戻れる物・戻らぬ者・3
フィニエルは、祈り所に何度篭っても、子を生せなかった巫女姫であった。
祈り所が秘せられているゆえに、節制したか否かは、その後の結果で判断されることが多い。つまり、フィニエルのように何度も失敗すると、どうしても悪評が立つ。
彼女が、非常に規律正しい厳しさを身に付けたのは、結果を出せないかわりに、自らを厳しく摂して身の潔白を見せようとしたからだろう。
エリザよりも年上だったとはいえ、フィニエルが巫女姫として選ばれたのもかなり若い頃だったと聞く。少なくても今よりはかわいいところがあったに違いない。
サリサは、一の村出身である。
かつて、この村に起きた大事件を聞き及んでいる。
フィニエルも一の村出身、しかも一の村に篭っていた。そしてとある年、一の村での儀式にて行進した。だが、何度篭っても子を生さない巫女を一の村人たちは村の恥とし、反感を持っていた。
浅はかな村人の一人が巫女姫の行列に投石し、運悪くフィニエルの頬に命中した。
フィニエルは、頬を少し切ったが、平然としていた。だから、儀式は滞りなく終わったのである。
しかし……。
この事件を知った最高神官マサ・メルは激怒した。
儀式を妨げたとして、投石した者を一族揃ってムテの地を追放し、しかも、一の村の管理責任も追及し、村の祈り所を十年間に渡って閉鎖した。一の村に祈りも捧げなかった。
当然、祈りの儀式を執り行えない。村人揃っての陳情も聞き入れず、村の名誉は地に落ちた。
マサ・メルは、力ある最高神官であり、厳しい人であった。
今の一の村が、落ちこぼれの巫女姫や神官に理解があるのは、この時の苦い経験からである。最高神官の怒りを買っては、霊山のふもとであることで維持されているこの村は維持できない。
禍転じて福となる――。
期待を裏切って落ちこぼれてしまった神官の子供や巫女姫失格者が、村を追われてこの村に住み着き、今や一の村はその名のとおり、ムテで一番大きな村に発展した。しかも、落ちこぼれとはいえ、濃い血を引く人々が集まっている。さらに、気風もムテでは一番自由であった。
サリサの父も、自由な気風を求めて一の村に家族で移り住んだ『落ちこぼれた神官の子供』である。
それはさておき、サリサは最近、この事件の真相を怪しんでいる。
儀式は無事に終了したのだ。それにしては、いくらなんでもお咎めが大きすぎる。
どうもこれはマサ・メルの報復としか思えないのだ。
サリサは、ひそかにマサ・メルとフィニエルの間には、愛があったのでは? と怪しんでいる。
マサ・メルにとって、儀式の妨げよりも、フィニエルに石を投げた……ということが、大問題だったのではないだろうか?
とはいえ……エリザがそんな目にあったとしても、そこまで過激なことができないサリサは、巫女姫としてのエリザの評価を下げないことも大事だと思っている。
だいたい、フィニエルだって……。
そこまでされてしまっては、さぞや一の村は居心地が悪かったのだろう。巫女姫を下りて『癒しの巫女』となった後、余力を残してわずか一年で、仕え人として霊山に戻っているのだから。
エリザには、実力以上の評価をつけて、村に返してあげたい。
エオルたちのもとに……。
そう考えると胸がキュンとするのだが、もとよりサリサは決意しているつもりだった。
いつまでも側においておきたい。それは事実だ。
だが、平凡なはずの運命を狂わせてしまった張本人として、できるだけの埋め合わせはしてあげたいと願うのも事実だった。
エリザは、霊山に戻ることを選んでくれた。それは、自分のもとに戻ることを意味している。
それだけで、サリサは充分に報われたような気がしている。
満足しようと思っている。
サリサは、けして暗い気持ちになることはなかった。
いつか訪れる別れを知っていても、再会前というものは、会える日が待ち遠しいものだ。
サリサにとって、様々な悩みに悩まされた期間でもあったが、ことエリザに関しては別離の間で一番気が楽な時期だった。
いや、もしかしたら……エリザが戻ってきた後を考えても、そうかもしれない。
浮き浮きと、やがて戻ってくる想い人を楽しみに待ち続ける日々。
それこそ、幸せな日々といえるだろう。
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