2-3 今の自分に出来る事を 前編

 町に魔物の怒声がこだまする


「我々は先日ここの近くで起きた魔力の大放出を引き起こした奴を追っている!ここに居るのは解っているんだ!早く出てこないと町の住人が皆殺しになるぞお!」


 外を見れば上空に巨大なコウモリの様な魔物に乗った、角の生えた鬼のような見た目の魔物が町に叫び続けている。


 町は逃げ惑う人たちが溢れていた。


 逃げる人々の悲鳴に混じって戦いの音も聞こえてくる。


 部屋を飛び出すとレオ達が宿の前に立っていたので、二人に慌てて声を掛けた。


「おい、これって」


 慌てた様子の俺に向かってリーナが冷静に話す。


「聞いての通りアンタを狙ってる連中でしょうね。」


 その言葉を聴いて心臓がバクバクと音を立て始めた。


 今この状況を作っているのは俺なのだと、望む望まないを別にしても俺自身なのだと、頭の中がパニックを起こし始めた。


「リョウ、リョウ!」


 レオに揺り起こされ我に帰る。


「え、あ、俺は、俺は何をすれば」


 狼狽え話す事もままならない姿を見てリーナが諭すように話しかける。


「リョウ、アンタは逃げなさい」


「でも、これは俺が」


「いいから。アンタは敵に狙われてるの、でも敵はアンタの顔を解っていない。なら逃げればアンタを生け捕りにする為に無闇に町の人を攻撃しなくなるかもしれない。今のアンタがするべき事は懸命に逃げる事なの」


 両肩を掴まれ説得される。その言葉が正しいかどうかも考える事が出来なかった。


「これ、アンタにあげる」


 そう言われ小さな筒のようなものを二つ手渡された。


「元々アンタの護身用として作った物だから気にせず貰って良いわ。側面の部分を押し込む事で先端から魔力が噴出す構造になってるの、威力は保障するけど射程は殆ど無いから使う時は相手を殴りつけるつもりで使いなさい。でも使うのは最後の手段だからね、アンタのやるべき事は逃げる事。だからさっさと逃げなさい」


 頭で考える事も出来ぬまま、言われるように逃げ出して行った。


 逃げていく涼を見送りリーナがレオに向き直る。


「ああでも言ってあげないとアイツ本当に逃げなかったかもね」


「でも、これでリョウが逃げ延びてくれるのならそれが一番良い事だよ」


「そうね。アイツの尻拭いって訳でもないけど、アタシ達はアタシ達のやれる事をやりましょう」


 レオは頷き走り出した。リーナもそれに続く。


「さてと、まずはあの空で喧しく騒いでるのを撃ち落してやる!」


 マントが煌き雷鳴が空に轟いた。



 涼は町を走っていた。


 背後で雷の音が鳴り響く。レオ達の戦闘が始まったのだ。


 その音を聞いても足を止める事は出来なかった。


 レオ達が負けるものか、俺なんかが居なくても勝てるはずだ、そうさあいつ等は俺よりも、俺なんかよりも、もっともっと強いんだ。


 逃げて良い。逃げていいんだと頭の中で言い訳を重ね走り続ける。


 町の様子は悲惨だった。破壊された建物、倒れた人、倒れた人の前で笑う鬼のような見た目をした魔物。


 それらを振り払うように頭を振り、懸命に逃げた。


 走り続けると見覚えのある店の前に出た。その中に一人の老人が残っているのを見つけてしまった。


「爺さんなにやってんだ!」


 叫び店内へと入った。


「どうして逃げてないんだ、誰か連れて行く人は居なかったのか!?」


 そう言うと老人は小さく笑い答えた。


「今更こんなジジイを連れて逃げようなんて物好きはおるまいて」


「でも見捨てて逃げるなんて」


「ほう、ならお前さんが助けてくれるのか?」


 老人の言葉に答える事が出来なかった。


 外は魔物がうろついている。その中を老人一人担いで逃げられる自信なんて持っていなかった。


 黙る俺を見て老人が静かに喋る。


「気にせんでいい。どのみち老い先短い身だ、誰か助けに来ても断っとったわ。這って生きる人生も飽きたところ、ここでスッパリ死ぬのも悪くないものじゃろう」


 カッコつけてるような、寂しいような、諦めのような、そんな口調で話す老人に俺は何も言う事が出来ずにいた。


「そういやお前さんは一人か?」


 聞かれて体がビクッと揺れる。


 それを見て老人は目を閉じ俺の状況を理解した。


「一人で逃げてきたんじゃな」


 ここに立っている為に手を強く握り締め答える。


「俺は、俺は敵に追われているんだ。俺を追ってるから逃げろって言われたんだ。俺は逃げなくちゃいけないんだ」


 搾り出すように出した俺の言葉に老人は深く息を付いて頷いた。


「なら、逃げんといかんな。お前さんの仲間が戦ってくれてる。なら生きて逃げ延びなきゃならん」


 そう言われて「はっ」となった。


 そうだ、俺が逃げる事があいつ等の為になる。町の人の為になる。


 そんな筈が無い。


 レオ達は俺を逃がしてくれたんだ。リーナは俺を逃がす為に言ってくれたんだ。


 しかし、それを理解しても俺の足は俺の心の通りには動いてはくれなかった。


「逃げなさい。お前さんの仲間の頑張りが無駄にならんように」


 不甲斐なかった。心の底から情けなかった。


「ごめん!」


 それでも足は逃げる方向へと走っていった。



 レオとリーナは魔物たちを倒しながら走り続けた。


 全力で暴れまわっているおかげか魔物が続々と集まって来る。


「この調子で魔物がこっちに全部来てくれるといいけど」


 魔物の剣を弾き、首を両断してレオが言った。


 上空に鳥型の思念体を飛ばし、空から様子を見ながらリーナが答える。


「そうなると良いけど・・・守備隊はもうダメね敵の数が違いすぎた。このまま真っ直ぐ行けば敵の親玉みたいなのが居るから倒して早く終わらせましょう」


 そう言って走り続けると正面から氷の塊が飛来してきた。


 リーナが雷を放ちそれらを全て叩き落す。


 砕け散った氷の向こうから、角を生やし身の丈ほどもある大剣を背負った大男が部下を引き連れ姿を現した。


「成る程ボアフットを殺しただけはあるようだな。俺の名はリベール!魔王軍四天の・・・?」


 身の丈ほどの大剣を構え名乗るも途中で言葉を止めた。


「一人足りんではないか!それも一番重要な奴が!」


「なんの事だ」


 猛るリベールに対してレオがあくまでしらを切る。


「知っているぞ。お前達が三人組だった事を、ボアフットを打ち破りこの町に来たことを、お前達が立ち寄ったその村の住人がそう言ったわ!」


 ニヤニヤと笑いながらリベールが言い放つ。


「村の人たちはどうした!」


 レオの言葉にリベールが魔方陣を作り出し答える。


「それを知った所でどうする!」


 放たれた氷の塊と同時に部下達がレオへと襲い掛かった。


「「許さない!」」


 二人が叫び、レオが迫る氷を縦に両断しリベールへと走る。


 走りこむレオを両側から魔物が襲いかかるが、リーナが雷を放ち吹き飛ばした。


 迫るレオにリベールが大剣を振り回し迎撃しようとするも、それをレオは華麗に避け腹部を横に切り裂いた。


「ぐぬうおっ!ええいお前ら放て!放て!」


 屋根の上に隠れていた魔物たちが放った矢や魔法が雨の様に大量に降り落ちる。


「お生憎と、その程度じゃ話にならないわ!」


 上空に風の渦が巻き起こり、放たれた攻撃が全て巻き上げられ彼方へと消えていく。


 同時に空から雷鳴が轟き屋根の上の魔物たちを全て貫いた。


「なんだとぉ!」


 瞬く間に倒されていく部下を見てリベールが怒りと驚きの声を上げた。そこにレオが迫り来る。


 苦し紛れに地面を凍りつかせるも、レオはそれを踏み砕き首元へと鋭い突きを放った。


 首に氷の層を作る事で何とか突きを逸らすが、衝撃で切り裂かれた首筋から血が吹き出る。


「おのれ……」


 傷口を押さえ、魔力で止血だけを終わらせる。


 レオ達の強さはリベールが思っていた以上の強さだった。


 ボアフットを倒した以上、強者なのは解っていたものの、村人から少年達と聞かされ完全に見くびっていた。


 強い、確かに強い。


 切りかかってくるレオを振り払おうとするも避けられ、切り裂かれる。


 切り抜けたレオを追おうと振り向くまもなく追撃の落雷が身を貫いた。


 強い、確かに強い。


 焦げ付く自分の体の臭いを感じながら思う。


 だが、


「お前らは戦を知らん!」


 その言葉と同時にリーナの足元から地面を割り腕が伸びる。


 咄嗟の事に反応が間に合わず、足を掬い上げられリーナが顔から地面に叩きつけられた。


「がっ!」


 痛みに声を上げるも、起き上がり魔方陣を作り出し反撃しようとすると、地面から飛び出した魔物に上から抑え付けられる。


 魔物に腕を掴まれたと同時に手の前に展開していた魔方陣が霧散して行った。


「魔力封じ!?あぁっ!」


 驚きの声を上げると腕を捻り上げられ無理やり立たされた。


「リーナ!」


 叫ぶレオに対してリベールがニヤ付き勝ち誇る。


「近づいてしまえば魔法を封じる手段など幾らでもある、そして魔法の使えない魔法使いなど話にもならない!油断したな」


 刃がリーナの首元へと向けられ、レオは立ち止まる事しか出来なかった。


 残っていた魔物たちがこちらへと笑いながら寄って来る。


「今まで散々暴れてくれた礼だ。嬲り殺しにしてやる」


 魔物たちの攻撃が一斉にレオに向かって放たれた。

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