特攻に、ちらん
@AL_chan
第1話
①藤井家・庭
T・昭和18年
紙飛行機が放たれる。蛇行して落ちる。
日本家屋の縁側に腰掛けていた藤井一
子(3)が庭に下り、落ちた紙飛行機を回収
し、傍らに座る藤井一(27)へと差し出す。
藤井「いいか、こうやって折るんだ」
藤井が器用に飛行機を折る。
藤井の手から放たれた紙飛行機が宙を
滑る様に舞い上がる。
庭で洗濯物を干していた藤井福子(22)
が物干し籠を抱えている胸に、紙飛行
機は当たった。
紙飛行機が物干し籠の中に落ちる。
福子が吹き出すと、その笑みが藤井、
一子にも広がっていく。
②知覧飛行場・外観
T・一年後
木々の落葉した山間の丘に切り開かれ
た飛行場。
③同・飛行場内(朝)
整列した5台の96式戦闘機が爆音を
立てて飛び立つ。その様子を敬礼して
見送る軍服の男たちの中に藤井(29)がいる。
④同・将校執務室内(朝)
藤井が執務机に腰掛ける徳永中佐(34)
に向かって頭を下げ、書状を差し出す。
書状には『嘆願書』と書かれてある。
徳永「またか……」
藤井、頭を下げたまま
藤井「受け取っていただけませんか?」
徳永「以前にも言った通り、妻子ある貴様を特攻にはやるわけにはいかん。それは軍
部の方針だ」
藤井「……今朝も私の教え子が飛び立ちました。まだ十七、八やそこらの、まだ青臭
さの残る少年たちです」
徳永、ため息を吐き後頭部を撫でる。
藤井「そんな彼等を差し置いて、安全な内地から進んで死に向かわせている自分が許
せないのです。どうか、ご一考の余地を……」
徳永「口を慎め! 内地に残る我らが命を賭けていないなどと貶める気か⁉ 皆、こ
の戦火の中、各々が命を張って生きておる!」
徳永、立ち上がる。
徳永「皆、自分に与えられた使命を全うしておるのだ。貴様には貴様の領分があり、
使命があり、家族がいる。それだけのことだ」
徳永が藤井の肩を叩く。
徳永「君は責任感が強すぎる。……それとも、一週間ほどの鍛錬の間に、命を捨てて
も惜しく無いほどに、情が湧くものかね?」
藤井、将校の手をどけると、一歩後ず
さり、頭を深く下げる。
藤井「その通りです!」
藤井、唇を噛みしめている。
徳永、怒りを露わにし、手を横に薙ぐ。
徳永「ただちに自分の職務に戻れ!」
深く頭を下げたままの藤井。
⑤同・教室内
5人の少年兵達が机に座り、黒板と教
壇に立つ藤井と向かい合っている。
藤井「君たちは六日後の翌12月3日に、こ
の知覧飛行場を飛び立ち、我が国家海域を
踏み荒らす鬼畜米英に特攻を行う勇士だ!」
真剣な眼差しの藤井と少年兵達。
藤井「必殺必中の志を持って、敵艦に撃沈せ
よ! 死を恐れず、故郷に残した家族と帝
の盾となれ! 私も、いずれ必ず行く!」
⑥藤井家・外観(夜)
闇に溶けこんだ日本家屋。二階の一室
の小窓より、黒い布から透かした淡い
光が漏れているのがうかがえる。
⑦藤井家・寝室(夜)
福子(24)が寝間着姿で襖を開ける。
六畳間には二組の布団が並べて敷かれ
ていて、間に一子(3)と藤井千恵子(1)
が、すでに寝息を立てている。
窓際に文机がある。そこに藤井が座り
明かりを灯して何か眺めている。
福子「まだお休みではなかったのですね」
藤井、福子を一瞥する。
福子「何をご覧になられているのですか?」
と、膝をつき藤井に身を寄せる。
藤井「整理をしていたのだ。彼等の……」
眺めていたのは、お守りや写真といっ
た特攻隊士たちの遺品だった。
藤井「もし戦争が終わり、検閲も無い自由な
時代が、今一度来たならば、これを彼等の
郷里へ送ってやってくれないか?」
福子は顔を強張らせる。
福子「それは、ご自分でなされた方が、きっ
とよろしいかと思いますけど……」
藤井、福子から目を意図的に逸らす。
藤井「……やってくれ、頼む」
文机には沢山の封書が積み重ねてある。
福子「……わかりました」
肩を寄せ合う二人の後ろ姿。
⑧同・寝室(深夜)
藤井のうめき声が聞こえる。福子は目
を覚ました。まだ日の光を感じない。
隣で眠る藤井が胸を掻きむしっている。
寝汗を顔全体にびっしりかいている。
福子「あなた、しっかりしてください」
と小声で囁きながら肩をゆする。
一子「おかあちゃん、どうしたの?」
と目を擦りながら起き上がる。
福子「一子……ごめんね、何でもないのよ」
藤井、大きく体を揺さぶり、
藤井「すまぬ、すまね、本当にすまぬ……!」
一子、藤井を眺めて、
一子「お父ちゃん、大丈夫?」
千恵子が起き、火が付いたように泣く。
困り果てた顔の福子。
福子「きっと悪い夢を見ていらっしゃるのよ……」
⑨同・居間(朝)
福子がちゃぶ台に朝食を並べている。それを藤井、一子が囲んでいる。
福子が席に着き、手を合わせる。一子がそれにならう。
藤井「すまぬ、皆には迷惑をかけた……」
福子、立ち上がり棚から薬を取り出す。
福子「往診にいらしたお医者様が、これをと」
藤井は薬を受け取り、茶で流し込む。
福子「食後が良いと仰られておられました」
藤井「すまぬ、食欲がない」
茶をもう一口すすり、立ち上がる。
藤井「もう行くことにする。支度を頼む」
福子が心配そうに立ち上がる。藤井の顔色は青ざめている。
⑩知覧飛行場・宿直室(早朝)
狭い座敷に敷かれた布団を藤井が畳んでいる。
ストーブに乗せたヤカンが、しゅんしゅんと湯気を立てている。
突如、同僚がやってきて、ドアを勢いよく開く。藤井が驚いて見る。
同僚「藤井、今すぐ荒川へ行け!」
⑪荒川上空(早朝)
知覧飛行場の傍らを流れる林間の川。
⑫荒川・川べり(早朝)
寒さのあまり水蒸気の立つ川べり。
ゴロゴロした石の河原の上の
藤井が菰をめくると、ガクッと膝を着く。
警察官「入水自殺で間違いないでしょうな。
小さな次女は背に負ぶさり、長女には晴れ
着を着させ、手を紐で強く繋いでいました」
藤井は呆然としている。
警察官「ご家族で間違いございませんか?」
藤井の顔を覗き込む警察官。
藤井は言葉もない。
⑬藤井家・寝室(夜)
藤井が文机で手紙を呼んでいる。
福子の声「私たちがいたのでは後顧の憂いと
なり、思う存分活躍が出来ないでしょうか
ら、一足お先に逝って待っています」
藤井、さめざめと泣く。
⑭知覧飛行場(朝)
T・翌年5月
ツンと静かな飛行場の片隅に整列する
特攻隊士達。
将校が一人一人に酒を振る舞う。
藤井が杯を受け取り、飲み干す。
一同敬礼をする。
× × ×
戦闘機が爆音を立てて飛び立つ。
皆が見送る中、戦闘機は基地を旋回し、
南へ向かって飛び立つ。
⑮沖縄の海上
操縦桿を握りしめている藤井。目の前
にアメリカ軍の空母が見えてきた。
一文字に空母へと突っ込んでいく藤井。
藤井の声「帰るなき、機をあやつんと、おも
しおわば、待ちし家族の、もとへ帰らん」
空母の一斉射撃に合い、海上へ落ちる。
操縦席に水が浸入してくる。血だらけ
の藤井は身じろぎもせず、視線の先の
空を眺めている。
× × ×
(フラッシュ)
紙飛行機が福子の胸に当たった光景
× × ×
雲が無数の紙飛行機となり、天に導か
れていくように見える。
藤井の声「いま、ゆかん」
マスクの奥の藤井の頬が緩む。
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