます」


 結界の前に立ちエイミーが今回の戦いの説明を始める。


「まずは呪いの中心へと向かう方向はこちらを使い確かめます」


 そう言ってコンパスの様なものを取り出した。片側の針に光が宿っている。


「こちらはリーナさんに作ってもらったものに、私が祝福をかけた物になります。こちらの光が無い方角が呪いの強い場所となり、近づけば光が弱くなるはずですので、これを目印に進んでいってください」


 手渡された物を振ってみると普通のコンパスと同じように一定の方向を指している。


「道中は私がリョウさんに担いでもらい結界を張り続けますが、これは教会に張ってあるような強力なものではなく、アンデッドの侵入を許してしまう物になります。ですので、微力ながら皆さんに加護をかけさせて頂きます」


 教会の印を手に持ちエイミーが祈る。


「彼らに御身の加護を」


 するとレオとリーナが淡く光り、武器には光りが宿った。


「すみません。リョウさんにはやはり効果が出ないみたいで」


「謝る事はないって、呪いが効かない事と交換みたいなものだしな」


 頭を下げるエイミーに「気にするな」と手を振り、光りを宿している剣を持って掲げる。


「こっちはどんな効果があるんだ?」


「武器の方はレイスも倒せるようになるのと、アンデッドの再生能力を封じる事が出来るようになります」


「レイスも倒せるようになるのは助かるね。アンデッドは再生能力を封じるだけなら、来た時のように殴って退けて行く方が良いかな」


 そう言いレオが少し剣を振ってみる。剣の軌跡に光りが残り中々にカッコいい。


 思わず周りが「おー」と歓声を上げるとレオは照れくさそうに剣を仕舞った。


「それでは準備も出来ましたので、その・・・よろしくお願いします」


 何故かこちらに頭を下げた。


「ん?ああそうか俺が担いでいくんだったな。任せろ」


 身を屈めおんぶの体勢に入り、エイミーが少し申し訳なさそうにこちらに身を任せる。


 その瞬間、背にとても大きく柔らかいものが乗せられた感覚が走った。


 持ち上げようと思っていた体が硬直する。


 待て、なんだこれは。これ程までの物を持っていたか?いや服がゆったりとした修道服で気が付かなかっただけで、この感触は。


 背に乗っているエイミーが「持ち上げ難いのだろうか?」と身を捩り体勢を整えようとし、背にある柔らかい感触が形を変えていく。


「あの、もしかして重いですか?」


 とても申し訳なさそうな声を聞いてこちらの方が申し訳なるが、正直今はその余裕がない。


 落ち着け、とりあえず落ち着け。今はそんな事をしている場合じゃないんだ、色々人命とかもかかっているんだ。落ち着け。


 足にリーナの蹴りが飛んできた。


「いてっ」


「これで落ち着いた?」


 とても冷たい目を向けられ確かに落ち着けた気がする。


「はいはい、もう行くわよ。エイミーは結界張って、レオは構えて、いい?突撃!」


 リーナに急かされ煩悩に捕らわれる前に走り出す。


 レオが先導し敵を蹴散らし、リーナが後ろで取りこぼしや背後から来た敵を弾き飛ばしていく。俺とエイミーはその中央に居た。


 先頭のレオがコンパスを頼りに呪いの中心部へと駆けて行く。


 進んでいくに連れて敵が多くなるも、それをレオが光る剣で文字通り薙ぎ払って行く。


 このまま行ければと思うが、こちらの前で組み祈っている手が進むに連れて強く握られていくのを見るに限界も近いのだろう。


「すみません、ここがもう!」


 エイミーが限界を宣言した。結界自体も突入時よりは大分狭まっている。


「まだ遠い、僕がリョウの援護をするからリーナはここでエイミーと一緒に居て」


 コンパスを見たレオが俺に一緒に来るように促した。


 それにリーナが何か言おうとするも「任せた」と送り出す。


 なら行くしかない!


 エイミーを背から下ろし、レオからコンパスを受け取り走り出す。


 レオはエイミーの加護で守られはいるものの、呪いが強まっていき体を侵食し始める。


 コンパスの光りが消え始めた。あと少しで中心地、だが敵は何処だ?


 アンデッドやレイスは居ても、肝心の呪いの元となる敵が未だに見えていない。何処かに隠れているのか?


 その疑問に答えを得る前に前を走るレオの膝が崩れ落ちた。


「レオ、お前!」


 体勢が崩れそうになるレオを支え起こす。


「ごめん。ここがもう限界みたいだ」


 ごほごほと咳を抑えるレオの手には血が飛び散っていた。


「無茶するなって言われてただろ!」


「そうだね、僕はここまでだ・・・後は任せる」


 言葉と共に力強くこちらの背を押した。


「任せろ」と答えると、最後の一仕事ばかりに周りに群がるレイス達を薙ぎ払い、リーナ達の元へと走っていった。


 後は俺が。


 呪いの中心部へと、剣をがむしゃらに振り走っていく。開けた場所へと出た。


 そこは隠れるような場所の無い、中心に噴水があるだけの広場であった。


 そんな馬鹿なとコンパスを見ると光は完全に消えており、方角もここを指していた。


「誰だ!?誰か居るんだろ!?卑怯だぞ出てこい!!」


 必死に叫ぶも敵は姿を見せない。


 どう言う事だ?頭がパニックになりながら必死に辺りを探していく。


 すると噴水の中に何か紋様が刻まれた円盤の様な物が落ちていた。


 何だこれは。説明された呪いの概要にこんなものは聞かされていなかった。


 まったく関係のないものかもしれない、しかし呪いの道具と言われればその様にも見える。


 すがる思いでそれに触れようと手を伸ばす。


 円盤に触れた瞬間、円盤が光り地面から突如現れた氷柱に体を貫かれた。


 血を吐き崩れ落ちる。痛みに掻き乱される頭の中でリーナの忠告を思い出していた。


 そうだったな、罠があるかもしれないから気をつけろって言われてたな・・・。


 しかし、痛みと共に強い確信を持てた。


 そうだ、これが守っているものなんだ。これ自体が呪いの中心そのものなんだ。


 血と共に噴水に溜まる水へと流れていく意識と力を何とか繋ぎとめようともがく。


 これだ、これさえ壊せば。


 円盤を掴むも視界が黒く染まり、意識が闇へと消えそうになる。


 これに・・・こんな物に・・・負けて堪るか!!


 頭の中で叫んだ瞬間、体の中で何かが噛み合った。力が体の奥から湧き出してくる。


 真っ暗の視界の中、その力のままに円盤を振り上げ噴水へと叩き付けた。


 円盤が砕け、砕けた場所から悲鳴の様な音が鳴り響き円盤が砕け散っていく。


 耳をつんざく音と共に空を覆っていた夜が明け、朝日が村を照らす。


 エイミーが張っている結界内にいたレオは空が晴れると共に、自分の中にある呪いによる苦痛が消えていくのを感じた。


「これは、リョウがやったのか!?」


「みたいね。アタシとエイミーはリョウの方に行くから残りはお願い」


「解ったと」頷きレオがアンデッドの大群に突っ込んでいく。力を失ったアンデッド達はレオに切り裂かれ崩れていく。


 リーナ達が広場へと走りつくと、噴水に寄りかかるように涼が倒れていた。


「リョウさん!」


 その姿を見てエイミーが走っていく。リーナも辺りに敵が居ないか確かめた後、リョウの元へと走った。


「結局こいつはまた無茶を」


 エイミーに抱き起こされている涼を見る。体には複数の穴が開いており、流れ出る血がエイミーの修道服を赤く染めていっていた。


 エイミーが祈り放つ回復の光が体を包んでいく。回復は問題なく出来ているようだ。


「アタシも傷を治していくから分担しながらやって行きましょう」


 魔方陣を展開し傷を回復していく。


「まぁ今回もよく頑張ったわね」


 何処か満足気な顔を浮かべ気絶している涼の頭を撫でてリーナは呟いた。

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