2-4 決意の日
目が覚めるとベットの上で寝ていた。
見覚えの無い天井が見える。窓から夕日の光が差し込んでいる。
カーン、カーンと何かの音が外から聞こえていた。
眠っていた理由も解らずにぼーっとしていると、微かに記憶が蘇ってくる。
そうだ俺は、俺は!!
上体を跳ね上げ起きようとすると背中に鋭い痛みが走った。
声を上げ背中を押さえる。同時に背中を切られた事を思い出した。
手で触ると包帯の下の傷は殆ど塞がっている様に感じられるが、痛みは続いている。
激痛に呻き声を上げているとリーナの声がした。
「あ……あぁ、おはよ……目、覚めた?」
声がした方を向くと目を擦りながら椅子に座っているリーナがこちらを向いていた。
綺麗にまとめてあった金髪はボサボサになっており、見るからに疲れた雰囲気を感じさせる。
先程までリーナが倒れこみ寝ていたと思われるベッドにはレオが寝ていた。
「よかった、起きないんじゃないかって心配してたんだからね」
そう言い疲れ切った顔に笑みをたたえる。
その顔に何かお礼を言おうとするも、背中の痛みで頭が熱を帯び始め思考がままならない。
ゆらゆらと揺れている俺を見てリーナが近寄り、優しくベットへ寝かしつけた。
「傷は塞いでおいたけどまだ完全には治ってないし、体力だってまだ回復してないでしょ?今はアタシに任せて眠っておきなさい」
体に染み渡る言葉と共に毛布をかけられる。意識は再び眠りへと落ちていった。
次に目覚めた時は朝になっていた。
室内を見渡すとリーナの姿は見えなかった。
相変わらず外ではカーン、カーンと音が鳴り続けている。
何の音だろうと考えると直ぐに思い当たった。金槌の音だ。
あれだけ町を破壊されていたんだ復興の真っ最中なんだろう。
それを考えると胸が締め付けられるように痛む。
俺のせいで、俺がここに来たせいで起こった破壊。
後悔と恐怖が胸を締め付ける。しかし、その心に別の疼きが生まれているのを感じていた。
リーナが中年の男性を連れて部屋に戻ってきた。男性は起きている俺を見ると歓声を上げた。
「おお!目が覚めましたか、いやー何時目が覚めるかと今か今かと待ち続けておりました。おっと自己紹介が遅れました、私はフラヴィオ、この病院の主治医をやっている者です。この度は町を救っていただき、誠にありがとうございました」
そう言い頭を下げるフラヴィオと名乗った男性を見て、俺はそんな人じゃないと言おうとした時リーナの顔が目に映った。
そうか、リーナはレオと俺を助ける為に俺達を町を救った救世主としたんだ。俺が破壊の原因だという事を伏せたまま。
「あ、いえ俺は別に」
言いよどんでいると、腹の音が鳴った。
「もう三日も寝ていたのですからお腹も空いたでしょう。今なにか消化に良い物を持ってきますから待っていて下さい」
笑いながらそう言ってフラヴィオは病室を出て行った。
正直少し恥ずかしかったが腹の音に助けられた思いだ。
「ふふっ結構大きな音で鳴ったわね」
笑うリーナを見て顔が赤くなってくる。助かるには助かったが恥ずかしいものは恥ずかしい。
「仕方ないだろ、お腹空いてるんだから」
くっくっくと笑いながらリーナがベットの横へ椅子を持ってきて座った。
「それで、調子はどう?お腹の虫的に大丈夫そうだけど」
「くっそ鳴らなきゃ良かったな。まぁ体の調子は結構大丈夫そうかな?」
まだ背中に痛みは少しあるものの、前回の様な気絶するほどの痛みでは無くなっている。
「よかった、アンタもレオ程じゃないけど重症だったしね」
そう言いリーナはレオを見た。レオはまだベットの上で眠り続けている。
「レオはまだ起きないのか」
「言ったでしょ、重症だったって。本当に死んじゃうじゃないかって」
顔は向こうを向いているも、指の震えと声の震えからリーナがどんな顔をしてるのか何となく想像が付いた。
俯き顔をこわばらせる俺に向かって、リーナが感謝の言葉を述べた。
「そうだ、目が覚めたら言おうと思ってたんだった。アタシ達の事を助けてくれてありがとうね」
え?
「え、いや元はといえば俺のせいじゃないか!」
「別にアンタが起こしたくて起こったことじゃないでしょ、それにアンタはアタシ達の所に戻ってきた、逃げろってあんなに言ったのにね。だからそれで良いじゃない。それと」
ずいっとこちらに顔を近づけた。
「感謝の言葉は素直に受け取るものよ」
笑顔でリーナはそう言った。
そうか……俺は……この世界で成す事が出来たんだ。
心の中で軋んでいた痛みが解け始める。
「俺も傷を治してもらって、その、ありがとう」
「どういたしまして」
その後は一度診察をしてもらい、フラヴィオさんが持って来てくれた食事をとった。
その間リーナはレオの傍に居続けていた。
話しかけても良いものかと悩んだが話しかける。
「なぁリーナ」
「なあに?」
「俺って三日も寝てたんだろう?その間魔物とかは来なかったのか?」
疑問に思っていた。三日もの間敵は攻めてこなかったのか?
レオはこうして倒れており、敵としては絶好の機会のはずだったのに。
「さてね、理由は解らないけど敵は一度も来なかったわ。おかげで回りに作ったトラップは無駄骨になってくれそうね」
「トラップ?」
「町の周りに魔方陣を幾つか書いて、魔物が近づいたら雷が飛び出る様にしておいたの。正直気休めにしかならないし、効力は一日も持たないし、書き直すの大変だったけど使わないのが一番良いわ」
俺が寝ていた間のリーナの苦労はどれ程の物だったのだろうか。
レオや俺を助け、恐らくは町の人たちも治して回ったのだろう。何時また来るかも解らない魔物達に一人で立ち向かいながら。
「ごめん」
謝罪の言葉が出た。
「だから良いって」
リーナが気にして居ないと手を振る。
「それでもごめん」
「はぁ、次に謝ったら怒るからね」
睨みながらリーナが言った。どう見ても既に怒っているように見える。
「ははは、じゃあ話題を変えて一つ聞きたい事がある」
真剣な顔になった涼を見てリーナが聞き返す。
「なによ」
「この世界にお墓ってあるのかな」
俺が向かっていく先にリーナは付いて来てくれていた。
「今のアンタを一人にしたら碌な事にならない気がするしね」
とのリーナの弁だった。心配してくれているのだろう。
向かう先、向かう場所にある名は町の人に聞いた。
「ああ、そうか君が最期を見届けてくれたんだね。・・・良い顔をしていたよ。本当にありがとう」
その場所に辿り着いた。それは一人の墓の前であった。
跪き墓石を見ると、そこには一人の名前が書かれていた
「オメロ・メリージ」
あの店に居た老人の名前、今日町の人に聞いて初めて知った名前だった。
その名を見て、手を合わせ祈った。リーナは静かにその様子を見てくれている。
涙が込み上げて来た。
名前すら知らなかった老人は名前すら名乗っていない俺の手の中で息を引き取った。
新しく作られた墓石は他にもある。それは俺が原因となって起こった戦いの犠牲者達だ。
その人たちの名前も顔も知らない。何人もの人があの戦いで亡くなった、多くの人が傷ついた。
心臓が締め付けられ、胃の中が逆流し吐きそうになる。
逃げたい。逃げ出してしまいたい。
俺は知らないと、何も関係はないと、そう言って逃げ出してしまいたい。でも、俺は・・・
「俺は!俺は何もする事が出来なかった!」
手を地面へと着き俺は叫んだ。
「俺のせいで何人もの人が死んだ!俺は逃げていく中、見捨てる事しか出来なかった!オメロさんは俺の手の中で死んだ!俺は助ける事が出来なかった!」
叫びをリーナは黙って聞いている。
「俺は力が欲しい!後悔しなくていい力を!目の前で倒れる人を助けられる力を!俺の、俺の心に嘘を付かずに済む力を!」
一度だけ叫びが詰った。自分の頭に浮かんだ勇気という言葉を、自分の物だと言う事は出来なかった。
伏せていた顔を上げリーナへと向きかえり、両の手を着け頭を下げ叫ぶ。
「俺に魔法を教えてください!」
涼の叫びを見守っていたリーナは小さく息を吐き答える。
「言わないといけないと思うから言っておくけど、今アンタが思っている物は別にアンタが背負わなくちゃいけない物では無いと思う。今だけの気の迷いかもしれない。それでも?」
その言葉に顔を上げ、リーナの目を真っ直ぐ見て答える。
「俺は戦う道を選ぶ」
それは誰かの為、自分の為、己の心の為の道。
敵に、恐怖に、無力な自分に立ち向かう道。
誰かに言われたからではなく、空想の真似事ではなく、俺が自分で選んだ道。
真っ直ぐに向けられた目を見てリーナは頷いた。
「わかった。アンタが本気で目指すならアタシも本気で教えてあげる。でも、厳しく行くからね」
ニヤリと笑いそう答えた。
「ありがとうございます!」
その言葉にもう一度頭を下げる。
ようやくこの世界を歩き出せた気がする。
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