今の自分に出来る事を 後編

 涼は足を止め壁に手を付いていた。


 逃げなくてはならないと頭は言う。しかし何かが邪魔をし、足が上手く動かない。


 解らない、解らないんだ。


 今の俺の中に確かにあるものが今の俺には解らなかった。


 このままでは魔物に見つかるのも時間の問題かもしれない。


 そう思い懸命に足を動かそうとするも、心臓が痛いほどに鳴り足が上手く動かない。


 何でだ、何でなんだ。


 突然起こった自分の体の不調に何が原因なのかと考える。


 そうだ、あの爺さんに会ってからだ。


 そうか、あそこで爺さんを見捨てたから俺の中の罪悪感が足を止めているんだ。


 罪悪感なら振りきれば良い、罪悪感なら無視すれば良い、罪悪感なら持って逃げれば良い。


 しかし、自分の中にある何かが俺の足を老人の下へと走らせた。


 力を込めて走る。今の俺が何をしてるのか解らないままでも力を込めて走る。


 走っていく先に店が見えた。


 店に到着しようかという時、その中から剣を血で染め、不満げな顔をした鬼が出てきた。


「てんめえええええええ!!!」


 頭の中で怒りが弾けた。


 怒声を聞き驚きこちらを向く魔物の胴に筒を突き刺し、押し込んだ。


 筒の先から魔力が噴出し、魔物の上半身が千切れ飛ぶ。


 その光景に息を切らしながら「やった」と言う達成感が生まれるが、直ぐに店の中に入り老人を探し叫んだ。


「爺さん!爺さん!!」


 老人は切られ、倒れていた。


 抱き起こすと無残に切り裂かれた傷口から流れる大量の血が血溜まりを作っていた。


 息はか細く不安定になっており、こちらにも気が付いていない様子だった。


「なにか、なにかないのか!ここは魔法の世界なんだろ!誰か怪我を治せる人は居ないのか!!」


 叫ぶも誰からの返答はなかった。


「そうだ、回復魔法を。俺が、俺が出来れば」


 ここに来た時にあった力の感覚を思い出せ。俺の怪我を治したあの魔力を思い出せ。


 俺にも魔力自体はあるとそう言われた。それを今ここで発揮しろ。


 奇跡でも覚醒でも神様の力でも何でもいい。ご都合だろうがなんだろうが知ったことか。


 起きろ目覚めろこの一回だけでも良いんだ、俺に力が欲しい!


 懸命に力を込め手をかざす。何も起きない手を。


「何で、何で俺は何も出来ないんだ!」


 その叫びを聞き老人が小さく意識を取り戻した。


「出来たじゃないか……」


 小さく、何処かこちらを向いていないようにも聞こえる言葉で老人が喋った。


「爺さん、爺さん、しっかりしろ!」


 震えながら上げられた老人の手を取り必死に呼びかける。


「今助けが来るから、俺が呼んで来るから!」


 必死の声に老人が優しく答えた。


「いい……わかっとる」


「ダメだ良い訳あるか!こんな死に方が」


「いいんじゃ……人の手の中で死ねる……人に看取られて死ねる……これ程の贅沢があるか……」


 消え往く意識の中で老人が話し続ける。


「もう・・・誰とも関わらないとおもっとった・・・誰にも看取られず死ぬのだと・・・それをお前さんは来れたじゃないか・・・」


 握っている手の力が弱くなっていく。


「行きなさい」


 ハッキリと俺を見てそう言った。


「仲間の下へ、戦っている仲間の下へ、お前さんに……お前さんの……言う…………」


 老人の言葉が途切れ、手に力が無くなった。


「おい、爺さん、爺さん!?くそっ、くそぉ・・・」


 涼は泣いた、老人の死に。涼は泣き叫んだ、己の無力に。いつ魔物が来るかも解らぬ場所で泣き叫んだ。


 涙を噛み締め老人を静かに下ろし顔を上げる。


 上げた顔の瞳に宿る光は、ここに至るまでに抱いた感情とは違う光だった。


 その光を胸に涼は全力で走り出した。レオ達の方へと向かって全力で走り出した。



 魔物たちの攻撃が続いている。


 矢は刺さり、魔法や剣によって幾つもの傷が付き、正に満身創痍と言った出で立ちであった。


 それでもなお、レオの目はリベールを見ていた。


「よくもまぁ耐えるものだ」


 リーナを人質に取られ、反撃に出れないレオは懸命に避け耐え続けていた。


 リベールが手を上げるとリーナを捕まえている魔物が強く腕を捻った。


 リーナが声を上げそうになるも、必死に歯を食いしばり耐える。


 ボキッと音が鳴った。腕を無造作に捻り折られた。


「ああぁっ」


 抑えていた声が漏れた。その声を聞きレオの動きが止まった所に矢が突き刺さる。


 崩れ落ちそうになる体を剣で支え何とか耐えた。


 見事と言うべきか。リベールは思った。


 最低限致命傷と言える部分は避けてはいる様には見える。だが、そんなもので説明できるような状況ではない。


 何故、奴はまだ立ち続ける事が出来る?


 それにあの眼、あの眼はなんだ。これ程までに傷ついても力を宿す、いや力を増してるように見える眼は。


「確かレオとか言ったな。お前がその首を差し出せば、あの娘の命は助けてやろう」


 その言葉にリーナが叫ぼうとするが折れた腕を捻られ声が悲鳴に変わる。


 リーナの悲鳴を聞き観念する様にレオが目を閉じようとした時、涼の叫び声が鳴り響いた。



 走り来た涼は物陰から状況を見ていた。


 状況は最悪だった、レオは魔物たちに囲まれ傷ついており、リーナは人質に取られている。


 どうするべきか考えるまもなく事態は動き出した。


「確かレオとか言ったな。お前がその首を差し出せば、あの娘の命は助けてやろう」


 そう大きな鬼の姿をした魔物が言うとリーナが悲鳴を上げた。


 距離がある。でも迷っている暇はない。今の俺に出来る事はこれだけだ!


「うわあああああああ!!!」


 息を大きく吸い、大声を出しながら物陰から飛び出した。


 魔物たちが一斉にこちらに気が付いた。


 リーナを捕まえている魔物もこちらを向く。


 その魔物に筒を向け、魔力を放った。


 目の前の空間が魔力で爆発する。しかし射程が届かず、リーナを捕まえていた魔物は傷一つ付く事は無かった。


 驚きはするも奇襲は失敗に終わったと魔物が笑おうとした時、走りこんでくる少年の顔を見て真意に気が付いた。


 今の俺に出来ることは奇襲じゃない、敵を倒す事じゃない。


 目立ち失敗し、一番の油断となる勝利の確信を、敵から逃れられる隙を作り出す事だ!


 魔物の気が涼への嘲笑で緩んだ隙に腕から逃れ地面に倒れこんだリーナは、痛みを必死に耐えながら魔方陣を作り出す。


 それに気が付いた魔物がさせるものかと剣を振り下ろした。


「やらせるかああああ!」


 叫びリーナに覆いかぶさる形で飛びついた。背中を剣が大きく切り裂き激痛が走る。


「無茶を、でも良くやった!」


 魔方陣が煌き雷の嵐が周囲の敵を焼き焦がしていく。


「くそったれ!」


 轟く雷を見て魔物が一斉にレオへと切りかかった。


「おおおおおおおお!」


 レオが吼え振り回した剣で飛びかかった魔物たちが千切れ飛ぶ。


「何故まだ動けるんだ!」


 リベールが氷の塊を放つも、レオがそれを爆発的な魔力の放出で破壊する。


 レオが迫る。満身創痍で突撃してくる相手に対しリベールは恐怖していた。


 死に体のはずの少年が放つ底知れぬ力に恐怖した。


「俺が、負けるかあああああ!」


 恐怖を振り払うかのように渾身の一撃で大剣を振り下ろす。


 それをレオは正面から両断した。切断された大剣が宙を舞う。


「なんだと……」


 レオが踏み込み、振りぬかれた剣は胴を斜めに切り裂いた。


 血が噴出しリベールが後ろへとよろめき下がる。


「リベール様!」


 コウモリの様な魔物に乗った鬼が飛び込みリベールを連れ去って行く。


「待て!」


 リーナが追撃しようとするも、崩れ落ちるレオを見て自分が今するべき事を思いなおした。


「死なせない。アンタ達を絶対に死なせたりしない」


 痛みに耐えながら魔法で折れた右腕の応急治療を終え、近くで倒れている涼を背負う形で何とか持ち上げレオの元へと連れて行く。


「アンタには起きたらお礼を言わないとね」


 背負い持っていく涼の顔を見てリーナは呟いた。


 倒れているレオの横に涼を置き、魔方陣が展開していく。二人は回復の光の中に包まれていった

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