覚えていてくれますか?

らいと

覚えていてくれますか?

 物言わぬゴミの山。


 ほとんど光のささない真っ暗な空間で、一人の少女が歩いている。

 真っ白な長い髪を引き摺り、濁った灰色の瞳を持つ少女の齢は12ほどだろうか。


 夜の闇以上に暗い何処いずこ。手に持った懐中電灯で足元を照らしながら、少女はゴミの山にできた僅かな隙間を縫うように先を急ぐ。


 今日は食料を調達せねばならない。昨日で全て食べ尽くしてしまった。

 新人が「生まれた」とか言って皆してバカ騒ぎをした結果である。

 本来であれば少女以外の「人ならざる彼女達」は、物を食べる必要などないのだが……


「はぁ、めんどくさいなぁ」


 少女は呟くと、懐中電灯で周りを照らし始めた。食料を漁るならここが穴場である。


「缶詰とかあるかな……できればプルトップがいいんだけど……」


 あれは保存が利くためとても便利だ。少しくらい缶が歪んでいても中身に影響はない。欠点を挙げるなら、缶切りが必要なタイプの場合、空けるのがとても面倒という点だ。

 少女はいまだにこのゴミの山から缶切りを見付けられていない。前に無理やり開けた時は怪我をした。あんな思いは二度としたくない。


「あ、ウインナーだ……少し袋が破けてるけど……えと、賞味期限は……一ヶ月前。うん問題なし。ラッキー」


 多少賞味期限や消費期限が過ぎていようが少女には関係ない。少し前はお腹が痛くなることなど日常茶飯事だった。

 が、体が慣れてしまったのか、ここ最近はそれほど体調に影響が出なくなった。


「……今日は豊作。これで一週間はもつかな」


 適当なビニール袋に大量の食料を詰め込み、少女は元来た道を引き返す。


「重い……」


 少女は愚痴を漏らしながら、「皆の待つ家」に向けて、歩を進めるのであった。


・・・


「ただいま~……」


 捨てられた穴あきのテントやダンボール、ブルーシートを組み合わせて作った我が家。


 玄関にあたるテントの入り口を潜ると、そこには5人の少女達が座っていた。

 脚が折れて不安定になっている座卓を囲みながら、皆が一斉に少女の方へと視線を向ける。


「おかえりなさい」

「おっかえり~!」

「おか……」

「えと、えとっ、おかえりなさい!」

「…………」


 彼女達は人ではない。挨拶をしてきた順番に、「布団」、「ガスコンロ」、「冷蔵庫」、「テレビ」そして新人の「ヒーター」だ。


 彼女達は全て、このゴミ山で生まれた、意思と感情を宿したゴミ達である。付喪神というものなのかな、と少女は思っているが、霊魂を宿すにしても、彼女達はまだ新しすぎる気もする。


 だが、そもそも妖怪や神様なんてあいまいな存在を正しく理解することなどできるはずもない。

 ゆえに、少女は深く考えず、ただゴミが人の形になった、程度にしか考えていない。


「昨日はごめんなさいね……ヒーターちゃんが生まれてきたことが嬉しくて、つい騒いじゃって……」

「いいよ。いつものことだし……でも、今日は疲れたからもう寝る。布団、一緒に来て……」

「はいはい……それじゃ皆、お休みなさい」


 少女は食料の詰まった袋を無造作に床に置くと、布団の手を握って立たせる。


「おう! お休み! 持ってきた食べ物に、加熱した方がいいもってあるか?」


 カセットコンロが少女に訊ねる。少女はう~んと考えた後、首を横に振った。


「……とりあえず今日は大丈夫かな。みんな加工品ばっかりだし……」

「分かった!」

「あ、でも冷蔵庫。あなたは今日の食料を冷やしておいてね……」

「うい……」

「よろしく」


 冷蔵庫と淡白なやり取りを終えると、少女は一言も声を発さないヒーターに視線を向けた。


「あなたも昨日は疲れたでしょ? 今日はゆっくり休んで、明日から『仕事』をしてもらうからね」

「……ふん」


 ヒーターはふいと少女から顔を逸らした。その表情はひどく不機嫌そうである。


 しかし、そんなヒーターの態度を気にした様子もなく、少女は部屋の奥(と言ってもダンボールで作った部屋だが)に入って行った。


 人の姿を取り始めたゴミが、人間である少女にあのような態度を取ることは珍しくない。

 彼女達は、人が作ったというのに、人の手によって捨てられたのだ。

 あまり人にいい印象を持っていないのは仕方がない。


「あ、あの、あの子は他の人間みたいに、私達を粗末にすることはないんですよ? それに、すっごく優しい子で、あの、その……」


 おどおどした様子で少女をフォローするテレビ。

 だが、ヒーターはつんとそっぽを向いたままだ。

 食料を抱える冷蔵庫とカセットコンロは、その光景に苦笑いを浮かべていた。


 ああ、自分にもこんな時期があったなぁ……と。


 ・・・


「今日はお疲れ様でした……」

「うん。本当に疲れたよ……」

「ごめんなさいね……本当はもっと包んであげたいんだけど、こんな中途半端にしか暖かくしてあげられなくて……」


 少女はダンボールでできた床に寝転がり、少女を包むように布団が抱きしめる。

 これはいつもの光景。人の形になってしまった布団は、少女の全身を包むことができないことに、歯がゆい思いをしていた。

 しかし、


「いいよ、これくらいで。私はちょうどいいし……」


 少女は、こうして人肌の温もりを持った布団を気に入っていた。

 彼女との付き合いは今いる面々の中では一番長い。

 少女が「このゴミ山に捨てられてから」の付き合いになるので、もうかれこれ八年になるだろうか。


「ふふ、ありがとう。あなたは優しいわね……」

「優しくない。私は皆を使うだけ。ずっとずっと、使うだけ……」


 少女は、感情を押し込めるように、小さく呟いた。

 そんな少女を、布団は少しだけ腕に力を込めて、更に強く抱きしめた。


「はい。一杯、い~っぱい、使ってちょうだい」

「……うん」


 朗らかに笑みを浮かべる布団に、少女は顔を埋めた。

 柔らかい胸を枕にして、少女は小さな寝息を立て始める。

 布団は、そんな少女を愛おしく思いながら、そっと瞼を閉じる。

 本来は睡眠すらも彼女達は必要としない。


 しかし布団は少女と共にいる時間を共有したい一心で、擬似的に寝ているのと似たような状態になることがきできる。


「お休みなさい……」


 ゴミである彼女達の一日は、少女の就寝と共に終わる。

 そして少女が目覚め、ゴミの山から使えそうな道具を探す作業に一日を費やす。このサイクルが、彼女達の『生活』だ。


・・・


 翌朝。


 とはいっても、太陽が昇らないこの暗い空間では、朝だろうが夜だろうが、真っ暗なままだ。


 しかし、ゴミの山から見つけた時計のお陰で、日付も時間も分かるようになった。


 ただし、アナログな目覚まし時計なので、よく電池切れを起こして止まっていることがまれにある。


 それと日常的に灯りを確保する必要があるため、ライトのなどに使う換えの電池が必要になってくる。


 しかしこれを探すことは非常に困難であるため、ゴミ山を漁る時は、優先的に乾電池を探している。


 今日も、少女と五人のゴミ達は、うず高く詰まれたゴミの山を前に、懐中電灯を使って使えそうなモノを物色していく。


 ただし、ゴミの山は非常に不安定であり、下手をすれば雪崩を起こして生き埋めになる可能性もある。

 前に人の形になったばかりのゴミが、無理やり下のほうにある家電を引っこ抜いた結果、悲惨な結末を迎えたことがある。


 あれ以来、少女達はゴミ山を漁るときは細心の注意を払うようになった。


「それじゃ、ヒーターには冷蔵庫が付いて、色々と教えてあげてね」

「……うい」

「それじゃ、頑張ってね」


 少女は簡潔に冷蔵庫にそう指示してから、慣れた様子でゴミの山を登っていった。

 山の上のほうでは、すでに布団とカセットコンロ、そしてテレビがゴミを選別している。


「……なんであたしがこんなこと」


 昨日に引き続き眉間にシワを寄せ、ぶすっとした表情を崩さないヒーター。

 彼女の声も、今始めて聞いたくらいだ。


「……文句言わない。今日は使える乾電池を最低でも4本見つけるよ。そうしないと、皆が困る」

「ていうか、何で人間がここにいるのよ!? あんな自分勝手な連中と一緒に生活するなんて、あたしは嫌よ!」

「……そんな我侭、許されない」


 冷蔵庫は感情が希薄な顔に、僅かに怒りの表情を滲ませた。

 確かに人間は勝手な都合で道具を作り、不要になれば身勝手に廃棄する。


 ここにいる家電の少女達は、ただ型式が古くなったという理由だけで捨てられた。まだまだ現役で活躍できたはずなのに、それでもあっさりと人間たちは手放した。


 その身勝手さに、冷蔵庫もかつては人間に恨みを抱いていた。


 しかし、少女と出会い、その見え辛い温もりに触れ、少女に対しては悪感情を抱くことはなくなった。

 そして同じ境遇の仲間と共に、少女の生活を支える道具になろうと心に決めたのだ。

 どこまで行っても、自分達は「人に使ってもらえなければ」、存在している意味がないことに気付いたから。


「……今はまだいい。人間を嫌いなるあなたの感情は、私も理解できるから。でも……」


 冷蔵庫は静かに視線を少女に向けて、わずかに表情を緩めた。


「あの子は嫌わないであげて……あの子は、私達なんかよりも『ずっと辛い思い』を背負ってるんだから」

「意味が分からないわよ……人間があたしたちより辛い思いをするなんて、信じられない」

「……いずれ、嫌でも分かる」


 冷蔵庫の言葉に首を傾げながら、納得のいかない表情を浮かべるヒーター。


 しかし、冷蔵庫に手を引かれ、ゴミの山を漁る作業に強制参加させられたヒーターは、中々見つからない乾電池に苛立ちを覚えた。


・・・


 ヒーターが人の姿になってから、一週間が過ぎた。

 その間も、彼女はずっと少女に冷たく当り続けた。


 しかし少女は特別気にした様子もなく、ヒーターと接する。少女にとって、ヒーターのように人間を嫌っているゴミ達は珍しい存在ではない。


 故に、少女はヒーターを責めないし、関係を無理矢理改善しようとも思っていなかった。


 そして今日も、日課のゴミ拾いをしつつ、少女達は別の場所に居を構えるゴミと会っていた。


「よっ、久しぶり。どう、新人とはうまくやってるの?」


 少女に話し掛けているのは、「包丁」が人の姿になったゴミだ。料理は彼女から教わっている。


 別に場所で生まれたゴミ達を、今は彼女がまとめてくれていた。


 ただ、人の姿をとるようになったゴミ達は、ここにいる面々を会わせても、総勢13人ほどしかいない。


 一所に留まらず、彼女たちが別々に生活しているのには理由がある。いくら元が道具とはいえ、人の姿をしていれば感情を持っているし、大きさも普通の人間と変わらない。


 しかし、ゴミ山には平らな地面がほとんどない。

 その為、少女が住んでいる場所に13人ものゴミ達が同居することは不可能なのだ。

 それに感情があるということは、感性にも違いが出るということ。

 シェアハウスを行うには、些か今の住居は不便すぎた。


 その為、彼女達は少女の住む場所から数百メートルほど離れた場所に住んでいる。

 少女が自分達を必要だと思ったときにのみ、彼女たちは少女の下へ参上し、己の役割をまっとうする。

 多少の不便はあるが、いい生活環境を整えるためには仕方がない。


「可もなく不可もなく。少しだけツンケンしてるけど、いい子みたいよ。割りと積極的にゴミ拾いに付き合ってくれるしね……」

「そうか……人間を嫌っているタイプの娘か……」


 少女の言葉だけで、包丁はヒーターの内心を理解したらしい。


「もしも一緒の生活が難しい場合は、こっちに寄越してくれ」

「……いざとなったらそうするけど、今はいいわ。それより、そっちで『消えそうなの』はいる?」


 少女は、包丁に訊ねた。

 包丁は僅かに目を細めて、神妙な面持ちで答える。


「いや、こっちは問題ない。その兆しもないな……まさか」

「…………」

「そうか。また、寂しくなるな……気を落とすなよ。また来る」


 何かを察したように、包丁はそれだけ残すと、踵を返して暗いゴミ山の奥に消えていった。


・・・


 更に数日が経った。


 少女の住むあばら家では、ヒーターが少女に掴み掛かっていた。


「もう一度言ってみみなさい。今、何て言ったのよ……!」

「……あなた、耳が遠いの? 『テレビを廃棄する』って言ったのよ」

「っ! あなた……!」


 怒りの形相で、ヒーターは少女を床に押し倒した。


「おい! ヒーターやめろって! そいつは……」

「いいのよ、カセットコンロ。気にしないで」


 ヒーターを止めようしたカセットコンロを、少女は手で制した。問題ないと。

 テントの床は敷物などしていないため、硬い地面の感触がモロに少女の背中に打ちつけられる。


 しかし少女は僅かに呻いただけで、淡々とした表情を崩さない。


 そんな少女にヒーターの怒りは更に高まり、ついには拳を振り上げた。


 しかし、


「……ヒ、ヒーターちゃん、いいの……これは、仕方ないこと、なの……」


 と、テントの脇で苦しそうに座り込むテレビが、ヒーターを止めた。


 ぐったりと、今にも倒れてしまいそうなほどに衰弱した様子のテレビ。

 浅く速い呼吸を繰り返し、とても辛そうだ。そばには布団と冷蔵庫が寄り添い、テレビの体を支えている。


「いいわけないでしょ! 私達はこんなところに捨てられて、またここでも捨てられるの!? ふざけないで!!」

「……はぁ、はぁ……違うの……そうじゃ、ないの……」

「何が違うっていうのよ!?」


 目尻に涙を溜めて、ヒーターは唇を噛んだ。

 悔しいのだ。自分達は人の役に立つ為に作られたのに、まだまだ動けるのに、それでなぜ捨てられたのか。

 いや、ヒーターは知っていた。新しい型式のヒーターが現れて、自分の存在価値が奪われたからだ。


 それを思うと、悔しくて仕方がない。


「……時間がないわね。カセットコンロ、悪いけどこの子を捕まえててくれる。速く『いつもの場所』に行かないと、間に合わないから」

「分かった……ほら、大人しくしろ」

「っ! 放して! この人間、テレビを捨てるって言ってるのよ! まだ動いてるのに! まだ、『生きて』るのに!!」

「いいえ、もう壊れるわ。完全に壊れる前に、早く移動しなきゃいけないの。あなたも来る? 辛くなるかもしれないけど」


 少女はなんでもないように言ってのけた。

 ヒーターは少女に憎悪の篭った眼差しを向け、カセットコロンの拘束を解こうともがく。


「この外道! 人でなし!」

「私は人よ。人だから、あなた達を使うんだもの。さ、行きましょう」


 そうして、暴れるヒーターを拘束しながら、少女たちはゴミ山の奥へと向かった。


・・・


 布団に支えられ、テレビは少女の後を歩いていく。

 ヒーターは、カセットコンロと冷蔵庫に拘束されたままついていく。

 散々暴れたせいか、今ではすっかり大人しくなり、少女の背中を睨み付けていた。


 しばらく歩くと、ゴミ山の中にぽっかりと開いた空き地が見えてきた。

 そこには、先日少女と会話していた包丁の他に、6人のゴミの姿があった。


「よっ、遅かったね。その様子だと、新人には理解されなかったか」

「ええ。でも問題はないわ。いつものことよ。さあ、テレビ、お別れの時間よ。いままで、ご苦労様」

「っ! あなた、もっと掛けるべき言葉があるでしょ!」


 ヒーターが少女の言葉に反応し、またしても暴れ始める。

 しかし、拘束が解かれることはない。


 そんな中、布団に支えられて、テレビがゆっくりと空き地の中央に歩み寄る。そこには、様々な道具の数々が、綺麗に並べられていた。


 歯が半ばから折れて使えなくなったハサミ。真っ白だったであろうボディが薄汚れた洗濯機。それに画面が完全に割れてしまっているパソコンなど、用途に統一感のない道具達が、物言わぬ骸のように並んでいる。


「……ごめんね。恨んでいいよ」

「……ううん。楽しかった……でも、約に立てなくて、ごめんね……」

「そうね。あなたテレビだもんね。ここじゃ何も映せないから、仕事にならなかったわね。でもね……」


 すると、テレビの体から光る粒子が、暗い空に向かって上り始めた。

 その光景に、ヒーターは思わず目を見張った。


「あなたとの時間は、悪くなかったわ……」


 光の粒子は徐々に数を増し、テレビの姿がうっすらと透けてきた。


「あれは、何……?」


 ヒーターは事態についていけなかった。

 何故、突然テレビから光が溢れてくるのだろうか?

 何故、テレビはあんなに優しい笑みを浮かべているのだろうか。


「……あれはね、私達の『最後』なの」

「え?」


 冷蔵庫の言葉に、ヒーターは首を傾げた。

 そこに、カセットコンロが補足するように説明する。 


「……私達はな、捨てられても、まだ自分の道具としての機能が生きていると、たまにこうして人の姿になったりするんだ。そして、その機能が停止、または完全に壊れたりすると、元の姿に戻って、本当のゴミになるんだよ」

「……そう。そして、テレビの後ろにある道具達は、かつて人の姿をしていた子達なの……」


 ここは、墓なのだ。


 ゴミとして捨てられ、人の姿をとった彼女達が、最後に行き着く終着点。


 少女がここに急いでいた理由は、自宅からここにテレビを運ぶことが困難になることと、もうひとつ。


 いつまでも元の姿に戻ったテレビの姿を見ていたくなかったから。


 呆然としているヒーターを、冷蔵庫とカセットコンロは開放した。

 ヒーターは、最後の時を待つ少女とテレビに、視線を送り続けた。


「……ねえ、私のこと……忘れないでいてくれる? ずっと、ずっと……」


 テレビの瞳から、一筋の雫が零れて、地面に落ちる前に光になって宙に消える。


「私が、ここにいたって……覚えていて、くれますか……?」

「うん……忘れない。あなたのこと」


 少女は、表情を変えずに、淡々とそう口にした。

 そして、小さく、小さく、誰にも聞こえないほどの小さな声で……


「ありがとう、テレビ」

 

 と、呟いた。


「うん!」


 テレビは最後の瞬間、眩いばかりの笑顔を見せて、光の粒になって、人の姿から、壊れたブラウン管のテレビへと変わった。


・・・


 テレビを壊れた道具達の中に並べると、その場は解散となった。

 カセットコンロも冷蔵庫も、他の子達も皆、テレビの消滅に涙を流していた。


 ただ一人、少女を除いては……


 ヒーターは、それが許せなかった。


 結局は自分たちを道具だとしか思っていないのだと、拳を握って、前を歩く少女の背中に恨みをぶつける。


 少女の隣では布団が寄り添い、手をつないでいた。

 彼女の瞳にもうっすらと涙の跡が残っている。少女に時折視線を送りながら、その表情を辛そうに歪めた。


「やっぱり人間なんて、私達なんてどうなったっていいのよ……自分勝手で、傲慢で、恥知らず」


 悪態を吐きながらも、ヒーターは少女の後を歩く。

 俯いている少女は、普段から少ない口数が更に減って、まるで人形のように、ただ歩いている。


 そうして、陰鬱とした雰囲気を抱えつつ、一人減って4人になった一同は、あばら家に帰宅した。


 と、次の瞬間、


「あ、わりぃ! 帰り道で使えそうな道具が転がってたから、今から私と冷蔵庫とヒーターで回収してくるな!」

「はぁ! なんで今言うのよ! そこで言いなさいよ!」


 カセットコンロの発言に、ヒーターが食って掛かる。


 しかし、まったく気にした素振りも見せずに、カセットコンロは手を振って飄々としている。


「だから悪かったって、使えるかなぁ、って考えてたら通り過ぎちゃってさ。それで、やっぱり使えそうだ、って思い直したんだよ」

「あ、あなたなぇ……」

「まぁまぁ、絶対に使えるから! それじゃ行こうぜ! 布団たちは待っててくれよ。私達で行ってくるから!」

「ああ、もう!」

「……やれやれ」


 ピクピクと青筋を立てるヒーター。しかし巻き込まれたはずの冷蔵庫は、ふぅと息を吐くと、文句も言わずにカセットコンロについて行った。



 そして、布団と少女は、テントを通って、ダンボールの部屋へと入っていった。


 

 それを見ていたカセットコンロは、急に動きを止めて、ヒーターに真剣な眼差しを向けた。


「ヒーター、あの子はな、あんたが思ってる以上に情の深い奴だよ」

「は? 何よ急に。あいつのどこに情なんてあるのよ? テレビが消えたって、涙ひとつ見せなかったくせに」

「……なら、こっそり戻ってみるといいわ」

「え?」


 冷蔵庫の言葉に疑問符を浮かべるヒーター。

 しかし、その表情には、行ってみれば分かる、という意思が読み取れた。


「……何なのよ?」


・・・


 その頃。


 ダンボールの部屋では、ライトの灯りに照らされて、少女が膝を抱えて座っていた。傍らには、布団が寄り添っている。


「お疲れ様。今日は、大変だったわね……」

「…………」

「また、少し寂しくなっちゃったわね。でも、私達は、できるかぎり、あなたの傍にいるから」

「…………」


 布団が声を掛けるも、少女はなんの反応も返さない。

 しかし、その体は、小さく震えていた。


「……いいのよ。もうここには私と、あなたしかいないんだもの。もう、我慢はしなくてもいいわ」


 布団は、ゆっくりと少女を包むように抱きしめた。

 すると、少女は顔を上げて、ぼすっと布団の胸に顔を埋めた。


「…………ふぇ」


 少女の華奢な腕が布団の背中に回され、震えが大きくなる。

 次第に嗚咽が漏れ始め、最後には、


「ふええええ~~~~~~っっん!!」


 声を上げて泣き始めた。

 布団にしがみつき、幼い少女の瞳から、際限なく涙が溢れて止まらない。


「まだ、まだいなぐっだの……まだ~~っ!」

「うん。うん。寂しいね。辛かったねぇ……」

「わたじ、テレビをずでるって、ひどいごと言っちゃっだ……ふぇぇ~~……」


 鼻水をたらし、ごめん、ごめんと繰り返す少女。

 布団はそんな彼女を、ゆっくりとあやす。


「よしよし。大丈夫、大丈夫よ。テレビだって、あなたの心は分かっていたわ。だって、あんなに綺麗な笑顔でお別れできたんだもの。それにまた、代わりの新しい子が生まれるはずだから……だから……そんなに悲しまないで」

「テレビのがわりなんでいないの~~っっ!!」

「……そうよね。テレビはあの子だけだものね。ごめんなさい」

「ふえええええ~~~~~~っっん!!」


 声を上げて、せき止めていたもの吐き出すような少女の慟哭はしばらく続いた。

 それを慰める布団は、少女の悲しみを一身に受け止め、頭を、背中を撫で続けた。


 少女は、分かっているのだ。自分たち人間のせいで、彼女達に辛い思いをさせていることを。故に、少女は彼女達の前で泣くことはなかった。してはならいと思っていた。


 しかし、長年連れ添った布団にだけは、感情が押さえられない。

 まるで母親に甘えるように、布団には感情を露わにしてぶつける。

 布団も、それが当然とばかりに優しく受け止める。


 そうして、少女は今日の別れを深く悲しみ、涙が枯れて、声が出なくなるまで、ひたすら泣き続けた。


・・・


 少女の泣く姿を、ダンボールの隙間から覗くヒーターは、目を丸くしていた。


「嘘よ……だって、人間はすっごく身勝手で、道具のために泣いたりなんてしない……でも」


 少女の感情の爆発が、演技であるようにはとても見えなかった。


「そう……そっちが、あなたの素なのね……」


 少女の悲しみ感化されるように、ヒーターの目にもまた、小さな雫が溢れてくるのだった。


・・・


 そして、迎えた翌日の朝。


「はい」


 と、ヒーターは突然、少女に何かを手渡した。


「……何これ?」


 少女は手渡された物を受け取ると、それは貴重な単四の乾電池だった。


「時計の電池、切れ掛かってたでしょ。これなら、まだ使えるんじゃないかって、昨日拾ってきたのよ」


 頬を赤く染めながら、ヒーターは少女に電池を握らせた。


「昨日はごめんなさい。あなたにひどいことしたわ」

「気にしなくていいわ。あれは当然の反応だったと思うし。この電池でちゃらにしてあげる」


 すると少女は、ヒーターの手をおもむろに握った。


「それでも、これだけじゃ足りないから、今日も探しにいくわよ」


 そう口にした少女の後ろでは、布団、カセットコンロ、冷蔵庫が、なんとも微笑ましいものを見るような目で二人を見つめていた。


「うん。分かったわ“ナナシ”! これからも、よろしく!」


 ナナシと呼ばれた少女は、ヒーターの笑顔に釣られて、小さく微笑んだ。

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